ミッドチルダ第三士官学校――驚異の若さでやってきたアグレッサー「高町なのは」を、当時の同僚の目線から描いてみました。

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教導

本作品は、リリカルマジカル9にて販売しました同人誌『メモリアル・デイズ』(A.C.S.BreakerS)収録の中編を訂正・改稿したものです。

また、Arcadiaにも投稿されています。

 

 

 

 

はしがき

 

 

 私はこの手記の作者である男に会ったことはない。ちょっとした偶然で、この男の出自を調べる必要があり、遺族の許可を得て男の遺した書斎を調べている時にふと発見したのだ。高名な彼とは似ても似つかわぬこの手記は、おそらく男の羞恥のために長く部屋の奥に隠されていたのだろう。私が見たときは、既にこの手記はほこりが被っており、さらに少し黄ばんでいた。

 先に忠告しておきたいが、私にはこの手記を世に出すことでこの男の隠された恥をさらけ出そうというタブロイド紙の記者がやりそうなスクープを作り出そうという意図はない。人間、若かりしときは必ず失敗するものであり、それはこの男であれ君であれ変わりはない。「聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥」と言うではないか。やはり高名な戦技教官として生前名が高かったこの男は、一生の恥を遺すことはなかった。この手記を読む諸君にあたっても、高名なこの男が恥をもって知った大切なことをどうか理解してほしい。

 諸君は「教導」という語句にこめられた意味を理解しているだろうか。諸君が教育隊を目指すのか戦技教導隊を目指すのかどうかは関係ない。教える立場にあるならば私は知っておかなければならぬと思うのだ。そもそも男は戦技教官であった。彼の成功は戦技教官を目指すものは「教導」の意味を知らなければならないという証明であろう。

 答え合わせは男の手記を見てほしい。諸君のために、ひいては諸君の指導を受けるミッドチルダの後塵のためになれば幸いである。

 

 

 

男の手記

 

 

 

 ついにインターンシップが始まる。どんな教職に向かうにしろ、これからの実習が大切だ。気を引き締めなければ。

 今日のガイダンスはかなり騒々しかった。君はHか、Uか、Eか、それともSか。そんな質問攻めにあった。正直何を言っているのか分からなかったので最初に質問してきた奴に「どういう意味だい?」と聞けば、彼は「Hは高等部卒、Uは大学卒、Eは教育学部卒、Sはスペシャル――つまりそれ以外さ」と答えたので、俺はEだと答えた。彼は残念そうに微笑むと、他の奴のところにいって「あいつはEらしいぜ」と触れまわっていた。

 彼のやろうとしていることは分かる。要するに彼は一般的なUなのだろう。このご時世、好き好んで教育学部に行く奴なんて学院の教員になるのがまっとうだ。とはいえ俺のような教育学部生はスキルだけはあるものだから、僻みであんな風に俺をさげすんだんだろう。まったくばかげた奴らだ。

 騒々しかったのはそんな馬鹿たちがいたからじゃなかった。S――スペシャルがいたのもその一因だ。要するに、相当低い年齢の奴がいた。

昨日調べていた奴だ。同じミッドチルダ第三士官学校にインターンに来る、アグレッサー志望の奴。十三歳とかいう異様な若さが特徴だろう。

あまりに驚いたもんだから調べてみたが、昨年任務に失敗し重傷を負って入院したことのほかには、ミッドチルダでの活動記録はほとんど見られなかった。本局で活動していた奴みたいだが、十三歳で務まるのか、アグレッサーが。

 そいつのせいで騒々しかった。誰もがこんな若い小娘が、と思ったんだろう。見に行って驚いた。ただの可愛い中等部の女の子とどこが違っているのか見当もつかない。どうせ十三歳ということだ、教導の何も分かっちゃいまい。天才的技能を持っていて、ただ指導にあこがれているだけの小娘なんだろう。

 妬みか。書いていて気付いた。戒めなくてはいけない。俺はそこらの馬鹿とは違うはずなのに、今彼女に妬んでいた気がする。Sという肩書きをさげずみ、自分の努力を否定しまいとする――そんなのは馬鹿げているはずだ。

