HELL紅魔郷SING   作:跡瀬 音々

21 / 24
と、いうワケで後編。

物語は「もう少しだけ続くんじゃ」なのでどうぞご贔屓に。

ここからは高速展開重点の超次元執筆なのでわけわかめになることうけあい。

だが私は謝らない(真顔)。


Prière(後編)

 ……。

 …………。

 

「ぐッ……おおおぉぉおおぉぉおおぉ!?」

 

 圧倒的。

 

「言ったでしょう? ()()()()()()()()()()()、と」

 

 それは、まさに圧倒的と形容するに相応しい状況だった。

 

 咲夜が飲み干した液体の正体は、()()『蓬莱の薬』と()()()()()秘薬。

 それは、服用した者の『人生』を、即ち『過去』、そして『未来』を、『現在』という()()短時間に圧縮する薬。

 そう、噛み砕いて言えば、服用した者が()()()()()()()、『現在』という一瞬に、その者が()()()()()を収斂する薬。

 

 ーー本来であれば、いつか来るべき()()()()()に、()()()()()()ための薬であった。

 

 ともあれ。

 

「グ……おあぁあああAAAAAA!」

 

 全盛の姿を取り戻した咲夜の攻撃は、もはや白銀の瞬きさえ伴わず、無慈悲かつ正確にアーカードにダメージを蓄積させていく。

 それは、咲夜が世界の()から完全に解き放たれたのか、はたまた、文字通り相手の()()を思うままに()()()ほどの強大な力を行使できるようになったのか。

 もっとも、そのどちらであっても、また、()()()()()()()()()、アーカードはただ為す術なく、苛烈な猛攻に身を晒すことしかできなかった。

 

「不死身の化物(フリークス)など存在しない……! くたばるまで、殺してやるわ。傷魂『ソウルスカルプチュア』……!」

 

 まるで、深い霧が晴れるかのように、アーカードを取り巻く『影』は不可視の斬撃に散り、その身体には見る間に数多の刃が突き立てられていく。

 先程まで咲夜が用いていたナイフよりも一回り大きなそれらは、同時に絶えず彼女の周囲に振り撒かれ、一切の『影』の接近を許さず消し去っていた。

 

「クッ……!」

 

 反撃はおろか、まともな防御さえできない状況に、アーカードは堪らず『影』とその身を入れ替え、距離を取る。

 

 が、次の瞬間には敵の姿が目の前にあり、そして攻撃を受けている。

 それは、咲夜が一瞬でその距離を詰める移動をしたのか、()()()()()移動したのか、或いはアーカードが彼女の目の前に()()()()()()のか。

 ()()は、それについて語ることさえ小賢しいことであると思わせる見事な一転攻勢であった。

 

 咲夜は、持てる全てを総動員して、ただアーカードを狩るためだけに刃を振るっていく。

 

 薙ぎ斬り、斬り落とし、斬り払い、斬り捨て、突き立て、突き通し、突き貫く。

 

「……終わりよ!」

 

 そして、遂に、咲夜の刃がアーカードの心臓を捉えた。

 

 ーーかに見えた次の瞬間。

 

 彼女の眼前、アーカードは影と消え、それと同時に、咲夜の左頬を強烈な衝撃が襲った。

 

「……ぐッ!?」

 

 咲夜は何とかその場に踏み留まり、顔の傷を修復させながら、衝撃が向かってきた方向を睨み付ける。

 

「シッイイイィィィィ!」

 

 そこでは、その風貌を幼い少女のものへと変化させたアーカードが、拳を震わせ笑っていた。

 瞬間、両者の視線が交わるが早いか、アーカードの額に突き立てられた刃が、咲夜の攻撃の再開を告げた。

 

「最後の最後で、随分と分の悪い賭けに出たな、()()!」

 

 アーカードは、それもお構いなしといった様子で、追撃の刃をその身に受けながら、『ディンゴ』の銃口を真っ直ぐ咲夜へと向ける。

 と、同時に、『影』の亡者が突撃指令を下された軍隊のように、一斉に咲夜に襲い掛かった。

 しかし、『影』の亡者達は獲物を捕らえることなく掻き消え、『ディンゴ』を構えたアーカードの腕は落ち、噴き出した鮮血が足元の『影』へと溶けていく。

 

「クッ……ははははは! どうした! 来い! もっと! もっとだ!」

 

「舐めきったマネを……!」

 

 アーカードは、何やら意味ありげにその姿形を変えたものの、逆転した形勢は揺るがなかった。

 

 絶え間なく続く、咲夜の一方的な蹂躙。

 しかし、その中でもどこか余裕を含んだ、小馬鹿にするような笑みを浮かべるアーカードに、咲夜は苛立ちと不安を募らせる。

 

 そして、徐々に彼女を蝕み始めた身体の軋みと焦燥感。

 

(身体が、もたない……? もうなの!? せめて、あともう少しだけ……!)

