会話文が多いので注意。
できるだけ読みやすくはしております。
「ふふっ、気に入っていただけましたか?」
「あ、女将さん」
竜華とだべってたら、女将さんが話しかけてきた。
やっぱり着物なんやな。相場とか知らんけど。
「美味しかったです、ホンマに」
「気に入っていただけたようで、嬉しいです」
「ホンマに美味しかったです。ここの料理長がいたら、お礼を言いたいぐらいやなぁ」
「えー竜華また営業モード?」
女将さんに直接は言わないまでも、確実に耳に入るような。
そんな上手な言い方をする竜華に、ウチは半分感心しとった。半分は呆れや。
「ち、違うで!これは純粋にお礼を言いたいだけや!」
「ふふっ、伝えておきますね」
くすっと小さく笑って、女将さんは続ける。
「お二人はずいぶんとお若いですね。学生さんですか?」
「いえ、二人とも働いてます」
ウチは働いとるって言えるか微妙やけどな。フリーターより不安定な仕事やし。
今は一か月に一回仕事が来たらええ方なんが実態や。やっぱり知名度がないからか。
「そうなんですね。もしかしたら私と同い年くらいと思いまして。
あ、失礼しました。お客様にプライベートな質問をしてしまって」
「ええよええよ、実はウチらは○○歳やけど……女将さんは?」
「あ、私と同じですね…」
「ホンマ?!じゃあもうウチらのことお客様って思わんでええよ!気楽に接してーな」
「え、でも…」
「な、えーよな、怜?」
「え、あ、うん。ええんやない?」
いつの間にやらお互い下の名前で呼ぶ流れに、あれよあれよと流れは速い。
うーん、やっぱウチにはこういうの向いてないっぽいな。竜華はすごい。
ついていけへん。交渉とか、頭使うやつやったらなんとかいけそうなんやけど……
「ウチ、清水谷竜華!名前なんていうん?」
「私は…松実宥と申します」
「宥ちゃんね! 申しますとか、固いって、普通でええんよ?」
松実ね、松実館は苗字をそのまま取ったってことか。
そしたら、始めたのはおじいさんか、それとももっと遡るんやろうか。
というか、竜華。もう宥ちゃん呼びとは恐れ入った。
「わっ、わわっ…ほんとうにいいの…?」
「うんうん、その方がこっちも気楽やし。
怜もさっきそう言っとったしな。敬語はやりづらいって」
「そうやね。あ、ウチは園城寺怜って言います。松実さん」
「ご、ご丁寧にどうも…松実宥です。よろしくね」
「怜、アンタが敬語になってどうするんや」
「ウチには敬語でもタメ語でもどっちでもええよ。どっちにしろ気軽に接してくれてええで」
松実さんは、人差し指同士をつんつん合わせて恥ずかしそうに下を向いた。
「……」
「宥ちゃん?」
「あ、ありがとう…お仕事中に、気を抜くことないから…慣れなくて」
「そうやな分かるで。大変よな、働くんは」
「うん、いつもお客様は年上の人だから…ここまで年が近い人は久しぶりだよ」
そりゃそうやな、平日のこんな時間から山奥に温泉って。
よっぽど時間がないとな。結果的に暇な仕事してない人か、もう引退した人になるわな。
「おかげで今日は少し力を抜いて仕事ができそう……あ、二人とも、くつろげてる?」
「そりゃもう、堪能してるでーここであと三日も過ごせるなんて、最高や」
「竜華、そろそろおみやげ買わへんの?」
「あ、おみやげ買いに来たんだね…邪魔しちゃったかな」
「全然邪魔じゃないで、怜!余計なこと言わんの!」
と言って、ウチを抱っこしたと思ったら、後ろを向いてそのまま下ろした。
最初の目的忘れてないか心配やったから言ったのに、
邪魔な椅子をどかすみたいなテンションで動かされた。
「一人友達でこれんかった子がおって、その子のな。宥ちゃん、なんかオススメある?
あ、ウチのことは『竜華』って呼んでなー」
「じゃ、じゃあ竜華ちゃん。オススメは、松実館特製の、『松実たまご』だよ」
「ほ~それはお茶菓子?」
「どちらかというと洋菓子だから、お茶には合わないかも…和菓子のほうがいい?」
「全然!じゃあその松実たまごにしよか、怜、ええ?」
松実たまごな、あまーいお菓子かな?
