やはりわけわかめかも。
(これは一体、どういうことだ?)
博麗神社を出立して間もなく辿り着いた、湖のほとりに広がるごく普通の森。
そこでは妖精が舞い、飛び交い、気ままに暮らしていると麗亜は言っていた。
そして、その中には好戦的な妖精もいて、きっとアーカードに戦いを挑んでくるだろう、とも。
しかしーー
(静か過ぎる……)
紅い霧に包まれた、静寂の森。
森の中には、人どころか生物さえも暮らしている気配が全くない。
これでは、麗亜の言っていた事と全く辻褄が合わない。
かといって、この静けさからは、アーカードの侵入を悟ってどこかに潜んでいるとも考えにくい。
森は、そう思わせるまでに、異常なしじまに覆われていた。
そう、そこには『生』がなかった。
『いいですか? くれぐれも、極力戦闘は避けてくださいね。貴方自身、歩く怪異みたいなものなんですから。これ以上、厄介ごとはゴメンです』
不意に、神社を出る間際に掛けられた麗亜の一言が頭をよぎる。
「好都合か……」
アーカードは森の異様な雰囲気に疑問を抱きながらも、そう独りごち、その場を後にする。
そして、呆気なく辿り着いた、湖のただ中にある洋館。
(入り口は、あそこか)
その佇まいからして、ただならぬ雰囲気を醸し出す洋館。
どうやらここが、麗亜の言っていた『紅魔館』に間違いないらしい。
アーカードは警戒を怠らず、一歩一歩その入り口へと踏み締めるように、歩を進める。
それと同時に、館に近付くほどに霧が濃くなるのを、彼は感じていた。
やはり、この洋館が紅い霧の発生源なのだろう。
「さて、やはりここは正面からお邪魔するとしよう」
そう零した彼の眼前にそびえる、物々しい門。
「フン……」
アーカードがそれを蹴飛ばすと、簡単につがいがねじ切れ、その重さが嘘であるかのように、門の扉だったものは無惨に宙を舞った。
「……はっ!? し、侵入者!?」
「ん? 人間……か?」
開け放たれた門をくぐろうとしたアーカードの右側から、突然響いた声。
彼は素早く、その方に向き直る。
そこには、蹴破られた門の傍ら、地面に横たわる人の姿があった。
「……よっ、とぉ! あれれ、見ない顔ですね。どちら様で?」
人。
女。
否。
(この雰囲気は、人の形をした何か、か。こいつは、きっと……)
アーカードは、目の前に立つ女の佇まいから、彼女の正体を直感した。
「礼儀のなっていない奴だ。人に名を尋ねる時は、まず自分から名乗るものだろう?」
が、麗亜の言葉が再び脳裏を過ぎったのか、彼は何をするでもなく、ただ目の前の女にそう問い掛けるだけであった。
「むっ! その言い方こそ、礼儀がなってないんじゃないですか?」
アーカードのその言葉に、女は軽く飛び起きると、一瞬で彼との距離を詰め、怪訝そうな表情で返した。
(この身のこなし、やはりただの『人』ではなさそうだ。それならば……)
「…………」
「…………」
二人の間を、沈黙が走る。
「フフ……クハハハハ! 中々面白いお嬢ちゃんだ。気に入った。いいだろう。ここは一つ、自己紹介といこう。私はアーカード。殺し屋だ」
「殺し屋? それは穏やかじゃありませんね。それで、殺し屋さんがこの館に、一体何のご用事で?」
アーカードの高笑いと自己紹介を聞いた瞬間、女の表情と雰囲気が変わった。
増大する、鋭い、刺すような敵意。
否。
(これは殺意、か。そうこなくては)
「この紅い霧をどうにかしろと言われてな。霧の出処を追っているうち、ここへ辿り着いた」
「そうですか……悪い事は言いません。お引き取り願いましょう。自己紹介が遅れました。私、この『紅魔館』の門番を務めさせて頂いている、『紅 美鈴』(ほん めいりん)と申します」
「やはりそうか。怪しい館には、門番が付きものだからな」
「貴方が言うように、この紅い霧はここ『紅魔館』から発生しているものですが……これには込み入った事情があるんです。とても、とても大切な理由が」
「だから何もせずに帰れ、と? 馬鹿馬鹿しい。餓鬼の使いじゃあるまいし、はいそうですか、とは聞き入れられんな」
「それなら……どうするつもりですか?」
