ハルへ   作:はるのいと

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第三十話「動き出した歯車」

 土曜日の午後――如月は自室のベッドで天上を見上げていた。窓からは温かい西日が降り注いでくる。彼は寝返りをうつと、枕元のノートパソコンに目を向けた。画面には公園で休日を楽しむ、見慣れぬ家族三人の姿が映し出されている。

 

「幸せそうだな……」

 

 如月は冷笑を浮かべながら呟いた。そしてベッドから素早く起き上がると、暗い眼差しでノートパソコンをシャットダウンした。

 時刻は12時30分――待ち合わせまではまだ時間がある。彼はリビングに向かうと軽めの昼食をとった。近くのコンビニで買ったサンドウィッチは、思いのほか不味かった。どうやら彼女の手料理にすっかり舌が慣れてしまったようだ。人間の慣れというのは本当に厄介なものだな……。如月は自嘲した笑みを浮かべながら、いまいちなサンドウィッチを頬張った。

 

 昼食を終え、時計に目を向けると、丁度いい頃合いの時刻になっていた。如月はサンドウィッチの包み紙をゴミ箱に捨てると、玄関先で誰もいないリビングに顔を向けた。

 

「じゃあ、行ってくるね」

 

 彼はそう呟きながら家を出ていった。玄関を出ると通りには、近所の佐々木夫人の姿があった。彼女は茶色のトイプードルを連れて、散歩から戻ってきたところだった。70歳に差しかかっていても、毎日欠かさず2回の散歩をこなしている健康なご婦人だ。

 如月は佐々木夫人に軽く会釈をした。すると彼女は「こんにちは」と、微笑みながらいってきた。如月も同様に返す。

 

「お出かけ?」

 

「ええ、灰原駅の方に」

 

「そう、気を付けて行ってらっしゃい」

 

「はい」

 

 彼は小さく頷くと、再度会釈をして朱里駅へと歩みを進めた。

 

 

 

 クライトンホテルのラウンジには一般宿泊客のほかに、スーツを身に纏ったビジネスマンたちの姿が数名あった。

 

「お一人様ですか?」

 

 そう尋ねてきたウェイトレスをよそに、如月は辺りを見渡した。すると日当たりの良い窓際の席に、目的の人物を発見した。彼はウェイトレスにホットコーヒーを注文すると、その席へと歩みを進めた。

 

「早いですね、待ちましたか?」

 

「いいや」

 

 草薙三郎はかぶり振りながら、コーヒーカップに手を伸ばした。細面の顔にさして特徴のないところが特徴といった容姿は、何度すれ違っても相手に顔を覚えられることがない。その特異な風貌は彼の職業にはなによりの武器だった。

 

「わざわざ、すみません」

 

「珍しいな、お前からの呼び出しなんて」

 

「まあ、最後ぐらいはね」

 

 如月は彼の向かいに腰を下ろすと、軽く微笑みを浮かべた。

 

「そうか。ということは今日で契約は終了ってことだな?」

 

「ええ。長い間ありがとうございました」

 

「それはこっちの台詞だ。お前には随分と稼がせてもらった」

 

 草薙がニヤリ口角を上げると、如月は静かに苦笑いを浮かべた。

 

「それにしても、よく子供の依頼なんて受ける気になりましたね」

 

「ただのガキなら相手にしないさ。でもお前はそうじゃなかった。だろ?」

 

 家族の保険金――多額の財産が転がり込んできた。まだ幼かった僕に叔父は ”お前の好きなように使え” と、いってきた。だから好きなように使った……。

 

「草薙さんが守銭奴で助かりましたよ」

 

「褒め言葉として受け取っておく」

 

 草薙はニヒルな笑みを漏らすと、ゆっくりとした動作でコーヒーに口をつけた。

 

「それで、こんな無駄話をする為に、わざわざ俺を呼び出した訳じゃないんだろ? 用件があるならさっさといえ」

 

「相変わらず、せっかちですね」

 

 如月は窓から覗く綺麗な景色を眺めながら、独り言のようにこう続けた。

 

最後(・・)()依頼(・・)があります」

 

