ハルへ   作:はるのいと

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第七話「イモムシの助言と彼女の回想 2」

 思ったより変な奴だったなあ……さて今回はどのくらいもつだろう。小夜は今朝からの如月とのやり取りを思い浮かべながら、珍しく作り物じゃない笑顔を浮かべた。

 

「お待たせ、小夜ちゃん」

 

 振り返るとそこには権藤保が佇んでいた。

 相変わらず黒いなあ……。小夜はそう思いながらにこやかに微笑みを向けた。権藤と初めて出会ったのはここクラブ【NAS】小夜はここで彼にスカウトされた。そう、いまからちょうど一年前に――。

 

 その日、クラブ【NAS】は週末ということもあり大盛況だった。そんな中、小夜は友人たちがフロアで馬鹿騒ぎをしているのを、バーカウンターからぼんやりと眺めていた。そんな時だった、今日と同じように背後から声をかけられたのだ。

 

「隣いいかな?」

 

 振り返ると男が一人立っていた。

 ヘアワックスで綺麗に撫でつけられた、艶のある黒髪。欧米人を思わせる日焼けした彫の深い顔立ち。年の頃は30前半といったところだろうか。品の良い濃紺のシャツに、同系色のスラックス。足元はHマークが印象的な高級ブランドのローファー。一目で金がかかっていることが分る。

 

「ナンパ?」

 

 小夜は虚ろな表情を男に向けた。

 

「ナンパの定義が分らないけど……キミに重要な話があるんだけど上でどうかな?」

 

 男は微笑みながら二階のVIPルームをさした。

 別にどうなってもいいや……。その頃とある理由から、自暴自棄になっていた小夜は素直に男についていった。

 

 2階に上がるとVIPルームの入口には、黒ずくめの大男2人が立っていた。手には無線が握られており、なにかを支持しているようだった。

 

 彼らは男と小夜を一瞥すると深々と頭を下げた。そしてすかさず重厚な扉を開いてゆく。セキュリティー担当が、これだけ気を遣うということは余程の常連客なのだろう。小夜はそんなことを思いながら、VIPルームに足を踏み入れた。

 

 煌びやかなシャンデリア。赤と黒を基調とした室内は絞られた照明により、落ち着いた大人の雰囲気を醸し出していた。まるで高級サロンのようだ、と小夜は思った。

 

 室内には他の客はおらず、二人の貸し切り状態だった。小夜が辺りをぼんやり見回しているとスーツ姿の男が現れ、彼女たちを1番奥の豪華な席へといざなってゆく。

 

 小夜はゆっくりとソファーに腰を下ろした。しっとりと艶やかなレザーと、体を包み込む柔らかなクッションは、最高の座り心地だった。

 

 テーブルの上には、シャンパンクーラーが1つ置かれていた。男がボトルを傾けると、薄桃色の液体が気泡と共にグラスに注がれてゆく。小夜は乾杯をして、グラスを口元に運んだ。するとベリーのような甘い香りが鼻孔をくすぐり、一口含むと果実のような爽やかな酸味が口の中に広がってった。

 

 今までアルコールを美味しいと思ったことは1度としてなかった。だが酒が弱いという訳でもない、要するに味の問題だ。彼女は初めて美味しいと思えるものに出会えた、と思った。

 

「どうかな、気に入った?」

 

 男は小夜を静かに見つめた。

 

「美味しい……」

 

「それは良かった。これはね、ルイロデレール・クリスタルというシャンパンだ」 

 

「へえ……それで話って?」

 

「ああ、そうだったね。でも自己紹介がまだだから、とりあえずそっちを先にしとこう」

 

 男はそういうと、小夜の前に1枚の名刺を置いた。株式会社アークアス代表取締役・権藤保。クラブのVIPルームを貸し切り、高級シャンパンのウェルカムサービス。それに加え胡散臭い社名の名刺。隣にいる男が小夜には到底堅気とは思えなかった。

 

「あなたヤクザさん?」

 

 グラスを一気にあおると、小夜は悪戯っぽく小首をかしげた。

 

「まさか、そんな風に見えるかい?」

 

 権藤は苦笑いを浮かべながら、空になった小夜のグラスにシャンパンを注ぎ入れた。

 

