HELL紅魔郷SING   作:跡瀬 音々

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決してエタっておりません。

実は前話の直後くらいに書き上げていたのですが、現実世界の方で色々とありまして、このように間の空いた更新となってしまいました。

このままでは作品そのものを幻想入りさせざるを得ない状態になりそうなので、もう推敲より更新優先でとりあえずあげておきます。

一応最終話(※エピローグあります)です。

よろしくおねがいします。


Search for the butterfly

「はああぁぁぁあぁぁァァッ!」

「やあぁあああぁぁっ!」

 

 飛び交う弾幕。

 舞い踊る光。

 響く怒号。

 

 唐突に現れた終焉への(きざはし)

 主人(あるじ)を呑み込み、なおも膨れ上がり続ける『()』。

 おぞましい悲鳴のような金切音をあげるアーカード──否、今となってはアーカード()()()巨大な()()()の群体。

 その暴威は未だ衰えの兆しさえも見せることはなく。

 ()()は、まるで制御を失った獣の群れのように、統率なく暴れ回り。

 なりふり構わず己に欠けた何かを求めるように、周囲一切を貪らんとのたうち、蠢き続けている。

 

「獄符『千本の針の山』!」

 

「土金符『エメラルドメガロポリス』!」

 

 絶え間ない反撃に曝されながら、それでもなお雄叫びと共にありったけの攻撃を叩き込み続けるレミリアとパチュリー。

 

「すぅ……はぁ……」

 

 その後方で、両膝を『境界』の端に据え、深く息を吐き精神統一を図る紫と、彼女の傍らで銃を握る、神妙な面持ちの麗亜。

 そして、二人を含めた無防備な面子に群がる『()』を、その振るう日傘で薙ぎ払う幽香。

 

「……よし、と。それじゃあ、お待ちかね……最後の駆け引きと洒落込みましょう!」

 

 と、何を血迷ったか、おもむろに紫は膝元の『境界』から上体を乗り出すと右手を翳し、そのまま思い切り『()』の表面へと振り下ろした。

 

()』に勢いよく叩きつけられた右手は掌、手先、手首、肘、とゆっくり泥沼に沈み込むようにその中に呑まれていく。

 

「な……っ、紫さ……」

 

「大丈夫よ。大丈夫、だから……」

 

 狼狽した様子で近寄ろうとする麗亜を左手で制し、伴う苦痛のためか、表情を歪めながらも右手を突き入れていく。

 

 そして、『()』の表面が上腕にまで達したところでその動きを止め、乱れた息を整え始める。

 

「まったく、無茶するわね」

 

「昔から言うじゃない? 無理はダメでも無茶はいい……ってね!」

 

 まるで自分に言い聞かせるように、幽香へと返す軽口。

 

「紫ッ! ()()なの!? このままじゃ……」

 

 そして、それを地獄耳で拾ったかのようなタイミングで、レミリアが怒鳴りつけるように問い掛ける。

 その声には、焦りの色が滲み始めていた。

 

「まだよ……もう少し、もう少し!」

 

 何万という()()()の中から、僅かな感覚だけを頼りに特定の()()だけを見つけ出す。

 それは、広大な暗闇に落とした針を手探りで探すような、途方も無い作業である。

 しかも、館の外に張り巡らせた大規模な『境界』を維持しながらそれを熟すとなれば、その負荷が凄まじいものになることは想像に難くない。

 その証左に、紫の表情からはいつもの余裕が消え、その額にはうっすらと汗が滲んでいた。

 

(これは……!()()()の数が、減って……?)

 

 と、探索を始めて数秒後、紫は走査の対象が急速にその数を減らし始めていることに気付く。

 

(そう……()()()()()のね、アナタ()も。これなら……いけるわ!)

