三枝時生を呼び出したのは、功刀埠頭に隣接する第三倉庫だった。いまでは業者も使っておらず、明るい時間帯でも人通りは殆どない。如月は倉庫内に散乱していた木箱の埃を払うと、首の骨を鳴らしながら腰を下ろした。そしてゆっくりと倉庫内を見渡してゆく。そこにはなにもない、雑然とした寂しい空間が広がっていた。
最後には相応しい場所だな……。彼は緩めていたネクタイを締め直した。そしてゆっくりと瞼を閉じると「早く来い……」と、静かに呟いた。
それから数分が経過した頃だった、人の気配を感じた如月は素早く瞼を開いた。そこにはこの12年間、片時も忘れることのなかった顔があった。
「久しぶりだね」
如月は木箱から腰を上げると、作りものような笑みを三枝に向けた。「大きくなったでしょ? いまじゃあ、お兄さんと同じくらいだね」
彼は微笑みながら頭の上で手のひらを揺らした。
「……約束通り一人で来たよ」三枝は彼の言葉を無視した。そしてやつれた表情で「早く香苗と奈緒を返してくれっ!」と、続けた。
「まあ、そんなに慌てないで、時間はたっぷりあるんだから」
「約束が違うじゃないかっ! いう通りにすれば――」
「奈緒ちゃんは奥さんの連れ子なんだよね?」
如月は相変わらずの笑みを浮かべながら、三枝に問いかけた。すると彼は無言のまま頷くことで答えた。
「それでも、やっぱり子供は可愛いものなのかい?」
「ああ……」
「血の繋がりがなくても?」
「ああ、そうだっ! だから……だから頼むよ、どうか二人を――」
如月は足早に三枝のもとへと歩みよると、彼の肩にそっと手をかけた。
「じゃあ、どうしてあの時は殺したの?」
如月は小首を傾げながら、三枝の顔を覗きこんだ。すると暫しの沈黙が二人の間に流れ始めた。
「……ハル君の狙いは僕だろ? 香苗と奈緒にはなんの罪もない――」
「なんの罪もない? 笑わせるね」如月は冷笑を浮かべながら、静かに三枝を見据えた。「お兄さんも分ってるはずだよ。復讐っていうのはね相手の大切な物を全て奪ってから初めて始まるものなんだよ。そうだろ?」
暗い谷底ような瞳が三枝を見据えてゆく。すると彼は苦痛のあまり顔を歪ませた。
「お、お願いだ、ハル君……」三枝は必死に如月にすがりついた。「頼むよ、やっと……やっと出来た宝物たちなんだっ!」
「宝物たちか……上手いこというね」
如月は鼻で笑うと、ゆっくりと三枝の耳元に顔を近づけた。
「その宝物たちを、僕から根こそぎ奪ったのはどこの誰だよ」酷く冷たい微笑が三枝の懇願を拒絶した。すると彼は途端にその場に膝から崩れ落ちた。「どんな懺悔や贖罪も、いまの僕には届かない」
如月は無慈悲な表情で三枝を見下ろすと、一呼吸置きゆっくりと口を開いた。
「お兄さんの宝物たちは、いまとある場所で監禁されている」
如月は途端に微笑を浮かべると、ジャケットからスマートフォンを取り出した。そして画面を数回タップして三枝に向けてゆく。そこには
「香苗、奈緒っ!」
三枝は驚愕の表情を浮かべながら叫んだ。
「ここには僕が作った自家製爆弾が置いてある」如月は取り乱す三枝を無視して続けた。「まあ、威力は大したことはないけど、お兄さんの宝物たちを、肉片にするには十分な火薬を仕込んでおいた」
「や、やめろ……」
「それで、これがその爆弾の起爆装置だ」
如月は事務的な口調でいうと、もう一台のスマートフォンをジャケットから取り出した。
「このスマートフォンからある番号に発信すると、仕掛けた爆弾が起爆する……ドッカーンってねっ!」
如月は冷笑を浮かべながら、スマートフォンの通話ボタンをさすった。すると三枝は悲痛な眼差しを彼に向けた。その瞳は涙で溢れていた。
「や、やめてくれっ!」
「やめてくれ?」如月は不思議そうに小首を傾げた。「12年前のあの地下室で僕の片割もいまのあなたと同じように、いったんじゃないのか? ”やめて、時生お兄ちゃん、苦しいよ” って。でもあなたはそれを無視して首筋にかけていた手に力を込めた……首の骨が折れるくらい、おもいっきりねっ!」
三枝は項垂れながら静かに肩を揺らした。そんな彼を見つめながら、如月は更にこう続けた。
「では、時間も時間だし……」
