HELL紅魔郷SING   作:跡瀬 音々

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もし、時の狭間に揺蕩うこの物語に、続きがあるのならば。
静謐の果てに、救いがあるのならば。
あの時の祈りが、僅かでも届くのなら。
私は何度だって、手を伸ばすだろう。






いつになくシリアスな前書きで困惑させる作戦であった。


次回、カリスマブレイク(?)と言ったな。あれは嘘だ。

的な感じで、箸休めの幕間劇。

要は、伏線回収と新たな伏線を張るための退屈なお話。

かといって、読み飛ばされると困っちゃうんだよなぁ。


THE EVENING STAR

……。

…………。

……………………。

 

それは、レミリアがアーカードと対峙する、数刻前のこと。

 

「……通りすがりの花屋さん、ご機嫌のほどはいかがでしょう?」

 

拓いた『スキマ』の先、視界一面に広がる花畑。

そこへ踏み出した紫は、咲き誇る向日葵達の真ん中で佇む一人の女の背中を捉えて、その肩をぽん、と叩いた。

 

「……ッ!? はぁ……誰かと思えばアンタとはね、紫。急な来客がアンタじゃなけりゃ、()()機嫌も悪くならなかったでしょうね」

 

紫を振り返った女は、露骨に不機嫌そうな表情を見せると、開口一番憎まれ口を叩く。

 

「あらあら、そう邪険にすることないじゃない。仲良くしましょう? 昔みたいに」

 

「嫌よ。アンタが関わってくると、毎度毎度ロクな事にならないの。ねぇ、()()()()()の皮肉屋さん?」

 

「さて、通りすがりは本当に私の方か、それとも実は貴女の方か……」

 

「あのねぇ、紫。意味深な言葉で煙に巻こうとしても無駄よ。お互い、長い付き合いじゃない。簡潔に、要件を、述べてくれる?」

 

紫の言葉に苛立つ様子を隠さず、表情を崩したまま、一方的に鋭い言葉を突き付ける女。

 

彼女はその態度でも、紫との対話を早く終わらせたいという感情を伝えているようだった。

 

「さっすが幽香! 話が早くて助かるわぁ。それじゃあ、手短に」

 

「ま、大方予想はついているけれど。どうせまた『博麗』絡みでしょう?」

 

幽香と呼ばれた女は、ここでやっと少しだけ、そう、ほんの少しだけ、表情を弛ますと、紫の出鼻を挫く一言を紡ぎ出す。

 

「あら、ご名答。貴女、いつからさとり妖怪になったのかしら?」

 

「茶化さないで。それくらい察せないようなバカじゃないわ。だって、ここ数十年(さいきん)えらく肩入れしてるじゃない」

 

「そうかしら? 昔と変わらないと思うけれど」

 

「はぁ。自覚がないのは重症ね……一つ忠告しておくけど、たとえアンタがそう思っていなくても、アンタはもう()()()()なのよ? 年老いて、()()()()()()を思い出しでもしたのかしら?」

 

幽香は呆れ半分といった様子で溜め息をつき、嘘か真か、きょとんとした表情を浮かべる紫に静かに問い掛ける。

 

「含みのある言い方ね。言いたいことがあるなら、はっきりどうぞ? 私と貴女の仲じゃない」

 

その問い掛けに、これまでとは打って変わって紫の眼が真剣さを宿し、彼女の声色が変わる。

 

「それじゃあ、遠慮なく。アンタが感傷に浸るのは勝手だけど、いくら想っても、過ぎ去った日々はもう取り戻せない。()()()()()()には、もう戻れないのよ? ねぇ、元・に……」

 

幽香が何か()()()()()()を口にしかけた時、紫の扇子が彼女の唇にあてがわれ、続く言葉を遮った。

 

「それは言わない約束じゃなかったかしら?」

 

そう言って首を傾げる紫の表情は、紛う事なく()()()()()()だったが、彼女は同時に、()()()()()を放っていた。

 

