「…なんかうっすい明りが見える」
「おぉ、行ってみるか」
オレと怜は、しばらく暗い道を慎重に歩き進めて、仄かに明かりが漏れとるところにぶつかった。
背中に乗っ取る怜が司令塔で、その指示の下に、あっちへ行ったり、こっちへ行ったり。
ようやく人の気配があるとこを見つけた。
「…あ、竜華」
「な、なに?!」
「あそこ、なんか紙に文字を書いとる人」
「ほ、ホンマや、でかした、怜!!」
よーやっと見つけた、なんでこんなとこにおるのは後で聞くとして
ともかく見つかってよかった。はよかえってみんなでメシ食って帰ろ。
「やっと見つけたで、全く心配させるなぁ」
「……」
「おい、竜華…??」
薄暗くて遠目にはよく分からんかったけど、近づいて見ると明らかに竜華の様子がおかしかった。
真っ赤な目をして、頬には涙の跡が残っとる。
「セ、セーラ、怜…!」
「りゅーか、なんかあったん?」
竜華は誤魔化すように両手で顔をぬぐって笑顔を見せた。
なんともぎこちない笑顔に、オレらは違和感を覚えた。
「違うんよ、なんでもない!」
「訳もなくお前が泣くはずあるか!!」
さっき後ろに隠した紙が怪しい。
オレは、後に回した竜華の手から、一枚の紙をひったくった。
「あっ、それは…」
「ん、なんやこれ―――――」
借用書
◯◯◯◯様
金参百萬円也
上記の金額を以下の約定の通り借り受けました。
利息は無利息とします。
◯◯年◯◯月◯◯日より、貴殿の指定する銀行口座に――――――
「…どういうことや。竜華」
「こ、これは…」
「誰や。誰にやられた」
「…後ろにおる、お姉さんに関係あるん?」
いつの間にかオレの背中から降りた怜が、後ろを指さす。
そこには朱色のおさげを靡かせて立っとる女が一人。
冷静になってよくよく見てみると、小さなテーブルと椅子とライトスタンド、
つまりここは、ゲームかなんかする場所やったちゅうことか。
「はぁい、まさかお連れさんがいたとわね」
気さくな感じで話しかけてきた、この女。
胡散臭そうな雰囲気120%、間違いなく原因はこいつやな。
「ちょうどよかったじゃない。連帯保証人、この人たちになってもらえば」
「こ、この子らは関係ない!」
「そんな風には、見えないけどね。特に今にも私に食ってかかりそうな、その茶髪のコ?」
「おい…竜華を泣かしたのはお前か?」
「あら、そんな睨まないでよ。私か弱いんだから」
「知るか。事と次第によっては、覚悟してもらうからな」
「怖い怖い。全く、こんなお友達がいたと知ってたら、手を出さなかったのにな~」
へらへらした態度に、人を小ばかにした口調。
大っ嫌いなタイプや。今にもぶん殴りたいのを抑えて、オレは拳を握りしめた。
「ま、もうとっくに後の祭りだけど…祭りだけに?? ぷっ、なーんちゃって」
「っ、コイツ―――――!!!」
もう我慢ならへん―――――
「セーラ!」
手を振り上げたその瞬間、怜が右腕にダイブしてきた。
発射口を直接つぶされたオレはバランスを失い、緩く倒れこんだ。
きっと力に自信がないから、全体重をかけて、オレの右腕にのしかかったんやろう。
「と、怜…」
「っ、はぁ、…ひ、ひとまず、話を聞くのが先やろ」
「……」
「それからでも、は、はなしは遅く、ないさかい…」
(チッ…殴られて良かったのに。この小さい子、余計な…)
*
「さ、三百万やと?!」
「……」
「ごめん…」
「たった一発の勝負でそれはいくらなんでもおかしいやろ、オレがガツンと言ったる!」
再びおさげに向かおうとするも、また怜に制される。
袖を引っ張って、オレを元の位置に戻そうとする。
「セーラ、とりあえず落ち着いてな。だってもう借用書は書いとるんやろ?」
「うん…」
「なんでそんなん書いたんや、アホ竜華!」
「だって、負けは負けやし…」
「お前、真面目すぎるやろ…」
竜華は勝負方法とか、賭けの内容とか話をしてくれた。
怜は怜で、腕を組んで考えるような仕草をする。
少なくとも、その話をオレが聞く限りでは―――――
「そもそも0-10で負けるって、それってイカサマやないんか?」
例えば、おさげはどこにどのカードがあるか、あらかじめ知っとった、とか。
オレらがやった饅頭ロシアンルーレット的な感じで。
「でも、ウチだって8-2で勝ったわけやし、10-0だって可能性としては0じゃないし」
「折り紙の方に細工があったんかもしれんで」
「で、でも、ちゃんと均等に紙は切っとったし、裏返したらホンマに区別はつかんし…」
「折り紙は、おさげが用意したんやろ?」
「うん、でも毎回ゲームの度に新品の折り紙を切ってやるんや…なんなら、どの折り紙使うか選ばせてくれるくらいやし」
「さよか…やったら、そこにイカサマの余地はないか…」
「――――『毎回』?」
オレと竜華があーだこーだ議論しているうちに、怜がある一言に食いついた。
「うん、毎回…」
「ふーん……」
怜は、何か思うことがあったのか、自分のメモ帳を取り出して何か書き始めた。
すると、一ページ切り取って―――――手で破き始めた?!
