まぁもともと掲示板向けだったし、細かいツッコミは野暮ってもんだよ。
ね?
「やる気まんまん、といったところですね……では、参ります!」
美鈴は吐き捨てるように呟くと、右拳を構え、一息に飛び込む。
瞬時に縮まる両者の距離。
(ほう、速いな。だが……)
この距離は、弾幕ごっこが主流であるこの幻想郷においてはあまり見られない、肉薄の距離。
すなわち、格闘能力に優れた美鈴の最も得意とする距離であった。
しかしーー
「シッイイイィィイィィ!」
それは同時に、アーカードにとっても対象が自分の『領域』内に捉えられたことを意味していた。
「……ッ! はぁっ!」
美鈴の突撃に合わせて放たれた手刀。
彼女は咄嗟に身を捩って、間一髪のところでそれを躱し、カウンターとばかりに回し蹴りを放つ。
「ぐぅっ……」
腹部を捉えた爪先から、ミシミシと鈍い音と感触が伝わる。
(……今ので、肋骨を3本はいただいたでしょう。口の割に、全然大したことないですね、この不審者。だからといって油断は禁物。先手必勝です!)
「一気に決めさせてもらいます! 気符『地龍天龍脚』!」
通常、人の脚の筋力は腕のそれの約3倍程度とされている。
当然、妖怪とはいえ人型をしている美鈴もその例に漏れない。
ただ、妖怪である彼女の場合、その基準となる筋力自体が、人のそれとは比べものにならないほど強靭である。
その脚から放たれる、顎を貫くような鋭い蹴り上げ。
もちろん、彼女が本気で放てば、相手が頑丈な妖怪の類でもない限り、頭から上が吹き飛ぶ程の威力を誇る。
だが、彼女の意図はあくまでも人払い。
侵入者を迎撃はするが、過剰な防衛力は行使しない心算だった。
「お、おぉぉぉああおお!?」
その心算が生み出した結果は、鋭い蹴り上げが見事アーカードの顎を捉え、彼の身体を後方に吹き飛ばすほどの衝撃を与えた、というものだった。
「…………」
(やった……!?)
先程の攻撃は仕留めるつもりで放ったものだったが、ダメ押しとして美鈴は次なる一手のため、構えを解かずアーカードを睨み据える。
対するアーカードは、吹き飛ばされたままピクリとも動こうとしない。
不気味な静寂が、二人を包んだ。
「……フ、クフフ……クハハハハ!!」
二人が動きを見せず、もはや勝敗は決したかと思われた次の瞬間、仰向けのままピクピクと身体を震わせ高笑いを始めるアーカード。
「……!」
「ハハハハハ! 面白い! 実に面白いぞ門番! やはりそうか! 貴様、本当に人間ではないのだな。それに……」
彼は重力を無視したかのように踵から起き上がると、拍手を送ったつもりなのか数度、軽く手を叩いた。
「この私を相手に手加減をするとは、勇敢なヤツだ。だが……愚か者だ」
「あれを喰らって立ち上がるとは。しかも、この肌が泡立つような『気』。貴方、まさか……」
美鈴は、目の前の男から発せられる『気』を感じたことがあった。
否、正確には、目の前の男から発せられる『気』に非常によく似た『気』を。
「吸血鬼……!」
「ほう。気付いたか。それに気付くということはつまり……私によく似た者を知っている、ということだ」
アーカードの言葉は的を射ていた。
美鈴が以前感じた事があるモノによく似た『気』。
それは紛れもない、美鈴の主人である一人の吸血鬼が本気を出した時のものだったのだ。
「大方、この館の主人が吸血鬼だとか、そういうことだろう」
「……ッ!」
図星を指され、内心狼狽した美鈴であったが、表情は崩さず、気持ちをすぐに立て直して会話の主導権を握りにいく。
「いかにも、その通りです。ですが、それがどうしたというんです?」
「そうか、やはりそうか! それはいい。それはいいぞ! ハハ、ハハハハハハハハ!」
「まさか、主人に会いたい、と?」
「もちろん。もちろんだとも! わざわざ出向いた甲斐があった。もはや待ってはいられん。さっさと道をあけろ、門番」
「お気の毒ながら、その望みが叶うことはありません。なぜなら……」
瞬間、美鈴から発せられる『気』が変わった。
今まで彼女が発していたのは、闘うための気。闘う意思の気。いわば『闘気』だった。
だが、今の彼女から発せられているのは殺すための気。すなわち『殺気』であった。
「私はこの『紅魔館』の門番であり、貴方はここで、私に打ち倒されるからです」
そう、彼女は悟ったのだ。
目の前の男を放っておけば、確実に主人に害を成す存在となる事を。
だからこそ彼女は、闘いなどという甘い考えを捨てた。
殺す。
そう、殺さなければならない。
目の前の男は殺しにきたのだ。
殺しにきた者は、殺されなければならない。
それが闘争の本質なのだ。たとえそれが、この『幻想郷』のルールに背くことであっても。
「打ち倒す? この私を? やってみろ門番。そして見せてみろ。一体、貴様は何なのか。人か、狗か、化物か……」
「前言撤回です。打ち倒すのではなく、
「フン、ようやくいい目をするようになったな。だが、もう遅い。始まったばかりで悪いが、貴様とのばか踊りもここらで終いにしよう」
「望むところ……」
「貴様を分類(カテゴリー)A以上の化物(フリークス)と認識する。拘束制御術式第3号第2号第1号開放。状況A「クロムウェル」発動による承認認識。目前敵の完全沈黙の間、能力使用限定解除開始……」
「……!」
アーカードが呟くに順い、美鈴は感じ取った。
これ以上、目の前の男に何かをさせてはいけない、と。
だからこそ。
「見せてやる。吸血鬼の闘争というものを……!」
「先手必勝! 華符『破山砲』!」
自分の得意とする距離ではないが、それでも、現在の状況において、自分の出し得る最大火力で、有無を言わせず消し去る。
彼女は、そう選択した。
美鈴の正拳突きと共に放たれる『気』の光芒。
アーカードの視界を埋め尽くすほど巨大なそれは、彼を周囲の地面ごと抉り去った。
(やっ……てないッ!?)