「まあ、予想はしてたけどな……」草薙は大げさに溜め息を漏らした。「正直、断りてえとこだな。なにせお前の依頼はいつも(・・・)割に合わねえ」

 

「すみません」

 

 如月は真剣な眼差しで草薙を見据えた。そして東西銀行と書かれた封筒を彼の前に差し出す。すると草薙は当たり前のように封筒を手に取り中を確かめた。

 

「3本か……」

 

「ええ、諭吉が3百人です。それを踏まえた上で、僕の話を聞いて頂けますか?」

 

「この詐欺師が……」

 

 如月の淡々としたいい回しに、草薙は飽きれるように口の端を曲げた。

 

「――どうです、引き受けて頂けますか?」

 

 依頼内容を伝えると、如月は静かに草薙を見据えた。すると彼は眉間にしわを寄せながら「随分とややこしい依頼だな」と、答えた。

 

「無理ですか?」

 

「いいや、出来るぜ」

 

 草薙は間髪入れずに答えると、如月を見据えながら苦笑いを浮かべた。

 

「これで俺も立派な誘拐犯(・・・)だな?」

 

「ですね」

 

「まあ、長年のご常連さんだからな、今回はこの程度の端金で引き受けてやるよ」

 

「ありがとうございます。因みに端金の語源は――」

 

「いいや、もう結構だ。お前が博学なのは充分過ぎるくらい知ってる」

 

 草薙は片手で制すると、苦笑いを浮かべながらかぶりを振った。

 

「そうですか……」

 

 如月が残念そうに呟いた時だった、先程のウェイトレスがコーヒーを運んできた。すると彼は途端に口をつぐむ。そしてウェイトレスがはけたのを確認するとこう続けた。

 

「今回の仕事は絶対に失敗は許されません、だから――」

 

「俺を誰だと思ってる?」

 

 草薙は鋭い眼差しを如月に向けた。そしておもむろに伝票へ手を伸ばしてゆく。

 

「ここ餞別代りに俺がおごってやる。滅多にないことだから、じっくりとそのクソ高けえコーヒーを味わえよ」

 

 草薙がそういって静かに腰を上げると、如月はコーヒーを見つめながら珍しく少し寂しげな表情を浮かべた。

 

「もう、お会いすることもないと思いますがお元気で……」

 

「……そうだな。俺もお前みたいな野郎とは、もう二度と会いたくない」

 

 草薙は伝票をひらつかせながら、おどけたようにいった。そして暫しの沈黙のあと「その暗い瞳とも、今日でおさらばだな……」と、続けた。

 

「ええ……そうですね」

 

「じゃあな……お前の積年の想いが成就するのを陰ながら祈ってる」

 

「なんか……嘘くさいですね」

 

「ああ、嘘だからな」

 

 草薙はシニカルに笑った。

 

「格好つけすぎだろ、この守銭奴便利屋が……」

 

 如月は小さくなってゆく草薙の背中を眺めながら小さく呟いた。丁度その時だった、背後から聞き覚えのある声が彼の鼓膜に届いてくる。振り返るとそこには権藤保の姿があった。その隣には北田優香が俯きながら佇んでいた。

 

「久しぶりだね、元気かい?」

 

 権藤は薄ら笑いを浮かべながら、如月のもとへと近づいてゆく。

 

 相変わらず、嫌な笑みだ……出来れば今日は関わりたくないんだけどなあ。

 

「ええ、おかげさまで心身ともに」

 

「そりゃ、残念だ」

 

「でしょうね」

 

 如月が我関せずといった表情で答えると、権藤は冷たい笑みを浮かべながら彼を見据えた。

 

「相変わらず、ドス黒い瞳だね」

 

「あなたの顔も相変わらず黒いですね」

 

 暫しの間、二人の睨み合いが続く。程なくして権藤が口を開いた。

 

「それで、小夜ちゃんとは?」

 

「まあ、ぼちぼちですかね」

 

「ぼちぼちか……ところで、さっき一緒にいた人は?」

 

「知人です」

 

「知人……人間嫌いのキミにかい?」

 

