HELL紅魔郷SING   作:跡瀬 音々

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他の人と比べて、1話あたりの本文の分量が多いというくらいしか特徴のない駄文。
寛大な方は、これからもお付き合いください。

明らかなミス等あればご指摘願います。


Break the world down

所在は変わって、博麗神社の境内。

そこに揺らめく、二つの影。

 

「……これで満足かしら、麗亜?」

 

「はい、ご協力ありがとうございました……紫さん」

 

麗亜は、自分が紫と呼んだ者に対して深々と頭を下げる。

それを受けた相手は、少し不満そうに微笑みを浮かべた。

 

「この私を使い走りにするなんて、幻想郷広しといえども貴女くらいよ?」

 

「本当に、申し訳ありません。他に手段がなくて……」

 

「それは()()()()()の言葉かしら?」

 

「それはもちろん()()に対して、です」

 

「そう……自覚、あったのね。それならいいわ。アレは本来、この大地に不要の存在……いいえ、居てはならない存在なのだから」

 

「そうでしょうね。それでも、私はこの博麗神社を、何と引き換えにしても護らなければいけないんです。そのために、招かれざる客を遣っても。そして、それがたとえ、母の遺志に背く事になっても」

 

柔和な物腰とは対照的な、鋭い口調で紡がれる麗亜の言葉。

 

「そんなに怖い目をしなくてもいいわよ、別に。貴女の立場は、わかっているつもりだから。それにしても、私にまで敵意を向けるのは、少し病的ではなくて?」

 

紫は、麗亜の眼差しを正面に受け、真っ直ぐに彼女の双眸を見据え返す。

 

「……っ、申し訳ありません。私、少し過敏になってしまっていますね。これじゃあ、博麗の巫女失格です」

 

「貴女は色々と、気にし過ぎなのよ。あの娘そっくりの顔で、そんな悲しい表情をしないで。確かに貴女は博麗の巫女だけれど、だからといってあれこれと気を遣うこともないわ。貴女にはもっと、あの娘みたいに自由に生きて欲しい。今回の件についても、私だって、怒っているわけじゃありませんもの」

 

深刻な表情で俯く麗亜に、紫は優しく笑い掛ける。

そして、麗亜の頭を軽く撫でると、彼女の体をそっと抱き寄せ、耳元で囁き始めた。

 

「紫さん……」

 

「妖怪や化物、宇宙人に天人、そして人間……生き物が争い合うのは自然の理。そればかりは、生命の本質だから嘆いても仕方ないのよ。だからそれは、許されるべきことだわ。でも、それが許されるのは『同じ世界の者同士』であればの話なのよ。例えば、あの小さいさとり妖怪のような地底の妖怪が、貴女のような地上の人間を襲うなんてことがあれば、それは些かルール違反とも言えるし、あの馬鹿天人が起こしたような騒動も、許されざることだわ」

 

麗亜の体は、震えていた。

紫は、その体を震えがわからなくなるほど強く、ただ抱き締める。

 

「私、どうしたらいいか……このままではきっと、彼は紅魔館の皆を殺し尽くしてしまいます」

 

「そうかもしれないわね。でも、残酷なことを言うようだけれど、そうさせたのは貴女なのよ。()()は、毒にも薬にもなり得る存在であり、そして、薬として使うには、リスクが高すぎた。それだけの話よ」

 

「……私には、母のような異変解決力もなければ、包容力もなかった、と。はっきりとそう言ってください。そうすれば、他でもない貴女にそう言ってもらえれば、諦めもつきます」

 

「そんなに気負ったり、心配したりする必要はないわ。もし万一、アレがこの大地に仇為すような行動に出ることがあれば……きっちりと、私が終わらせてあげるから」

 

そう言って、紫は麗亜の頭をぽん、と叩き、どこからともなく拓いたスキマへと消える。

 

「私、私は……」

 

そして、夕暮れの空の下、一人境内に残された麗亜。

沈む太陽にも似たその心に、去来した複雑な感情。

彼女の表情からは誰も、それを窺い知ることはできなかっただろう。

 