まさか松実姉妹が―――――いや、これは流石にアカン。
「うん、かまへんよ。いくら?」
「ええって、ウチが出すから。大した額やないし」
「額は関係ないで、出すったら出す」
出す必要のあるお金と、ウチが出すと決めたお金は、例えいくらであっても、出す。
これは、セーラへのお土産やしな。
「……分かった、怜は言っても聞かへんしな。割り勘で」
「うん」
「じゃあこれ、代金です」
「ありがとう~」
「いえいえ、ところで…この旅館、人少ないね?今は従業員さん、休憩しとるん?」
「……」
松実さんの顔色が曇った。
悲しそうに、俯いて黙ってしまう。
「ご、ごめんな。ウチいらんこと聞いたかな…?」
「いや、竜華ちゃんは何も悪くないよ……ただ」
「従業員は…さっきの女中の子がいたでしょ?」
竜華に似てる子な。とりあえず、竜華その2って呼ぼ。
「あの子は私の妹で…玄ちゃんって言うの」
「へえ、玄ちゃんかぁ」
珍しい名前やなあ。ウチが言えた義理やないけど…
竜華も割と珍しい方やと思うけど。
怜ってさらに珍しいよな、怜で≪とき≫って呼ぶ人にウチは会ったことがない。
「その子と、私の……二人だけなんだ」
「…え?」
「………」
場を沈黙が包んだ。
なんとか竜華が必死に次の言葉を見つけ出す。
「えっと…親御さんは…?」
「お母さんは…私たちが小さい頃に、病気で死んじゃって…」
「お父さんは……もう、今時こんな旅館を経営する時代じゃないって言って…
出稼ぎに行ってるの」
「お父さんと音信不通なわけじゃないんだけど、旅館経営を続けてる私たちを…
よくは思ってないないみたい」
松実(姉)さんは、色々と溜まってたものがあったのか
ほとんど初対面のウチらに、どんどんと吐き出していった。
「え、じゃあさっきの料理作ったのって…」
「玄ちゃんだよ。あの子、すごく料理上手なの」
「それは驚いたわ…料亭に出てきてもおかしない料理を、あの子が…」
ほぉ、あんな美味しいご飯作れるんか、玄さんは。
それは驚いた―――――それはそれとして、いくつか聞いとかんと。
「ねえ、ちょっと聞いてもええ?」
「うん、なに?」
「……こんなでっかい旅館を二人で回すんは普通は不可能やと思うけど…
どうやってやりくりしとん?」
「昔は、たくさん人が来てくれてて、従業員さんもいっぱい来てくれてた…けど」
「お母さんが死んじゃってから…お父さんが出稼ぎに行くようになって
女将を私が引き継いだけど、うまくいかなくて…」
そして、昔から務めてくれていた従業員さんも、一人、また一人と辞めていったらしい。
若い娘二人が仕切るようになったこの旅館自体に、不安を覚えて辞めていった人が多かったとか。
「もう今更、従業員さんたちも帰ってこないと思うし…」
「なるほどな。それで徹底的に一日に受け入れる人数を絞って、単価上げてって感じか」
「えっ?」
「宣伝も頑張っとんやな。こんな老舗っぽいとこが客層広げるには、新規需要――――
となると、やっぱりウチらみたいな若い人にモニターしてもらうのがええわなそりゃ」
「え?え?え???」
「この規模の旅館やったらもっとお客呼び込んでも問題ないやろうに。
けど、働き手がおらんから、苦肉の策って感じか」
「料理も個人の好みを聞いて、丁寧に作っとったしな。
客の人数が多かったらなかなかそういうことはできんやろうし」
「お風呂とか、料理とか、部屋とか…
旅館の『命』の部分だけは手を抜いてないのはすごいなと思ったで」
「これなら、こんな感じで規模を縮小して営業すれば全然問題な―――――――」
「……………」
(……と、とき)
(なに?)
(何やない、いきなり怜が畳み掛けるから、
宥ちゃんびびっとるやん! ポカーーーーンってしとるで!)
(あ、まずかったかな…?)
(そりゃ常識的に考えて、見ず知らずの人間にいきなり経営の話されてみぃ!)
(そ、そっか。どうしよ)
気が付いてみれば、松実(姉)は鳩が豆鉄砲を食ったような顔になっとった。
規模は違っても、ある種『経営』する点で共感するトコがあっただけなんやけど―――
いや、ウチのと松実家のそれとは全然違うけどな?
(とにかく、謝り!わけわからんこと言ってごめんなさいって!)
(いや、内容自体は的を射てると思うんやけど…)
(なにつべこべ言っとるんや!ほら、はよ!)