「人間嫌いでも知り合いくらいはいますよ。あなたと僕が良い例でしょう?」

 

「確かに……それにしても相変わらず、キミは感情(こころ)を読ませないねえ」

 

 権藤はこめかみを小突きながら、苦笑いを浮かべた。すると如月は無表情のまま、コーヒーカップに手を伸ばしてゆく。

 

「そうですか?」

 

「キミに出会ってから、僕は不意に思うことがあるよ。 ”キミの心を丸裸にしてみたい” ってね」

 

 権藤はコーヒーの香りを楽しむ如月を見据えた。

 

「随分と回りくどいいい回しですね。はっきりといったらどうです? ここには三島小夜

もあなたの()カノ(・・)もいませんよ」

 

 如月はそういってコーヒーを一口含んだ。

 

「じゃあ、はっきりというよ。僕がその気になれば、高校生(ガキ)の心を壊すなんて雑作もない、といってる。どうする?」

 

「お好きにどうぞ」

 

 如月は間髪入れずに返した。その表情はいつぞやと同じく、冷淡なものに変っていた。

 

「……本当に揺れないね、キミは」

 

「子供の頃から、山崩しでは1度として負けたことがないんで」

 

「へえ、奇遇だな。僕もそうなんだよ」

 

 権藤は微笑みながらいった。だがその鋭い目は一切笑ってはいない。

 

「しかし、僕も随分と嫌われたもんですね。因みになにか理由でも?」

 

「分かってるだろ?」

 

「ええ、勿論」

 

 二人の静かな睨み合いが数秒続いた。するとその緊迫した空気に耐えきれなくなった優香が、震えながら口を開いた。

 

「あ、あのう、喧嘩は止めて下さい……」

 

 その蚊の鳴くような声に、二人の緊張は一気に解かれた。

 

「喧嘩? 只の日常会話じゃないか。だろ?」

 

 権藤は大げさに目を丸くさせると、苦笑いを浮かべながら如月に微笑みかけた。

 

「ええ」如月はコーヒーを一口含みながらいった。そして暫しの沈黙の後、彼は優香に顔を向けながら「今日はデートかい?」と、尋ねた。

 

「違いますっ!」

 

 優香が咄嗟に否定すると、権藤は大げさに肩を落とした。

 

「そこまで露骨に拒否られると、流石にへこむね」

 

 権藤は苦笑いを浮かべると、気を取り直すようにこう続けた。

 

「彼女にはね、僕の仕事を手伝ってもらってたんだ。だけどそれも今日をもって無事に卒業する運びとなった。キミの彼女(・・)の強い要望があってね。だから本日はその餞別代りにホテルでランチを御馳走していた、とまあそんなところだよ」

 

「なるほど。でも楽しいランチではないかったみたいですね、少なくても北田さんにとっては」

 

「なぜそう思うんだい?」

 

「彼女の顔を見れば一目瞭然でしょ」

 

「確かにキミのいう通りだよ……これでも若い子には、人気があると思っていたんだけどなあ」

 

 権藤は再度、大げさに肩を落とした。そしてなにかを思いついたように、微笑みながら如月に顔を向けた。

 

「よし、ここで会ったのもなにかの縁だし、彼女のことは如月君に任せることにしようかな」

 

「いってる意味が全く分かりませんけど」

 

「彼女はね、先の一件以来どうやらキミのことがあれ(・・)らしいんだ」

 

 権藤は小声でささやくと、ちらりと優香に目を向けた。そしてすぐに如月に視線を戻すと、ニヤケた笑みを浮かべた。

 

「意味は分かるよね?」

 

「ええ、薄っすらとは」

 

「じゃあ、よろしく頼むよ。人間嫌いの如月君」権藤はそういうと優香に顔を向けた。

 

「また仕事がしたくなったら、いつでも帰っておいで。歓迎するから」

 

 彼はそういうと如月の言葉を待たずして、足早にその場をあとにした。

 

 散々絡んできた挙句に、厄介払いか……。如月は大げさに溜め息を一つ漏らすと、怠そうに眉間をつまんだ。権藤が去り、一人きりになった優香は所在なさ気に佇んでいた。そんな彼女を如月は静かに見上げた。