如月は腕時計を見つめながら、スマートフォンの通話ボタンに親指をかけると、これ以上ない満面の笑みを浮かべた。
「それじゃ ”ポチッとな” 」
「や、やめろっーーー!」
三枝は叫びながら如月につかみかかってゆく。だが無情にも彼の親指の動きを止めることは出来なかった。すると一瞬の静寂が二人きりの倉庫に訪れる――。
「通信不能……」如月はスマートフォンを耳に押し当てながら、冷笑を浮かべた。「起爆完了だ」
「うあああーーー!」
三枝はその場に崩れ落ちると、獣のように叫び声を上げた。すると如月はゆっくりと、彼のもとへと歩みを進めてゆく。
「どうだい、結構辛いもんだろ? 大切な人を失うっていうのは……」如月はその場にしゃがみ込むと、三枝の肩にそっと手をかけた。「でも仕方がないよね? 因果応報だもん」
如月がそういった時だった、途端に三枝の嗚咽がピタリと止まった。そして次の瞬間、彼は肩を震わせながらあざけ笑い始めた。
「いやあ、こんなに愉快なことはないね」
突然の態度の豹変――如月はそんな彼に訝しげな表情を向けた。
「ハル君、キミは相変わらずピュアだね」
三枝は涙を拭いながら微笑んだ。その表情は先程までとは打って変わって、とても晴々としたものだった。
「ど、どういうことだ……」
「分からないのかい?」
三枝は静かに如月を見据えた。
「あの時と同じなんだよ」
「あの時?」
「そう、僕がキミの片割を殺したあの時だよ」
三枝は優しく微笑むと、訝しむ如月にこう続けた。
「香苗はね、ハル君と同じでとても美しい心を持っていたんだ。僕はキミの時と同様にすぐに彼女に惹かれていった。言葉にすると途端にチープになるから、あまり口にしたくないんだけど……運命の出会いだと思ったよ」
如月は無言で三枝を見つめた。
「だからね、また壊したくなったんだよ。久々に出来た
「嘘だ……」
如月は絶望のあまり、その場に崩れ落ちた。
「幸いなことに香苗にも大切な人が一人いたんだ。キミにとってのナツ君がそうだったようにね。だから僕は色々と考えたよ。どうすれば彼女にとって1番のプレゼントになるのかなって……」
三枝は先程の如月のように、彼の肩にそっと手をかけると、瞳を輝かせながら更にこう続けた。
「そして思いついたんだ。僕自身が香苗の大切な人になればいいんだって。その上で彼女の最愛の娘を奪おう、と。どうだい、素晴らしい計画だろう?」
「狂ってる……」
「でもサクッと殺しても芸がない。だから酢酸タリウムを使って、ゆっくりと自然死のように殺すことを思いついた。そして奈緒の死後、失意の香苗を抱きしめながら僕は真実を彼女に告げるんだ」
三枝は身震いをしながらそう語った。その様子は心底興奮しているようであった。
「でもハル君の登場で計画は一気に狂ったよ。だけどね、僕的にはこっちもアリかなって思ったんだ。だって考えてごらんよ。僕が最初に手掛けたキミという作品が12年後になって、今度は僕の最新作を壊すんだ。無意味な勘違いによってね。どうだい、ヤバいだろ? 毛穴がズバッと開くよっ! なあ、そう思うだろ? きゃははははーーー」
三枝の甲高い笑い声が響き渡った。だが次の瞬間――その耳障りな奇声とは対照的な、静かだがよく通る声が二人きりの倉庫内に木魂した。
「もしもし。どうです、聞こえましたか? 長倉さん」
如月はスマートフォンを耳に当てながら、ゆっくりと立ち上がると、膝についた砂ぼこりを素早く払った。
「そうですか、良かったです。一応、僕の方でも録画しといたんですけど、どうやらその必要はなかったみたいですね」
その顔は先程までとは打って変わって、いつもの無表情に戻っていた。そんな彼を三枝は目を泳がせながら見つめた。
「ハル君……一体、誰と話してるんだい?」
「警視庁捜査一課の美人刑事だよ。因みにアラフォーで未だ独身だそうだ」
如月は受話口を手で覆いながら眉をひそめた。
そして彼は静かに三枝を見据えると「王手だよ、お兄さん。前のように切り抜ける手はあるかい?」と、いって口角を上げた。
「そうだなあ……いいや、ないね」
三枝はかぶりを振ると、パトカーのサイレンの音を聞きながら苦笑いを浮かべた。