「飲まないの?」

 

「うん、僕は下戸(げこ)だから」

 

「へえ、呑めないんだあ……そうは見えないけど」

 

 シャンパングラスをシャンデリアの光にかざすと、小夜は目を細めながら眺めた。

 

「安心しなよ、変な薬なんて入ってないから」

 

「別にそんな心配なんてしてないし」

 

 小夜は微笑みながらグラスに口をつけた。

 

「強いね」

 

「そうでもないよ。だから早めに本題に入らないと、酔い潰れちゃうかも」

 

「ああ、それは困るな。それじゃ、早速本題に入らせてもらおうかな」

 

 権藤は相変わらずの柔和な表情で淡々と語り出した。彼の話しは極めて単純だった。要約すると、ウリをやる女子中高生を集めて欲しいということだった。

 

 しかもタイプは多種多様に。それこそロリからギャル、細身からポッチャリと、ありとあらゆるタイプを取り揃えて欲しい、というものだった。

 

「どうして私なの?」

 

「直感だよ。パッと見てキミが適任だと思った」

 

「悪いけど無理。そこまで暇じゃないから」

 

「どうしても、ダメかい?」

 

「これでも受験生だから、ごめんね」

 

「そうか、じゃあ仕方がない。でも気が変わったら、いつでも連絡してくれ」

 

 小夜に渡した名刺を示しながら、権藤は目を細めながらいった。 ”必ずキミは連絡してくる” 彼の瞳にはそんな確信めいたものがあった。その実、三日を待たずに小夜は連絡を入れていた。

 

 今の日常から抜け出したかった。権藤はウリで得た金はすべて小夜に任せるといってきた。ただし縛りが一つあった。それは絶対に顧客の情報は、外に漏らさないということだった。

 

「それを守らないと僕が殺されちゃうから……勿論、キミもね」

 

 権藤はそういって冷めた笑みを浮べた。その不気味な顔は今も忘れられない。数日後から小夜の仕事は始まった。権藤が連れてきてほしい女のタイプを小夜に連絡し、彼女がスカウトしてゆく。人当たりのよい小夜には打ってつけの仕事だった。

 

 あとから分ったことだが、権藤の目的は少女たちを買うVIPたちから得られる貴重な情報だった。それが莫大な金を生むらしい。いつの世も男の欲望は金と女ということだ。表だって遊ぶことのできないVIPたちに、心置きなく遊んでもらう。そのかわり貴重な情報を彼らはせっせと運んでくる。権藤が彼らに女たちをあてがう理由はそれだった……そんな仕事(バイト)も今日で一年が経った。もうそろそろ潮時だ。小夜はそう思いつつ、権藤に顔を向けると作り物の微笑みを浮かべた。

 

「相変わらず黒いね……前から聞きたかったんだけどさあ、家にタンニングマシーンでもあんの?」

 

「いいや、海で焼いてるんだよ」

 

「ウソ、真冬でも超黒いじゃん」

 

「海外で焼いてるんだよ」

 

「ふうん、それで話って何?」

 

「本当に辞めるのかい?」

 

 ペリエで喉を潤すと、権藤は静かに尋ねてきた。

 

「うん、ちょうど1年経ったしね。そろそろ潮時だよ」

 

「僕たちいいパートナーだと思うんだけどなあ……考え直す気は?」

 

「悪いけど、もう決めたことだから」

 

「そっか、残念……じゃあ、仕事抜きで僕のパートナーになる気は?」

 

「女子校生をからかっちゃダメだよ」

 

「からかう? まさか」

 

 権藤は真剣な眼差しで、小夜を見つめた。

 

「私みたいなガキのどこがいいの?」

 

「顔もスタイルもモデル並み。加えて頭もよくて仕事もできる。そして一番は……強烈に何かを欲している、その瞳が好きなんだ」

 

 相変わらずこの人は見透かしたことをいう……。小夜は心の中でポツリと呟いた。

 

「ありがとう。でも今は別の人に夢中だから無理」

 

「へえ、因みにどんな男だい?」

 

「うちの高校の子」 

 

「こないだいってた、サッカー部のキャプテンかい?」

 

「ううん。そいつは私の中では既に死んでるから」

 