 自己嫌悪に陥っていてもしょうがない。

 とにかく明日から始まる実習次第だ。

 

 

 実習が始まった。第三士官学校にはやはり俺と彼女がインターン生だった。

 彼女の名は高町なのは。知っていたが、改めて本人の自己紹介の口ぶりを聞けば本当に中等部の女の子だ。

 しかし実力はある。それは認めざるをえない。第三士官学校のエースと撃ち合う模擬戦がインターンの始まりだったが、俺と彼女はやすやすと相手二人を落としてしまった。何せ彼女の空間制圧能力がめちゃくちゃに高い。エースに勝ったということで、俺たちより年上もいる生徒を指導できる足場は作れただろう。

 それぞれ十人の教導を担当することになった。それぞれの隊で模擬戦を行っていくというスケジュールらしい。

初日はたいていガイダンスで終わらせるのが通例だから、十人にこれからのカリキュラムを伝えて二時間くらいで食堂に向かった。そこに例の彼女がいたのである。

 後から聞いたが、彼女はどうやらいきなり問答無用で模擬戦をやって生徒をたたきのめしたらしい。なんてやつだ。いきなり生徒の不信を買ってどうする。自分の無意味な優位さをアピールしたところで教導はどうにもなるまい。

 所詮天才には凡人の考えることは分かるまい。努力で手に入れた輝かしい力、誇らしい力。それを否定されれば反感しか生まれようがない。

食堂でカレーライスを食べていた彼女にそう暗に伝えれば、彼女は否定してきた。

「そうかなぁ? 私はぶつかり合って分かることもあると思うんだ。教科書を覚えたり暗記したりすることも大切だけど、実戦で使えないと意味がないよ」

 そんなことを言われ、闘志に火がついた。いいだろう、どっちが正しいかこれからの教導で確かめてやろう。

指導した部隊同士の模擬戦。ここでどっちが正しいか確かめようじゃないか。

 あえてカレーライスではなくカツ丼を選んでやった。決意表明だ。俺も若い、そう実感した。

 

 

 教導は三日に一日休みになる。俺と彼女はその休みがずれているから、その休みを利用して敵情視察をしてみた。

どうもわからない。彼女の魔力運用がうまいことは分かるが、だからといって生徒は力が伸びるのか。

 この年でSランク保有の彼女には分かるまい。戦技にはそれぞれ躓きやすいポイントがあって、教官はそのポイントを教えなければならないということが。天才にはそのポイントは分からんだろう。二十歳になってようやくAAAの俺だからこそ教官に向いている。そんな自負はある。

 しかし彼女の戦技自体は上手い。参考にすべきことがありありとある。ますます妬ましさを覚える自分に腹が立つ。

出来るだけここにいる間に彼女の戦技を盗もう。彼女の手にあるだけでははっきりいって宝の持ち腐れだ。ポイントが分かるものが手にして初めて有用になるんだ。

 敵情視察。正直、今週の模擬戦は勝てる気がする。奢りか? いや、正当な分析だろう。

 

 

 初の模擬戦。圧勝だった。

 こちらの生徒は新しい戦技で1対1で個々敵を撃破して、終わってみれば負傷者はあちらだけ。こうなると彼女の生徒が心配になってくる。毎日、超越的な強さにしごかれるだけしごかれたあげく、こうして俺たちの小隊には無様に敗北する。精神的に参ってくるのは次の模擬戦あたりだろうか。

 まぁ、彼女は負けた彼らに笑顔を振りまいているからそこまで病むことはなさそうだ。彼女の笑顔は確かに癒される。けれど不満と癒しはまったく別のもので打ち消し合うようなものじゃない。

