ハルへ   作:はるのいと

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第十七話「迷惑な死にたがり」

「どうして、そんなことをしたのかな?」

 

 森田と名乗る若い刑事が、俯く小夜の顔を覗き込んだ。彼のスーツのラペルには、誇らしげに赤いバッジが付けられている。要するに警視庁捜査一課の刑事ということだ。

 その隣では恐らく彼の上司であろう、長倉という女性刑事が退屈そうにお茶を啜っている。だが何故か彼女の胸元にはそのバッジは付けられていなかった。

 

 場所は警視庁の応接室――広々とした室内には高級感あふれる革張りのソファ、壁には有名作家の絵画が飾られていた。

 なるほど……こういうところに国民の血税は、惜しみなく使われているわけだ。如月はそんなことに考えを巡らせながら、退屈そうに腕時計に目を向けた。

 

 時刻は16時を少し回ったところだった。ったく、早く終わらないかなあ……。彼は欠伸を噛み殺しながら心の中で呟いた。

 

「もう一度聞くよ。一体どうして警官の制止を振り切ってまで、犯人に接近したんだい?」

 

 森田は先程と同様に、俯く小夜を見据えた。すると彼女の隣にいた優香が、蚊の鳴くような声で口を開いた。

 

「小夜ちゃんは私を助けるために、だ、だから――」

 

「でもその軽はずみな行動が、キミたち二人をより危険な状況に追い込んだんだ」

 

「だ、だけど……小夜ちゃんが来てくれなかったら私は――」

 

「ほんとにそうかな? 現場には警官たちが4人もいたんだ。わざわざ彼女が無謀な行動に出なくとも、十分に対処できたと思うんだけど」

 

 森田はそういうと、優香から小夜に視線を戻した。だが彼女は俯くばかりで口を開くことはない。すると応接室に沈黙が訪れた。

 

 丁度その時だった、森田が「痛たっ!」と声をあげた。どうやらテーブルの下で上司に向こう(すね)を蹴られたようだ。

 

「何するんですかっ!」

 

 森田は非難の眼差しを長倉に向けた。

 

「ごめんね、こいつデリカシーなくて」

 

 そんな彼を無視して長倉は小夜に微笑みかけた。

 

「ちょっと主任っ!」

 

「でもね、うちらも報告書作んないといけないのよ。これも仕事のうちだから、勘弁してあげてね」

 

 長倉は苦笑いを浮かべながらいった。そして森田に顔を向けると更にこう続けた。

 

「警官を振り切って犯人に近付いたのは友人を助けるため。その際、彼女は気が動転していて警官たちの制止には、全く気付くことは出来なかった。はい、これで問題ないでしょ?」

 

「……いいんですか? そんな適当で」

 

 森田は呆れ顔で手帳に書き込んでゆく。そんな中、如月は向かいに座る女性刑事に一瞬視線を向けた。

 年齢は恐らく30代半ばごろ。その歳でしかも女性が捜一の主任か。ってことはさぞかし仕事が出来るんだろうな……。

 

 いや、そんなことよりいま厄介なのはさっきの犯人だ。明確な殺意があった為、恐らく殺人未遂が適用されるはず。多分、5年以上が妥当だろう。だが犯人自ら犯行を中止しているため、減刑もしくは免除になる可能性が高い。

 

 薬物を使用していたから心神喪失・心神耗弱による刑事罰の減刑は無いにせよ、早めに出てこられて街でバッタリなんていうのは、勘弁してもらいたいな。ったく彼女のせいでまた厄介事が増えた……。如月は窓の外に映る街並みを見つめながら、静かに溜め息を漏らした。

 

「……如月君?」

 

 森田は小首を傾げながら呟いた。すると如月は窓に向けていた視線を、ゆっくりと彼の方に移してゆく。

 

「何ですか?」

 

「ええと……もしかして聞いてなかったのかな?」

 

 いつもの癖で鼓膜を遮断していた。恐らくこの刑事は何か話しかけていたのだろう。如月はそう思いつつ静かに口を開いた。

 

「すみません、ぼーっとしてました」

 

「ああ、そう……じゃあ、次からはちゃんと聞いてくれるかな?」

 

 森田はボールペンで頭を掻きながら苦笑いを浮かべた。すると如月は相変わらずの表情のまま無言で頷いた。

 

「それじゃあ、仕切り直してもう一度聞くけど……キミは三島さんたちを助ける為に犯人に接近した、ということでいいんだよね?」

 

「ええ、不本意ながら」

 

「警官たちの説得に任せる、っていう選択肢はなかったのかな?」

 