 

「舐めてなどいない。舐めているのは()()だ。私は、お前の余興に付き合っているだけだ。こんなもの、まるで子供の遊びだ。ガキの喧嘩だ。だから()()になってやっただけさ。しかし、老いた姿のお前は、その(ザマ)の何兆倍も何京倍も美しかったというのに……なんて醜い(ザマ)だ」

 

「……黙れッ!」

 

 アーカードの言葉を遮るように、湧き上がる消極的な感情を振り払うように、咲夜の猛攻は続く。

 それでも、アーカードは一層激しさを増すその攻撃に少なからずダメージを受けながらも、それに構わず舌戦を繰り広げる。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()に頼った時点で、()()としてのお前は()()()()……本当に、醜悪な(ザマ)だな。お前がいかに人間を自称しようと、お前はもはや()()()人の形をした()()と成り果てたのだ! 私と同じく、な……」

 

「……勘違いも甚だしいわね。やっぱり、アナタは()()()()()よ、吸血鬼。たとえ、()()()がどうあろうと、()()()……言ったでしょう? ()()()()()()、アナタを斃す、と。この身を()()()()()()()にやつそうとも、それで()()()のなら、本望よ」

 

 互いに死線を超えるに紙一重の、物理的な攻防の最中、間断無く交わされる言葉により、真っ向から衝突を繰り返す両者の信念。

 

 そして、その()()()()()()という事実によって、咲夜が()()()した勝利への陰り。

 

 即ち、制限時間(タイムリミット)が迫りつつあるという実情。

 

「勘違いしているのは()()()だ? 化物を打倒するのは、いつだって()()だ。()()()()()()()()()()()のだ!」

 

「戯言を……ッ!」

 

 ()()に城主ひとりになったとしても、(アーカード)は彼ひとりでも恐ろしい吸血鬼であった。

 たとえ全ての()()()を解き放ったといえども、地面に広がる『影』は紛れも無く彼()()()()であり、少女の姿をした()を斬り刻むだけではきっと、致命の一撃に成り得ないであろうことは、ここに至るまでの状況が証明している。

 とはいえ、最後の切り札(ジョーカー)を切った咲夜に、何か他の策があるはずもなく、彼女はただひたすらに少女の虚像とその身代わりになる『影』の亡者達を滅し、アーカードの生命力を削り続ける。

 

(まだ……まだよ! まだ()()()を斃していない! まだ、なのに……ッ!)

 

 だが、次第に、露呈し始める瑕疵。

 振るう度、精彩さを欠くナイフの連撃。

 加えて、能力の行使も杜撰となりつつあるのか、未だ予備動作の段階で抑えてはいるものの、度々反撃を許し始めている現状。

 攻めるほど、反撃を捌くほど、悲鳴をあげる体。

 咲夜に()()()()時間は、もう()()長くはないようだった。

 

 いつしか、咲夜の一方的な攻撃は鳴りを潜め、二人の闘争は一進一退、泥仕合の様相を呈し始めていた。

 

「これ以上の問答は無用ね……悪夢も、そろそろ終わりにしましょう!」

 

 だが、状況は咲夜に戦闘の長期化を許さない。

 そこで、彼女は考える。

 このまま攻撃を継続することが不可能なら。

 今までの方法では、一瞬にして致命傷を与えられないのなら。

 変幻自在の『影』により、その急所(しんぞう)を捉えられないのなら。

 

 一体如何なる手段を用いれば、目の前の敵を屠れるのか。

 

 苦悩の末、彼女が導き出した答えは皮肉にも、相対する敵が今まさに仕掛けている攻撃に酷似した攻撃を行うことーー即ち、持てる全てを攻撃に振っての、無差別広域攻撃であった。

 飛び上がった自身を中心に、上下左右前後全てを隙間なく覆い尽くす、いわば()()()()()()を築き上げ、その全てを同時に叩き込む。

 それは、味方を巻き込んでしまうリスクがあまりに大きいため、この土壇場まで無意識の内に想い描くことさえ避けていた、乾坤一擲の、最後の一手。

 もっとも、彼女に仲間を傷付ける気など毛頭なく、最後の攻撃の()()()が終わり次第、主人達を出来る限り避難させる、或いは自身の身を盾としてでも護り抜く算段を整えてはいた。

 

(こんな時に、アナタをアテにするのは癪だけど……さっきの言葉、信じてるわよ、紫)

 

 しかし、肝心の()()()能力行使がどれだけ()()のか、()()が、自分のこととはいえある程度しか把握できず、彼女は()()()()()と睨んだ一人の女を脳裏に描き、自嘲気味に微笑みを浮かべた。