 夜、彼女の生徒と話をする機会があった。自分の部屋に誘って色々聞いてみたが、やはり彼女に対する不満は大きい。

 ざっくりメモを写しておこう。

「高町教官の指導はどうだ?」

「……正直、辛いです。先が見えないんで」

「先が見えない?」

「はい……やってることは基礎ばっかなんですけど、それがもの凄く辛くて」

「まぁ、彼女にも思うところがあるんだろ。今後も辛いようだったら俺からも言っとくよ」

「ありがとうございます」

 驚いたことに、彼女は戦技の何も教えていなかった。

 そりゃぁ圧勝するのは当たり前だ。彼女の生徒は、彼女が来る前となんら変わっていないんじゃないのか。アグレッサー志望が聞いてあきれる。

 とにかく自分の教導に集中しよう。彼女に振り回されるのはあっちの生徒だけで十分だ。

 

 

 二週目。

 今週は敵情視察は行っていない。だが早急に行く必要が生じた。

 明らかにあちらの小隊は強くなっている。こちらの隊列の乱れを突いてきたり、集団防衛を行ったり。結果的にはこちらの勝利だが、この週だけ見ればこちらの小隊の敗北だ。

 分析をしてみたが、こちらの小隊は教えたことが守られていないことが原因で潰されている気がする。一週目に教え込んだ理論が間違っていたり、忘れてしまっていたりで使い物にならない感じになっているところもある。こちらは弱くなり、あちらは強くなり……それではどうしようもあるまい。

 正直、腹が立つ。「そうかなぁ? 私はぶつかり合って分かることもあると思うんだ。教科書を覚えたり暗記したりすることも大切だけど、実戦で使えないと意味がないよ」そんな彼女の言葉が脳裏から離れない。

 覚えも速かったことには速かったが、それと同時に失われていくスピードもまた速い。復習の時間を割いてなんとか支えないと問題だ。

 

 

 今日は完全な休暇だったので、一日中彼女の教導に張り付いてみた。

 至って普通のことしかしていない。まずシュートコントロールの練習から始まり、そしてペイレーショントレーニングに移り、最後に模擬戦形式の実践演習を行って午前中は終了した。

「あ、こんにちは!」

 彼女は食堂で私に声をかけてきた。

「お仕事お休みじゃないんですか?」

 視察しに来た、と言うわけにもいかず、少し騙し騙しに話題を逸らした。彼女は今日は弁当を持ってきているようだ。かなり可愛らしいその中身を見れば、本当にアグレッサー部隊志望のエリートというよりはかわいい女の子にしか見えない。その弁当の話題にふると、彼女は微妙に頬を赤く染めた。

「……友達に作ってもらったんです」

 彼女が言うには、出身が別次元世界でその次元にある学校の長期休暇を利用してインターンに来ているとのこと。同じ学校から同じようにインターンに来ている友達に作ってもらったらしい。それとなく友達について聞いてみた。

「執務官志望なんです」

 これまたエリートな友達らしかった。食べているパスタが不味くなったので、そこで残した。

「……大丈夫ですか?」

「食欲がないんだ」

 誤魔化してその場を去った。実際、食欲なぞこれっぽっちもなかった。

 午後は航空戦技用の雑誌を読みながら、彼女の教導を見た。午後は実戦形式の演習が多かったが、一番眼を見張ったのは1対10の戦闘訓練だ。

 いくらなんでもナメすぎてやいないか、と思ったが、生徒の方も必死で向かいながらそれを彼女は淡々と捌いては弱点を突いている。何度も何度も繰り返しているが、指導している様子は見受けられない。

基本だけは指導し、後は実戦。そんな指導スタイルのようだが、力がつくのだろうか。確かに教導する身からすれば楽だ。教える必要がなく、ただ自分の力を発揮して生徒を打ちのめしていればいいだけなのだから。

 この士官学校は訓練の様子が逐一モニター表示される最新のシステムを備えているため、非常にありがたい。こうして隣接の喫茶店でコーヒーを飲みながら彼女を見られるのは面白い。コーヒー4杯目にして、店員から不審な目で見られたが。モニター表示が十三歳の少女に主に向けられていることで、自分が危ない人に映っているのかもしれないが、非常に心外だ。こちらは真面目に敵情視察をしているというのに。