 

「座れば? そんな所に突っ立てたら他の客に迷惑だよ」

 

「あっ、はい」

 

 優香は緊張した面持ちで、如月の向かいに腰を下ろした。そして暫しの沈黙の後、彼女は伏し目がちにこう呟いた。

 

「……ご、ごめんなさい」

 

「その謝罪の意味は?」

 

 如月は首を傾げながら、優香を見つめた。

 

「こないだ助けてもらったのに、私まだお礼もいってなかったから……」

 

「ああ、そのことか」

 

 暫しの気まずい沈黙の後、如月はメニューを手に取り優香に手渡した。

 

「なにか頼めば?」

 

「えっ? ああ、はい」

 

 如月がウェイトレスを呼び止めると、優香はカモミールティーを注文した。するとまた気まずい沈黙が二人の間に流れだす。だが今回その沈黙を破ったのは、先程から俯きっぱなしの優香だった。

 

「あ、あのう……改めて、こないだは本当にありがとうございました」

 

 優香は上目づかいで如月を見つめた。

 

「どういたしまして」

 

「多分、如月さんが助けてくれなかったら私たち――」

 

「あの女刑事もいってただろ? あの時はただ運が良かっただけだよ。だからそこまで僕に恩を感じる必要はない」

 

 如月は窓に視線を移しながら呟いた。

 

「……やっぱり小夜ちゃんのいう通りだ」

 

 優香は控えめに微笑みを浮かべた。そんな彼女の様子を見て如月は小首を傾げながら「彼女がなんて?」と、尋ねた。

 

「如月さんにお礼をいうんだったら、控えめにした方がいい。じゃなきゃ単にウザがられるだけだから、って」

 

 本当によく分かってらっしゃる……。如月は心の中でほくそ笑んだ。

 

「彼女とはよく会ってるみたいだね」

 

「はい。最近はこまめに連絡をくれます。多分、気を使ってくれてるんです。小夜ちゃん……」

 

 優香はそういって自嘲気味に微笑んだ。

 

「彼女が気を使う? どうして、そう思うんだい」

 

「権藤さんの仕事のこととか、こないだの一件とか……小夜ちゃん、そのことでなにか責任を感じてるみたいで。だから私なんかの為に――」

 

「チャレンジバーグ」

 

「えっ?」

 

「キミ、1キロものハンバーグを15分で間食したんだって?」

 

「どうしてそれを?」

 

「勿論、三島さんから聞いたんだよ。キミの話題は彼女の口からよく出てくるからね」

 

 如月は素っ気ない態度でいうと、手近にあったメニューを開いた。

 

「本当に興味がないのなら、あんな頻繁にキミの話題が出てくるとは思えないけど」

 

 暫しの沈黙――程なくして如月はメニューに目を向けたままこう続けた。

 

「まあ、僕の個人的な所見だけど」

 

「……ありがとう」

 

 優香は微笑みながら小声で呟いた。そして彼女は運ばれてきたカモミールティーに手を伸ばすと、幸せそうにその香りを楽しんだ。如月はそんな優香から外の景色に視線を移してゆく。

 

 カモミールティー……安眠、リラックス、疲労回復に作用。歯肉炎や口臭予防。抗酸化作用でガン予防や老化防止にも役立つ、万能なハーブティーだ。

 カモミールは別名『マザーリーフ』とも呼ばれている。その名の通り、 ”母親のように優しい” 効能をもつハーブとしても有名だ。母親のように優しいか……そうじゃない母親も大勢いるけどな。如月が窓の外を眺めながら、ぼんやりとそんなことを考えていると、不意に優香が口を開いた。

 

「どうしよう。こんなとこで如月さんと二人っきりで、お茶してたなんてことが小夜ちゃんにバレたら……」

 

「大丈夫だよ。こんなこと(・・・・・)くらいで彼女が怒る訳ないだろ」

 

「そうかなあ……」

 

 如月の言葉を聞いても、優香の不安げな表情は変わらない。

 

「下手に隠し立てする方が、よっぽど危険だと思うよ」

 