「す………す、すごい」
「へ?」
「え?」
「園城寺さん、すっごくあたまいいんだね。私、びっくりしちゃったよ」
「その通りだよ、なんで分かったの?」
(な、なんか関心しとるみたいやけど…)
(この子がええ子で助かったな、怜)
「そうなの、この旅館大きいから、回ればそれなりに黒が出るんだけど、二人じゃ無理なの」
「今は、単価上げようと頑張ってるんだけど。この大きさだから、維持費がすごくて」
「大浴場も半端なくデカいもんな。それ以外に家族風呂もあるみたいやし。新しい人雇えんの?」
「雇えなくはないけど、今は二人で回すのでいっぱいいっぱいで、
とてもじゃないけど教育できないよ…」
旅館の従業員としての基礎をしっかりと叩き込まないと、
お客様の前には出せないと言う松実(姉)さん。心のこもった接客と料理と温泉、
その三つだけはどんなに苦しくても質は落としたくない。ってことよな。
「規模を縮小すれば、経費も色々削減で来て、黒になると思うんだけど…
でも、縮小するのにもお金がいるし…そんな元手もお金借りる余裕もうちにはないし」
「だから、どうすればいいか分からなくて…
もう、お父さんの言うように、畳んだ方がいいんじゃないかって」
「最近は思うんだ。あとね―――――――」
「ダメだよ!!」
松実さんが最後に一言付け加えようとしたその時。
調理場の暖簾から、妹さんが勢いよく飛び出してきた。
「それはダメなのです!!」
「あ、玄ちゃん……」
「それは、ダメだよ、おねえちゃん。お母さんが残してくれた、
この旅館を―――私たちで守らなきゃ」
「玄ちゃん…」
そう言い放つ妹さんの目には、強い光が宿っとるように見えた。
それでいて、深く沈み込むような藍色が混ざっているような、そんな違和感も覚えた。。
「あなたが玄ちゃんやな、ウチは清水谷竜華、こっちの子が園城寺怜。よろしくな」
「清水谷さんに、園城寺さんですね。私は松実玄と申します」
ナナメ45度にぺっこりんとお辞儀をする妹さん。
福路さんのときとはまた違った、愛嬌のある礼に見える。
「あ、お二人共ご飯はおいしかったですか?私の自信作なのです!」
「うまかったで、うますぎでお腹痛くなるほど食べてしもうた」
「本当ですか?それは料理人冥利につきるのです、えっへん」
「……玄ちゃん、お布団の準備できた?」
「あ、まだでした。じゃあ、行ってくるね、おねえちゃん」
「お客様も、ゆっくりしていってくださいね!」
――――――――――――
「玄ちゃん、元気で、可愛い子やわぁ」
「ほやね。それで料理もできるって、ポイント高いなあ。
ウチの事務所で料理だけ作ってくれんかな?」
「アホ、怜のとこにあんな子が来るわけないやろ」
いやぁ、ホンマに来てくれへんかな?
といっても、ウチにまずライフライン整ってからじゃないとシェフはお呼びできへんね。
「……」
「宥ちゃん、どうしたん?暗い顔して」
「……な、なんでもないよ。私、お仕事に戻るね。二人とも、お話してくれてありがとう」
「ちょっとしたことやったら手伝うで、ウチらにできることある?」
「ううん、大丈夫だよ。ありがとう」
そして、松実(姉)は軽くお辞儀をして厨房の方へと消えていった。
その背中は、少しだけ寂しそうやったような気がする。
《初日 就寝前》
「さて、そろそろ寝よか。疲れも取れたし、お腹もいっぱいやし…
今日はゆっくり寝られそうやな」
「………」
「怜、何やっとるのん?」
「手帳に今日のこと書いとこ思ってな」
「別に事件が起きとるわけやないのに?」
「いや…一応、な。竜華を見習って、こういうのが大事なんやろ?」
「そうそう、ただウチは出会った人はしっかり頭にインプットされるから、メモせんけどな」
「よく覚えられるな」
「怜だって記憶力ええやん?」
「そうかな?そうは思わんけど……」
興味あることは覚えれるんやけどな。
どーでもいいことは、覚えられんどころか頭にすら入ってこんから困る。
「ところで…松実さんって、寒がりなんやろか」
「松実さんってどっちの?」
「ああ、姉の方や。宥さんの方」
「そうは思わんかったけど…なんで?」
「いや、着物が…厚いな、て思って。福路さんにもらったコンクールのポスターの中の人って…
みんな着物来てたやん?」
「そやね」
「それに比べて…なんか厚着しとるように見えたんや。着物下に、ごっつう重ね着しとる感じ」
「うーん、言われてみれば…」
あの重ね着は、季節柄か目についた。
ただ、冬仕様に違和感ない程度の重ね着やったんやろうから、
見た目そこまで不自然ではなかったんやろうな。
「全然暑くない、むしろクーラーがあってもいいこの気温で…着物は相当暑いやろ?」
「できれば切る量減らしたいもんやのに、増やしとったから、
もしかしたらそうなんかと思ってな」
「なるほど…確かに玄ちゃんはそこまで厚着じゃなかったし、怜の言うとおりかも」
「それよりウチは、宥ちゃんがちょっと寂しそうやったことの方が気になるなあ」
「…確かにな。でも、たぶんウチらにどうこうできることやないで」
「なあ、怜。ここの旅館、上手く規模を縮小したら、なんとかなりそうなんやろ?」
「やったらここを売っぱらって、小さな民宿立て直したらええんやない?」
「………」
「そうすれば、二人でも十分やっていけると思うし」
「………」
「怜?」
「…そうやな」
*
「寝る?」
「せやなー怜、体の調子は?」
「良好やで。竜華もおるし、心配ないよ」
「さよか、おやすみ」
「うん、また明日」
――――大音量が、頭の中に鳴り響く――――
ぐっすりと皆が眠っている中…自分だけが目を覚ました。
≪一日目 終了≫
旅館の経営って、難しそう(こなみかん)
それを松実姉妹の二人でやらせるって…設定上仕方ないね!