HELL紅魔郷SING   作:跡瀬 音々

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遂に、念願の398さん編終了。

次の話からラストバトル突入予定です。

ちなみに、おそらく伏線回収しきらないのでご了承を。

あえて言っておくスタイル。


Prière(10)

「や……っ!? お姉さ……ッ」

 

不意に、安全地帯の端に居たフランドールを襲う『闇』の魔手。

誰も予想だにしなかった、かけがえのない()を引き裂く無慈悲な介入。

 

混沌から湧き出た絶望は、有無を言わせずそのままフランドールとその傍らのパチュリーの亡骸を呑み込み、地面に広がる『闇』へと溶け込む。

 

「そんな……ッ! 博麗の封印ごとっ!?」

 

「紫ッ!」

 

「わかっているわよ!」

 

幽香が叫ぶが早いか、紫は『闇』に侵食された『境界』の内側に、規模を縮小して再構築した『境界』による安全地帯を咄嗟に展開し、殺到する『闇』の手から無防備な三人を防御する。

 

だが。

 

「パチェ……フラン……! そんな!」

 

辛うじて事無きを得たレミリアには、過酷な現実が間髪入れずに突き付けられることとなった。

彼女は、数刻前の過ちで大切な友を失い、今まさに無力さで大切な妹を失い、ほんの数分先には愚かさから大切な従者も失おうとしている。

 

過去、現在、未来。

喪失に次ぐ喪失により、遂に彼女の感情は限界を振り切ってしまった。

 

「紫ぃッ!」

 

彼女は、状況を顧みることさえ忘れ、行き場のない憤りと怨嗟を吐き出すように、無感情に佇む『賢者』へと殺気をぶつける。

 

「やめなさい、みっともないわね。()()()()、不可抗力よ。さすがの賢者様にも、限界があるってだけの話でしょう?」

 

「外野が何をッ!」

 

そして、その殺気を身を呈して遮り、彼女から紫を庇うような言動をとった幽香にも、続け様に牙を剥いた。

 

「本当は()()()()()()()()くせに。それでもアンタは、自分の弱さを棚に上げて、全てを紫になすりつけて、喚くだけなのね」

 

「この……ッ!」

 

そんなレミリアの反応など意に介さず、歯に衣着せぬ物言いで、冷淡な言葉を浴びせ掛ける幽香に、彼女は堪らず左手を突き出す。

 

そう、幽香の指摘した通り、レミリアは全てを直感し、また、同時に()()していた。

 

紫が力の大半を、『闇』が館の外に出ないようにするために、人知れず築いた規格外の『境界』の維持に割いていることも。

どこまでが計算の上なのかは推し測れないが、彼女が、必死で状況を悪化させないように努めていることも。

そして、自分は結局、己の無力さによって全てを失おうとしていることも。

その端緒も、自らの短絡的な判断と愚鈍さが招いてしまっていたことも。

あまつさえ、館の皆、ひいては幻想郷全土をも、致命的な危機に晒してしまっていることも。

 

無論、()()がここに至った原因が、レミリア一人にあるとは言い切れない。

しかしながら、彼女のいくつかの行動が、意図せずその一翼を担っていた事は疑いようがない。

 

それでも彼女は、その上で、すなわち、自身の非を認めた上でも()()、自身と咲夜以外の誰かに、やり場のない怒りを向けざるを得なかった。

それは、降り掛かる理不尽に抵抗する術を、他に持たざるが故か。

 

「いいのよ、幽香」

 

するとそこで、精一杯の威嚇を見せたレミリアに対し、今にも飛び掛かりそうな幽香を手で制しながら、紫が一歩、前に出る。

 

そして、そのまま彼女はレミリアにずいっと詰め寄り、目線を合わせるようにしゃがみ込んだ。

 

「どうぞ、恨んでくれて結構よ、レミリア。何なら、()()()()()()、今すぐ私を殺してみる?」

 

ゆっくりと開かれた彼女の口から、焦らすように紡がれた蠱惑的な声。

 

その物言いには、まるで、全ての事象は自身の掌の外に一度たりとも出てはいない、というような自信に満ち溢れた色があった。

 

「それじゃあ、お望み通り……!」

 

目で捉えられずとも、確かに感じる不遜な表情。

 

それが裏打ちする、言葉の裏側で同時に示された、とある()()()

 

それらを理解しながらも、レミリアは衝動的に、今度は紫へとその左手を向けた。

 

「駄目……です、お嬢様……」

 

と、不意に、制止するようにその左腕を握る、咲夜の手。

 