 どれだけ心配性なんだ。こんなことで彼女が怒るわけないだろ。如月は心の中で溜め息を漏らした。

 

「そ、そうですよね」

 

 優香は自分にいい聞かせるように何度も頷いた。

 その後、二人は弾まない会話を交わしながら、数十分のお茶会を楽しんだ。別れ際、優香は再び先日の礼をいって、如月に深々と頭を下げた。そしてすぐに自分の愚行に気付くと、顔を赤らめながら恥ずかしそうに微笑んだ。

 

 如月はそんな彼女に苦笑いを向けると、静かに空へと視線を移動させた。そこには雲一つない青空が広がっていた。

 もうすぐすべてが終わる……。彼はそう心の中で呟きながら、冷たい眼差しを晴天の空に向けた。

 

 

 

「優香とホテルでお茶ってどういうことよっ!」

 

 早朝の教室――小夜は如月の向かいに座るなり、机を叩きながら彼に詰め寄った。

 前言撤回。どうやら、彼女はこんなこと(・・・・・)でも怒るようだ……まあ、ときには予想を外すこともあるさ。如月はそう心の中で呟くと、鼻息を荒くしている恋人に顔を向けた。

 

「少しは落ち着きなよ。因みに北田さんからはなんて聞いたんだい?」

 

「”今日、如月さんとクライトンホテルでお茶したの、超楽しかったなあ” って」

 

 優香の声色を真似をするように小夜はいった。

 

「……彼女から聞いたのはそれだけかい?」

 

「ええ、そうよっ!」

 

 天然だとは聞いてたけど、これほどまでとは思わなかった。言葉が足りない、とかいうレベルを遥かに超えている。これじゃ勘違いしてください、といってるようなものじゃないか……。如月は再度溜め息を漏らしながら、小夜に視線を向けた。

 

「それでキミは彼女になんて?」

 

「正直、はらわたは煮えくり返ってたけど、私にもプライドってのがあるからね。 ”ふうん、良かったじゃん” っていって無理やり飲み込んだわよ」

 

「正解だね」

 

 如月は頷きながらいうと、一昨日の出来事を小夜に説明した。

 

「……なあんだ、それなら最初からそういってよ」

 

 話を聞き終えると、小夜は吐息を漏らしながら椅子に体を預けた。

 

「いう暇を与えなかったのはどこの誰だよ」

 

「相変わらず言葉足らずだなあ、あの子。今度、ビシッといってあげなきゃ」

 

 如月の非難のこもった眼差しを、小夜はサラリと受け流した。だが彼の追及はさらに続く。

 

「僕が彼女となにかあったと本当に思ったのかい?」

 

「い、いや、そういうわ訳じゃ――」

 

「信用がないんだな、僕は」

 

「だからそういう訳じゃ……でもね、如月君も悪いんだよ。軽々しく女の子とお茶なんかして。しかも相手は私の友達だよ。これじゃイラッともくるでしょ?」

 

「だからだよ」

 

「だから?」

 

「ああ。大切(・・)()()の友人を無下には出来ないだろ?」

 

 如月は真剣な眼差しで小夜を見据えた。

 

「……や、やばい。いまのもう一回いって」

 

 小夜は潤んだ瞳で如月の両手を握りしめた。すると彼はいつぞやと同じように「今日の弁当のメインは?」と、無表情で尋ねた。

 

「小夜ちゃん、特製ザンギ」

 

「ザンギかあ……因みに鳥の唐揚げとザンギの違いはね――」

 

 小夜は唇で如月の言葉を遮ると、悪戯っぽく微笑みを浮かべた。

 

「今回はこれで許してあげる」

 

 丁度その時だった、クラスメイトたちが一人、二人と教室になだれ込んできた。その中には朝練を終えた早苗の姿もあった。小夜は機嫌良さ気に彼女に近づいて行く。どうやら如月の魔法の一言が小夜のテンションを一気に上げたらしい。

 複雑なのに単純、素直なようで強情……。如月はそんな彼女の笑顔を見つめると、心の中で静かに微笑んだ。

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