6月4日。ついに6月となり、途端に雨が降り出す始末。俺と蒼龍は駐車場まで傘を使い、車へと乗りこんだ。
「6月になったとたんこれかよ。はー。雨は嫌いなんだよなぁ」
何回も言っているこの言葉。蒼龍も同意するように頷くが、いつものように蒼龍らしい返しは見られない。
6月に入り、蒼龍はずっとこの調子だ。どこか上の空で、なおかつ表情を偽っているところがある。さすがに数か月も付き合っていれば本心で見せていない表情はわかってくるし、なんといっても恋人同士としている以上、なおさらそれはわかってしまう。
―マジどうしたんだよ。よくわからん。
内心の思いと言えばこれだ。いつも通りにしてくれないと、俺も調子がくるってしまう。
「蒼龍。今日のノート取ったか?俺寝てたから取ってないんだわ」
情けないように笑いながら、俺は蒼龍へと聞く。すると蒼龍は顔を上げて、苦笑いをした。
「あ、すいません。私も実はとるのを忘れていて」
「な、なんてこった…」
あららと言ったアクションを起こし、俺は手のひらを顔に当てる。
だが、さらに困惑もした。普段蒼龍は学ぶことが楽しいのか、もくもくとノートを書いていることが多いのだが…。それに甘えている俺はダメな奴だね。
とりあえず家に帰ろうかと、俺は車を発進させる。幸いにもくだらない話をしていたおかげなのか霧雨となってきて、視界が若干悪いだけだ。
それからしばらく家へと帰る道を進む。同時に、沈黙も続いていた。
―ヤバイ。なんだこの気まずさは…!
いつもならば蒼龍から何か話題を振ってくることが多く、それに乗じて話が弾むことが多い。まあ話しながら運転するのって結構危険ではあるんだけど、だいぶ車にも慣れているし、前後左右の不注意は怠らないけどね。車校で習ったことをそのまま実践してるだけだけども、割かし真面目だと驚かれることが多い。なぜだろう。地元が道路世紀末だからか?
―なにか話題を振ってやらないと…うーむ。えーっと。
前方に集中しながらも、俺は何か話題が転がっていないか頭の引き出しを開け閉めする。ゼミのことを離してもつまらないだろうし、だからと言って昔話をするのももう飽きただろう。ガノタトークは蒼龍がそこまで詳しくないから弾まないだろうし。あ、そういえば夏休みとかどうしようか。これにしよう。
「なあ、蒼龍。どこか旅行してみたいところとかある?」
俺の言葉に、蒼龍は窓から振り返り「えっ?」と理由を求めてくるような顔をした。逆にそういうふうに見られると、困る。
「あー。いや。実は8月に入るとうちは夏休み。つまり長期休暇なんだ。だからさ、この際どこか旅行にでもどうかなと」
ちょっと早すぎる話題かもしれないが、楽しみを先に作っておくことで話題を弾ませる寸法だ。旅行話とかをして盛り上がらないことは、あまりないしね。問題はいざ行こうって時、どうするかなんだけど。
「旅行…ですか。そうですね…」
蒼龍はいつもの顔に戻ると、うなりながら腕を組む。どうやら気まずい雰囲気は消え始めたみたい。
「私、歴史的建物とか見てみたいですね。あ、あと富士山とかも行きたいです!それと…」
会話に拍車がかかり始めたか、蒼龍はおそらく心ウキウキさせながら行きたいところをピックアップしていく。ちなみになぜか、海辺の行先はない。たぶん彼女が艦だからなんだろうけど。
「よーし、いけそうなところを、帰ったら探してみるかね!」
調子が戻ったであろう蒼龍に俺も自然とワクワクしてきて、制限速度ぎりぎりを保ちつつ、車を自宅へと走らせた。
*
家へと帰り次第。俺と蒼龍は部屋へとこもった。パソコンに表示される旅行の行先を探しつつ、時には艦これを交えて、まあいつも通りのんびりとし始める。
ちなみに蒼龍は、自腹でサーフェスを買ったらしい。そのときはまさかパソコンを買ってくるとは夢にも思わなくて、抜け穴を使われたと思ったけど、あいにく蒼龍はただ興味を持っただけであり使い方などまるでわからない様子。まあ俺以外の家族は大体ネットサーフィンをするくらいだし、SNSとかすることはない。だからこの際むやみに個人情報をばらさないように蒼龍に念押しをして、自由に使わせてはいる。