 

「この世界を維持するためとはいえ……何て馬鹿げたマッチポンプかしら」

 

そう紫が零したのは、幻想郷でも外の世界でもない場所。

時間も空間も質量も、全てが狂っている。

どこにでも繋がる、どこでもない空間。

そんな場所だった。

 

そこで、紫は思慮する。

巫女の力は、才能と信仰に依存する。

加えて、両者は極めて密接な関係にある。

例えば、いかに才能溢れる巫女であっても、信仰を全て失ってしまえば、ほとんど全ての巫女としての力は消えてしまうのだ。

また、人の心は、皆が思うより遥かに冷めやすい。悠久の時が経てば、具体的な拠り所のない信仰はいずれ風化し、消え失せる。

それはすなわち、この幻想郷において、博麗の巫女は異変を解決し続けなければ、遠からずその力を失ってしまうことを意味する。

そして、それは同時に、博麗大結界の崩壊を意味し、更にそれは、幻想郷の終わりと同義である。

 

「そう、いざとなればきっと、私が終わらせてあげるから……全てを」

 

だから、幻想郷には異変が必要なのだ。

逆説的に考えれば、幻想郷では異変が起きるように運命が巡っているとも言える。

 

「果たして、運命を司る吸血鬼の選択は……といったところかしらね」

 

幻想郷が存在する限り、博麗の巫女は戦い続けなければならない。

それは、その身が朽ち果てるまで。

否、たとえその身が朽ち果て、魂さえ掻き消されようとも。

 

「……さて、と。それじゃあ私は『詰め』に回るとしましょうかしら」

 

そう独りごちた紫は再びスキマを拓き、目を閉じて、その先に広がる花畑へと踏み出した。

 

もう、この先ずっと、博麗の巫女が戦わなくて済みますように、と。

そんな願いを、抱きながら。

きっと、これが最後の異変になりますように、と。

そんな、祈りを捧げながら。

 

そして。

これを最後の異変にする、と。

そう、決意を固めながら。

 

……。

…………。

………………。

 

同刻、レミリアの部屋。

 

「大変です、レミリア様!」

 

「……どうしたの、小悪魔。ノックもしないで」

 

扉を思い切り開け放った小悪魔の視界に飛び込んできたのは、文字通り、青白く生気の無い顔。

それは『純然たる生者』ではないこの部屋の主にとっては当たり前の事であった。

しかし、それに加えてこの部屋の、ひいては紅魔館の主たる吸血鬼の頬はこけ、その瞳は虚ろだった。

容貌から一瞬で見て取れる、明らかな衰弱。

長きに渡る生により、血液による延命を克服した(厳密には、他の吸血鬼よりも極めて長期間、食事ーーすなわち、血液の補給を必要とせず、また、普通の人間と変わらない食糧によって活動できる)彼女にとって、それは本来あり得ない姿だった。

 

「て、敵襲です!」

 

「そう。それは大変ね。咲夜を、呼ばなきゃ……」

 

「レミリア様、しっかりしてください! 咲夜さんは、もう……」

 

「もう、何? もういないとでも言いたいの!? 違う。違う違う違う違う違う! だって、咲夜はここにいるもの。ここに……!」

 

誰もいないベッドの傍ら、豪勢な羽毛布団に顔を埋め、取り乱すレミリア。

 

「レミリア様……っ!」

 

「だから私は、ここから離れるわけにはいかないのよ! 十六夜の月の下、紅い霧がこの幻想郷を満たすまで……」

 

宙を裂く、レミリアの悲痛な叫び。

その姿に心を傷めながらも、小悪魔は言葉を紡ぐ。

 

「……現在、地下室にてパチュリー様が戦っておられます。それに、私の背をよく見て下さい」

 

そう言われ、レミリアは小悪魔の背後を注視する。

そしてすぐに、小悪魔が背負っている人影に顔色を変えた。

 

「……め、美鈴、なの?」

 

「はい。侵入者と交戦の末、負傷されたようです。普通の妖怪なら死んでいるような傷ですが……流石は美鈴さん、かろうじて急所を躱していました。しかし、パチュリー様は……」

