ハルへ   作:はるのいと

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第二十話「ひじきの思い出」

 1時限目の授業は数学Ⅰ。教科担任の河合は教科書に目を落としながら、二次関数の問題を説明している。相変わらずの滑舌の悪さに生徒たちは辟易としていた。

 そんな中、小夜がぼんやりとその説明を聞いていると、スマートフォンにLINEのメッセージが届いてきた。相手は小夜の予想通り早苗だった。廊下側の席に目を向けると、彼女は小さく手を振っている。

 

 メッセージを開くと【あいつ、なにやってんだろう?】と書かれていた。小夜が窓際の席に顔を向けると、如月は教師からは見えない角度で、スマートフォンを弄っていた。忙しなく指を動かしているところを見ると、どうやら誰かと連絡を取り合ってるようだ。

 

 連絡を取り合うような親しい人がいたんだ……。小夜は正直なところ意外だった。何故なら彼と過ごしてきたこの数週間、そんな人間は誰一人としていなかったからだ。

 女だろうか?……いやいや、それはないでしょ。じゃあ、私ら以外の友達? ううん、それも考えにくい。如月を眺めながらそんなことに考えを巡らせてると、自分とは別にもう一人、彼に視線を向けている生徒がいることに気付いた。

 

 沢木詩織――学級院長でありクラスでも大人しく真面目な印象の詩織。そんな彼女が授業中にも関わらず、教師にではなく如月に視線を向けている。そんな詩織の様子を見て、小夜の頭の中に小さな可能性が浮かんだ。1時限目が終了し、2時限、3時限……そして4時限目の授業中も、詩織の視線の先には如月の姿があった。

 

「授業そっちのけで、一体誰と連絡取り合ってたわけ?」

 

 昼休み――教室の片隅では、いつもの面子で昼食を摂る3人の姿があった。そんな中、小夜は弁当の蓋を開けながら如月に顔を向けた。

 

「ただの知り合いだよ」如月はそういってミートボールを口に運んだ。そしていつもの無表情で「そんなことより、そっちこそ授業に集中しなよ。ずーっと見てただろ? 僕のこと」と、続けた。

 

 もっ、もろバレしてた……。途端に小夜の顔が紅潮してゆく。

 

「……顔、赤っ!」

 

 早苗は購買部のパンを開けながら、小夜の顔を覗き込んだ。

 

「うっさいっ」

 

「あははは、ちょっと見てよ、如月っ! この小夜の可愛過ぎる顔。真っ赤よ、真っ赤っ! あはははっ」

 

 早苗の悪ふざけをよそに、如月は我関せずで昼食を続けていた。その後、程なくして小夜の顔色も落ち着いたころで、彼は箸を止めるとおもむろに口を開いた。

 

「放課後、この前オープンした二階堂駅前の書店にいくけど……」

 

 如月がそういって小夜を見つめると、途端にその場の空気が止まり沈黙が流れだした。

 

「それって……もしかして誘ってくれてる?」

 

「まさか。どうせついて来るだろうから、先にいっといただけだよ」

 

「そう……じゃあ、しょうがないから(・・・・・・・・)ついていってあげる」

 

 小夜は素っ気ない態度で、弁当のおかずに箸を伸ばした。すると如月は不機嫌そうに鼻を鳴らすと、止まっていた昼食を再開した。そんな二人を早苗は呆れ顔を作りながら、交互に見比べていた。

 ヤバい……気を張ってないと自然と顔がゆるんでしまう。小夜はそう思いつつ、何食わぬ表情で淡々と昼食を続けた。

 

 

 

「おまたせ。じゃあ、いこうか」

 

 帰り支度を終えた小夜が、微笑みながら如月のもとに訪れた。丁度その時だった、教室の中央から「もう、いい加減にしてっ!」と、いう女子生徒の声が響いた。

 二人が声のした方に顔を向けると、そこには学級委員長の沢木詩織が、顔を紅潮させながら副委員長の杉村に詰め寄っている姿があった。

 

「だから用事があるっていってんだろ」

 

「いつもそうやって、自分の仕事を私に押し付けるじゃないっ!」

 

「とうとうキレたか」

 

 如月は詩織の様子を眺めながらポツリと呟いた。そしてゆっくりと自身の鞄に手を伸ばしてゆく。

 

「えっ?」

 

「いいや、こっちの話だよ。さあ、行こうか」

 

「ゴメン、ちょっと待って」

 

 小夜はそういって詩織のもとへと近づいてゆく。そして二人の間に割って入ると「どうしたの?」と、優しく彼女に尋ねた。

 

「……杉村君がいつも私に仕事を――」

 

「用事があるんだから仕方ないだろ?」

 

「じゃあ、用事があれば沢木さんも仕事をサボってもいいわけね?」小夜は杉村を見据えると更に「今まで何度、彼女に仕事を丸投げしたわけ?」と、続けた。

 