「へぇーいいなぁ。あ、望さん。京都とかどうです?私一度、行ってみたかったんですよ」
タッチパネルを指ではじきつつ、蒼龍は関心深そうにページを見る。
なるほど。京都は以前に足を運んだが、まさにいい意味で古き都だった。歴史学を学んでいる俺にとっては歓喜するものばかりだったし、神社仏閣巡りが地味に趣味でもあった俺は、清水寺ではしゃぎまくり、伏見稲荷で内心のワクワクを体に出していた。あ、念のために言うけど、はしゃいだとはいえむやみに大声を出したりとかはしていないぞ。ただ一観光客として、楽しみました。
あと、京都には実家が旅館経営をやっているオンゲーの友人もいたりして、地元民特有の地理勘で様々な場所を教えてもらうこともできた。今度そいつに蒼龍を見せたいもんだ。
「京都はほんとよかったね。提督仲間もいるし、また行くのも悪くない」
「あ、一度は行ったんですね。私も日ノ本に生まれた女子として、一度は行くべきところだと思っています!」
まあ日本に生まれたからがどうとかはいいとして、ともかく日本人なら一度は行くべきだとは思う。やっぱり文化遺産を体で感じることは、良いことだしね。
「そういえば比叡もいわば京都出身のような物なのだろうかね?」
「え、何でです?」
「いや、だって比叡山あるじゃん。比叡山延暦寺とか有名だろ?」
蒼龍は俺の言葉になるほどと、拳をポンと打つ。まあだからと言って比叡に京都弁しゃべられても困るんだけどね。ひえーどす。うん。盛大に微妙。
「あ、そうなると金剛さんは大阪か奈良県民で、霧島さんは鹿児島県民ですね!」
まあ艦名由来でそうなるんだけども、英国生まれとか言って関西弁バリバリの金剛や、薩摩示現流を使う霧島なんて見たくないわい。英国生まれの金剛やねん!チェストー!うん。これも盛大に似合わない。いや、霧島は似合うか?武闘派らしいし。性能的に。
「お、ここはどうだ?伊勢神宮。まあ泊まりで行くところではないにしろ、天照大神を
祭っている最高クラスの神社だ。ここも日本人なら、一度は行くべきじゃないか?」
さて、旅行トークに戻り、天皇陛下も毎回訪れる由緒正しき神社。いや、神宮だ。毎年大晦日はまるで神宮に缶詰されてるんじゃないかっていうほど人々が集まって、新年の願掛けをしに来る。俺が住むこの地も、大晦日に車を飛ばせば行けなくはない距離なんだけど、さすがにあれだけ人間がいるともはや人間濁流。蒼龍と一緒に行ったら迷子になること間違いなさそうだ。あと言うまでもなく、航空戦艦の伊勢の由来はここ。いいんじゃない?
「神社仏閣巡りってことですか?私もいろいろお願いしたい事ありますし、いいかもしれません」
「へぇ、何をお願いすんの?」
椅子にもたれかかり、地べたに座る蒼龍へと問うと、蒼龍は顔を赤くして、画面へと目線を向けた。
「な、なんでもいいじゃないですか。そ、それより富士山ですよ、富士山!」
今度は日本一高い山。フジヤマだ。はい、富士山ですね。ここも一度家族と旅行に行って、満点の富士山を見れた記憶がある。そのときは超幸運で、富士にかかる雲が一切なかったんだよね。山頂まで晴れ渡っていたし、地元民曰くあまりないとか聞いた気がする。総じて言うと、その美しさに圧巻され、感無量。ただその美しさに見とれていたね。
「富士山もよかったねぇ。なんといっても日本一だからねー。もし行くときには、絶景を拝めるといいね」
「なるほど。山の天気は変わりやすいですからねー。海もなかなか、融通が利かないですけど」
艦娘に言われると、なんか説得力がある。海も山も、大自然の驚異になりかねないしね。
「あー!どれも行きたいですねぇ…。早く夏が待ち遠しいです!」
俺の布団にごろごろと寝そべり、蒼龍はサーフェスを抱えながら言う。俺の布団をめちゃめちゃにしやがって。あとスカートだから、下着が見えそうで見えない。生殺しだ!