「もう随分と前から、僕はキミに
無言の如月を見つめると、三枝はさらにこう続けた。
「ハル君、最後に一つ聞いてもいいかな……12年前、大事な片割れを失ってキミはどう思った?」
如月はなにも答えずに三枝を見据えた。すると彼は落ち着きはらった口調でこう語り出した。
「ナツ君はキミと違って天真爛漫で、周りからもよく可愛がられていた。かたやキミはおとなしい性格で、感情表現もあまり得意じゃなかった」
三枝は両手を後ろで組むと、まるで教壇で講義を行う教師のように辺りをうろつきはじめた。
「キミらはいつも半分ずつだった。一度は思ったことがあるだろ? 例えばクリスマスのケーキを独り占めしたいとか。誕生日のプレゼントは別の物が良いとか。両親の愛情を独占したいとか……本当に一度でも願ったことはない、といい切れるのかい? 素直で可愛い弟がいなくなればいい、と」
三枝は冷笑を浮べるながら、小首をかしげた。すると如月は先程と同様に、静かに彼を見据えた。そして自分の体中の血液が凍てついてゆくのを感じながら、天国にいる片割に静かに語りかけた。
ごめんね、
「お兄さんはなにも分ってないんだね」如月は素早く瞼を開くと、スマートフォンをジャケットのポケットに戻した。そして静かに三枝を見据えてた。「ハルちゃんはね、そんな奴じゃないよ」
「ハルちゃん?……一体なにをいってるんだい」
「分からない?」如月のいってることがが理解できず、三枝は訝しげな表情を浮かべた。
「そじゃあ、ヒントを一つ……双子なら必ず一度はやる
その瞬間、三枝の瞳が大きく見開いた。
「ねえ、ハルちゃん……僕ら入れ替わろうよ」
「だめだよ、そんな悪戯……」
母親が翻訳の仕事をしている最中、双子たちは押入れの中で懐中電灯を照らしながら、ひそひそ話をしていた。
「どうして? 良いじゃんっ!」
「ママに怒られても知らないよ?」
「大丈夫だよ……ねえ、お願いっ!」
ナツはそういって顔の前で手のひらを合わせた。
「もう……しょうがないなあ」
「やったあっ!」
「でもやるからには本気だよ」
ハルは人差し指を立てた。
「本気って?」
「誰かに気付かれるまで、僕らが入れ替わってる、ってことは絶対に秘密っ!」
ハルは悪戯小僧のようにささやいた。
「うん、分ったっ!」
双子たちは指切りをしながら微笑んだ。
「いいかい? いまから僕らは鋼鉄の手錠に繋がれたんだ」ハルは自分の手首をさすった。「この手錠が取れるのは、僕らの悪戯が誰かに見破られた時だけ。いいね?」
「うんっ!」
「僕らの嘘に気付いた人には賞品として ”あのビー玉” プレゼントしようっ!」
「あっ、良いねっ!」ナツはパッと目を輝かせた。「でも、誰が最初に気付くかなあ?」
「やっぱり、ママでしょ」
「パパは?」
「パパは……どうかな」
「じゃあ、棟梁は?」
「棟梁は無理だよ。だっておじいさんだから目が悪いもの」
「あははっ、そうだね」
ナツは懐中電灯を揺らしながら笑った。
「早くこの手錠が外れれば良いね」
暫しの沈黙のあと、双子たちは微笑みながら同時に呟いた。
「僕らの悪戯は誰にも気付かれることはなかった。そして数日後、あの事件が起きた。 僕に会った連中はみんないったよ。 ”大変だったねハル君” って。警察関係者、マスコミ、近所の住民、そして両親さえも……誰も気付かないんだよ」如月は悲しげに微笑んだ。「似すぎている双子ってのは厄介だね……あの日、お兄さんはハルちゃんを殺した。そして同時に恩田ナツもこの世から消したんだ」
「……そ、そんなはずないっ! キミはっ、キミはハル君なんだっ!」
「当時、ハルちゃんの視力は0.5――」如月はメガネを外しながら、自嘲した笑みを浮べた。「この距離じゃ見えないんだよ。お兄さんの優しそうな顔も、そのシャツに縫いこまれた有名ブランドのロゴマークも」
彼はそういって、メガネを三枝に放り投げた。三枝はレンズを確認すると「素通し……」と、ぽつりと呟いた。
「本当はあの時、僕が死ぬはずだった。お兄さんのいうところの、
如月はそういうと、深呼吸をして肺に空気を満たした。