「……ああ、悪かったわね。すっかり忘れていたわ。老け込んだのはお互い様ってことで、そんなに怒らないでよね」

 

しばしの沈黙の後、扇子が口元を離れ、口を開く事が許された幽香は、白々しく弁解する。

 

「あら、怒ってなんかいませんことよ? でも、()()感じたなら、貴女も少しは反省して頂戴な」

 

「ええ、肝に銘じておくわ。でも、忠告ついでにもう一つ。アンタは『境界を操る程度の能力』(無限の往復券)を持っているつもりでも、人々は、何よりアンタの愛する幻想郷(このせかい)は、()()を許さないわ。()()覚悟はできているのかしら?」

 

漂う殺気をいつもの飄々とした雰囲気に変えた紫に、今度は幽香が真剣な面持ちで、再び質問を投げ掛けた。

 

「何を今更。この片道切符に、後悔はないわ」

 

真っ直ぐに自分を見詰める鋭い瞳を、紫は見詰め返し、小さく、しかし力強く呟いた。

 

「そう、ならいいけれど。さて、お喋りにも飽きたし、そろそろ本題に入ってもらいましょうかしらね」

 

その呟きを拾い、幽香はこれ以上は結構、とでも言いたげに、話を切り替える。

 

「そうね。それじゃあ、単刀直入に言うわ。当代『博麗の巫女』に、協力してあげてくれない?」

 

「……ッ! ふ、ははっ……アッハハハ! 『博麗の巫女』に、私が? 素っ頓狂にも程があるわ! そんなコト言うなんて、本当に耄碌したんじゃないの?」

 

幽香は、紫が彼女の元を訪れた目的を聞き、一瞬、目を白黒させて押し黙ったが、すぐに沈黙を破り、狂気に満ちた笑い声を上げた。

 

「私は本気よ。他にアテがないワケじゃないけれど……この『()』には貴女が適任なのよ」

 

「今や()()()()()()()()()()()()私に? しかも、()()()()()()()()()()と徒党を組め、と? バカにしないで頂戴」

 

その眦にうっすらと涙を浮かべながら、幽香ははっきりとした口調で拒絶の言葉を口にする。

 

その身体から、思わず全身が怖気立つような、邪悪な気配を滲み出させて。

 

「だから、協力するのなら、貴女を大妖怪に()()()()()()、と……私の能力(ちから)で、()()()から解き放ってあげる、と。そう言うつもりだったわ。でも、見たところ……もう()()()()()()のに、あえて()()していないわよね、貴女」

 

幽香の放つその気配に、紫は身動ぎ一つせず、彼女の首元で光る『何か』を見遣る。

 

「さぁ、どうかしらね」

 

「素直じゃないわね。まぁ、今の立ち位置の居心地がいいようで、何よりだわ」

 

「アンタ、嫌味を言いに来ただけなの? それとも、本当に私を協力させるつもり?」

 

繰り返される実りのないやり取りに、幽香の発する気配は一層禍々しさを増し、二人の間に深い溝が横たわる。

 

「幽香おねーちゃーん!」

 

その刹那、唐突に響いた黄色い声の後、遠くから手を振り、二人の方へ走って近付いて来る一つの影。

 

「へっへへー、また遊びにきちゃった!」

 

接近する影は、次第に少女の輪郭を帯び、それがはっきりと少女だとわかる頃には、幽香の足に飛び付いていた。

 

「……これこれ、無闇に走り回っちゃあいかん。花畑が傷んだら困るじゃろう」

 

それに遅れて、少女の保護者と推測される一人の老人が、叱責の言葉と共に二人の前に姿を現した。

 

「次郎丸さん……」

 

「おや、幽香どの。お客さんかね?」

 

幽香が次郎丸と呼ぶ老人は、見慣れぬ女の姿を視界の端に捉え、少し驚いた表情を見せた。

 

それほどまでに、幽香の元に来客があるのは稀な事のようだった。

 