 

(最低でも、美鈴とこあの無事は確保できるように……さぁ、行くわよ()()死の舞踏(ラストダンス)と洒落込みましょう)

 

 咲夜はアーカードとの肉薄の距離から小さく飛び退くと、追撃を振り払いながら、最後の時間操作の持続時間をより長いものとするべく、集中を高め始める。

 

「フン。あいにく、その悪夢とやらを()()()()()()()気はない。()()お前では私を倒せない、と言っているんだ。それに、腹が減った」

 

 その時、最後の攻撃に打って出ようとする咲夜の前に、アーカードは右手を突き出し、その甲を見せ付けるように翳す。

 そこに浮かぶ、不気味に脈動する術式。

 

「お前は他愛も無く死ぬ」

 

 そのアーカードの言葉を皮切りに、術式が妖艶な輝きを放ち、徐々にその禍々しさが増していく。

 

(もう少し……あと少しだけ、集中……集中!)

 

「もはや、全盛の姿を保つので精一杯なんだろう? さぁ、食事としよ……う?」

 

 瞬間、前触れなく()()()()()()()

 地下室に存在する全ての『影』の亡者が、一斉にアーカードに向き直り、その輪郭を崩しながら、()()()の濁流となって、彼の空腹を満たすために押し寄せた。

 ()()()()()()()

 しかし、その『影』の波から、突如として溢れ出た、『影』より深い黒を纏った『()』。

 そして、()()の向かう先、一城の()は、揺らめく『闇』が形成する陽炎じみた()()へと変貌していく。

 

 そして。

 

「お、おおッ……!?」

 

 ()に溢れていた敵意が、殺意が、城主(ロード)の存在感が、否、アーカードの()()が闇に包まれ、()()した。

 

「なッ……! これ、は……ぐぅっ!?」

 

 突然の出来事に集中を乱し、また、状況の整理が追いつかず、その不可解な現象に気を取られていた咲夜の胸を、不意に背後から貫く『闇』の()

 

 その衝撃で懐から飛び出した懐中時計が、持ち主の体とともに抉られた事を主張するかのように、上端の一部を失った状態で地面に落ち、無機質な金属音を響かせた。

 

 

 

 ……。

 …………。

 

「……っ! いけない! みんな、もう少しこっちに!」

 

 咲夜が杭に貫かれ、アーカードが()()()()()()()()()原型を失いつつある混沌とした状況の中、ただならぬ()()の発生を察知した紫は、周囲にいる全員に集合を促す。

 

「幽香、貴女もよ!」

 

「えっ? ちょっ……!」

 

 その直後、彼女は一人突出して闘う幽香の襟首を『スキマ』を介して掴み、そのまま拡げた()()へと引き込んで、自身の傍らに引き寄せる。

 

 瞬間、床一面に広がる闇から突き出した杭、杭、杭。

 

 その只中、不意に撒き散らされた()に囲まれる形で、闇から隔絶された半球形状の空間が存在していた。

 

 それは、紫が咄嗟に創り出した、強力な拒絶の『境界』による安全地帯(セーフティエリア)

 

「これは……!」

 

 そこから外界を見渡す麗亜は、闇から突き出した、視界を覆い尽くさんばかりの()()()の正体に気付き、戦慄した。

 

 戦場を埋め尽くす無数の杭は、まさに在りし日の串刺し公(カズィクル・ベイ)の心象風景()()()()であり、紛れも無く、この世の地獄と形容するに相応しい有様であった。

 

「……少し外すわ。幽香、お願いね」

 

「はいはい。ま、別に何もできそうにないけれどね」

 

 根源的な畏怖の対象となるべき惨憺たる光景を前に、『賢者』は皆の生命線である安全地帯を形成している『境界』を維持したまま新たな『スキマ』を拓く。

 そして、僅かな焦りを見せるように、彼女らしからぬ素早い身のこなしでその中へと消えた。

 

 …………。

 ……………………。

 

「……行くの?」

 

 妖怪の山にひっそりと居を構える、守矢神社。

 背後から声を掛けられた一人の少女は、しばし無言のまま高台に立ち、下界を見下ろしていた。

 

「……いいえ、その必要はないでしょう。ほんの一瞬でしたが、御二方も()()()でしょう? 『()()』の気配を」

 

「うん。十数年前(あのとき)と同じ感覚と一緒に、一瞬だけ」

 

「もし()()()()()()()()()()我々の出る幕ではないはずです。我々は『宗教戦争』、『最恐の妖怪討伐』、『黒影異変』と、ことごとく他の勢力に先んじられ、信仰(ちから)を失い過ぎました」

 

 少女は高台からふわりと飛び降りると、自身の背に立つ声の主の方へ向き直る。

 

