【短編集】須賀京太郎、ここにあり 作:にしん
「来てくれてありがとう。こんな遅くにすまない」
テーブルの向こうでぺこりと頭を下げる女性。その姿はつい先日咲から紹介されたのでよく覚えている。
「いえ。でも驚きました。咲には秘密の話……ですか?」
「うん。個人戦も終わったし、チャンスは今しかないと思ったから」
無表情で俺をじっと見つめる咲のお姉さん。咲によく似た顔でそうされると、どこか落ち着かない。
インハイ個人戦も終わり、今日は清澄や仲良くなった他校の人たち(お姉さんはいなかった)と東京を観光した。俺はオマケみたいな扱いだったが、それでも何人かとは仲良くなる事もでき、ウキウキでホテルに帰――ろうとして、淡にこっそりと話しかけられた。曰く『会いたがってる人がいる』と。『もしかしておもち美人が』と期待しつつ付いていくと、白糸台高校が宿泊しているホテルに案内され、中に入るとこうなっていた。
俺を案内した本人はお姉さんの隣で面倒くさそうに肘をついて足をぶらぶらさせている。その仕草に少し首をかしげるが、とりあえず放っておく。
「それで、お姉さんは一体――」
「照でいい。まだ認めた訳じゃない。おねえさんなんて呼ばれたくない」
「……照さんは、なんで俺を呼んだんです?」
用件を聞こうとしたのに、それよりも気になる事が出来た。『まだ認めた訳じゃない』だって……? もう仲直りしたはずだ。咲が報告してきたから、間違いない。心の底から嬉しそうに笑う咲を見て、本当によかったと、そう思ったのに……どういうことだろう。
出されたお茶を一口飲み、照さんの言葉を待つ。緊張を解そうと思っての行動だったが……なんだこれ超うめぇ。さっきのおもちな眼鏡の人が淹れたんだろうか。結婚してほしい。
「……聞きたいのは、咲の事。あなたの知ってる咲の事を教えてほしい」
「咲の事ですか? ええ、もちろんいいですけど」
おっと。一瞬思考がズレていた。
喧嘩してた間の咲の事を知りたい、って事だろうか。中二の時から離れて暮らしていたらしいし……でも、そうなるとさっきの言葉と矛盾するような気がする。まだ認めてない……認めてないけど、歩み寄ろうとしている……?
もしそうなら、責任重大だ。ここでうまく話せなければまた喧嘩別れしてしまうかもしれない。それは嫌だ。でも、どういうふうに、何を話せばいいんだろうか。
少し考えて、楽しい思い出を語る事にした。そういう事なら聞いていても楽しいだろうし、二人が話す時の話のタネにもなると思ったのだ。
修学旅行で迷子になって、俺や先生たちが必死で探したあげく本人はのん気に観光を楽しんでいた事とか、うちのカピーに懐かれていてあいつが家にいるときは傍を離れようとしない事とか。文化祭の話だったり、勉強をよく教えて貰ってる事だったり。色々な事を話しているうちに俺も楽しくなってきて、つい熱が入ってしまった。照さんは薄く微笑みながら「そう」とか「へぇ」とか言うだけだったが、淡が「まじで!?」と驚いたり「サキ……ぷっ……くふっ……」と笑ったりと反応が良かったのも原因だろう。気付けば結構な時間が経っていて、完全に夜と言っていい時間だった。
「あっ……と。結構話し込んじゃいましたね」
お茶を一口飲んで――なんだこれ冷めても超うめぇ!?――ぽりぽりと頭を掻く。二人が仲良くなれるような、そんな話をしようと思っていたのに、殆ど俺の思い出語りになってしまっていた。ちらっと照さんの表情を伺うけど、何を考えているのかよくわからない。元々顔に出ないタイプっぽいし……。少し緊張しながら照さんの反応を待った。
「うん……ありがとう。色々聞けて、嬉しかった。……最後に一つだけ聞く。咲の事を――」
――どう思ってる?
聞いた瞬間、全力で仰け反った。無意識の反応だったが、そうなっても仕方ないと思う。よく分からないが、照さんから圧力が噴出したように感じた。照さんの目から視線を外せない。外せば、死ぬ。そんな未来を幻視した。
何だ? 俺は何かまずい事をしたか? 怒っている……違う。怒ってない。確かめている? そうだ、それに近い。でも何をだ?