 

 ふと舞い込んだ僥倖に後押しされ、紫の作業は滞りなく進む。

 

 そして、遂に。

 

「……! ()()()()()()! 幽香、今よ!」

 

 紫は、指先が探り当てた()()をしっかりと掌に握り込むように捉える。

 

 すると、同時に彼女の正面やや遠方に『()』がぼんやりと()の輪郭を描き出した。

 

 否、きっと、それは今の今までずっと()()にあって、紫はそれを実体化させる『境界』(きっかけ)を与えたにすぎないのだろう。

 

「待ち侘びたわ……果てなさい!」

 

 紫の声に合わせ、幽香は大仰に日傘を振り回し、地面と平行に突き出して構える。

 瞬間、その先端に膨大な妖力が集中するが早いか、光の束が彼女の眼前全てを薙ぎ払った。

 溢れ出した、万象を掻き消す(つい)の光。

 閃光の射線に残されたのは抉れた地面にぽつんと佇む、揺らめく輪郭を纏った棺だけで、その一撃は棺の後方に位置する強力な『境界』さえも穿っていた。

 

「麗亜!」

 

 紫は目一杯の声で、少女の名を叫んだ。

 この戦いに終止符を打つべき、一人の少女の名を。

 

「……!」

 

 麗亜は、頭の中で反響する紫の声に突き動かされるように、無意識に棺に向かって銃を構える。

 

 銃はおろか、他のあらゆる武器らしい武器を構えたことも、ましてや手にしたこともない。

 

 だが、やるしかない。

 

 ()()()()()が、来たのだ。

 

 覚悟は充分。迷いも振り切った。

 

 それでも、のしかかる不安と重責に、自然と手が震える。

 

(私が、やるしか……!)

 

 以前、アーカードから気紛れに教わった付け焼き刃の操法で、棺に狙いを定める。

 グリップを両手で軽く握り、撃鉄を起こす。

 続けて、照門と照星の先に標的を重ね、引き金に指を掛ける。

 

「……!」

 

 あとは、指先で引き金を絞り込むだけでいい。

 なのに。

 たったそれだけの動作が、思うように出来ない。

 まるで、不安が覚悟を上回ってしまっていることを伝えるように、その指先は彼女自身の意思とは無関係に震えるばかりだった。

 

「麗亜……!」

 

 その時、紫の再度の呼び掛けで、彼女はあることに気付く。

 棺の周囲に、取り払われた『()』が今一度収束しようとしている。

 

 時間がない。

 そして次の好機も、きっと。

 

「……ッ!」

 

 ()()を認識した瞬間、より一層強張った指先が感覚を失っていく。

 思わず漏れそうになる不安の叫びを必死で噛み殺しながら、傍らに座る息も切れ切れの紫に、縋るように視線を落とす。

 

「…………」

 

 その内心を察したように返される、紫の真っ直ぐな眼差しと微笑み。

 

 それは、彼女が時折見せる裏寒い打算的なものではなく、いつか先代(れいむ)が彼女に向けられたであろう、()()()への期待と慈愛に満ちたものだった。

 

(そうか。私は……!)

 

 不意に、その瞳の中に映る自分自身と、目が合ったような気がした。

 瞬間、遍く全てを()()に感じられていることを自覚する。

 今、まさに体を縛る不安や恐怖。

 そして、己自身の存在そのものさえも。

 

(……ありがとうございます、紫さん。これで、終わらせます……!)

 

 紫の無言の後押しに、いつしか身体の強張りは解け、震えは止まっていた。

 自由を取り戻した指先は、気付けば引き金を絞っていた。

 

 満を持して放たれた、決着の一弾。

 撃ち出された()()()()弾丸(きりふだ)は、残像を美しい光の帯と残しながら、真っ直ぐに標的へと突き進む。

 

(あれは……!)

 

 その行方を、冷静に見据える双眸があった。

 

 棺の出現した一帯を悉く消し去った、幽香の一撃。

 その発生を爆発的な妖力の高まりから察知し、間一髪、パチュリーを伴い射線から逃れていたレミリア。

 彼女は光芒の通過した後、ただ一つ残された棺に視線を向けていた。

 

(駄目……あれじゃあ、当たらない……!)

 

 吸血鬼の並外れた動体視力で捉えた飛翔体。

 それが、麗亜が棺に向けて放った弾丸だと認識すると同時に、彼女は悟った。

 

 このままいけば、弾は間違いなく()()()

 

 直進する弾丸が描き出す軌跡と射線は、忌々しいほどはっきりと網膜に刻み付けられていくのに。

 その軌道を変えようにも、この距離では間に合わない。

 そう、いかに自身の身体能力が優れていようと、弾丸の行く末を目で追うこと()()できない。

 ()()の顛末を見守ることしか、できない。

 

(……っ!?)