「そんなのいちいち数えてないよ」

 

「何回くらい?」

 

 小夜は詩織の顔を覗き込んだ。

 

「多分、20回以上は……」

 

「ってことは少なくてもこれから20回以上は、沢木さんから仕事を押し付けられても文句はいえないわよね?」

 

 にこっと微笑みを浮かべると、小夜は静かに杉村を見据えた。

 

「……分ったよ」

 

「そう、よかった。じゃあ、早速だけど今日のプリント整理お願いね」

 

「えっ、今日?」

 

「うん。だって沢木さんと私、駅前の書店にいくって約束してるんだもん。ねえ?」小夜が同意を求めると、詩織は静かに頷いた。「ほらね、だから一人で頑張ってちょうだい」

 

 小夜の勢いに負けて、杉村は素直に首を縦に振った。

 

 

 

「さっきはありがとう」

 

「いいって、いいって」

 

 小夜は下駄箱で靴を履き替えながら、片手をひらつかせた。そして詩織の手を取ると、昇降口のまえで佇む如月に顔を向けた。

 

「彼女もいい?」

 

 小夜の問いかけに、彼は相変わらずの無表情で頷いた。

 

「ねえ、二人っきりじゃなくていいわけ?」

 

 早苗は口元を手で覆いながら、小夜に耳打ちをした。

 

「まあ、行きがかり上、仕方ないっしょ」

 

「じゃあ、私も部活休みだし一緒にいこうかな」

 

「うん。おいで、おいで」

 

 

 

 二階堂駅前の宝玉堂書店は、オープンしてから数日が経っている為か、大混雑している訳でもなく程よい客入りだった。そんな中、如月は入店すると同時に、小夜たちを無視して書籍の物色を始めた。

 

「ねえ、私たちはこの辺にいるからねっ! 迷子になったり、絶対に一人で勝手に帰ったりしないでよ」

 

 小夜は座読スペースに腰を下ろすと、専門書関連の場所に足を向ける如月に声をかけた。

 

「……まるで我が子を心配するオカンね」

 

「ほっといてよ」

 

 小夜は心配そうに如月の背中を見つめながら呟いた。そして「それより無理につき合わせてゴメンね」と、いいながら詩織に顔を向けた。

 

「ううん」詩織は伏し目がちに首を横に振った。「私のほうこそごめんなさい……本当は如月君と二人きりで来るはずだったんでしょ?」

 

「うん。まあ、そうなんだけど。でもいいのよ、二人きりで来たところで、どうせあのざまだし……」

 

 小夜は遠くで分厚い本に目を落としている如月を見つめると、呆れるように溜め息交じりで肩を落とした。

 

「それにしてもさあ、さっきはびっくりしたよ。だって委員長めっちゃキレてんだもん」

 

 早苗は手近な本を手に取りながらいった。

 

「私もびっくりした。沢木さんって大人しそうだし、怒るなんて想像つかなかったから」

 

「そうだよね……自分でも驚いたもん」

 

「何か心境の変化でもあったん?」

 

「心境の変化っていうか……でも前に如月君にいわれた一言が大きいかも」

 

 詩織は彼の背中を眺めながら早苗の問いに答えた。すると小夜が小首を傾げながら、彼女の顔を覗き込んだ。

 

「彼、何ていったの?」

 

「 ”頼まれたら何でもするの?” って……私って気が弱いから誰かに何か頼まれたら中々断れなくて」詩織は自嘲した笑みを浮かべた。「でも如月君にそういわれて思ったの……今度からは嫌なことはちゃんと断ろう、って」

 

「そうだったんだ……」小夜はポツリと呟くと、詩織に向き直り彼女の瞳を静かに見据えた。「沢木さん、彼のこと好きでしょ」

 

「えっ、どうして?」

 

「女子校生の勘。どう、当った?」

 

 小夜は表情を崩しながら詩織を見つめた。

 

「どうなんだろう……でも好きっていうよりも憧れの方が強いかも」

 

「憧れ? あれのどこに憧れる要素があんの?」

 

 早苗は呆れ顔で首を横に振った。

 

「だって私と違って人の顔色なんてお構いなしだし、周りの声なんか全然気にしない。なんか孤高っていうか……そんなところが凄いなあ、って」詩織は微笑みながら二人に答えた。そして思い出したように「それに意外と優しいしね」と、続けた。

 

「優しいって?」

 

 小夜が不思議そうに小首を傾げると、詩織は静かにあの日の出来事を語り出した。

 

「入学式の日ね――」

 

 その日、詩織は体調が悪かった。

 生理痛に加え、貧血がひどく頭も(もや)がかかったようにぼんやりとしていた。そんな状態で階段を上っていた時だった、彼女は足を踏み外し後方へと転げ落ちそうになった。

 