「……大切な、幼馴染ですよ」
うまく回らない舌で言葉を捻り出し、見つめ合う。照さんの目がすっと細められたので背筋が凍ったが、すぐ視線が外された。同時にさっきまで圧し掛かっていたプレッシャーも霧散し、ほっと息を吐く。
「……そう」
やっぱり無表情のまま、照さんが息を吐く。
……俺みたいな奴が傍にいる事が心配だったんだろうか? 我ながら外見が不良っぽいという自覚はある。でも金髪は地毛なんだからどうしようもない。緊張が解けたからか苦笑いが零れた。なんだ、やっぱり照さんも咲の事を嫌ってるんじゃないんだな。むしろあんなプレッシャーをかけてくるとか、シスコンと言えるかもしれない。
淡が微妙な顔で俺と照さんの顔を交互に見ている。まぁ、急にあんな雰囲気になったらそうなるよな。
「もう遅いし、そろそろ帰ったほうがいい。……あ。そういえば、お父さんと会った事は?」
腰を上げつつ「ありますよ」と答える。
咲の家に行った時に会った事はある。特に何かあった訳じゃないから、普通に挨拶した程度だが。
「……じゃあ、残りはお母さんだけか」
頷きながら照さんが呟いた。
母親にも挨拶しろ、って事か。それはちょっと……別にいいけど、そこまでする必要あるんだろうか。戸に向かいつつ、バレないように苦笑する。最後のあれで精神的に疲れたけど、照さんがぶっきらぼうだけど冷たい人じゃないのが分かって嬉しかった。心配しなくてもよさそうだな。
「咲の事は心配しないでください。部の皆もいますし、毎日楽しくやってますよ。淡も、またな。お邪魔しました」
最後に、振り返って挨拶する。照さんが頷いたのを見てドアに手を伸ばし。
「あっ……忘れてた。君の事は認めたけど、まだ高一なんだから、子供ができるような事は慎むように。あと咲を絶対悲しませないように。頼んだよ」
「……は?」
固まる。伸ばしていた手が中途半端に浮く。……え?
ゆっくり振り向き照さんを見る。やっぱり無表情。
「……もしかして、もう……?」
「ひぃ!?」
またあのプレッシャーが叩きつけられる。しかもさっきより強い。え? どういう事? 子供が出来るって、どういう事!?
「ちょ、ちょ、ストップ! タイムタイム!」
慌てて腕を振り回し、状況を整理しようとするが、プレッシャーは増すばかり。ゆらりとこちらに近づいてくる照さんの顔が怖い。無表情なのにめちゃくちゃ怖い。
「見苦しい……。いくら付き合ってるとはいえ、責任も取れないうちに……。ちょっと、お話ししよっか」
背後にオーラを背負いつつ、照さんの腕がゆっくり俺の首筋に近づいてくる。なんかギュルギュル聞こえるのは幻聴ですか! 風が渦巻いて見えるのは幻覚ですか!
「咲が気に入ってるようだから許してやろうと思ったが、そういうつもりなら――」
「ち、違いますよ! 付き合ってません!」
「――は?」
「えっ?」
照さんの目がくわっと開かれた。え、もしかして今日ってそういう目的で連れられてきたの……?
「……ちょっと、一回座っていいっすか?」
「あ……うん、どうぞ」
「キョータローとサキ付き合ってなかったの!? うっそー!」
テーブルに戻り、深く腰掛ける。気のせいか体が重い気がする。あと淡がうるさい。なんで急にテンションマックスなの?
「……付き合ってねぇよ。確か今日言っ……てないな」
「そーだよ! 聞いてない!」
初対面の人には大体「付き合ってるの?」と聞かれるので、答えた気になっていた。いやでも別に恋人って紹介された訳でもないし……。
「今日遊んだ皆二人が付き合ってると思ってるよ! ぜったい!」
いやいやそれはないって。
「いやいやいやいや。付き合ってないのにクレープあーんしたり手を繋いだりしないでしょ普通。皆ガン見してたのにおかまいなしだったし」
あっ……したわ、そういう事。でもほら、クレープはついやっちゃっただけだし……手を繋いだのも、人混みの中で迷子になったりしないようにしただけで……。
「てかSNSで『清澄の大将が彼氏持ちだったとは……』『目の前でバカップルされるとメゲるわ』『麻雀で負けて青春でも負けたぁー!!! 絶対来年のインハイでぶっ飛ばす!!!』みたいな投稿ばっかりされてるし!」
「おいそれどこのサイトの誰だ。まるっきりデマじゃねえか。確認してから書けよ……」
「あ、最後のあたし」
「お前かぁ!」
淡のこめかみをグリグリする。「あわ、あわわわわわ」と涙目になってるが、やつ当たりだ。許せ。
「あ……ま、まぁ、そういう事で……咲とは付き合ってないっすよ?」