「お兄さんがやったのは、あなたがいうところの ”大切な人から全てを奪う” という崇高な行為じゃなくて、ただ単純に無力な幼い子供を殺しただけだったんだ。幼児の悪戯にコロッと騙されてねっ!」
「……嘘だ」
「本当さ、もう分ってるんだろ?」如月は無表情で三枝に近づいてゆく。「お兄さんがやったのは
「や、やめろ……」
「大切な人を壊す? 僕が手掛けた作品? ただの幼稚な人殺しのくせに、それっぽいことをいうね」如月は小馬鹿にするように鼻で笑いながら、冷めた表情を浮かべた。「そのての漫画の読み過ぎじゃないのかい? 悪いけど聞いてるこっちが恥ずかしいよ」
「黙れっ!」
「どうしたんだい? いつも余裕たっぷりのお兄さんが、そんな大声を上げるなんて」如月は三枝が放り投げたメガネを拾い上げた。「僕の中では、あの事件はもう既に終わってるんだよ。正直、いまはあたなに特別な感情もないし、なんの興味もない」
「う、うそを吐くなっ! じゃあ、どうしてこんな手の込んだことをした? 復讐だろっ! キミは僕に復讐するために、ずっと生きてきたんだっ! じゃなきゃ――」
「思い込みもそこまでいくと気味が悪いなあ……じゃあ、教えてあげるよ。なぜ僕がこんなまどろっこしい真似をしたのか」
如月は苦笑いを浮かべながらメガネをかけ直した。そして溜め息交じりでこう続けた。
「僕が危惧したのはね、またお兄さんに目を付けられたら厄介だな、ってことだよ。こうみえても友人や大切な人が周りにいるんでね。あなたみたいな狂人に周りをうろつかれるのは迷惑なんだよ。だから僕はどうしたもんかなあ、と日々思い悩んでいたんだ。そんな時に丁度よくあの母娘の存在を知った。すぐに気が付いたよ、お兄さんのやろうとしていることがね。こう見えても、僕って頭は結構良いんだ。まあ、別に見ず知らずの幼女が殺されようが、その母親がどれだけ傷つこうが、正直どうでもよかったんだけど、都合が良かったんで利用させてもらった」
如月は一気にまくしたてると、氷のように冷たい瞳で三枝を見据えた。
「う、うそだ……そんなこと――」
「もう一度いう。僕はあなたに対してなんの感情も持ち合わせていない。例えていうなら、そうだなあ……その辺の石ころとなんら変わりはない」如月は静かに三枝の耳元に顔を近づけてゆく。「今回はたまたま、その石ころが邪魔だったから、蹴飛ばして端に退かしただけだ」
如月は呆然と立ち尽くす三枝の耳元に、囁くように呟いた。
すると三枝は独り言のように「そ、そんなのうそだ。キミの心の中には僕がいるはずだ。憎くて憎くて仕方ないはずなんだ……」と、虚ろな表情を浮かべながら呟き続けた。
「一生いってろ」
如月は冷めた眼差しを三枝に向けた。丁度その時だった、倉庫の扉がけたたましい音をたてて開いてゆく。そこには長倉と数名の捜査員、そして制服警官たちの姿があった。
警官たちは三枝のもとに駈け寄ると、彼の身柄を素早く拘束した。如月はその光景を横目に、倉庫の入り口に目を向けた。するとそこには眉間にしわを寄せた小夜と、口を真一文字にした琴音の姿があった。
どうして二人がここに……しかも両者ともに相当ご立腹な様子だ。彼は大げさに肩を落とすと、静かに溜め息を漏らした。
「お待たせ」
小夜は大股で如月のもとへと歩み寄ると、引きつった微笑みを浮べた。そんな彼女に如月はいつもの無表情を向けた。
「待ち合わせした覚えはないんだけど」
「約束したでしょ? ”あなたがピンチの時は必ず私が駆けつける” って」
「……律儀な女だな」
「今頃気付いたわけ?」
小夜はそういって小首を傾げてみせた。そして悪戯っぽく微笑むと更にこう続けた。
「じゃあ、とりあえず歯食いしばってくれる?」
彼女がそういった瞬間、強烈な平手打ちが如月の頬に襲いかかってきた。
「……痛いじゃないか、口の中が10円玉の味がしてるよ」
「どれだけ心配かければ気が済むのっ!」小夜は涙ながらに如月の胸に顔を埋めた。「どうして……どうしていつも一人で抱え込むのよっ!」
「……僕の個人的な事情で、キミに迷惑をかける訳にはいかない」
如月がそう呟くと、小夜は激しく首を横に振った。