 

小悪魔が苦しげな表情でそう言った時、レミリアは不意に立ち上がった。

そして彼女は、先程までの耗弱が嘘だったかのように、みるみる本来の精悍さを取り戻していく。

 

「……小悪魔、貴女はここに残り、美鈴の治療を。曲がりなりにも貴女は悪魔。治癒魔法の一つくらい使えるでしょう?」

 

再び口を開いたレミリアは、小悪魔に問う。

その口元に、牙を輝かせて。

 

「はい、それは勿論。しかしレミリア様、今すぐ、お独りで行かれるのですか?」

 

小悪魔は、先刻までのレミリアの様子を見ていたが故に、未だ不安を払拭しきれず、レミリアを見詰める。

その視線の先には、かつて博麗の巫女と戦った時のように、気高く凛とした吸血鬼が立っていた。

 

「ええ。美鈴をそこまで痛めつけるような相手だもの。並みの遣い手では足手纏いだわ。それに、館の危機に……何より親友の危機に、駆け付けない私ではないわ。貴女や美鈴、そして咲夜には悪いけれど、すぐに戻るから安心なさい。して、敵の戦力は?」

 

「……敵は、一名です」

 

「たったの一人? まさか、あの忌々しい博麗の巫女が、地獄から這い出て来たわけじゃあないでしょう?」

 

「……相手があの霊夢さんなら、まだ幾分か事態はマシでした。敵は、十中八九……吸血鬼です」

 

「吸血鬼……!」

 

その言葉を聞いた瞬間、レミリアは血相を変えて部屋を飛び出した。

 

「どうか……どうか、ご武運を!」

 

小悪魔からの声援を背に受け、レミリアは長い長い廊下を疾走する。

一秒でも早く、友の元へ。

ただ速く、飛ぶ。

早く、疾く。

館の広さにもどかしさを感じながら、闇雲に駆け抜ける。

 

(パチェ……無事でいなさいよ)

 

まさかあのパチュリーが負けるはずはない、とは思いながらも、頭の片隅に負傷した美鈴の姿がちらつき、不安が膨張する。

その不安を振り払うように、レミリアは一段と速度を上げた。

 

 

そして再び、場面は紅魔館の地下室へと戻る。

 

「おおおオオオオォぉぉ!」

 

「終わりよ、名も知らぬ吸血鬼!」

 

全てをその光で優しく包み、そして残酷に焼き尽くす日輪。

パチュリーの背に浮かぶ人工の太陽が、アーカードの身を焼き、吹き荒れる銀の弾幕が身を削る。

さしものアーカードであっても、この怒涛の猛攻の前では再生が間に合わず、その身体の大部分を失っていく。

 

「オアアアァァァァAAAA!」

 

それでもなお、突き出した手刀。

 

「……うっ! ゲフ、ゲホっ……」

 

パチュリーが防ぎきれないと悟った時には、既にその手刀が彼女の胸を貫いていた。

 

「ま、だ……まだよ……!」

 

それでもパチュリーは、眼前の敵に零距離で攻撃を放ち続ける。

口の端から血を垂らし、湧き上がる痛みに唇を噛み締めて。

 

(レミィは私が護る……レミィは私が護るレミィは私が護るレミィは私が護る!)

 

頭の中で何度も繰り返し、最後の力を振り絞る。

 

「ようやくだ……私はお前を()()()()()

 

しかし、パチュリーの奮迅虚しく、彼女の弾幕は次第にその勢いを失い、それに伴って、アーカードの身体の再生が追い付き始める。

 

(どうやら、ここまでのようね……)

 

アーカードと対峙した瞬間から、パチュリーの生に影を落としていた死の予感。

そして、彼女が遂に味わう死の感触。

しかし、それでも彼女は冷静に、かつ達観して。

ただ、我が身に迫る死を見詰めていた。

 

(レミィ、あの約束……守れそうにないわ……でも、ただでは死なない。アナタは、私が護るのよ!)