「あらあら、初めまして。素敵なご老体。私、幽香の古い友人ですわ。よろしければ紫、と。そう呼んでくださいまし」

 

「ち、ちょっと紫! 何を勝手に……!」

 

「ははぁ、紫どのですか。小生は次郎丸と申します。以後、お見知り置きを」

 

予期せぬ闖入者に狼狽え、咄嗟に負の気配を納めた幽香を尻目に、柔和な口調と声色で言葉を交わす紫と次郎丸。

 

「ええ、どうぞよろしく。それにしても、幽香は随分とこの村に馴染んでいるみたいねぇ」

 

「紫っ! いい加減に……ッ!」

 

自分を意に介さず会話を進める紫の態度に、幽香は怒りを露わにするが、次郎丸と少女がいる手前、強く声を発せないようで、その語気はそう荒くない。

 

「そりゃあもう。孫もこうして入り浸りでしてなぁ。幽香どのには、いつもお世話になりっぱなしですじゃ。どれ、立ち話も何ですし、村の(はた)の茶屋で、団子でもいかがですかな? もちろん、紫どのも、よろしければご一緒に」

 

「それは素敵な申し出ね。でも、残念ですけど……少し込み入った話があるの。それに、()()()()()()()()()()()()()のよ。今回は、外してくださるかしら?」

 

幽香が強気に出られないのをいいことに、紫は勝手気ままに話を進める。

 

彼女はことを荒立てぬよう柔らかな物腰で、かつ自分の意のままに展開を操りながら、闖入客を追い返そうと。

そして、()()を見せた幽香に協力を取り付けようと、状況そのものを言葉巧みに誘導していく。

 

「これはこれは、失礼しましたなぁ。となれば、これ以上の長居は無粋というもの。ほら、向日葵。また今度じゃ」

 

「えー!? ヤダヤダぁ! まだおねーちゃんと一緒にいるー!」

 

次郎丸は、その豊富な人生経験から、二人の間にあるただならぬ関係と逼迫した状況を少なからず察したようで、聞き分け悪く駄々をこねる少女の腕を引き、踵を返そうとする。

 

「こちらこそ、ごめんなさいね。それじゃあ、()()の機会に。ああ、それと。これからも幽香のこと、お願い申し上げますわ」

 

その次郎丸の聡明さに、紫は詫びの言葉を送ると共に、状況を締め括るのに御誂え向きの一言を付け加えた。

 

「もちろん、そのつもりですじゃ。ではでは、小生らはこれにて……向日葵、別れの挨拶をしなさい」

 

「むー、しょーがない! またね、幽香おねーちゃん! それと、紫色のおねーさん!」

 

「はーい、さよならぁ。またねぇ。ほら、幽香も」

 

「ごめんなさい、向日葵ちゃん、次郎丸さん。この埋め合わせはまた今度するから……では、また」

 

次郎丸の強引に切り上げる一言で、少女の些細な抵抗は終わりを告げ、紫の企み通り、闖入者の二人は軽い会釈を添えてその場を去っていった。

 

「……好き放題にやってくれたわね、紫。高くつくわよ」

 

「ふふ、可愛いわね。獲って食べちゃいたいくらい」

 

立ち去る二人の背中を見送った後、自分に明確な敵意を向ける幽香の心情を知ってか知らずか、紫は不意にぼそりと零す。

 

「ちょっと……冗談に聞こえないわよ? それ」

 

「私だって妖怪ですもの。()()()()()になることも、あるかもしれないじゃない?」

 

「アンタ……私を脅す気?」

 

「そんな、滅相も無い。天下の大妖怪が、()()()人間のために、その重い腰を上げるとは思ってないわよ」

 

思わぬ弱点を晒した幽香に対し、主導権を握った紫は、威嚇や恫喝とも取れる言葉を並べ立てる。

 

「……ッ! いいわ。ちょうど、この穏やかな日々にも退屈していたところだったし。暇潰しに、付き合ってあげる」

 