「あっ!み、みました?」
どうやら俺の視線に蒼龍は瞬時に気が付いたようだ。お約束かな?まあ、とりあえず知らん顔知らん顔っと。
『…なあ提督よ。なぜ東京の名前が出てこないのだ?』
目線をそらしてやり過ごそうとしている最中、唐突にハスキーな女性の声がして、思わず椅子から転げ落ちそうになる。そういえば艦これをつけっぱなしだった。おそらくマイク越しから、俺たちの会話が聞こえてきたんだろう。
「武蔵ぃー脅かさないでくれよ」
最近武蔵を旗艦にしていることが多い。なぜかって?よく艦隊に入れてくれってどこか寂しそうに言ってくるもんだから、押し負けてとりあえず旗艦に置いているわけ。まあ、旗艦にするだけなら資材も食わないし、彼女は普通に美人だから、映えるんだよね。
『それはすまなかった。盗み聞きをするつもりはなかったのだがな。しかし、日ノ本を象徴とする東京が入っていないのはおかしいと思ってな』
そういえば武蔵の艦名の由来って、武蔵国からだったね。だから東京押しをしてくるんだろうか。まあ東京を下って神奈川には横須賀港もあるわけで、提督ならば一度は行くべきところではあるだろうさ。ちなみに米艦もいるわけで、最近ではアーレイ・バーク級がいるとか聞いたっけ。
「でも、武蔵さんの言う通りですね。東京を候補にあげるのをすっかり忘れていました」
『まったく。なっていないぞ。蒼龍もおっちょこちょいな奴だ』
ふふっと得意げに笑いながら言う武蔵に、俺と蒼龍は苦笑いを漏らしたのだったとさ。
*
まあこうした旅行トークで、蒼龍もだいぶ元気を取り戻したように見える。
―しかし、なんであんなに暗い顔をしていたんだろうかねぇ
風呂上がりに牛乳を飲んでいた俺は、頭の中でつぶやく。一番手っ取り早いのは直接本人に聞くことだろうけど、そんなヤボなことは聞くわけにもいかないさ。
と、まあそんなことを思いつつ、俺は二階へと上がっていく。まだレポート課題が残っているし、今日中に終わらせたいものだ。
「ふう、いい湯だったわー」
ガチャリと扉を開き、俺はつぶやく。だが、いるであろう蒼龍の返事は帰ってこなかった。
「あり?蒼龍―って、もう寝てるのかよ」
時刻はまだ日を跨いではいないのだけど、蒼龍はすでに布団の中ですやすやと寝ていた。電気を切らずに寝るとは…。まあ、寝れなくはないんだけどね。
―そういえば。蒼龍の寝顔ってあまり見たことなかったけ。
思い返せば、同じような時間帯にいつも寝ていたために、彼女の寝顔を見ることはそうそうなかった。どれ、覗いてみよう。
「ははっ、気持ちよさそうにねてんなぁ」
すこやかにと言う感じだろうか。すうすうと寝息を立てている蒼龍は、思わずいたずらしてしまいたくなるほどに穏やかな顔つきをしている。
「よっし。俺は今日も早く寝てしまおう。さっさと課題を片づけるぞー!」
俺はそういうと、椅子へと座り、キーボードを打ち始める。
だが、俺はこのとき見落としてしまったんだ。蒼龍が一瞬、苦しそうに表情を歪めたことを。
どうも。今日中に書き始めて直ぐに書き終えてしまった飛男です。酒を飲んで寝ようと思ったら、思いのほか筆が進んでしまったという。
さて、そんなとは置いといて今回は明確に日付が記されていますね。それに蒼龍の様子の変化を見れば、まあ次回はなんとなく予想できるかもしれません。もし答えが出ても、言わないように。
また、本文にオンゲー仲間の描写が出てきましたが、彼は読んだ人ならわかるでしょう。紛れもなく奴です。え?誰かって?誰でしょうね。
では、今回はこのあたりで。また不定期に!