 

パチュリーは、自分はこのまま死ぬのだと、まるでそれが当然であるかのように理解していた。

しかし。

パチュリーは朦朧とする意識の中考える。

犬死にする気はない。どうせ死ぬなら、せめて一矢報いてから、と。

 

「さぁ、待ちに待った食事の時間だ……」

 

「……ぐっ、うぅ…………!」

 

圧倒的な絶望を前に、パチュリーは鬼気迫る表情で、かっと目を見開く。

 

瞬間、パチュリーが地下室に張り巡らせていた結界が唐突に崩壊した。

 

その理由は、結界を張った本人が絶命したからでもなければ、結界を維持できないまでに弱り切ったからでもなかった。

 

結界は、破壊されたのだ。

そして、パチュリーがそのことに気付くが早いか、勢いよく扉が開け放たれ、七色の翼を携えた小さな影が、地下室に飛び込んでくる。

 

「やほー! パチュリー、結界なんか張っちゃってぇ、今日はかくれんぼかなー!? って、アレ……?」

 

扉を開け放った少女が目にした光景は、パチュリーが見知らぬ男に、今まさに首筋に牙を突き立てられようとしている瞬間だった。

刹那、パチュリーと少女の視線が交錯する。

そして。

 

「ぐ……ッ、うあぁっ!!」

 

アーカードの牙が、遂にパチュリーの首筋を捉えた。

刃のように鋭利な牙が、ずぶずぶとパチュリーの柔肌に埋まっていく。

 

「……んッ、ぐぅ……く、はあぁんッ!?」

 

首筋から脳に伝わる、甘い痛み。

まるで直接魂を吸われているような、他の何とも表現し難い快楽にも似た痛みが、パチュリーの身体を支配する。

 

「う、ん……あ、あ…………」

 

アーカードの腕に胸を貫かれ、宙に持ち上げられたパチュリーの四肢は、だらんと力なく垂れ下がり、その意識は次第に空白に埋め尽くされていく。

それは、彼女が瀕死であると同時に、吸血のえもしれぬ痛みに呑まれていた証拠であった。

しかし、不幸中の幸いか、先刻負傷した肩の、そして貫かれた胸の痛みが、パチュリーの意識をかろうじて現界に繋ぎ止めていた。

 

「……ふ、フラン…………」

 

パチュリーは、最後の力を振り絞り、自分の方を向いてただ立ち尽くしている少女に語り掛ける。

 

「アナタ、は……戦っては、ダメ……逃げ、なさい……ゲフッ!」

 

「パチュリー……?」

 

(フラン、血の渇望に魅せられてはダメよ。昔のアナタに、戻ってはダメ……)

 

しかし、もはやパチュリーに続く言葉を紡ぐ力はなく、心の中で、少女に言い聞かせるように繰り返すばかりであった。

 

「…………」

 

そんなパチュリーの願いを、想いを悟ったのか、少女はただそのまま黙り込んで、死に行くパチュリーの姿を見詰め、その傍らで佇んでいた。

 

(それでいいわ、フラン……折角、アナタは皆と笑い合うことができるようになったんだもの……昔みたいになったら、きっとレミィが哀しむわ……)

 

息も絶え絶え、今にも事切れそうなパチュリーは、立ち尽くす少女に微笑み掛けると、彼女から目を離し、途切れ途切れになる意識の中、最後の賭けに出た。

 

(……レミィ、後は任せたわよ。この一手が上手くいこうといくまいと、どうせ私はここで死に、結局この件に顛末をつけるのは、アナタになるのでしょうから……ああ、レミィ。約束、守れなくてごめんなさい)

 

最期の瞬間を迎える中、パチュリーはその視線の先、少女の背に、レミリアの影を見た気がした。

 

その影に、彼女は微笑んだ。

微笑むことが、できた。

 

「こ、れで……最後、よ。火水木金土符『賢者の…………」

 

声にならない声を紡ぎ、酸素を求める生け簀の魚のように、上を向いてぱくぱくと口を動かすパチュリー。

 

「…………」

 