「…さよか」
「え?」
「おい、怜。なんか分かったんか?」
「―――ねぇ、いつまで私こうしてればいいの?」
後ろから、待ちきれないという風に声がかかる。
おさげには、連帯保証人に誰がなるか相談させてくれという名目で、待ってもらっとる。
ちなみにコイツ、連帯保証人なくても、いざという時はキッチリ回収するとか恐ろしいことを抜かしよった。
「大サービスの無利息貸出なんだから、ほらサクっと決めちゃってよ」
「そうやな……じゃあ、ウチがなってもええよ」
「ええっ?!」
「と、怜、お前何言っとるんや!!!」
「あら、物分かりがいいコね。助かるわ」
「それだけが取り柄やさかい」
こんな場面で突っ込むのは無粋やとは分かっとるのを承知で言うけどな。
物分かりがいいって、それは園城寺怜さんのことを言っとるんか?
「じゃ、ここにサインと、判子はさすがにないか。拇印でもいいわ」
「分かった」
「と、怜。アンタ、そんなお金なんて―――」
「あるわけないやろ。むしろマイナスなんやから」
「やったらなんで――――」
「なんで、って。竜華が困っとるから、他に理由なんてあらへんよ」
怜は朱肉に親指を落として、続けて紙に押し付けた。
「よし、これでええか。あ、おさげさんティッシュはある?」
「ああ、あるわよ。これで親指拭いて」
「ごみ箱もある?」
「ああ、ごめんごめん。机の後ろにあるからそこに捨ててもらえる?」
「分かった」
その間に、名前とか確認するから――――――と言って、おさげは書類に目を通し始めた。
あまりの出来事の速さに、オレは色々と介入し損ねた。
保証人なるんなら怜じゃなくて、オレがなるべきやったとか、
そもそもぶん殴ってでも借用書を奪い取ってやればよかったとか
何が正しいのか分からんまま手出しができず、歯がゆい気持ちのまま立ち尽くすしかなかった。
「よし、おっけー。んじゃ、あとは返済宜しく――――――」
「ちょい、待って」
屋台の片づけを始めようとしたおさげさんの袖を掴んで、ぎゅっと握る。
体格が小さくて腕も細い怜だと、まるで子供が迷子にならんように、
お母さんに引っ付いとるような、弱弱しさが全面に出てしまう。
それでも、その小さな目からは、このままじゃ終わらせん、という力強さに溢れとった。
「…まだ、何かある?」
「もっかい、だけ。勝負せえへん?」
「…お断りよ。もう、今日は店じまいなの。悪いけど、他を当たって頂戴」
すると、怜は指を二本、おさげに向けた。
「二倍。」
「は?」
「そっちが勝ったら、倍の600万払う」
「と、怜、いきなり何を――――――」
「…へぇ?」
おさげは興味なさげに机を畳んで、片づける姿勢を崩さへんかった。
目すら、合わせようともせん。
それでも耳だけはしっかりと傾けて、怜からの次の言葉を引き出そうとする。
「それで? 私が負けたら、一体どうなっちゃうのかしら」
「借用書を渡してもらう」
「…なるほど、つまりまた『バイチャラ』ってこと」
「そうや」
「でも、それって」
次は、椅子を畳んで袋に入れ始めた。
そんな条件で、応じてやらないと言わんばかりに、店じまいを着々と進めていく。
「私にとってあんまりうまみのある話じゃないわねぇ?」
「……」
確かに、今ある確実な300万と、リスクを抱えた600万…オレなら、たぶん前者を取る。
きっと、大抵の人はオレとおんなじ選択をするんやないやろうか。
それを見越してかこちらの足元を見ながら、しかし慎重に言葉を選んで怜に次の言葉を投げかける。
「せめて、もう一ケタ、変わってくれれば、ね?」
「―――――今の条件に、さらにプラス、400万。」
怜は、一呼吸置いて、畳みかけるようにして言い放った。
おさげの、手が止まる。
「…本気で言ってるの?」
「もちろん、本気やで」
「……」
用を亡くした椅子が、再び地に足をつけた。
土埃が軽く舞い、スタンドから漏れる光にさらされて、
ダイヤモンドダストのように幻想的に浮かび上がった。
ドカりと座り込んで、足を組んだおさげは、ようやく怜の目を見てこう言った。
「面白そうな話じゃない」
続きは、またすぐに。