幽香は、紫の協力依頼を拒否しきれずに、それでも、決して屈したわけではないと主張するように、虚勢を張った一言を絞り出す。

 

「そうこなくっちゃ!そうと決まれば善は急げ、よ。時間はまだありそうだけど……色々と準備をしなきゃ、ね。ついてきて、幽香」

 

紫は、幽香の負け惜しみの言葉と承諾を得ると満足気に頷き、空間を扇子ですっとなぞる。

 

そして、彼女はそこに拓いた『スキマ』に片足を踏み入れた。

 

が、その時。

そのまま『スキマ』に入り込もうとする紫を引き止めるように、幽香がその片腕を掴んだ。

 

「この際、勝手に話を進めるのはいいけど……その前にアンタが何を企んでるのか、聞かせてもらうわよ」

 

のらりくらりと立ち回る紫に、大妖怪たるに相応しい冷徹な眼差しを向ける幽香。

 

たとえ、今はもう厳密には()()ではないとしても、彼女の双眸は、昔と変わらぬ深い()を宿していた。

 

「もちろん。でも、それは追い追い、ね」

 

そう言って幽香を見詰め返した紫の眼力も、まさしく大妖怪の()()であった。

 

瞬間、二人の視線がぶつかる。

 

まるで、全てが静止してしまったかのような静寂の中、時間だけが二人の間を流れていく。

 

「……ねぇ、どうかしら? 育み、壊すだけの存在から、護られ、育むだけの存在になった感想は?」

 

その静寂を切り裂いたのは、唐突な紫の質問だった。

 

それは、場を繋ぎ止めるだけの、取るに足らない、答えのわかりきっているような問い掛けではあったが。

 

「お察しの通り、正直言って、悪くはないわ。かといって、私は()()()を……そしてアンタを、許したわけじゃないけど」

 

それでも、状況を推し進めるのには充分だったらしく、幽香は嫌味たっぷりにそう返すと、自分の首元を指先でとんとん、と叩いた。

 

紫は、彼女が指示したそこに、太陰大極図が刻まれた首輪のようなモノが巻き付いてるのを捉えると、申し訳なさそうに目を細める。

 

「まったく、穏やかじゃないわねぇ」

 

「……まぁ、いいわ。じゃあ最後に、これだけは今、ここで答えなさい。アンタは誰……いいえ、一体()なの?」

 

「何を、藪から棒に。質問の意図がわからないわ」

 

いつになく素直に引き下がった幽香が脈絡なく突き付けた疑問に、紫は惚けた様子で淡々と返す。

 

しかし、その面持ちからは、普段の余裕が消え、それどころか、焦っているような色さえ窺えた。

 

「時々、酷く曖昧になるのよ。アンタに関わる記憶とかが、ね。そう、例えるなら()()した記憶じゃなくて、断片的な、場面場面の記憶しかないような、そんな感覚。まるでアンタが、幻想郷(このせかい)に……」

 

「それは単に、貴女が耄碌しただけじゃない? でも、もしそうでないなら……過去と未来、夢と幻、理想と現実、嘘と真。それらにも境界はある、と。そうとだけ言っておくわ」

 

幽香が、長年己が胸の内に抱いていた疑問を吐き出しきらぬうちに、紫はぶっきらぼうに会話を切り上げると、彼女の腕を掴んだままの幽香の手を振り払い、そして。

 

そのまま素っ気なく幽香に背を向け『スキマ』の中へと姿を消した。

 

「……なるほど、ね」

 

その後を追い、幽香もまた『スキマ』の中へと踏み出す。

 

「紫、アンタはまるで、幻想郷(このせかい)に儚く咲き誇る一輪の花のよう……」

 

そして『スキマ』は幽香の全身を受け入れると、ゆっくりと閉じ、その場から跡形も無く消え去った。

 

「どんなに凛としていても……花は咲いたら、散るしかないのにね」

 

幽香が静かに零した独り言の残響は、誰もいなくなった花畑に溶けていった。

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