どこか恥ずかしげに、パチュリーに微笑み返すレミリアの幻影。

その光景を最後に、彼女の意識はブラックアウトした。

 

「HAHAHAHAHAHAAAAA!」

 

『食事』を終えたアーカードは、既に息絶え、虚ろな目をしたパチュリーの首筋から牙を引き抜くと、雄叫び、否、勝鬨を上げる。

その響きはまるで、地獄の底から敵の最期を告げんと鳴り続ける鐘の音のようだった。

もし『死』に音があるとしたら、きっとこんな音なのだろうと誰もが思うような、そんな音だった。

 

そんな悪夢のような凱歌を響かせながら。

口の端から、大量の血液を滴らせながら。

 

アーカードは、パチュリーを貫いていた腕を無造作に引き抜くと、少女の方に向き直る。

パチュリーの亡骸は前のめりに崩れ落ち、地面にぶつかり鈍い音を立てて、それきり、ただただ黙し続けた。

 

「パチュ、リー? 何、コレ……? わかんない、わかんないよ!」

 

パチュリーの散り様を、まるで絶景に見惚れるように黙り込み見詰めていた少女。

彼女はパチュリーが地面にぶつかる音でふと我に返り、状況を理解しようと必死に頭を働かせる。

 

「わからない? それなら教えてやろう。次はお前がこうなるのだ、吸け……」

 

「あは、アハハハハハハハハハハ!」

 

そして、思考の末導き出した結論に、少女は高笑いを漏らした。

その次の瞬間、何の前触れも抵抗もなく、アーカードの頭が吹き飛んだ。

 

「アナタ、パチュリーを壊したんでしょ? ならアナタも、壊れちゃえ」

 

確かに、アーカードの負傷に前触れは無かった。

それはこの場合、少女の攻撃に、ほとんど予備動作がなかったと言い換えられる。

順序立てて出来事を整理するなら、少女は己の高笑いの残響を切り裂き、アーカードとの距離を刹那の間に詰め、あまつさえ移動の勢いを乗せた、目にも留まらぬ速さの回し蹴りを放ち、アーカードの頭を蹴り抜いた、という説明になるだろう。

 

「あは、あッハハハハハはははハハハハハ!」

 

僅かな逡巡から、瞬時に攻撃に移った少女の行動の速さは、思考の速度に直結していた。

目の前に広がる様々な状況を整理する中で彼女が下したのは、たった一つのシンプルな結論であった。

それは、何もかも理解できないということを、理解するということ。

そして、考えることを放棄した彼女が行き着いたのは、実に単純なロジックだった。

 

「壊れろ……壊れろ壊れろ壊れろ壊れろ壊れろ! アハッ! ハハハハハ!」

 

それは、報復。

否、純然たる敵対。

物言わぬ亡骸となった友のためではなく、ただ、敵と認識した目の前の敵を屠るため、自身の渇きを癒すため、破壊欲を満たすため。

そのためだけに、今の少女は存在していた。

 

「まだだよ……まだまだまだ! ほら、ほらほらほらほらほらほらァ!」

 

乱打。乱打に次ぐ乱打。

乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打。

アーカードの身体が再生する間も無く千切れ飛び、血飛沫をあげるだけの細切れの肉塊に姿を変えても、お構いなしに闇雲に拳を打ち付ける。

 

やがて、肉を砕く生々しい打撃音に地面を叩く堅い音が混じり始め、辺りには肉塊が散乱し、鉄の臭いが立ち込めた。

 

「まだ……やれるんでしょ? もっと私を愉しませてよ! もっと! もっともっともっとおォ!」

 

余りの酷さに、目を覆いたくなるような惨状。

そのただ中で、返り血を浴びてもなお、鈍い輝きを放ち続ける七色の翼を持つ少女が、悲鳴にも似た雄叫びをあげた。

 

それを皮切りに、ほんの数秒前までは『吸血鬼アーカード』として存在していた肉片や血液が、シュウシュウと蒸気の噴き出すような音を立て霧状になり、間も無く宙に人の形を成し始める。

 

