ハルへ   作:はるのいと

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第十八話「それぞれの想い」

 警視庁を出ると、如月の予想通り早苗たちの姿があった。彼女は小夜の不在に気付くと、当然のごとくその理由を彼に尋ねた。

 

「ショックを受けている友人に、付き添ってあげたいそうだよ」

 

 如月は簡潔に伝えると早苗は一瞬、訝しげな表情を浮かべた。だがそのあとすぐに「そっか……」と、いって納得した。

 

「警察の連中にはなんていわれた?」

 

 清水は気遣うように小声で尋ねた。

 すると如月は苦笑いを浮かべながら「まあ、要約すると ”素人のガキが余計なことはするな” と、いった感じだったね」と、答えた。

 

「……手厳しいな」

 

「まあ、その程度の(そし)りを受けるのは覚悟のうえだよ。それに警察の連中がイラつくのも無理はないさ」

 

 僕はどうしてあんな行動に出た? 彼女のことなんか、ほっとけばよかったじゃないか……。先程からの疑問が、如月の頭の中でグルグルと駆けめぐってゆく。クソッ……。彼が静かに奥歯を噛みしめた丁度その時、清水が微笑みながら口を開いた。

 

「お前らしいよ」

 

「僕らしい?」

 

「ああ、お前らしい」

 

 僕らしいって一体なんだ? 如月が自問自答をしていると、清水はゆっくりと早苗に視線を移した。

 

「この後はどうする、ここで三島を待つか?」

 

「ううん。私らがここにいても意味ないし……」

 

「まあ、そうだな……じゃあ、帰るか」

 

 清水はそういって如月の背中を軽く張ると、彼等はゆっくりと桜田門駅の方へと歩みを進めた。

 

 

 

「ねえ、お兄ちゃん」

 

 駅へと向かう道中、先程から黙りこくっていた有紀が突然、如月のシャツの裾をつかんだ。

 

「キミのお兄ちゃんは、そこにいるボーズ頭だろ?」

 

 如月は怠そうに前方を歩く、清水を顎でさした。すると有紀はにやけ顔を浮かべながら、首を横に振ってみせた。

 

「ううん。あれは信ちゃんだよ」

 

「信ちゃん? まあどっちにせよ、そのお兄ちゃんってのは勘弁してくれ」

 

「お兄ちゃんはさあ――」

 

「だから、そのお兄ちゃんっていうのは……いいや、もういい」

 

 如月はいくらいい聞かせても無駄だと判断し、早々に諦めることにした。

 

「ねえ、お兄ちゃんは怖くないの?」

 

「怖いって何が?」

 

「さっきみたいなこと」

 

「怖いよ。怖くて足が震えてたの見えてただろ?」

 

「嘘だあ、超余裕かましてたじゃん」

 

「あいにく表情に出ない性質(たち)でね」

 

「ねえ、どうして怖くないの?」

 

「しつこいなあ……」

 

「ねえ、教えてよ。お兄ちゃん」

 

「さあね。昔にもっと怖い目に遇ってるからじゃないのか」

 

 如月が吐き捨てるように呟くと、有紀はパッと瞳を輝かせた。

 

「えっ! どんな、どんな?」

 

「悪いけどR15だからキミにはいえない」

 

「ええっ! 教えて、教えて。気になって今日眠れなくなるよー」

 

 有紀はつかんでいたシャツを力任せに引っ張った。

 ったく鬱陶しいな……。如月はそう思いつつ彼女に顔を向けた。

 

「キミ……なんか顔、赤くないか?」

 

 如月は眉間にしわを寄せながら、有紀の顔を覗き込んだ。すると微かなアルコールの香

りが、彼の鼻腔をくすぐってきた。

 

「もしかして……」

 

 如月は小首を傾げながら有紀を見据えた。すると彼女はにこっと微笑みを浮かべると、次の瞬間いきなり彼の頬っぺたにキスをした。

 

「はい、チューしてあげたんだから教えて」

 

「おい。キミの可愛い後輩、酒飲んでるぞ」

 

 如月は冷めた眼差しを早苗に向けると、彼女は驚きながら目を丸くさせた。

 

「ええっ! 嘘でしょ? いつの間にっ!」

 

「有紀、こんな時にお前なに考えてんだっ!」

 

「だって……小夜さん、死んじゃうんじゃないかと思って超怖かったんだもん」

 