美鈴の攻撃で舞い上がった砂煙で、彼女自身の視界は奪われていた。
だが、『気』を追うことのできる彼女にとって、それは些末な問題に過ぎなかった。
そう、問題は、まだ『気』を追うことができているということ。
そして。
その『気』が己の背後から感じられるということだった。
「くッ! 華符『彩光蓮華……」
しかし、この肉薄の距離は美鈴の得意とする距離。
強気に攻めの姿勢を保ったまま、彼女は次なる技ーー『気』を纏った鋭い掌底ーーを放ちながら、振り返る。
「フハアアアアァァァァアア!」
「がっ……ぐ、ううぅぅぅうッ!?」
衝突する美鈴の掌底と、アーカードの手拳。
ぶつかり合ったそれらは、さながら鍔迫り合いのごとく一進一退の様相を呈していた。
そう、威力と強度が拮抗した両者の攻撃は、一見互角であるように見えた。
が、現実は違った。
美鈴の全力を注いだ掌底を受ける最中、アーカードの蹴りが彼女の膝を捉え、その内部にダメージを与えていたのだ。
さしものアーカードであっても、全神経を集中させ『気』を纏いに纏った、幻想郷屈指の肉体強度を誇る美鈴の掌底を真正面から破壊し尽くす事はできなかった。
しかし、掌底に『気』が集中している分、他の部位の防御力が下がっていることを、アーカードは見逃さなかったのだ。
とはいえ、アーカードも片手間に放った蹴り程度では美鈴に決定的なダメージを与えるには至らず、せいぜい一瞬体勢を崩すのが限界だった。
もっとも、彼にとっては、その一瞬で全てが事足りたのだが。
「悲鳴を、あげろ……豚のようなァ!」
「うぅっ! ぐっ、ぎいぃ……ッはああああぁぁあああ! 三華『崩山彩極砲』!」
美鈴の一瞬の間隙を突いてアーカードから放たれた、全霊の手刀。
対して、それに合わせるように零距離で放たれた、美鈴の正真正銘の最大火力。
正真正銘、というのは、先程放った最大火力は、あくまで『自身や館に被害が及ばない範囲』での話であり、捨て身で放たれたこの攻撃は、理論上、彼女の出し得る最強の火力であった。
「ハアアァAAAAAAAAAA!」
「……ッ!」
にわかに光に包まれる両者の影。
辺りに響く、金属が擦り合わせられるような不協和音。
その半瞬間後、光は不規則に、放射状に広がり始めた。
「……ッ、ぐ……ううぅッ!」
「チェックメイトだな、門番」
辺りに広がる光がその勢いを弱め始めた頃、ようやく二人の姿が影となって現れる。
そして、光が完全に消え失せた時、二つの影はおおよそ『人』のものとは呼べない容貌と成り果てていた。
アーカードは、左半身をほぼ全て失っていた。
顔、腕、胴体、脚。
それら半身全てが、抉られたように欠損している。
普通なら、即死。
あまつさえ生きていたとしても、今のアーカードのように立っている事は身体のバランスからいって難しいような、激しく惨たらしい欠損。
それでも彼が倒れ伏さずにいられたのは、彼の手刀が。
否、彼の右腕が、美鈴の左脇腹を貫いていたからに他ならない。
「ガフっ……く、そぉっ……!」
「さぁ、門番。洗いざらい喋ってもらおう。貴様の……命に」
突きを放ったままの姿勢で口の端から血を流し、力なく震える美鈴。
瞬間、対するアーカードの左半身を黒い霧が覆うと、黒い霧はそのまま実体を成して、彼の左半身を形作った。
「化け、ものめ……あぅっ!?」
もはや抗う気力もなく、ただアーカードを睨み付けることしかできない美鈴。
その表情を一瞥したアーカードは笑みを浮かべると、乱暴に唇を奪う際のそれと同じように、彼女の顎をぐいと押し上げた。
「う……あ、あ……」
「ハアアアアアア……」
アーカードは無遠慮に、露わになった美鈴の首筋に牙を突き立てようとした。
が、まさにその時。
(そこまでよ!)
静かに。だが、はっきりと。
高貴で、しかしどこか弱々しく淫靡な。
色で例えるなら紫色の声が辺りに、否、アーカードの脳内に直接語り掛ける。
(何だ、コレは……)
その半瞬間後、アーカードの姿は淡い光に包まれ、どこへともなく掻き消えた。