「早苗……」

 

「なに、待ちますよ。幻想郷(ここ)にいる限り、機は必ず巡ってくる。次の()()は、上手くやります」

 

 どこか哀しげな表情で、しかし嬉々とした声色でそう呟くと、少女ーー東風谷早苗は、不敵な笑みを浮かべた。

 

「次は……」

 

 それに応えるように、声の主は早苗と顔を見合わせる。

 

「ええ。()()のやり方で」

 

 そして、それを受けた早苗は、声の主の横に佇む()()()()に目配せした。

 

「最高のタイミングで、()()()()()()()()()()()()()()、かい?」

 

 早苗と目を合わせた()()()()も、彼女につられるように口元を歪め、返答の分かりきった質問を投げ掛ける。

 

「はい。それに、死んだ妖怪だけが、いい妖怪ですから。そうでしょう? 霊夢さん……」

 

 まるで、そこにある()()の影を仰ぐように、早苗は空を見上げる。

 現世(そとのせかい)を捨て、神と人とを繋ぐモノーー風祝(かぜほうり)となった一人の少女。

 彼女がかつて持っていた純真無垢な心は、とうの昔に壊れてしまったのかもしれない。

 人の身で、人の心で、神の力を振るうなど。

 人のまま、神であることなど。

 初めから不可能な事だったのかもしれない。

 

 ただ、今の彼女は現人神として()()()()()()

 

 それだけは、確かだった。

 

 

 そして、同刻。

 守矢神社の遥か上空を駆ける、一つの影。

 

(……ようやく、この時が来ましたか)

 

 目にも留まらぬ速度で夜空を駆け抜けるその影の正体は、射命丸文であった。

 彼女は、幻想郷最速と謳われるその速度を遺憾無く発揮し、走力全開(フルスロットル)で『紅魔館』のある方角へと飛翔する。

 

(……待ち侘びましたよ。永かった。本当に、気が遠くなるほど。でも、これでまた『()()』に会える)

 

 眼下に広がる紅い霧の先に、きっと『()()』が居る。

 そう考えるだけで、気持ちが昂ぶる。

 身体が熱くなり、鼓動が波打つ。

 

 いつか止まってしまった歯車を、再び動き出させるために。

 止まってしまった時計の針を、その手で回し始めるために。

 

 空を駆ける鴉天狗は風を纏い、一陣の疾風となり、彼の地へと急いだ。

 

 

 ……。

 …………。

 

 

「……ぐぅッ」

 

(まだ、何とか身体は動くわね……)

 

 どれほどの時間が経過しただろうか。

 咲夜は微睡みにも似た意識の揺蕩いから、緩やかに覚醒する。

 

 もはや焦点の合わない視界は得体の知れない『黒』で埋め尽くされ、『敵』の姿は捉えられない。

 

(あと……少しだけ)

 

 咲夜は、僅かに残された、しかし加速度的に失われていく自身の『(いのち)』を感じながら、その体の状態を目視で確認する。

 

 全身は『闇』の杭で串刺しになり、もはや致命傷といった言葉では不足であるほど重篤な損傷を負っていた。

 全身から、急激に失われていく『熱』と全能感。

 それでも、彼女は不思議と恐怖を感じなかった。

 

(一太刀でも、多く……)

 

 そう、彼女の胸は、圧倒的な恐怖や絶望を塗り潰すほどの忠誠と使命感で満たされていたのだ。

 

 主人を護るため、『敵』を斬り裂き、屠る。

 己を奮い立たせる感情に突き動かされ、彼女は右腕に力を込める。

 

 瞬間、彼女の体が全身を貫いている杭の拘束から抜け出し、引き換えにその右腕が前触れなく虚空に砕け散った。

 

(……! 時間切れ、か……)

 

 咲夜は、灰のように崩れ去った右腕から自身の結末を悟りながら、風穴だらけの身体を今にも折れそうな両脚で支える。

 

 そして、残された左手にナイフを構えると、覚束ない足取りで歩を進め始めた。

 

 ーーその時。

 

 不意に、床一面に広がり、また、杭を成していた『闇』が胎動し、瞬く間にそのカタチを変え始めた。

 

『闇』が蠢く。

 床がうねり、波打つ。

『闇』が蠢く。

 杭が、螺旋を描いて解けていく。

『闇』が蠢く。

 耳をつんざく悲鳴のような音が響く。

 

 そして、解けた『闇』は巨大な手の形を成し、その場にいる者全てを深淵へと引き込むように燻り狂い出した。

 

(……ッ! こんな、)

 

 ただでさえほとんど失われてしまった勝ちの目に、追い討ちを掛けるような絶望的な状況。

 絶対の忠誠に裏打ちされた意志をもってしても抗いきれず、いよいよ咲夜が諦めの言葉を脳裏に浮かべるか、といったまさにその時。

 