「わかっているだろう? いや、わかっているはずだ。なぜなら、貴様もまた、私と同じ……」
『化物』なのだから。
アーカードはその言葉の結びをあえて紡がず、にやりと笑う。
「力尽く、というわけですか? 仕方ありませんね。でも、その前に一つだけ教えて下さい。貴方はさっき、紅い霧をどうにかしろと『言われた』、と言いましたよね? まさかとは思いますが、博麗の巫女の差し金ですか?」
「何だ、あの女の知り合いか。知っていて情報をよこさないとは、あいつも相当タチが悪いな」
アーカードにしてみれば、まったくその通りであった。
彼は今回の件について、ただでさえ乗り気ではないのに、他にやれる者がいないから、と、最小限の装備と命令で放り出されたも同然なのだ。
にも関わらず、容易に与える事が可能で、しかも物的損失のない情報でさえも不十分ときた。
いかに彼が優秀な従僕であるとしても、悪態の一つもつきたくなるだろう。
何より、こんな敵が待ち構えていると知っていれば、彼ももう少し乗り気になっていただろうに。
(まったく、本当にタチが悪い)
「そうですか。まったく、呆れ果てますね。『先代』はかつて、直接自分が赴いて来たというのに。当代の巫女はよほど……」
「もういい。これ以上、話をする気はない。貴様は門番で、私は侵入者だ。どれだけ語り合ったとて、その事実は変わらん。単刀直入に問おう。貴様は私の敵だと、そう考えて相違ないな?」
「もちろん、望むところですよ! もっとも、このまま帰ってくれるのが一番助かりますけどね」
美鈴はそう呟くと、すっと流れるように構える。
見た目からわかる戦闘態勢。
両手を広げて腰を下げた、中国拳法様の構え。
(なるほど、この女は格闘が得意なようだ)
闘争。久方ぶりの闘争。
アーカードの気持ちが昂ぶる。
それはそれは、抑えきれないほどに。
「こちらからも、最後の質問をしよう。この紅い霧を……いつまで撒き散らし続けるつもりだ?」
浮かぶ笑みを噛み殺し、アーカードは問い掛ける。
目の前の敵に、闘争への片道切符を突き付けるように。
「無論、誰かが止めるまで……! さぁ、格闘でも弾幕ごっこでも、ご所望の方法で相手になりましょう!」
「格闘?
「……っ!」
(何だ、こんなものか)
アーカードの一言を聞き、戦闘を躊躇うような美鈴の反応に、彼は少し落胆した。
(あれだけの殺意を放てるのだから、てっきり
加えて、彼女の顔色からは、明らかに緊張と焦りが見て取れる。
(まぁ、無理もない、か)
その理由を、アーカードは知っていた。
(この幻想郷においては、生死を懸けない『弾幕ごっこ』とやらで白黒をつけるのが常識らしいからな)
しかしーー
彼が渇望するのは、そんななまっちょろいものでは決してない。
『麗亜、聞こえるか? 敵と遭遇した』
怯む美鈴を尻目に、アーカードは余裕の表情で携帯用の通信機を取り出し、麗亜との交信を試みる。
『そうですか。それなのに通信とは、余裕ですね。でも、言ったはずですよ? 戦闘は極力避けるようにお願いします、と』
通信機から返ってきたのは、冷たい口調で紡がれる、概ね彼の予想した通りの言葉だった。
『向こうがやる気なんだ。仕方あるまい。さて、どうする麗亜』
『どうする、とはどういうことです?』
『とぼけるな。今や私は
『私を試しているつもりですか、アーカード……!』
『銃は私が構えよう。照準も私が定めよう。
『確かに、私は命令を下しました。極力戦闘は避けるように、と。しかし、その前にも命令を下しているはず。そう、見敵必殺……見敵必殺です! 敵となりうる障害は全て、叩いて潰して、砕いて轢いて……それで結構。話はおしまいです』
『了解。そうだ。それが最後の
「……そろそろよろしいですか? 殺し合いだの何だの仰る物騒な方は、やはり叩きのめしてお帰りいただくことにします」
「フン、待たせたな。美鈴……だったか? 貴様、今自分が口にした言葉の意味をわかっているのか?」
「ええ。私は仮にもこの『紅魔館』の門番……たとえ殺す気で来られたとしても、どこの馬の骨とも知れない不審者相手に遅れはとりません」
「いいだろう……さぁ行くぞ。歌い踊れ門番。調教してやる。豚のような悲鳴をあげろ」