「咲、夜……」

 

「やめ、ましょう……お嬢、様。ゆ、かり……さっきの、口振り……何か、方法がある、のよね……?」

 

咲夜は、今にも搔き消えそうなか細い声で、絞り出すように紫に尋ねる。

 

「ええ。()()()()()を丸く収める方法が、二つあるわ」

 

紫は、その途切れ途切れに紡がれる咲夜の問い掛けに応じ、唖然とするレミリアを差し置いて話を進め始めた。

 

「咲夜ッ! 私、私は……!」

 

そんな二人のやりとりは、レミリアからしてみれば、逼迫した別れに水を差す無粋なものに感じられたことだろう。

 

かといって、それを阻む術を持ち合わせてはいない彼女は、ただ感情のままに声を張り上げ、己の存在を主張するより他なかった。

 

「お、嬢様……聞き分けて、ください……今は、ゆか、りに……頼るほか……」

 

「……っ! わかってる……わかってるわよ、そんなのッ! でも、」

 

そう、重ねて記すが、レミリアは全てを理解していたのだ。

 

ただ、やはり、彼女には()()()()()()()

己の行き場のない感情の矛先を向ける相手が。

心の奥底から、無限に湧き出る感傷の正体と、それを治める方法が。

 

「それじゃあ、できるだけ簡潔に言うわね。一つは、このまま、この『吸血鬼』()()()()()を『境界』の彼方、幻想郷(このよのどこでもないばしょ)でさえない空間へと放り込んで、隔絶してしまう方法。これは、私があとほんの少し頑張れば可能だけれど……ただ、相手は私の『境界』を侵食するほどのモノだから、()()のリスクがあるし、何よりハッピーエンドにはならないわ。『紅魔館』とその住人達と引き換えに、未曾有の『異変』は大事に至る直前に解決。大方、こう記されておしまいね。もちろん、天狗の新聞や歴史に残る書物とかにではなく、私の日記程度のものに、だけれど」

 

「この……ッ! よくもぬけぬけと!」

 

ただただ感情に振り回されるばかりのレミリアの耳に心地悪く障る、饒舌に語られる紫の策。

 

レミリアがそれに反応し感情を昂らせる度に、その激情を抑え込むように強く握られる、咲夜の手。

 

「咲夜……」

 

「……はぁ。素直じゃないわね、まったく。時間が惜しいんでしょう? 早く()()の説明をしたら?」

 

と、遅々として進まない状況に痺れを切らしたのか、つっけんどんな物言いと共に、幽香がレミリアを挟んで紫の向かいに立つ。

 

彼女は言葉の結びに「こんな時まで、性格悪いのね」と付け足し、殊更にそれが旧来からの悪い癖であると言い添えるように、小首を捻った。

 

その言動に反応し、一瞬、幽香と顔を見合わせた紫だったが、彼女はすぐに視線を落とすと、表情一つ変えず、再び淡々と思案した算段の説明を始めた。

 

「もう一つは、この『闇』の中からアーカード()()を見つけ出し、封印する方法。ただ、それには手間もかかるし、藍達を呼び出したとしても、おそらく人手不足だわ。でも……」

 

紫は、まるで()()()()()()であるかのように流暢に語り続けていたが、不意にそこで言葉を意味深に区切ると、レミリアから視線を移し、その双眸に咲夜の姿を映した。

 

「……やっぱり、()()くる、のね……いい、わ。紫……もう一度、口ぐる、まに……のせられて、あげる……」

 

対して、何かを悟ったように、咲夜は小さく口を開くと、掴んでいたレミリアの腕を離し、今度はその手を強く握り直した。

 

「咲夜……?」

 

「お嬢、様……わた、しの……最後の、願いを……どうか、聞い、て……ください」

 

次第に小さく、か細く掠れていく声。

徐々に広がる、言葉と言葉の間隔。

段々と薄まる、『生』の()()()

咲夜から発せられる全てが、彼女に残された時間の短さを皆に感じさせる。

 

そんな、命が尽き果てる(きわ)に至っても、咲夜は我儘に己の心の内を述べたりはせず、ただただ、主人に最期の願いを告げようとする。

 

「……勿論よ。私にできることなら、何でもするわ」

 

きっと、否、間違いなく、これが咲夜最後の願いになるだろう。

その重さ故、無責任に叶えるとは答えられなかったが、せめて聞き届けて、できることなら全てを引き換えにしてでも叶えよう、と。

そう覚悟を決めたレミリアの耳に飛び込んで来たのは、予想だにしない一言だった。

 

