提督に会いたくて   作:大空飛男

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あらかじめここで伝えます。故に、あとがきはありません。

この話は言わずと分かるでしょうが、あくまでもフィクションです。実際の人物や団体、組織とは何の関わりもありません。私の妄想を形にしただけです。

また、読者様が求めた話にはなっていないかもしれません。


過去に分かれたこの世界

 

 

気が付くと俺は、焼けた鉄の空間へと立っていた。

 

まず最初に思うことは、ここはどこだろうかだろう。記憶もあいまいで、自分が何者なのかも把握できていない。

 

「ごほっ!ごほっ!なんて煙たいんだ!」

 

無意識にむせたと同時に、ここが煙たい空間だということが分かる。

火事か?そう憶測を立てると、ふと俺の存在を認識できた。俺の名前は七星望。大学生だ。

 

そうなると次に思いついたのは、家が火事だという事。だけど、周りを改めてみると、生活感あるような場所ではなく、何かの通路のようだった。

 

―なんだここは。狭いし、パイプとかがむき出しになってる。それに…。

前方を見渡すと、火の手が上がっているのが見えた。つまり、この場所が燃え盛っていることに間違いはなさそうだ。そして奥には、確実に何かの空間があった。

 

―火事かなんだか知らないけど、取り残されている人がいるかもしれない!

 

まず思いついたのは身の安全だったけど、それより人命救助の使命感に駆られてしまった。それに、仮にそこに人がいなかったとしても、窓などから脱出できるのではないだろうか。そう思い付いたんだ。

 

俺は姿勢を低くしながら、火事となった場合の対処方法を思い出すと、服の裾で口元を隠した。自然と苦しくはないんだけど、いつ一酸化炭素中毒になるかもわからないし、こんなところで死ぬつもりもないからね。

 

ずるずるとからだを引きずるように移動していくと、すぐに入口へとたどり着いた。あれ、こんなに短い距離だっけ?と、わずかに疑問が沸き上がったけど、この際どうでも良い。

 

空間へと入り立ち上がると、俺は目を丸くした。だってそうだろう。目の前に広がる景色は、どこかの指令室のような場所だったからだ。手前に見える窓からはだだっぴろい海を一望できで、ビルの一室か何かだと思ったけど、それにしてはえらく狭い。

 

「なんだよここ…どうなってるんだよ!」

 

毒つくように、俺は叫び散らした。これでは仮に窓から飛び降りて脱出しようとしても、待つのは死。それに、仮に飛び降りて死ななかったとしても、どちらにせよ臓器破裂などで長くはもたないだろう。

 

「は、ははは…わけわかんねぇ…」

 

扉があったであろう部分に、俺はずるずると体を滑らせて、腰を抜かす。

まったくわけがわからない。そもそもどうして俺はこんなところにいるんだろうか。周りに広がる空間は何かの攻撃を受けたようにボロボロで、絶望的な風景だった。

人命救助をしに来るなど、わけのわからない思いを起こすんじゃなかった。でも、逆の道に行こうとも思わなかった。なぜか、ここに来なければならない気がしたんだ。

 

「ごほっ…ごほっ…」

 

俺が絶望して、そのまま目をつむろうとした時だった。微かに、誰かのせき込む声が聞こえてきた。

 

―こんな場所に、だれか居る!?

 

俺は砕けた腰に喝を入れ、再び立ち上がった。そして微かに声が聞こえた場所をよく見るとそこには黒色の服を着た人物が、何かしらの機器へともたれかかっていた。各部位にやけどを負っていて、素人でもわかるほどに重傷だ。

 

「あなたは…?だ、大丈夫ですか!?」

 

その人物へと、俺は声をかける。だが、男は何もしゃべらない。体をゆすって状態を確認しようと思い立ったけど、刹那的に金縛りにかかったような感覚を受け、その場にたたずむことしかできない。

 

―体が思うように動かない…?煙を吸いすぎたのか?