「アハッ! アッハハハハハ! 面白〜い! こんなに丈夫な玩具、初めてだよ!」

 

その霧が収束して実体を得る前に、少女はそれに向かって飛び掛かっていた。

大きく振りかぶった、小さな拳。

そして放たれた、風圧だけで霧の全てを吹き飛ばしそうなほど強力な一撃。

しかし、それはそのような結果を生むことはなく、かといって、空を裂いただけ、ということもなかった。

 

「フ、ハハ……フハハハハハハ!」

 

フランドールの拳は()()()()()()()

先刻までとは比べ物にならない程の肉体強度で、アーカードは少女の攻撃を掌で防ぎきっていたのだ。

そして、同時に。

彼は彼女に対し真っ正面から、右手刀を袈裟斬りに放っていた。

 

「っとぉ! はあっ!」

 

しかし、少女はその一撃を身を逸らし難なく躱すと、カウンターに右足で飛び蹴りを繰り出す。

その蹴りは見事にアーカードの顔面を捉えたが、それは決定打とはなり得ず、彼は怪しい笑みを浮かべたまま、顔に残る足越しに少女を見据えた。

 

二人の視線が交錯し、不意に広がる半拍の静寂。

そして。

 

「オオオオアアアァァアAAAAAAAA!」

 

「ハアアアアアァッ!」

 

互いに踏み込んだ二人の怒号が重なる。

二人が演じる、文字通り己の肉体を弾丸とするかのような肉弾戦。

互いに身を削ぎ合う狂宴の中、まるで幼い小動物がじゃれつくかのように、二人は愉しげな表情を浮かべていた。

 

堂々と繰り広げられる、嵐のような打撃の応酬。

その最中、肉体強度は両者ほぼ五分、スピードでは少女が勝り、再生力ではアーカードが勝っていた。

互いに壊し、治り、壊れ、治る。

 

永遠に繰り返されるようにも思えたその攻防は、不意に何かを察知した少女が飛び退き、アーカードから距離を取ったことで、ようやく一旦の終結を見せた。

 

「攻撃力、防御力、速度、再生力……どれをとっても申し分ない。なるほど、流石は一城の主といったところか」

 

「何が言いたいかわかんないけど、褒められてるのはなんとなくわかるよ。ま、アナタも大概だけどね……」

 

少女はアーカードの言葉に対しぼそりと呟くと、呆れたように溜息をつき、肩を竦める。

しかし、彼女はすぐにぎらついた眼つきを取り戻し、次なる行動に移った。

 

「アナタ、接近戦は得意みたいだけど……なら、これはどうかなー? 禁弾『スターボウブレイク』!」

 

そう叫んだ少女の身体が、一瞬、たったの一瞬だけ、宙に浮き上がった。

そして、次の瞬間。

七色の弾幕が雨霰のごとく、アーカードを襲った。

 

「……!」

 

地面とは水平に、自由落下するように加速度的にその速さを増して前進する、数え切れないほどの弾丸。

それらを一身に受け、身を削られながらも、アーカードは『ディンゴ』を構え、放ち、応戦する。

そして、その内の一発が少女の右腕を捉え、そのままもぎ取った。

 

「……ッ! チィッ!」

 

アーカードの思わぬ反撃に激昂した少女は、残った左手で宙をぐっと掴むように拳を握り締める。

すると、次の瞬間『ディンゴ』が爆裂四散し、その破片がアーカードに襲い掛かった。

 

「……ッ!? そうか、それがお前の能力か、館の主よ!」

 

ありとあらゆるものを破壊する程度の能力。

 

それは、少女をーーすなわち、吸血鬼フランドール・スカーレットを最狂たらしめている要素の一つであり、幻想郷に数ある能力の中でも、特に危険なものの一つと言える。

本人の談によると、彼女には物体の『目』が見えるという。その『目』を掌で捕らえて握り潰せば、瞬時に対象の物体の破壊という結果をもたらすとのことだ。

そして、どんな物体でも()()()()()()()、『目』は存在し、それは須く、彼女が文字通りこの世に存在し得るありとあらゆるものを破壊できることを意味する。

 