モニターの中の訓練が終わり、食堂で夕飯を食べ、手持無沙汰だったので久しぶりに自分の鍛錬でもするか、と訓練室に行けば、驚いた表情の彼女がいた。

「……どうしたんですか?」

 その問いに、君こそ、と答えれば、モニターを大量表示した彼女は続けて言った。

「模擬戦のチェックをしてます。自分が見てた角度だけだと心もとないんで」

 どうやら彼女は毎日のようにこのようなチェックを行っていたらしい。チェックなんかしてどうするんだ、と問えば、きょとんとした顔で彼女は言う。

「明日からの教導に活かす予定です! 私はどうしても『教える』ってのが苦手なんで……前の先生から、言葉じゃなくて体で教えたら? と言われまして」

 なるほど、そういうことか。

 今までの彼女の教導のすべてが納得できた。

 彼女は決して自分の知っている知識や技能を教えたりはしないのだ。「今、何が出来ないのか」「今、何をしたらよいのか」を生徒に見せるために実戦形式を行い、基礎を叩き込む。そうすることで生徒に「考えさせて」いたのか。

「私がいなくなった後も、あの人たちには強くなってもらいたいんです」

 その言葉が興味をそそった。

 私の生徒は、私がいなくなればどうなるのだろう。技術を忘れたとしても、もう復習する機会がないのではないか。自分が忘れたということにも気付かないのだろうから。

 少し自分の教導内容も変更する必要がありそうだ。敵情視察は実に充実した一日となった。私はそう思う。

 

 

 最終日。こちらの小隊と彼女の小隊の模擬戦があった。包囲戦があり、結果はこちらの勝ちだった。正直な話、負けてほしいという思いがあったのだけれども。

 最後に、小隊が集められて訓示が行われる。インターンを監修した方に続いて、彼女が照れながら訓示を行い、そして私の番になった。

私が生徒に送った言葉は、生徒に届いたのだろうか。

まず自分の生徒に対して、勝ったのは時の運だ、と気を引き締めさせた。もし彼女の小隊に勝ち続けたいなら練磨を続けなければならないと。そして、彼女の小隊から基礎技能を教えてもらえ、と。

次に、彼女の生徒に対して労いの言葉をかけた。よくもまぁこんな馬力のある女の子についていった、と。

 最後に全員に、君たちは強くなった、と。これは彼女の訓示と同じだった。

 終わった後、彼女と食堂で最後の食事をした。いいです、という彼女を無理やり差し置いて、カレーライスを奢った。奢ったものがカレーか、と自分に呆れはしたが。

「食欲、戻ってよかったですね」

 減退した原因にそう言われ、苦笑した。今なら彼女の言葉一つ一つに誠意をもって答えられる。

「ありがとう」

 食事が終わった後、彼女にそう告げた。

「え……あ、こちらこそ、一カ月ありがとうございましたっ!」

「あ、そのありがとうは私も言ってないね。一か月、ありがとうございました」

「えっと、どういうことですか?」

 戸惑った彼女を置いて僕は士官学校を後にした。

 彼女は自分自身の教導の良さを気付いていないのかもしれない。自分の教導が「教え」ならば、彼女のそれは「導く」だ。

教導――実に面白い言葉だと思う。このインターンで気づいたことはまさにそれだ。今までの私のスタイルは、おそらく「教える」ことに傾注していたのではないだろうか。しかし、実戦で使える技能とは、教えられたことよりも、自分で考え抜いた末に獲得したものの方が多いだろう。それに彼女の教導は、生徒だけでなく私ですら導いてくれた。

とはいえ、彼女もいつか困難にぶつかるだろう。私のような天才が嫌いな人間にとっては、あのやり方は最初は反感を生むものにしかなるまい。彼女は大丈夫だろうか。私は大丈夫だと思える。ひた向きに教導に打ちこむ姿を見れば、いつかそんな人間も分かりあえる。何度か視察した彼女の教導は、今思えば熱意にあふれるものだった。そこに天才とか凡庸とか、そんな言葉は存在しない。私も彼女のように、熱意ある教導を続け、たくさんの生徒を育てていきたいものだ。

 

 そう気付かせてくれた彼女に、「ありがとう」。

 

 さすがに、彼女にその意味を知られたくはないから、胸の中にしまっておこう。



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