 軽く吐息を漏らすと、小夜は興味なさ気に呟いた。

 

「相変わらず、とっかえひっかえだね。因みに新しい彼氏はどんな子なんだい?」

 

「なんかね、人間嫌いな変なやつ」

 

「人間嫌いな変なやつか……それは危険だなあ」

 

「どういう意味?」

 

「女性はね、そのての男に弱いんだ。恐らく母性本能をくすぐられるんだろうね」

 

「そんなことないって。どこにでもいるような、メガネの地味な男の子だよ」

 

 如月の顔を思い起こした。あのすねたようなムスッとした表情……確かにちょっと母性本能をくすぐられるかも。小夜は心の中で一人納得した。

 

「人間嫌いでメガネの地味っ子か……なんかエロいね」

 

「変な空想はやめてよ。まあ、そういう訳だから、権藤さんの申し出はお受け出来ません。あしからず」

 

「そうか、残念。でもまあ、僕はいつまでも小夜ちゃんのことを待ってるよ」

 

「ありがとう」

 

 クリスタルのロゼを一気にあおると、小夜は天使のような微笑みを権藤に向けた。

 

 

 

「小夜、待ってえー」

 

 彼女の回想は、背後から発せられた大声で一瞬にしてかき消された。そのよく聞きなれたハスキーな声色は、わざわざ振り返らずとも、相手が誰であるか容易に想像出来る。

 ったくまたバカでかい声で……そう思いつつ振り返ると、予想通り早苗が小走りで近づいてくるのが見えた。

 

「どうしたのよ?」

 

「どうしたじゃないわよ、どうして電話に出ないのさ」

 

「ごめんごめん……ちょっと思うところがあってね」

 

「思うところって、如月方面?」

 

「それもあるし、それ以外もあるかな」

 

 小夜はそういうと、ゆっくりと並木通りを歩きだした。すると早苗も彼女の隣に並び、歩みを進めてゆく。

 

「フルボッコよ。あんたのダーリン」

 

「もうダーリンじゃないわよ……」

 

「なによ、もう飽きたわけ?」

 

「飽きたっていうか……どうなんだろう」

 

「もしかして、ちょい本気モード入ってた?」

 

「さあ、分んない……」

 

 軽く小首をかしげると、小夜は言葉を濁した。

 

「なによ、ハッキリしないわね」

 

「はははっ、ほんと」

 

「それで、あの人(・・・)とは?」

 

「もう、随分と会ってない……連絡はくるけどね」

 

「そっか……やっぱ今でも?」

 

「……うん」

 

 自嘲した表情を浮かべながら、小夜は静かに頷いた。

 その後、彼女たちは暫く無言で歩みを進めた。そして二人が公園の前を通った時だった、早苗が思い出したように口を開き始めた。

 

「それにしてもさ、如月(あいつ)って相当変わってるわよね」

 

 早苗は昨日の出来事を話し始めた。小夜はそれを微笑みを浮かべながら聞いていた。だがあるキーワードが出た途端、彼女は訝しげな表情を早苗に向けた。

 

「ビー玉?……ねえ、そのビー玉ってどんなやつだった」

 

「ええと、綺麗な群青色でね、なんか限定品らしいよ」

 

 こないだ彼が宝物だといっていたのと恐らく同じ物だ。小夜は先日の出来事を思い起こした。

 

「彼そんなに欲しがってたの?」

 

「うん。珍しく必死だった。なんか両親から貰ったものなんだって。でも随分と昔に失くしたらしいよ」

 

 昔に失くした? こないだは持っていたはずなのに……どういうことだろう。

 

「で、結局そのビー玉は譲ってもらえたの?」

 

「それがさあ、店員の女が何か変わっててね。納得できる理由さえあれば譲ってもいいっていうのよ。でも結局は無理だったんだけどね」

 

「ふうん、納得できる理由ねえ……」

 

 小夜が静かに空を見上げると、そこには雲一つない晴天が広がっていた。

 その後、早苗は小夜が以外にも元気そうだったので安心したのか、商店街につくと「明日はちゃんと学校においでよ」と、いって足早に帰っていった。

 

 ほんと昔っから心配性なんだから……。小夜は小さくなってゆく親友の背中を眺めながら「ありがとう」と、呟いた。

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