「薬物中毒に加え、誇大妄想を患っている男に、警官たちの至極真っ当な説得が耳に届くとは思えませんから」

 

「薬物中毒? どうしてそう思ったんだい」

 

「目は血走り、深いくまが刻まれた目元、加えて左腕に複数の注射痕。それだけ揃えば誰でも分ると思いますけど」

 

「ああ……なるほどね。じゃあ、誇大妄想というのは?」

 

 森田は手帳に書き込みながら尋ねた。

 

「犯人は自分を騎士だと思い込んでいました。年代は恐らくは中世中期。それが彼の作りあげた設定です」

 

「騎士……因みに中世中期というのはどうして分ったのかな?」

 

「彼がいったタンプル(・・・・)騎士団というのは歴史上存在しません。恐らくテンプル騎士団の間違いです。そしてそのテンプル騎士団の歴史で、最も有名なのが犯人がいった、1177年のモントギサールの戦いです。だから彼の設定は中世中期だと。このことから犯人の男は、騎士に対し凄まじい憧れはあったが、歴史はあまり詳しくない。なんせタンプルととテンプルを間違うくらいですからね。だからその手の知識をひけらかせば簡単に説得にも応じる、と」

 

 如月は一気にまくし立てると、テーブルのお茶で乾いた喉を潤した。

 

「なるほど……でも失敗する可能性もあった訳だね」

 

「ええ、あの状況で一番確実だったのは犯人が北川さんを突き飛ばした時点で、警官たちが一斉に彼を取り押さえるのが最善でした。恐らく三島さんもそう考えたんでしょう。でもそれは望めなかった。なので()()()なく(・・)僕が、ああいった行動に」

 

 如月は静かに森田を見据えた。彼がいうように警官たちは何も出来ずに、お座成りな説得を犯人に繰り返すばかりだった。

 

「だけど――」

 

「やめときなさい、あんたに勝ち目はないわよ」

 

 長倉は苦笑いを浮かべながら森田の言葉を遮った。そして如月に顔を向けると、目を細めながら彼を見据えた。

 

「よくあの状況下で瞬時にそれだけのことを考えたわね」

 

「暇つぶしに、よく人間観察をしてるもんで」

 

「へえ、そうなの。なら、刑事に向いてるわ」

 

「刑事? 悪ですけど、この世で二番目に嫌いな職業です」

 

「ふうん、因みにどうして?」

 

「事件が起きなければ、何も出来ないところが嫌いです」

 

「他には?」

 

「犯罪被害者対策の脆弱さが嫌いです」

 

「なるほど、他には?」

 

「犯罪の抑止力になっていないところが嫌いです」

 

「何か経験者は語る、みたいな感じだけど」

 

 長倉は再度、静かに如月を見据えた。すると彼はその眼差しを軽く受け流した。

 

「ただの一般論ですよ。そんなことより、今回の件は殺人未遂が適用されますよね?」

 

「ええ。犯人の殺意は明確だし、彼女にナイフをつき付けていたことも、現場にいた警官たちが証言してる。まあ、精神鑑定の結果次第だけど、恐らくはそうなるわね」

 

「犯人はどのくらい入りますか?」

 

「殺人未遂は死刑又は無期もしくは5年以上の懲役よ。今回の事件でいえば5年以上が妥当かな」

 

 思った通りだ。如月は小さく頷くと続けてこう尋ねた。

 

「でも今回の場合は犯人自ら犯行を中止しています。減刑もしくは免除もあるのでは?」

 

「確かに、そうね……ああ、なるほどね。そういうことか」

 

 長倉は納得するように頷くと、真剣な眼差しを如月に向けた。

 

「大丈夫よ。もし犯人がすぐに出て来たとしても、うちらがしっかりとキミたちを守るから」

 

「今しがたいった通り、全く信用できませんね」

 

「おいっ、そんないい方ないだろっ!」

 

 森田は眉にしわを寄せ、如月を睨みつけた。長倉はそんな部下を静かに諌めると、如月に視線を戻した。

 

「こればっかりは私たちを信用して、としかいえないわね」

 

 長倉は薄く微笑みながら如月を見つめた。暫しの間、刑事と男子高校生の睨み合いが続く。そして先に口を開いたのは如月のほうだった。

 

「知ってることはすべて話しました。なのでそろそろ失礼したいんですけどね」

 

「ああ、そうね。あなたたち二人はもういいわよ。でも北川さんはご両親が迎えに来るまでここで待機。いいわね?」

 

 長倉の問いかけに、優香は静かに頷いた。すると如月は静かにソファーから腰を上げると、隣で俯く小夜に視線を向けた。余程、精神的ショックが大きかったのか彼女は取り調べ中、一言も口を開くことはなかった。