 

 と、その時、麗亜達から見て棺の後方に、小さな空間の()()()を一箇所知覚した。

 同時にもう一箇所、棺の直近前方に同じような()()()が生まれつつある事にも気付く。

 

(あれは紫の『スキマ』……でも!)

 

 このままいけば、おそらく逸れた弾丸は後方の『スキマ』を通り、前方の『スキマ』から確実に棺を捉える軌道で撃ち出されるだろう。

 

 しかし、未だ発生したとは言い難い『スキマ』に『()』はいち早く反応し、『スキマ』と棺との間に()()()()()()()()()()()

 

 

 前方の『スキマ』をもう少し棺寄りに拓けば必中となっていたであろうが、消耗した紫にとっては()()が『スキマ』を立て続けに拓ける限界の距離だったのだろう。

 

(間に合わない……ッ!)

 

 これから起こり得る惨劇の全てを予見した上で、ただ()()()と同じように己の無力さを嘆き、神に許しを乞い、祈るしかできないのか。

 

「あああああぁぁぁぁッ!」

 

 ──否。

 きっと、届かなくても。

 ()()()手を差し伸べ続けてみせると。

 その為に、『吸血鬼』になった(神に背いた)のだと。

 

 『吸血姫』(ノーライフクイーン)として。

 その前に、一人の姉として。

 レミリアは後先を考えるよりも早く飛び出していた。

 

 

 ──だが、現実は非情だ。

 いかに彼女が足掻こうと、その目の前で刻一刻と、事態は取り返しのつかない方向へと絶え間なく進んでいく。

 

(ここまで、なの……?)

 

『……らしくありませんね、お嬢様』

 

 レミリアが策の失敗を確信し諦観の念を抱きかけた瞬間、頭の中に声が響く。

 とても聞き慣れた、でも、もう二度と聞くことはないと思っていた声が。

 

 と、同時に視界にあるもの、否、自身を取り巻く全てのモノ──()()でさえもが、その色と動作を急速に失っていく。

 

「……咲夜!」

 

『しばしお目にかからない間に、随分とまぁしおらしくなられて。私の知るお嬢様は、傍若無人にあらゆる()()()()を踏破なさるお方……のはずですが』

 

「言ってくれるわね……」

 

 思考が、想いが、繋がる。

 自身が考えると同時に、相手の考えていることがわかる。

 意思疎通に言葉を用いない、不思議な感覚。

 

『さぁ、終わらせましょう。一緒に!』

 

「ええ、そうね。二人でなら、きっと……!」

 

『行きましょう!』「行くわよ!」

 

 ()()()()()()()になった二人は、二人()()の世界を駆ける。

 

 雄々しく翼を広げ飛び立ち、()が二人に()()()()目一杯まで棺に近付き、右手を振りかぶる。

 

 すると、その指先に実体化した咲夜の()が重なり、妖力がナイフの形を描き出した。

 

「これは()()からの手向けです。さようなら、吸血鬼」

 

 そして、今まさにせり上がろうとする『()』に狙いをつけられたそれは、咲夜の一言と共に渾身の力を込めて投げ放たれ、命中の直前でぴたりとその動きを止めた。

 

「「そして時は動き出す……」」

 

 直後、押し寄せた奔流に堰が決壊したかの如く、一瞬にして複数の攻防が繰り広げられる。

 

 ──ともあれ、そこに残った結果は単純明快。

 

 麗亜の放った弾丸──『夢想封印弾』が、全ての障害を掻い潜り、見事『()』に直撃していた。

 

 刹那、眩いばかりの光が棺を包み込む。

 

 ……だが。

 

「やった……!」

 

「いいえ、まだよ」

 

 安堵し深く息を吐こうとした麗亜は、紫の一声で即座に緊張に引き戻され、銃を構え直す。

 