「……咲夜ッ!」

 

 彼女の頭上から響いた、誰かの声。

 聞き覚えのある、しかし、聞いたことのない力強さで紡がれた声。

 

 咲夜は無意識にナイフを手放し、その声の方へと残された左腕を伸ばしていた。

 

 瞬間、咲夜の体がぐいっと引っ張り上げられ、宙に浮く。

 

 それとほぼ同時に、咲夜が居た場所に『闇』の手が大挙して押し寄せ、そこに残されたナイフと懐中時計を呑み込んだ。

 

 

 ……。

 …………。

 

「……紫」

 

「あまり喋らない方がいいわ、咲夜」

 

 間一髪、『闇』の手の襲撃から逃れた咲夜は、紫の形成した安全地帯の中にいた。

 

「……必死な貴女の顔、見たかったわ」

 

 制止する紫に強がるように、咲夜は軽口じみた嫌味を零す。

 確かに、咲夜は辛うじて『生』を繋いだ。

 しかし、それは弱々しく、今にも消え入りそうな不安定なものと成り果てていた。

 その証拠に、彼女はもう、五感のほとんどを喪失し、全盛を保っていたその姿は、次第に()()()()()()()()()

 

 ただ、それは老いた姿にではなく。

 皮肉にも、彼女が最期に()()()()()姿()ーー在りし日の、毎日が輝いていたあの日々の、そう、うら若き少女だった頃の姿に。

 

「これ以上、微かに残された時間を私のために使われては、助けた意味がなくなるわ。死に瀕した()()が会話すべきは、私のような部外者ではないでしょう? ねぇ、レミリア」

 

「……やっぱり、咲夜だったのね」

 

 レミリアは、その匂いから紫が連れて来たモノが咲夜ーー否、正確には()()()()()()()なのだということを、理解していた。

 随分と変容してしまっていたが、その根本は変わらないのか、どこか嗅ぎ慣れた匂い。

 そして弱々しく響く、厳しさの中に優しさの宿る声。

 感覚に訴えかけてくる全てが、咲夜の()()()()()が近くにいるのだと彼女に主張してくる。

 

 それでも、レミリアは()()を心のどこかで否定していた。

 

 何故なら、それを認めてしまうことは、本当の意味で、咲夜という()()が間も無く()()()()()()()()()ことを認めることと、同義であったから。

 

 それゆえ、彼女は斯様に取り乱さずに振る舞えたのだろう。

 

「あらあら、予想外の反応ね。感動の再会なのではなくて?」

 

「黙りなさい。そのそっ首、今にも掻っ切ってやりたい気分なのよ、私は。でも……」

 

 紫の茶化すような言動を無造作にいなし、レミリアは残された腕で咲夜の傍らへと這い寄る。

 

 その音に反応したのか、咲夜は残された僅かな力で、首だけをレミリアの方へと向けた。

 

「咲夜」

 

「そこに……おられるのですか? お嬢……様。申し訳、ございません……」

 

 主人の呼び掛けに、もはや視力さえ失った従者は力無く応える。

 

「馬鹿ね。アナタって、本当に馬鹿。救いようのない、大馬鹿者よ。全てを投げ打って戦って、その挙句、この有り様なんて、ね」

 

「本当、笑い話にも、なりませんよね……」

 

「まぁ、いいわ。完璧な()()のアナタなんて、つまらないもの。最期くらいはせめて()()()()、逝けばいい」

 

「ふ、ふ……ありがとう、ございます……」

 

「でも、その前に一つだけ、聞かせて頂戴。アナタ、後悔はしていない? 私の()()として()()ことに、()()として永遠を受け入れなかったことに」

 

「していない、と言えば……嘘になります……だってまだ……()()を…………斃して、いない」

 

「……! やっぱり、アナタってとびきりの馬鹿で世話焼きね。ねぇ、咲夜…………咲夜ぁ……私、()()()()()になるの?」

 

 刻一刻と迫る別れの時。

 その(きわ)でも、あくまで主人を気遣い続ける咲夜に、レミリアは堪らず取り繕っていた()()()()()物腰を崩し、その声色や表情はいつしか、()()()へと戻っていた。

 

 それは、孤独に押し潰されそうな一人の少女に。

 咲夜と出会った、()()()の彼女に。

 

「いいえ、()()……ひとりでは、ありませんよ……幻想郷(このせかい)の皆が…………何より、妹様が、おられます……」

 

「でも……ッ!」

 

「…………」

 