 

「帰らないのかい?」

 

「私はここに残る……いいですか?」

 

 小夜は小声で呟くと長倉に視線を向けた。

 

「ええ、構わないわよ」

 

 長倉は軽く頷くと、如月に視線を移した。そしてにやけ顔を浮かべながらこう尋ねた。

 

「彼女はこういってるけど、それでもキミは帰っちゃうの?」

 

「ええ、帰りますよ。()()()りを(・・)()ってる(・・・)()がいるんでね」

 

「へえ、因みに誰?」

 

「あなたには関係ありませんよ」

 

 長倉は「ふん」と、鼻を鳴らすとソファーに体を預け禁煙パイポを咥えた。如月はそんな彼女に軽く頭を下げると、出口へと足を向けてゆく。

 

「ああ、そうだ。いい忘れてたけどさっきの犯人ね、今回の事件を起こす前に実家の両親を刺殺していたのよねえ……」

 

 長倉は思い出したように、如月の背中に語りかけた。するとドアノブに手を掛けていた彼の動きがピタリと止まる。

 

「二人殺してる。軽くて無期――まあ、恐らくは極刑になるわね」

 

 この女刑事わざと……。如月は溜め息を漏らしながら振り返った。

 

「そういう大切なことは、最初にいってもらえませんかね」

 

「だから忘れてたんだって」長倉は気怠そうにソファーから腰を上げた。そして如月を見

据えると「まあ、それとは別にあんな目に遇ったっていうのに、全く動揺していないキミを少し苛めてみたくなった、ってのも事実だけどね」と、いってニヤリと口角を上げた。

 

「大人の、いいや刑事のすることじゃないですね」

 

「たしかにそうよね……因みに犯人と対峙した時はどんな気分だった?」

 

「恐怖でガタガタと足が震えましたね」

 

「嘘つきなさいよ、現場にいた警官の話じゃ瞬き一つせずに ”大丈夫、問題ないです” っていってのけたらしいじゃない」

 

「そうでしたっけ、動転していたので覚えてないですね」

 

「キミはあの時、この最悪な状況を如何にして最善にもってゆくか、更にいえばどうやってそこの二人を助けるか、それのみを考えていた。違う?」

 

 やりづらい女刑事だ。流石は捜一の主任だけのことはある……。

 

「買い被りですよ。僕はそこまでお人好しじゃありません」

 

「頭の回転が速く、しかも恐れ知らず。でもそういう奴はね、大抵早死にするわよ」

 

「へえ、そうなんですか。因みにその統計のソースはどこから?」

 

「確かにあの瞬間はキミのとった行動が、最善だったかもしれない。でもね今回は偶然、上手くいっただけよ」

 

 如月の軽口をサラリといなすと、長倉は静かに彼を見据えた。すると如月は吐息を漏らしながら苦笑いを浮かべた。

 

「ええ、でしょうね」

 

「刑事としてはね、誰かさんみたいな()にたがり(・・・・・)は迷惑なのよ」

 

「ええ、全く同感です」

 

「だったら大事にしなさい。知ってるとは思うけど命は一個しかないんだから」

 

「これだから警察は嫌いなんです。特にお節介な女性刑事はね」

 

 如月の言葉に長倉は苦笑いを浮かべた。そして次の瞬間、姿勢を正すと凛とした表情を彼に向けた。

 

「今回は被疑者逮捕にご協力、誠に感謝いたします」

 

 そういって長倉は深々と頭を下げた。そんな彼女を見て如月は珍しく口角を上げた。

 

「全然似合ってませんよ」

 

「ええ、知ってるわよ」

 

 長倉はシニカルに微笑んだ。そんな彼女を暫く見つめた後、如月は静かに口を開いた。

 

「赤バッジ、どうして付けないんですか?」

 

「あのねえ、こんなもん付けてたら男が寄ってこないでしょ」長倉は眉間にしわを寄せながら、ジャケットのポケットからバッジを取り出した。そして自嘲した笑みを浮かべると「まあ……バッジだけが原因じゃないだろうけどね」と、続けた。

 

 変わった女刑事だ……。如月はそう思いつつ、小夜に視線を移した。すると彼女は相変わらず悲痛な表情で俯いていた。

 他人がどうなろうが、関係ないと思って生きてきた。なのになぜかあの時だけは、心が少しゆれた。ねえ、**ちゃん……一体、僕はどうなっちゃったんだろう? 如月は心の中で尋ねると、静かに警視庁の応接室をあとにした。

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