 あっ、誰か助けて……。詩織が心の中でそう叫んだ時だった、彼女の腕を取り転げ落ちるのを間一髪で助けた人物がいた。それが如月だった。

 

「貧血かい?」如月の問いかけに、人見知りな詩織は無言で頷いた。すると彼は「そんな状態でこんな所をうろつくのは迷惑だ」と、続けたという。

 

「”迷惑だ” って……普通そこは ”大丈夫?” でしょうよ」

 

 早苗は溜め息交じりで苦笑いを浮かべた。

 

「……でもね、その後ふらついてる私を保健室まで送ってくれたの」

 

 詩織は瞼を閉じながら、思い出すように微笑みを浮かべた。 

 

「そして私を送り届けるとね、あの無表情でこういったの。 ”貧血対策には鉄分豊富なひじきが効果的だ。レバーなんかよりも手軽に取れるし吸収率もいい。それに何よりヘルシーだ” って。その時思ったの、この人は凄く優しい心の持ち主なんだろうなあ、って」

 

「買い被り過ぎだよ」

 

 小夜が微笑みながら呟いた。

 

「間違いなく買い被り過ぎだね。アレはそんなタマじゃないわよ」

 

 早苗は顔を顰めながら続けた。

 

「……やっぱり?」

 

 詩織がそう呟くと3人の少女は静かに笑った。

 

 いいとこあるじゃん……多分、私が同じことを彼にされたら、嬉しさのあまり涙を流すだろう。小夜は相変わらず書籍を物色している朴念仁を見つめながら、静かに微笑みを浮かべた。

 

 

 

「じゃあ、私は委員長と帰るから、あんたはちゃんと小夜を送り届けるのよ」

 

 早苗はそういって、如月の胸を人差し指で何度も小突いた。すると彼は慣れた様子でその指を素早く払いのる。

 

「それじゃ」

 

 如月がそういって二人に背中を向けた時だった、先程から黙りこくっていた詩織が突然口を開た。

 

「ひじきっ!」

 

 詩織は如月の背中に声をかけた。そして一呼吸置くと更にこう続けた。

 

「あれから毎日少しずつだけど食べてる」

 

「ふうん。で、効果のほどは?」

 

 如月は振り返りながら尋ねた。すると詩織は微笑みながら静かに頷いた。そして彼女はあの日にいえなかった、お礼の言葉を彼に伝えた。

 

「ありがとう」

 

「お礼なら、僕にじゃなくてひじきにいうんだね」如月そういって腕時計に目を向けた。すると時刻は17時05分を示していた。「もう、こんな時間か。それじゃ、また明日」彼はそっけなくいうと、静かに最寄駅へと歩みを進めた。

 

 

 

「ねえ、どんな本買ったの?」

 

 自宅マンションに向かう道中、小夜が尋ねると如月は買ったばかりの本を彼女に手渡した。

 

「これってどんな物語なの?」

 

「人を呪わば穴二つ、という{諺|ことわざ}は?」

 

「ええと……他人を呪い殺せば恨みをその相手から受けて、結局は自分も死ぬことになる。だから墓穴が二つ必要になる、とかそんなんじゃなかったっけ?」

 

(おおむね)、正解」

 

 如月はそういうと、小夜の持っている小説をさした。

 

「理不尽なことをされて恨みたくなる気持ちも解るが、人を呪わば穴二つだ。嫌なことはもう忘れて新しい人生を歩んでいこう、といった前向きな小説だよ」

 

「へえ……ご立派なお話だけど私には無理だなあ、そんな考えかた」

 

「どうしてだい?」

 

「例えば如月君が誰かに殺されたとしたら、私は絶対に許さない。地の果てまで追いかけて犯人を殺す。墓穴を何個作ろうともね」

 

 小夜は当たり前のようにいってのけた。

 すると如月は苦笑いを浮かべながら「……キミらしい考え方だね」と、呟いた。

 

 そういった如月の顔は、どこか寂しげな表情だった。少し気になったが小夜はそのことに触れることはなかった。何故か聞くのが躊躇(ためら)われたのだ。

 彼女は小さく溜め息を漏らしながら、再び如月の横顔を盗み見た。すると先程の寂しげな表情は綺麗さっぱりとなくなっており、いつもの無表情に戻っていた。

 

 気のせいかな……。小夜はそう思いつつ普段通り他愛もない会話を交わしながら、夕暮れの道をゆっくりと歩いてゆく。だがこの時、彼女は何も知らなかった。

 如月の寂しげな表情の理由も、彼が抱えている苦悩と葛藤、他人には絶対に理解できない心の大きな傷。そして谷底のような深い闇を……。小夜はのちに、その事実を嫌というほど知ることになる。

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