「勝手なこといわないでよっ! 迷惑か迷惑じゃないかは私が決めることでしょ? 如月君が決めることじゃないっ!」小夜は彼の華奢な背中をきつく、そして強く抱きしめた。
「……なにか反論は?」
「……皆無だね」如月はそういって小夜を優しく抱きしめた。「ごめん、いつも心配ばかりかけて」
「いいえ、許しません」
小夜は彼の胸に顔を埋めながら小声で呟いた。丁度その時だった、警官たちに拘束されていた三枝が、いきなり叫び声をかげた。
「ハル君、その子がキミの大切な人だね?」そういって彼は警官の首筋に噛みつく――と同時にホルスターから拳銃を素早く抜き取った。「悪いが、今回も僕の勝ちだ」
三枝はそういって小夜の背中に、標準を合せ引き金に指をかけた。
「小夜っ!」
倉庫内に2発の発砲音が響き渡った。一方は長倉の放った銃弾が三枝の右肩に命中した。彼は唸り声を上げながらうずくまると、警官たちに素早く取り押さえられた。そしてもう一方は小夜を庇った如月の腹部に命中した。
「如月君っ!」
小夜は仰向けに倒れた如月に駆け寄った。琴音も同様に彼女に続いてゆく。
「ボサッとしてんな、早く消防に連絡急げっ!」
長倉は拳銃をホルスターにしまいながら、捜査員たちに檄を飛ばした。そして拘束されている三枝に顔を向けた。
「離せっ! 僕はあの女を、あの女を殺さなきゃならないんだっ! じゃなきゃ、ハル君の心から……ハル君の心の中から僕が消えちゃうんだっ!」
三枝は小夜に目を向けながら、支離滅裂な叫び声をあげていた。そして程なくして捜査員たちに両腕を抱えられながら、倉庫脇に止められていたパトカーへと連行されていった。
「小夜ちゃん、これでここ押さえてて」
如月のもとに駆けつけると、琴音は羽織っていたシャツを脱ぎ、血塗れの腹部に押し当てた。小夜は彼女の指示に従い彼の腹部に手を添えた。
「大丈夫だよ、もうすぐ救急車がくるからね……」小夜は血塗れの腹部を押さえながら、琴音に顔を向けた。「琴音さん、ど、どうしよう……血が、血が全然止まらない」
「ハル君に声をかけ続けてっ!」琴音は悲痛な眼差しを小夜に向けた。「いま出来ることはそれしかないわ」
小夜は頷くと静かに如月を見つめた。そして微笑みを浮かべながら、静かに語り出した。
「ねえ、覚えてる? あの雨の日のこと」
「……ああ、覚えてるよ」
「私たちとんでもない場所で、最悪なかたちで出会ったよね」
「そ、そうだね」
「あの時はかなり驚いたでしょ?」
「いいや……そ、そうでもないよ」
「そうだよね。だってキミは最初から私の本質を見抜いてた。お得意の人間観察で」
「……一筋縄じゃいかなかったけどね」
「ほんと厄介な女に捕まっちゃったね……」
「全く……だよ」
如月が苦痛に顔を歪めると、小夜は瞳に涙を溢れさせながら彼の手をきつくにぎった。
「大丈夫っ!」
「また、泣く……」
如月は優しく小夜に微笑みかけた。すると彼女は「誰のせいよ?」と、いって涙を流しながらすねてみせた。
「……前にもこんなやり取りがあったね?」
「うん、覚えてるよ」小夜は焦点の合わない如月の瞳を、微笑みながら見つめた。「短い間で本当に色々な出来事があったよね? 私の価値観を揺るがすような大事件が何度も……」
「ああ、そうだ……ね」
静かに瞼を閉じてゆく如月に、小夜は更にこう続けた。
「その中心にいたのはいつもあなただった。
小夜はそういって、如月の額にかかった髪の毛を優しくなでた。
「もう、いつまで寝てるのダーリン?……風邪引くわよ、ほら早く起きて」
小夜は小さく微笑み浮べながら如月を揺すった。
「約束したじゃない……またあの絶品パフェを食べに行くって。今度はプラネタリウムじゃなくて、本物の星空を見に行こうって。もう……もう、絶対に私を一人にしないってっ!」
小夜は動かなくった如月の腹部を押さえながら、叫び声をあげた。すると琴音が彼の手首に素早く手を伸ばす。だが脈がふれることはなかった。
「救急車はっ!」
琴音は捜査員たちに向かって叫んだ。そしてすぐさま如月に心臓マッサージを始めた。
「戻って来なさいっ、こんな終わりかた私は許さないわよっ! 戻って来なさいっ! キミの人生はこれからなのよ、これから始まるのっ!」
捜査員たちが