 二人のやり取りを見守る皆は、あの幽香までもが、どこか寂しげな表情を浮かべ、安全地帯の外に広がる地獄さえ意に介さず、ただただ沈黙していた。

 特に麗亜は、口元を手で押さえ、とめどなく昇ってくる感情を飲み込み続けているようだった。

 

「きゃっ……な、何!?」

 

 その時だった。

 

「や……っ!? お姉さ……ッ」

 

 不意に、安全地帯の端に居たフランドールを襲う『闇』の魔手。

 誰も予想だにしなかった、かけがえのない()を引き裂く無慈悲な介入。

 

 混沌から湧き出た絶望は、有無を言わせずそのままフランドールとその傍らのパチュリーの亡骸を呑み込み、地面に広がる『闇』へと溶け込む。

 

「そんな……ッ! 博麗の封印ごとっ!?」

 

「紫ッ!」

 

「わかっているわよ!」

 

 幽香が叫ぶが早いか、紫は『闇』に侵食された『境界』の内側に、規模を縮小して再構築した『境界』による安全地帯を咄嗟に展開し、殺到する『闇』の手から無防備な三人を防御する。

 

 だが。

 

「パチェ……フラン……! そんな!」

 

 辛うじて事無きを得たレミリアには、過酷な現実が間髪入れずに突き付けられることとなった。

 彼女は、数刻前の過ちで大切な友を失い、今まさに無力さで大切な妹を失い、ほんの数分先には愚かさから大切な従者も失おうとしている。

 

 過去、現在、未来。

 喪失に次ぐ喪失により、遂に彼女の感情は限界を振り切ってしまった。

 

「紫ぃッ!」

 

 彼女は、状況を顧みることさえ忘れ、行き場のない憤りと怨嗟を吐き出すように、無感情に佇む『賢者』へと殺気をぶつける。

 

「やめなさい、みっともないわね。()()()()、不可抗力よ。さすがの賢者様にも、限界があるってだけの話でしょう?」

 

「外野が何をッ!」

 

 そして、その殺気を身を呈して遮り、彼女から紫を庇うような言動をとった幽香にも、続け様に牙を剥いた。

 

「本当は()()()()()()()()くせに。それでもアンタは、自分の弱さを棚に上げて、全てを紫になすりつけて、喚くだけなのね」

 

「この……ッ!」

 

 そんなレミリアの反応など意に介さず、歯に衣着せぬ物言いで、冷淡な言葉を浴びせ掛ける幽香に、彼女は堪らず左手を突き出す。

 

 そう、幽香の指摘した通り、レミリアは全てを直感し、また、同時に()()していた。

 

 紫が力の大半を、『闇』が館の外に出ないようにするために、人知れず築いた規格外の『境界』の維持に割いていることも。

 どこまでが計算の上なのかは推し測れないが、彼女が、必死で状況を悪化させないように努めていることも。

 そして、自分は結局、己の無力さによって全てを失おうとしていることも。

 その端緒も、自らの短絡的な判断と愚鈍さが招いてしまっていたことも。

 あまつさえ、館の皆、ひいては幻想郷全土をも、致命的な危機に晒してしまっていることも。

 

 無論、()()がここに至った原因が、レミリア一人にあるとは言い切れない。

 しかしながら、彼女のいくつかの行動が、意図せずその一翼を担っていた事は疑いようがない。

 

 それでも彼女は、その上で、すなわち、自身の非を認めた上でも()()、自身と咲夜以外の誰かに、やり場のない怒りを向けざるを得なかった。

 それは、降り掛かる理不尽に抵抗する術を、他に持たざるが故か。

 

「いいのよ、幽香」

 

 するとそこで、精一杯の威嚇を見せたレミリアに対し、今にも飛び掛かりそうな幽香を手で制しながら、紫が一歩、前に出る。

 

 そして、そのまま彼女はレミリアにずいっと詰め寄り、目線を合わせるようにしゃがみ込んだ。

 

「どうぞ、恨んでくれて結構よ、レミリア。何なら、()()()()()()、今すぐ私を殺してみる?」

 

 ゆっくりと開かれた彼女の口から、焦らすように紡がれた蠱惑的な声。

 

 その物言いには、まるで、全ての事象は自身の掌の外に一度たりとも出てはいない、というような自信に満ち溢れた色があった。

 

「それじゃあ、お望み通り……!」

 

 目で捉えられずとも、確かに感じる不遜な表情。

 

 それが裏打ちする、言葉の裏側で同時に示された、とある()()()

 

 それらを理解しながらも、レミリアは衝動的に、今度は紫へとその左手を向けた。

 

「駄目……です、お嬢様……」

 

 と、不意に、制止するようにその左腕を握る、咲夜の手。

 

「咲、夜……」

 

「やめ、ましょう……お嬢、様。ゆ、かり……さっきの、口振り……何か、方法がある、のよね……?」

 