「では、お、嬢様……私を、()()()くだ、さい……」

 

その声色や調子とは裏腹に、淀みなく紡がれた、最期の懇願。

 

「……! 咲、夜ぁ……」

 

それを耳にした時、レミリアは涙声と共に、無意識に咲夜の手を握り返していた。

今にも崩れ落ちそうなその手を、壊れるほど、強く、強く。

 

「泣か、ないで……下さい、お、嬢様……貴女、様は……強い、お方では……ありませんか」

 

「でも、それじゃあ……」

 

レミリアを酷く困惑させる、咲夜最期の願い。

なぜならそれは、咲夜自身が忌み嫌った終焉と()()()()()()を意味していたからであった。

 

「確、かに……人、として死ねない……のは、ごめんこうむり……たい、ですが……『敵』を討てぬ、まま果てるのは…………貴女様を、護れない、まま……斃れ、るのは……それ以上に、嫌……なんです」

 

「…………」

 

レミリアは、これ以上何も言葉を発することはなかった。

その代わりに、彼女はただ、滅びゆく大切な人を慈しむよう、そして、何かに祈りを捧げるよう、その手を握り続けていた。

 

「だから、私を食べてください……! 私を食べて、一緒にやっつけましょう、お嬢様……!」

 

その、自身の想いに応えるような優しい感触に浸りながら、咲夜はかっと目を見開いて呟くと、まるで糸の切れた人形のように、全身から強張りを失い、沈黙に伏した。

 

「…………」

 

その様を見届けたレミリアは、そっと咲夜の手を解き、彼女の肩を抱く。

 

「う……う、ああ、うわあああぁあぁぁぁ!」

 

そして、力の限り声を張り上げ紡ぐ、嘆きの咆哮。

 

出会った()()()から、覚悟はしていた。

そう、人間も妖怪も、この世の誰しもが、何事にも()()()がある事を知っている。

でも、それが()()であるとは、誰も想像さえしない。

こんなにも、別れ(おわり)はありふれているのに。

だからこそ、生は尊いのに。

 

いざ()()()にならねば、人々はそれを思い出せない。

 

「「「…………」」」

 

悲壮感に満ちる場の空気と、押し黙る一同。

誰もが目の前の光景にいたたまれず、視界の端に捉えはするが、直視することは避けていた。

ただ、しゃがみ込んでいた紫だけは、いつの間にか立ち上がり、渦中の二人を無感情に見下ろしていた。

それは、結末を知っている劇を観るように覚めきった、退屈そうにも見える顔で。

 

「あああぁあぁぁぁああああぁぁ!」

 

晩鐘のごとく響く咆哮。

 

周囲の目を気にも留めずに叫び続けるレミリアの頬を伝う血が、一粒、二粒と咲夜の頬に零れ落ちる。

 

それはまるで、溢れ出した涙のように。

 

(泣かないで、と言っていますのに……主人が従者の為に涙を流すなど、あってはいけないことなのに。ああ、自分だって、疲労困憊、満身創痍なのに。本当、本当に、素晴らしいお方。このお方を護れるのなら、何がどうなったっていい…………)

 

もはや言葉さえも失った咲夜の意識は、微睡みに堕ちるように、現世に繫ぎ止める鎖を手放すように、混濁した無の底へと向かい、その深淵へと導かれていく。

 

「あああぁぁあ……ッ!」

 

急速に()を欠落させていく咲夜の身体を、レミリアはしっかりと抱き締める。

そして、咆哮の勢いのまま、首を後ろに反り返し、口を大きく開くと、その首筋に深々と噛み付いた。

 

「…………!」

 

その身体に残された()()を、血液に留まらず、魂までをも吸い上げるような鮮烈な吸血。

 

血を啜り、喉が脈動するごとに、紅い影が型取り、瞬く間に再構築されていく欠損していた四肢。

 

「……!」

 

喉の動きが止まると、レミリアはそっと口元を離し、顔を上げた。

 

再生した彼女の両腕にそっと横たえられた咲夜の身体が、かさかさと音を立て、塵と崩れていく。

 

その傍らに在るは、()()()()()で『吸血姫(ノーライフクイーン)』となった一人の少女だった。

 

「……咲夜」

 

そして、再び見開かれた二つの真紅(クリムゾン)

 

否、ただ儚いほどの涙を見せるような褪めた紅(スカーレット)

 

吸血姫(ノーライフクイーン)』は、迫り来る『闇』をそこに映し、紅に黒を添えた。

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