【短編集】須賀京太郎、ここにあり 作:にしん
・パンツも、ブラも、あるんだよ
「まぁ、勝ち進めば、また機会もあるかもな」
隣に座った京ちゃんが私を気遣うように、明るく言った。
……違う。私は、そんなことのために、東京に来たんじゃない。お姉ちゃんと話したくて……麻雀だったら、昔みたいに話せるんじゃないかって、そう思って……。
ぼんやりと中空を眺めている京ちゃんをちらりと見る。何も考えてないように見えるけど……たぶん、私を心配してくれている。ずっと一緒にいたから、なんとなくわかる。私の心に深く踏み込もうか迷っていて、それをしていいのか分からなくて、でも心配だから立ち上がれない。そんな感じ。いつもの、不器用な京ちゃん。
中学校の頃からずっとそうだった。私が困ってると、ニヤニヤしたり、からかったりしながら、結局助けてくれる。今まで何回京ちゃんを頼ったのか、自分でも数えきれない。傍にいるのが当たり前になっていて、それが嫌じゃなくて、むしろ嬉しくて……。四六時中くっついてる訳じゃないけど、周りを見回せば近くにいる。
安心するんだ。京ちゃんが傍にいてくれると。いっつもバカな事言って能天気に笑ってる姿に、安心する。頭を撫でられてギュッと抱きしめられてるような、そんな気持ちになる。
京ちゃんなら……家族の事、全部話しても、いいかな?
一度だけ、話そうとしてみた事はあった。東京に一人で行った時、実は京ちゃんに付いてきてもらおうかと考えた。京ちゃんがいれば、なんでもうまくいくような気がして、甘えたくなった。お願いしたらきっと困ったように笑いながら、私を導いてくれたと思う。
でも。これは、私の家族の事。私が解決しなきゃいけない事。そこまで京ちゃんに甘えてたら、対等じゃなくなっちゃう。ただ庇護されるだけの存在になっちゃう。それが嫌で、京ちゃんには話さなかった。私は京ちゃんと対等でいたい。守られるだけじゃなくて、守ってあげられる存在でいたい。
京ちゃんはまだ迷っているようで、少しだけ眉間に皺を寄せていた。
大丈夫だよ。私、がんばるから。京ちゃんと対等でいられるように、がんばるから。……私も、京ちゃんの事、支えられてるよね? 勉強とか、そういうのはよく聞かれるけど、それだけじゃなくって。私と一緒にいる時、いつもより子供っぽくなるのは、私といると安心するからだよね?
そうであってほしい。だって、たぶん私は京ちゃんの事が――。
「……なぁ、咲。一つだけ、いいか」
京ちゃんの声で我に返る。自分の考えに没頭していて、じっと京ちゃんの事を見つめていた事に気付く。今まで考えていた事もあって、恥ずかしくて目を逸らした。「なに?」と一言だけ返すと、京ちゃんは言いにくそうに視線をきょろきょろと彷徨わせる。
……聞かれちゃうかな? 京ちゃん、優しいし。胸の中が、あったかくなる。でも、教えない。きっと、最後は京ちゃんに助けられちゃうんだろうけど、まだ、頼らない。
京ちゃんの言葉を待つ。本当なら遮るべきなんだろうけど、『京ちゃんが私を心配している』という事実がほしくて、言葉を待ってしまった。
「一応教えとくけど……ブラジャー、乾燥機に入れないほうがいいぞ。形が崩れるらしい」
待って、しまった。
えっ……ちょっとごめん、何言ってるの?
「あと、パンツも、縮んだりするからやめたほうがいいとか」
え? 違うよね? そこは私が元気ない理由とか、そういうとこを聞いてくるべきだよね。パンツ? なんでパンツ?
普通なら恥ずかしがるべき場面なんだろうけど、そんな場合じゃなかった。そういうのは全部吹っ飛んでいた。
「それにネット使えよ。今俺しかいないからいいけど……他の人も来るんだぞ。丸見えはちょっと」
あ、そういえば持って来るの忘れてた。やだもー、嫉妬? 嫉妬してるの? 京ちゃんかわいー。
……違う、徹頭徹尾違う。え? 京ちゃんバカなの? バカです! 知ってました! くそう! ドキドキを返して! 私の甘酸っぱい青春を返して!
「それにしても、咲もああいうブラ着けるようになったんだな。スポブラっていうの? あんなのばっかだったじゃん」
…………え?
「待って、いろいろ言いたい事あるけど、なんでそれ知ってるの? 場合によっては友達付き合い考え直すよ」
思ったよりも声が低くなっていた。京ちゃんがビクッと体を震わせ、『やべっ』という顔をする。ふふ、可愛いね。ほら吐きなよ。もしかして私の部屋に来た時タンス漁ったとか? もしそうだったらさすがに許さないよ。いくら京ちゃんでも一週間くらい無視しちゃうよ。
「いや、ほら、夏とか体育の時、ちょっと分かるじゃん。中にシャツとか着ない日あったし。べ、別にじっくり見たわけじゃないぞ? ただ、目についてしまったってだけで」
「京ちゃんさいてー。しねぇ!」
「うぐっ」
脇に置いていたバックで殴る。全力で殴る。女の子的に許される状況だと思う。
「京ちゃんに期待した私がバカだったよ! なんでさ! デリカシーなさすぎだよ!」
「ごめ、ちが、そういうんじゃなくて」
「ばかばかばかばかぁ!」
「ふぐぅ」
崩れ落ちた京ちゃんを見下ろす。ふっ……勝った。でも嬉しくない。暴れて乱れていた髪を整え、最後にもう一発京ちゃんの背中をばちんと叩き、ランドリーを出る。
まったく、信じられない。やっぱり京ちゃんは京ちゃんだった。鼻息荒く部屋に向かいながら、胸中で思いつく限りの表現を用いて京ちゃんを罵る。
さっきまで家族の事で悩んで落ち込んでいたのが嘘のように気分が高揚して、その事実に気づいて少し笑みが零れたが――京ちゃんは許さない。
しばらく無視しちゃおう。うん。明日の昼くらいまで。
カン!
「あら須賀君。どうしたの、夜に女子の部屋に来るなんて。まさかいやらしい事――」
「は、はは、違いますよ。えっと……咲、います?」
「いるわよ。咲ー? 須賀君が呼んでるわよー」
「…………」
「……あれ? 咲? ……喧嘩でもしたの?」
「いや……喧嘩っていうか……。じゃあ、これ、咲に渡してくれませんか。あ、中は見な……ちょ、なんでもう見てるんですか!」
「やーね、気になるからに決まっ……服? 洗濯したての女もの……ちゃんとたたんであるわね。下着まで」
「……」
「……須賀君、これどうし、って咲!? いつの間に!?」
「……………………えっち」
「ぐはぁ!」
「なんて鋭いボディブロー! これなら世界も狙えるわ!」
「いや、京太郎を心配してやんなさいよ。というか何があったんじゃ……」
(忘れてたから、持ってきてやったのに……)
もいっこ カン!(物理)
パンツも、ブラも、あるんだよ
見えないだけで、きっと
あなたの心の中にも……
「しねぇ!」は咲らしくないかなって思ったけど、下着見られてたのを知った女の子の気持ちがまったくわからなかった