 咲夜は、今にも搔き消えそうなか細い声で、絞り出すように紫に尋ねる。

 

「ええ。()()()()()を丸く収める方法が、二つあるわ」

 

 紫は、その途切れ途切れに紡がれる咲夜の問い掛けに応じ、唖然とするレミリアを差し置いて話を進め始めた。

 

「咲夜ッ! 私、私は……!」

 

 そんな二人のやりとりは、レミリアからしてみれば、逼迫した別れに水を差す無粋なものに感じられたことだろう。

 

 かといって、それを阻む術を持ち合わせてはいない彼女は、ただ感情のままに声を張り上げ、己の存在を主張するより他なかった。

 

「お、嬢様……聞き分けて、ください……今は、ゆか、りに……頼るほか……」

 

「……っ! わかってる……わかってるわよ、そんなのッ! でも、」

 

 そう、重ねて記すが、レミリアは全てを理解していたのだ。

 

 ただ、やはり、彼女には()()()()()()()

 己の行き場のない感情の矛先を向ける相手が。

 心の奥底から、無限に湧き出る感傷の正体と、それを治める方法が。

 

「それじゃあ、できるだけ簡潔に言うわね。一つは、このまま、この『吸血鬼』()()()()()を『境界』の彼方、幻想郷(このよのどこでもないばしょ)でさえない空間へと放り込んで、隔絶してしまう方法。これは、私があとほんの少し頑張れば可能だけれど……ただ、相手は私の『境界』を侵食するほどのモノだから、()()のリスクがあるし、何よりハッピーエンドにはならないわ。『紅魔館』とその住人達と引き換えに、未曾有の『異変』は大事に至る直前に解決。大方、こう記されておしまいね。もちろん、天狗の新聞や歴史に残る書物とかにではなく、私の日記程度のものに、だけれど」

 

「この……ッ! よくもぬけぬけと!」

 

 ただただ感情に振り回されるばかりのレミリアの耳に心地悪く障る、饒舌に語られる紫の策。

 

 レミリアがそれに反応し感情を昂らせる度に、その激情を抑え込むように強く握られる、咲夜の手。

 

「咲夜……」

 

「……はぁ。素直じゃないわね、まったく。時間が惜しいんでしょう? 早く()()の説明をしたら?」

 

 と、遅々として進まない状況に痺れを切らしたのか、つっけんどんな物言いと共に、幽香がレミリアを挟んで紫の向かいに立つ。

 

 彼女は言葉の結びに「こんな時まで、性格悪いのね」と付け足し、殊更にそれが旧来からの悪い癖であると言い添えるように、小首を捻った。

 

 その言動に反応し、一瞬、幽香と顔を見合わせた紫だったが、彼女はすぐに視線を落とすと、表情一つ変えず、再び淡々と思案した算段の説明を始めた。

 

「もう一つは、この『闇』の中からアーカード()()を見つけ出し、封印する方法。ただ、それには手間もかかるし、藍達を呼び出したとしても、おそらく人手不足だわ。でも……」

 

 紫は、まるで()()()()()()であるかのように流暢に語り続けていたが、不意にそこで言葉を意味深に区切ると、レミリアから視線を移し、その双眸に咲夜の姿を映した。

 

「……やっぱり、()()くる、のね……いい、わ。紫……もう一度、口ぐる、まに……のせられて、あげる……」

 

 対して、何かを悟ったように、咲夜は小さく口を開くと、掴んでいたレミリアの腕を離し、今度はその手を強く握り直した。

 

「咲夜……?」

 

「お嬢、様……わた、しの……最後の、願いを……どうか、聞い、て……ください」

 

 次第に小さく、か細く掠れていく声。

 徐々に広がる、言葉と言葉の間隔。

 段々と薄まる、『生』の()()()

 咲夜から発せられる全てが、彼女に残された時間の短さを皆に感じさせる。

 

 そんな、命が尽き果てる(きわ)に至っても、咲夜は我儘に己の心の内を述べたりはせず、ただただ、主人に最期の願いを告げようとする。

 

「……勿論よ。私にできることなら、何でもするわ」

 

 きっと、否、間違いなく、これが咲夜最後の願いになるだろう。

 その重さ故、無責任に叶えるとは答えられなかったが、せめて聞き届けて、できることなら全てを引き換えにしてでも叶えよう、と。

 そう覚悟を決めたレミリアの耳に飛び込んで来たのは、予想だにしない一言だった。

 

「では、お、嬢様……私を、()()()くだ、さい……」

 

 その声色や調子とは裏腹に、淀みなく紡がれた、最期の懇願。

 

「……! 咲、夜ぁ……」

 

 それを耳にした時、レミリアは涙声と共に、無意識に咲夜の手を握り返していた。

 今にも崩れ落ちそうなその手を、壊れるほど、強く、強く。

 