 

疑問を打ち立てても、答えは帰ってこない。俺は、ただその人物を眺めることしかできないんだ。

 

「ふふっ…ふはは…」

 

俺が体に言うことを聞かせようと、無理やり動こうとする中。ふと、かすれた声が聞こえてきた。

 

「怖くねぇぞ…蒼龍。俺がついているさ」

 

そういって、男は床を撫で始める。

 

―蒼龍…?あっ…。

 

男の言葉を聞き、俺はすべてを理解した。今、俺は航空母艦蒼龍のブリッジに居るのだと。そして、この情景は日本の主力空母4隻も失った、あの海戦最中であること。

 

―そうか、そういう事だったのか蒼龍。お前が…お前があんなに落ち込んでいたのは…。

 

俺は理解からさらに派生して、蒼龍がなぜ6月が嫌いなのかも理解をした。

6月5日に日本軍が大敗を喫したミッドウェー海戦。この日、蒼龍は大打撃を受け、その後に海底へと引きずり込まれてしまった。米軍爆撃機であるSBDドーントレスの急降下爆撃を受けて深刻なダメージを負い、のち機関停止。日本空母のダメコン能力の低さから災いし、総員退去をせざるを得なかったんだ。

 

―ああ…俺はなんてバカなんだ!なぜこのことを俺は思い出せずにいたんだ…!!

 

ぎりりと、俺は奥歯を噛んで悔いることしかできなかった。彼女の提督でありながら、俺は最も重要な日を思い出せずにいたんだ。それだけじゃない。日ごろからミリオタだのなんだの言われたところで、結局は現代っ子。平成の世で薄れゆく戦時の記憶の中、一般人は戦争など過去の災難な事だと認識し、ただ平和だけを望み、ボケ始めている。結局俺もその類の一人だったんだ。

 

だから俺は、自分を殴りたいと思った。罰したいと思った。この湧き上がる自分の憎悪を、一気にどこかへ当たり散らしたくなった。

 

―待てよ…?じゃあこの人は…!?

 

だが、湧き上がる感情の中に微かながら残っていた冷静さから、俺は黒服の男を再び見返した。もちろん本人にあったことないし、ましてや写真でも白黒でした見たことない。だけど今起こっていること。この情景。そして何より、この方から発せられた言葉から、俺は容易に推察ができた。

 

「柳本柳作艦長…?」

 

返事は帰ってこない。だが、まるで愛しい生娘のようにブリッジの床を撫でるこの方は、間違いなく柳本艦長だ。

 

「艦長!」

 

俺がそんな柳本艦長を見つめている最中。急に後ろの方が騒がしくなる。水兵の恰好をしたガタイのいい男たちが、俺の後ろに現れたんだ。だけど、俺には全く気付いていない様子で、俺は再び理解をした。見えていないのか?ああ、そういう事だったんだ。これは夢なんだと。

 

「艦長!お迎えに参りました!」

 

ガタイのいい男たちは、柳本艦長を取り囲むようにして、説得を始める。だが、俺はこのあと柳本艦長が起こす行動を知っている。

 

「何だ!お前は!」

 

柳本艦長は立ち上がるや否や、声をかけた男を殴り倒した。鈍い音が、サイレンとどろく艦内に響く。

 

「ぐぐっ…何も…何も艦長もろとも艦と同じく死ぬことはないでしょう!」

 

その後、男たちは必死に柳本艦長を説得したが、それを艦長は断固拒否した。火の手が激しくなる中、ついにガタイのいい男たちは帰れなくなると悟ったのか、しぶしぶブリッジを出ていってしまった。

 

「お前ひとりを、おいてはいけねぇんだよ…!」

 

男たちが見えなくなりしばらくすると、ぼそりと柳本艦長はつぶやいたが、俺ははっきりと聞こえた。この方は、蒼龍をまさに我が子のように思っているんだ。

そしてついに、柳本艦長はあの行動にでる。

 

「蒼龍万歳!蒼龍万歳!蒼龍万歳!」

 

まだこれだけの力が残っていたの?と、思えるほどの轟くような声。それはブリッジだけでなく、蒼龍全体に響いたはずだ。

俺はその声を聞く刹那、急激にめまいと立ちくらみがした。どうやら、ここで俺はご退場のようだ。

柳本艦長の勇ましく叫ぶその姿が目に焼き付いたまま、俺はついに、目をつむってしまった。

 

 

 

 

「うぐ…っは!?」

 

眠りから意識が覚醒すると、目の前には薄暗い風景が飛び込んできた。わずかに白みを帯びた天井であることから、ここは家であることを理解できる。

 

「夢…だったんだよな?」

 

布団から体を起こすと、俺は手のひらを見た。剣道などでできたマメがあるだけの手のひらで、鉄の臭いや煤の汚れなどはない。やっぱり夢だったんだ。

 

「だよな…当たり前だよな…」

 

ふう。と、俺は息を漏らして、ベッドに寝ている蒼龍を見る。だが。

 

「あれ…蒼龍?どこだ…?」

 