この能力と、眷属の中でもトップクラスの吸血鬼としてのスペック、そして、純粋で無邪気過ぎる破壊衝動を危険視した彼女の姉は、500年近くも彼女を館の地下室に幽閉していたという話も、筆舌に尽くしがたい危険性を備えた彼女を処遇する上では、ある意味正しい判断だった、と。

そう断言できるほど、フランドールの秘めた破壊力は圧倒的であった。

しかし。

 

(やっぱりおかしいよ、コイツ……)

 

そんな彼女は今、ある違和感を覚えていた。

どうしても払拭出来ずに残る一抹の不安、募る疑問。

 

確かに、彼女は物体の『目』をその手の内に捕らえ、『目』の破壊と同時に物体そのものを破壊することができる。

それは、この世のモノであればどんなモノも逆らえない破壊の契約。逃れられない、破滅の理。

 

彼女が能力を用いて行う破壊は、物体の全てを粉々に打ち砕き、吹き飛ばす荒々しいものだけではない。

例えば、『人』を破壊する場合、その『服』だけに対象を絞り破壊するような芸当も可能であるし、もっと言えば、服の繊維一本一本にまで『目』を見出し、個別に破壊することもできる。

それでも、彼女が自然に能力を発動した場合は、大半の場合、彼女が意図した()()全ての破壊という結果を導くだろう。

それは何故か。

それは、彼女の能力の範囲が、彼女自身の認識に大きく依存しているからだ。

服を着た人を見て、それが『服』だと判断する者はまずいないだろう。おそらく、正常な判断能力を持つ者なら、『服』を着た『人』だと無意識のうちに認識しているはずだ。

彼女もその例に漏れず、彼女の無意識は『服』等を含めた『人』という存在を構成する要素全てを、一つの存在として受け入れている。

すなわち、その状態で能力を発動させれば、その破壊の対象は当然『服』等の要素全てを含めた『人』となる。

もちろん、前述の通り意識的に限定すれば、より詳細な破壊も可能である。

何にせよ、ここで重要となるのは、彼女は文字通りありとあらゆるものを破壊できるということである。

 

そう、そうであるはずなのだ。

しかし、目の前の敵は違った。

 

(こんなこと、初めて……)

 

先程『ディンゴ』を爆砕出来たことから、彼女の認識、そして能力が正常に機能していることは間違いない。

にもかかわらず、彼女は目の前の敵に『目』を見出すことが出来ずにいた。

否、正確には『目』を見出すことはできていても、それの破壊が目の前の存在の破壊に繋がるとは到底思えなかった。

 

認識の問題。

そう、先述の通り、彼女の能力は彼女の認識に依存する。そして、その認識の上で、彼女はこの世に存在するありとあらゆるものを破壊できる。

たとえそれが、実体を伴わないものであっても。

では、この世に『存在しないもの』はどうか。

何をもって『存在している』と定義するか甚だ疑問ではあるが、全てを棚に上げ、ざっくばらんに言ってしまえば、彼女の能力では『存在しないもの』、例えば思想や宗教、言語や現象などの『概念』は破壊できない。

つまりは人の集団、例えば『軍隊』相手に能力を行使することはできない。

それは、彼女が村や部隊が、要素を括る概念であると認識しているからだ。

もっとも、何度もしつこく説明するが、それを構成する人や兵器を個々に破壊することは可能ではある。

 

ともあれ、現状。

フランドールが直面しているのは、それこそ『軍隊』を相手取っているような、しかし、それとは似て非なる状況。

目の前の男に見える、ぼんやりとした『目』。

その先にちらつく、彼の足元に数え切れない軍勢が傅いているような感覚。

そして、大きなその背に、『死』そのものを負っているような錯覚。

少なくとも、目の前の敵から伝わってくる確かな情報は、彼が吸血鬼であるということだけであった。

 

(まぁ、いっか。吸血鬼が相手なら、能力無しでも……)

 

能力での破壊を諦めたフランドールは、至極単純な結論に辿り着く。

それは、対吸血鬼戦において、もっとも簡素で遠回り、それでいて効果的な戦法。

 