「泣か、ないで……下さい、お、嬢様……貴女、様は……強い、お方では……ありませんか」

 

「でも、それじゃあ……」

 

 レミリアを酷く困惑させる、咲夜最期の願い。

 なぜならそれは、咲夜自身が忌み嫌った終焉と()()()()()()を意味していたからであった。

 

「確、かに……人、として死ねない……のは、ごめんこうむり……たい、ですが……『敵』を討てぬ、まま果てるのは…………貴女様を、護れない、まま……斃れ、るのは……それ以上に、嫌……なんです」

 

「…………」

 

 レミリアは、これ以上何も言葉を発することはなかった。

 その代わりに、彼女はただ、滅びゆく大切な人を慈しむよう、そして、何かに祈りを捧げるよう、その手を握り続けていた。

 

「だから、私を食べてください……! 私を食べて、一緒にやっつけましょう、お嬢様……!」

 

 その、自身の想いに応えるような優しい感触に浸りながら、咲夜はかっと目を見開いて呟くと、まるで糸の切れた人形のように、全身から強張りを失い、沈黙に伏した。

 

「…………」

 

 その様を見届けたレミリアは、そっと咲夜の手を解き、彼女の肩を抱く。

 

「う……う、ああ、うわあああぁあぁぁぁ!」

 

 そして、力の限り声を張り上げ紡ぐ、嘆きの咆哮。

 

 出会った()()()から、覚悟はしていた。

 そう、人間も妖怪も、この世の誰しもが、何事にも()()()がある事を知っている。

 でも、それが()()であるとは、誰も想像さえしない。

 こんなにも、別れ(おわり)はありふれているのに。

 だからこそ、生は尊いのに。

 

 いざ()()()にならねば、人々はそれを思い出せない。

 

「「「…………」」」

 

 悲壮感に満ちる場の空気と、押し黙る一同。

 誰もが目の前の光景にいたたまれず、視界の端に捉えはするが、直視することは避けていた。

 ただ、しゃがみ込んでいた紫だけは、いつの間にか立ち上がり、渦中の二人を無感情に見下ろしていた。

 それは、結末を知っている劇を観るように覚めきった、退屈そうにも見える顔で。

 

「あああぁあぁぁぁああああぁぁ!」

 

 晩鐘のごとく響く咆哮。

 

 周囲の目を気にも留めずに叫び続けるレミリアの頬を伝う血が、一粒、二粒と咲夜の頬に零れ落ちる。

 

 それはまるで、溢れ出した涙のように。

 

(泣かないで、と言っていますのに……主人が従者の為に涙を流すなど、あってはいけないことなのに。ああ、自分だって、疲労困憊、満身創痍なのに。本当、本当に、素晴らしいお方。このお方を護れるのなら、何がどうなったっていい…………)

 

 もはや言葉さえも失った咲夜の意識は、微睡みに堕ちるように、現世に繫ぎ止める鎖を手放すように、混濁した無の底へと向かい、その深淵へと導かれていく。

 

「あああぁぁあ……ッ!」

 

 急速に()を欠落させていく咲夜の身体を、レミリアはしっかりと抱き締める。

 そして、咆哮の勢いのまま、首を後ろに反り返し、口を大きく開くと、その首筋に深々と噛み付いた。

 

「…………!」

 

 その身体に残された()()を、血液に留まらず、魂までをも吸い上げるような鮮烈な吸血。

 

 血を啜り、喉が脈動するごとに、紅い影が型取り、瞬く間に再構築されていく欠損していた四肢。

 

「……!」

 

 喉の動きが止まると、レミリアはそっと口元を離し、顔を上げた。

 

 再生した彼女の両腕にそっと横たえられた咲夜の身体が、かさかさと音を立て、塵と崩れていく。

 

 その傍らに在るは、()()()()()で『吸血姫(ノーライフクイーン)』となった一人の少女だった。

 

「……咲夜」

 

 そして、再び見開かれた二つの真紅(クリムゾン)

 

 否、ただ儚いほどの涙を見せるような褪めた紅(スカーレット)

 

吸血姫(ノーライフクイーン)』は、迫り来る『闇』をそこに映し、紅に黒を添えた。




編集を終えて、改めてこの話の長さを痛感しております。

398さん絡みだけで他の話の六倍ほど分量があるなんて、言えない……

推しメンがもこたんとひじりんだということを忘れさせる分量である。

ちなみに、文頭に空白を入れてみたはいいものの、掲示板用の空白(行間?)が多くて逆に読みづらいかも。

まぁ、縦書きにしなければそこまで気にならないとは思いますが……

※エイプリルフールネタは一切ナシという硬派。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。