 棺を包む光は明滅を繰り返しているが、『()』が退く気配は一向にない。

 たしかに、『()』は僅かにその脈動を弱めたものの、未だ荒れ狂う嵐の如く、周囲の一切を吞み込もうとしていた。

 

「どうして!? 当たったのに……」

 

「どう……なってんのよ……?」

 

 唖然とする麗亜の傍らで呟いたのは、日傘を杖代わりに体を支え、息も絶え絶えに焦点の定まらない目で佇む幽香だった。

 口の端から血を流す彼女の首元では、先程までとは正反対に太極図の『()』がその大部分を占め、光を放っている。

 

 妖力の()()と呼吸の乱れが、首元の太極図の()が徐々に浮き出してくるのに従い、大きくなってきているようだ。

 おそらく、()()が近いのだろう。

 

「どうやら、一発では()()()()()()みたいね。このままでは、じきに『()』がこの幻想郷(せかい)中に溢れ出すでしょう。それより貴女、大丈夫? ボロボロじゃない」

 

「何、余裕ぶってるのよ……今は、私なんてどうでも、いい……でしょ? ゲホッ! ぐ……紫、なんとか……しなさいよ……」

 

 紫の返答に対し辛うじて言葉を繋ぐと、両膝をついて肩で息をする。

 そして、そのまま苦しそうに首元を両手で押さえると黙り込み、荒い吐息を吐き出すばかりとなってしまった。

 

 指の隙間からのぞく太極図はそのほとんどが陽を示す()に染まり、黒い部分は小指の先ほどの面積が残されるばかりとなっている。

 

「もう一度貴女に賭けるしかないわ、麗亜」

 

「何を、そんな冷静に……ッ!」

 

 幽香の容態への関心もほどほどに、紫は涼やかな顔で淡々と宣う。

 その一言に、麗亜は我に返ったように先程までの超越した感覚を失い、焦りの色を滲ませた。

 それでも、構えた銃を下ろさずにいたのは、彼女がこの短時間で精神的に大きく成長したことの証左であり、続く紫の言葉に説得力を持たせるのに充分であった。

 

「大丈夫。だって貴女なら、きっとこの危機を乗り越えられるはずだから。そうでしょう? ……霊夢」

 

 不敵な笑みを浮かべ紫が問い掛けた先、麗亜の背後に一人の少女の姿があった。

 紅白の巫女装束に身を包み、頭に大きなリボンをあしらった、一人の少女。

 体躯は麗亜よりも少し小柄に見えるが、その存在感は突然音も無く()()に現れた事を感じさせないほど()()()を帯びていた。

 

「……はん。揃いも揃ってだらしないんだから。これじゃ、おちおち死んでられないわね」

 

「ふふ、逢いたかったわ……ずっと」

 

「この声……! えっ!?」

 

 振り返ろうとする麗亜の頭を両手で脇から押さえ棺の方へ留めると、かつて『幻想郷に博麗の巫女あり』と謳われた少女は続ける。

 

「時間がないわ。駄弁ってるヒマはないの」

 

 その輪郭を淡い光で縁取られたように()()()()()、それでいて、どこか()()()()()彼女は、麗亜の頭に添えた両手の平をそのまま肩、腕と滑らせ、両手の甲と重ねる。

 

「さぁ、やるわよ……麗亜!」

 

「……はい!」

 

()()()()()()よ。とりあえず、もう一度構え直しなさい」

 

 麗亜には、交わしたい言葉が数え切れないほどあったが、今はただ言われるがまま、銃を握った両手を突き出す。

 そして、少し縮こまっていた両肘を伸ばし、今一度しっかりと棺に正対した。

 

「でも、弾が……」

 

 予期せぬ心強い増援に、不安が安心へと上書きされつつあったが、改めて状況に向き合うと憂心が言葉となって零れる。

 

 いかに気勢が変わろうとも、状況は霊夢が現れた事を除いて何一つ変わっていないのだから無理もない。

 

「必要ないわ。返すべき()()を返すついでに、手助けしてあげるから。こと異変解決において、私達『博麗の巫女』に不可能なんてないのよ」

 

 麗亜の一言が既に万策尽きてしまったことを伝えるが、霊夢は全く意に介さず、続けるように促す。

 