「禁弾『過去を刻む時計』!」

 

「!」

 

フランドールは銀の弾丸で引き千切られた右腕を再構築すると、その調子を確かめるように拳をぐっと握り込んだ。

そして、その掌を開くと、瞬間的に右手から一筋の光線を放つ。

その光線は横薙ぎにアーカードの胴を切り裂き、そのまま彼女を中心として規則的に乱回転を始めた。

 

「さーて……それじゃあ死ぬまで、殺してあげる」

 

その戦法とは、彼女の言葉の通りであった。

 

死ぬまで殺す。

一般に、吸血鬼は不死の存在とされる。

しかし、その不死は必ずしも完全なものではない。

寧ろ、条件付きの弱々しい不死だ。

例えば、通常、首を落としたり、杭で心臓を貫けばその再生を許さず殺しきることが出来る。

また、その方法が通用しない、吸血鬼という枠を大きく外れた規格外の不死性を持つ吸血鬼であっても、受けたダメージが再生の許容範囲(これは、その吸血鬼が生きた年月や吸ってきた人間の数に比例し大きくなる傾向がある)を超えれば、当然の如く再生が不可能になり、やがて死に至る。

そう、いかに優れた吸血鬼であっても、死からは逃れられない。

それは、逆説的に言えば、()()()()()()()()()()ということを意味している。

 

「フハハハハハハ、これは堪える……だが!」

 

その身をバラバラに斬り刻まれたアーカードは、肉片と化し地面に転がりながら、どこからともなく声を響かせる。

その声を合図に、散らばった肉片はどろどろと溶け始め、血液のような紅い液体となり地面を覆った。

 

「かくれんぼは……」

 

吹き荒れる光線の嵐の中、フランドールが呟いた次の瞬間、右手を大きく振りかぶったアーカードの影が、背後から彼女を覆い隠す。

 

「もう飽きたってば!」

 

フランドールは振り向き様、回し蹴りを放ち、その影をぶっきらぼうに切り裂く。

その間も、止まない光線の回転は、床に広がる紅い液体を切り裂き続けていた。

言うなれば、今、床を覆い尽くしている液体とも影ともつかない()()の全てが、アーカードという存在そのものであり、フランドールの攻撃は、着実にアーカードの生命力を削り取っていた。

 

一方、アーカードは広がる『影』を用いて、幾度も変則的な攻撃を繰り返してはいたが、その全てはフランドールに決して届くことなく迎撃されていた。

 

そう、フランドールはアーカードを圧倒していた。

 

先刻の白兵戦では、両者の戦闘力は伯仲していた。

しかし中距離〜遠距離戦における戦闘力は、弾幕での攻撃を主とするフランドールと『ディンゴ』を失ったアーカードではどちらが上か。

答えは、論ずるまでもなく明らかであった。

 

「アッハハハ! このまま殺しちゃってもつまんないし、アナタの距離で、戦ってあげる……禁忌『レーヴァテイン』!」

 

フランドールの高笑いと共に、彼女の右手に収束した妖力が形作った、紅く燃え盛る焔の剣。

世界中の痛みを吸い尽くしたような、暗く穢れた紅。

その怪しく揺らめく紅は、まるで研ぎ澄まされた刃のように、吸血鬼の少女の横顔を映した。

 

退屈しのぎの、フランドールの気まぐれ。

それに応えるよう、アーカードはぬるりと『影』からその姿を現し、目の前の敵を挑発するように睨み据えた。

 

「……さぁ、いくよ!」

 

それを見たフランドールは、焔の剣をぐっと握ると、そのまま思い切り振り翳し、アーカードに急接近する。

 

「来い……身の程をわからせてやる、お嬢さん(フロイライン)

 

アーカードは、自分に向かってくる吸血鬼の少女に聞かせるでもなく、ぼそりと呟いた。

口元に、不気味な笑みを貼り付け、八重歯を輝かせて。

その微笑みは、これから始まる熾烈な攻防を予期させた。

 

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