 有紀の瞳から大粒の涙が零れ落ちた。早苗は吐息を漏らすと、そんな彼女の頭に優しく手のひらを乗せた。

 

「だからって、どうして酒なんて飲んじゃうかなあ……」

 

「だって現実逃避にはお酒が一番なんでしょ?」

 

「あんたは新橋のサラリーマンかい?」

 

 早苗は苦笑いを浮かべると清水に視線を移した。

 

「この子、酔っぱらって少しふらついてるから、タクシーで帰った方がいいかも」

 

「ああ、そうだな」

 

 清水は軽く頷くと、小柄な妹を優しく背負った。そして如月にいつもの柔和な顔を向けると、こう続けた。

 

「警察の奴らがなんていったか知んねえけどさ、誰がなんといおうとお前はあの2人の命を救ったんだ。誇っていいと思うぜ、俺は」

 

 妹思いのボーズ頭はそういい残し、ゆっくりとタクシー乗り場へと向かっていった。

 

「なに格好つけてんだか……似合わねえっつうの」

 

 早苗は妹を背負う清水の背中を見つめながら、微笑みを浮かべた。そして如月に視線を移すと「じゃあ、うちらも行きますか」と、いって桜田門駅へと歩みを進めた。

 

 

 

「ねえ、どうして小夜はあんなことをしたと思う?」

 

 駅へと向かう道中、早苗は独り言のようにポツリと呟いた。

 

「友達の危機だったからだろ?」

 

「……ほんとにそう思ってる?」

「どういう意味だい」

 

おつむ(・・・)の良いあんたなら、もう分ってんでしょ? あの子がそんなタマじゃないってことは」

 

 早苗は自身のこめかみを人差し指で軽く小突くと、途端に顔を曇らせ憂いだ表情を如月に向けた。

 

「それにあの優香って子ねえ……小夜は彼女のことなんて友達とは思ってなかったよ」

 

「じゃあ、どうしてあんな行動に?」

 

「如月のせいだよ……あんたが小夜を変えた」

 

 早苗はそういって自嘲した笑みを浮かべた。

 

「自分でいうのもなんだけど、あの子が本当に心を許しているのは、幼い頃から私だけだった。でもあんたが現れてあっさりと私の立場は奪われちゃった」

 

 如月は黙って彼女の言葉に耳を傾けた。

 

「勘違いしないでね。べつに妬んでる訳じゃないから。それと一応断っとくけど私はレズでもないからね」

 

「分ってるよ」

 

「結局なにがいいたいかっていうと……あんたになら小夜を任せられる、そういうことよ」

 

「僕に任されても困るんだけどね……因みにどうしてそう思ったんだい?」

 

「小夜が人だかりを押しのけて、優香って子のところに向かったあの時、あんたは誰よりも早くあの子のもとに駆けつけた。体力のある陸上部員の私ら3人を、あっさりと差し置いてね」

 

「たまたまだよ」

 

「そしてその出来の良いおつむをフル回転させてあの子を守った……格好良かったわよ。相手が小夜じゃなかったら惚れてたかも、って思うくらいにね」

 

「随分と褒めるね」ふっと吐息を漏らすと、如月は苦笑いを浮かべた。そして「彼女には少なからず借りがあるからね……ただそれだけだよ」と、続けた。

 

「借りって、あのビー玉のこと?」

 

「それもあるし、あと昼食の弁当とかもね」

 

 如月は小さく笑みを漏らすと、早苗は呆れ顔を彼に向けた。

 

「それなら、たまには ”美味しかったよ” とか、 ”いつもありがとう” くらいいってあげなさいよ」

 

「あのてのタイプは、甘やかすとろくなことにならないからね」

 

「如月は釣った魚にはエサをやらないタイプだ」

 

「釣ったんじゃなくて、勝手に魚籠(びく)の中に入ってきたんだよ」

 

「はははっ、確かにそうだね」

 

 自嘲した表情を浮かべる如月を見て、早苗は屈託なく笑った。その後、二人は他愛もない会話を交わしながら、ゆっくりと駅へと歩みを進めた。

 そんな中、如月はふと空に視線を移した。すると先程まで晴天だった空はいつの間にか、綺麗な夕焼けに覆われていた。

 

 どうして自分があんな行動に出たのか? いくら考えてもその答えは出せなかった。恐らく今の僕には正解をみつけることは出来ないのだろう……。如月はその綺麗な夕焼け空を眺めながら、心の中のもどかしい想いにそっとふたをした。

 

 

 

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