「わかり……ました」

 

 自信に満ちたその後押しに、麗亜はこの上ない安心感を覚え、そして同時に少しだけ、面映ゆい気持ちになった。

 

「さぁ、よく狙って。()()()()()()でいいのよ」

 

「そんなこと言われても……」

 

「ほら、自分に還って来た力を……『()()』を感じて」

 

「『()()』を、感じる……?」

 

 漠然とした助言に疑問を抱きながら、それを搔き消すほどの心地良さを帯びた囁きに耳を傾け、集中を深めていく。

 

 そして、自身の手の甲に重ねられた掌の温かさを改めて感じた時、言葉では説明できない()()感覚の一端を掴んだ気がした。

 

「そう、その調子。あとは、イメージをするだけ。私が『()』として使っていたものを、『()』として使う……それだけよ」

 

「イメージ……」

 

 その感覚に寄り添おうと、深く、深く没頭するよう努めるが、思考の上澄みを掻い潜る中で、失敗の像やとりとめのない事柄が脳裏を駆け巡り、息が詰まりそうになる。

 

「意識し過ぎよ。世界から手を離せば、私が()()()()ように、きっとアンタも()()()から」

 

 その言葉を耳にした瞬間、先程と同じ感覚に沈み込む自分を自覚する。

 そして、先程よりも()()、自身を取り巻く全てがどこまでも()()()()()に感じられた。

 

(ああ、何だ。こんなに、簡単なことだったんだ……)

 

 初めから分かっていたのに。

 全ては、こんなにも単純で。

 身を任せ、ただ流れるようにそこに在れば良い、と。

 

「さぁ、キメちゃいなさい! 行くわよ!」

 

「「……『夢想封印』!」」

 

 意識せずとも、自然と体が動く。

 麗亜の指先はゆっくりと、噛み締めるように引き金を絞った。

 

 

 ──それは、まさに在りし日の『博麗の巫女』の再現だった。

 

「…………」

 

 その場にいた誰もが、ただただ美しい軌跡を描き出し飛翔する光の塊にその心を奪われ、目を逸らすことも、息をする事も忘れ、魅入っている。

 

 やがて棺に達すると、眩いばかりの光は膨張し、辺り一帯を優しく包み込んだ。

 

 撒き散らされていた『破滅』の気配とともに、次第にそれは収束していく。

 

 輝きが収まると同時に一切の闇は消え、そして。

 棺のあった場所には、たった一つの()が残されていた。

 

 皆の方に背を向け、肩を落とし、前のめりに座り込む一人の男の、()()()()()、従えた『()』を失った()()()()()()領主の姿が。

 

「……これで、本当に終わりよ!」

 

 と、ことの行く末をただただ見守る一同の中から、不意に勢いよく飛び出した影が一つ。

 

 妖力で象った二又の槍を構え、裂帛の気合いとともに一直線に男の背に向かって行くその影は、レミリアであった。

 

 彼女自身、何故このような行動をとったのかおおよそ理解はできていなかったが。

 

 それはきっと、全ての()()()()()をつけさせるためか、二度とこのような悪夢が起こらないようにするためか。はたまた、自分自身の不甲斐なさや、()()()()()()()()()()()()()()()に対するやりきれない思いからか、或いはそれら全てのためか。

 

 いずれにせよ、それは他者には推し量れない葛藤の末、無意識にとった行動に違いなかった。

 

 しかし──

 

「おやめください、お嬢様!」

 

 その槍先が、男を貫くことはなかった。

 両者の間に『()』として実体化した咲夜が割って入ったのだ。

 

「咲夜! どうして……」

 

()()()()などと……もはや、()()()()()であり、()()()()()であるのです。もう、わかっておられるのでは?」

 

「……!」

 

 男の吐息に混じって微かに聞こえる、幼い寝息。

 

 男の正面に回り込むと、そこには彼に抱きかかえられるように膝の間に座る、フランドールの姿があった。

 

「……おかえり、フラン」

 

 心からの言葉と、溢れる感情。

 

 紅い悪魔は、今一度その両目の紅を掠れさせ、ぎこちなく微笑んだ。

 


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