照さんを放置していた事を思い出し、恐る恐る顔を伺う。うん……無表情。
「もー! お昼にキョータローの事メールしたらテルが『咲に彼氏がいる……だと……。連れて来い。絶対だ。あ、ちょっと緊張するから二人きりにはしないで』とか言うから一緒に話聞いてあげたのに!」
「いや勘違いしたのお前だろ……」
「それはそれ! これはこれ! ずっと気まずかったんだからね!」
あぁ、それで部屋に入ってから元気なかったんだな。「あー疲れた。なんかテルすっごい怖かったし」と背伸びをしている。俺も楽になりたい。
「え? ……え? 付き合ってるんじゃないの? だって、最初に否定しなかったし……」
「最初……?」
会話を思い出すが、特にそういう事は聞かれなかったはずだ。
俺が首を捻っているのに気付いたのか、照さんが「ほら」と続ける。
「まだ認めてないって……」
「……あれか!?」
「それに私もお
「あー! そういう意味か! そういう意味だったのか! わっかんねぇよちくしょう!」
「咲の事を大切に思っていて、お互い支え合ってるようだから認めてあげようかなって……」
「そうだった! この人咲の姉だった! 宮永家の血はどうなってんだ!」
体から力を抜く。もうダメだ。疲れた。年上にタメ口で突っ込んだけど気にする余裕がなかった。照さんも気にした様子はないし別にいいよね。
「……勘違いだった。すまない」
「テルー、そんな急にキリッとしても遅いと思うよ?」
「淡、うるさい」
「ふぎゃっ」
二人がじゃれついてるのを眺めながら、残っていたお茶を飲み干す。あーやっぱうまいわ。あのおもち美人さん紹介してくんねぇかな。一家に一台……家用と学校用で二人ほしい。
「でも、安心しましたよ。認めてないって言うからてっきり咲の事かと思いました。仲直りしたんじゃないのかって焦りましたよ」
「……そんな事考えてたの? 大丈夫。もう仲直りした」
「ええ。はぁ……精神的に疲れた……。咲を心配してたんですよね、それで俺を呼んだと……安心したけどなんか微妙……」
「……恋人じゃない……ふむ……。よし、そっちの方向に辻褄を合わせよう」
「え?」
あれ? なんでまたオーラ出てるの?
「咲とずいぶん仲がいいようだが、私としては咲に悪い虫が――」
「テル、それはさすがに厳しいと思う」
「――冗談。私も疲れた。もう寝る」
言うが否や、オーラを収めつつ照さんが立ち上がる。
「ごめんね、色々。でも、さっきも言ったけど、咲の事をよろしく。泣かせたら許さないから。付き合う時は報告するように。じゃ」
俺に手を振り、そして扉を開けて去っていった。
――まじか、あっさりどっか行きやがった。俺どうすればいいの。
「うん……ま、キョータローも災難だったね。ドンマイ」
「お前が原因だろ。責任とれよ。具体的にはこのお茶淹れたおもちさん紹介し」
「ヤダ。キモい。無理」
「ひでぇ……」
でもよかった。仲直りしたのは本当っぽいし、シスコンだし。宮永家のぽんこつ遺伝子を忘れていた俺にも責任は……ないな。絶対ない。断言できる。俺は悪くない。
……よし、俺も寝よう。もう一歩も動きたくないでござる。机に突っ伏して、全身から力を抜く。あぁ、机が冷たくて気持ちいい……。
「え? ちょっとキョータロー、何してんの? てか帰んないの?」
うるさい。俺は寝る。
「はぁ!?」
ええい、引っ張るな。
「ここ私の部屋なんだけど!?」
ふーん。なら一緒に寝ようぜ。
「死ね! え? マジ? おーい! おーい!」
瞼を閉じるとすぐに眠気が来た。疲労が溜まってるんだろうな。明日はいいことありますように。おやすみなさい。
おまけ
『清澄の宮永を泣かす方法を考えよう』
『可哀想なのよー』
『そうだよー。別に彼氏がいる事くらい……くらい……やっぱり羨ましいよー!』
『あっはっはっは! お前ら彼氏おらんのか! 寂しいやっちゃなー!』
『お姉ちゃんもやろ……でも羨ましいわー、結構イケメンやったし』
『とりあえず、私が嶺上開花は防ぐ。死ぬ気で塞ぐ』
『私は槍槓狙いかなぁ』
『……あのプラマイゼロは防げると思う……?』
『……私が新宿駅に誘導して放置する』
『私がメールで出口教えるフリして混乱させる』
『せめて麻雀で勝負したれや』
恋愛ものばっかり書いてる気がしたのでギャグ書こうとしたけど、全然書けない。
要練習ですね。この小説が処女作だしこれからうまくなる。はず。たぶん。きっと。
次回宮守。少し間が空くかも。