はっと俺は嫌な予感がして、布団から飛び起きた。だいぶ暗闇にも慣れてきた目で部屋の隅々まで見渡すが、蒼龍の姿はない。

ベッドの中に手を入れると、蒼龍のぬくもりは感じられなかった。つまり布団からでて、何時間も立ったことを意味する。

 

「馬鹿野郎…!出かけるときは俺に声をかけろって!」

 

俺が頭を抱えてつぶやいた刹那だった。微かに頬を突く、風を感じた。

窓を見ると、レースのカーテンが風になびいてることが分かった。いつもならば不用心だし、窓を閉めて寝ているはずなのに、空いているのは明らかにおかしい。つまり、蒼龍はベランダに居るのだろう。

 

「そうか!」

 

俺は外にいることに確信を持つと、窓を開け次第、ベランダへと出た。

 

―いた…。蒼龍がいた!

 

雨も上がって、月が顔を出している空を見上げながら、蒼龍は両手を合わせている。蒼龍の夜空を見る瞳は微かに潤んでおり、泣いていることが分かる。

 

「蒼龍!」

 

真夜中であるかどうかなど知る由もない。俺は蒼龍の名を呼ぶと、雨に打たれ冷え切ったベランダの床をふみしめて、蒼龍へと近づく。

 

「あ…望さん」

 

蒼龍は祈りをやめると、後ろで手を組んだ。瞳の涙をぬぐって少々照れくさそうな顔をしている姿は、いつものお茶目で、愛おしくて、俺の大好きな蒼龍だった。

 

「まったく…何してんだよ?」

 

そんなことわかっている。だけど、俺はあえてそう質問をした。蒼龍は再び月を眺めると、ぼそりと言葉を返してくる。

 

「黙祷していたんですよ。私の家族たちに」

 

「家族?」

 

「ええ。お空に居る私の家族にです」

 

やはりかと俺は頭に手を置く。おそらく蒼龍は、この日になってすぐさま、布団から出ると黙祷をし続けていたのだろう。

 

「そうか。まあ…邪魔して悪かったな」

 

「いえいえ、そんなこと…!むしろ起こしてしまって申し訳ないです」

 

笑顔を見せながらも、蒼龍は申し訳なさそうに言う。むしろ謝るのはこっちの方なのに。黙祷の邪魔をしてはいけなかったんだ。

 

「…望さん。今日が何の日か、わかります?」

 

それからしばらく月を眺めていた蒼龍が、問いかけてくる。もちろん、痛いほどわかったさ。その現状を見たし、それを見て初めて思い出した自分を罰したいほどにね。だけど俺は。

 

「あーいや。わからないな」

 

と、返事をする。もちろん悪意があるわけじゃない。だけど、おそらく蒼龍は、自分の口から言いたいから、こんなことを質問してきたんだ。

 

「そうですか。えーっと…」

 

蒼龍は再び俺を見返すと、今度は手前で手を組んだ。

 

「今日は…6月5日は…。私が沈んだ日です」

 

笑顔を見せて、蒼龍は何のためらいもなく言う。俺を気遣っているのかどうかは分からなけど、その笑顔は本心で笑っていないことはわかる。悲しさを押し殺した、悲しい笑顔だってことくらい、俺にでもわかるんだ。

 

「…そうか。そうだったな」

 

だから俺も、さも忘れていたかのように言う。言い訳なんてしたくない、つい先ほどまで忘れてしまっていたことだからね。だから、本当のことを言ったまでなんだ。

 

「…俺も挨拶をして、いいのかな?」

 

「え?」

 

驚いたように、蒼龍は目を見開く。だが、俺は蒼龍の返事を待たずに、彼女の隣まで歩むと、月を見上げた。

 

「まあ、なんだ。俺だって日本人なんだ。関係ないはずがない。それに俺はお前の恋人なんだし、家族にはあいさつしなきゃ。だからつまり…俺も他人事じゃなくなったってわけ」

 

たかが大学生の青二才だってことは、十分に解っているつもりだ。蒼龍を俺に任せてくれなんて大口叩く立場じゃないと思ってもいるし、天に居る彼女の家族たちだって、到底許すとは思えない。

 

だけど。運命のいたずらか、はたまた神の気まぐれか、こうして蒼龍は俺の目の前に来てしまって、俺は任されなきゃいけない立場になった。だけど、その覚悟はもう十分すぎるほど養ったつもりで、その意思を戦場で散った英雄たちに、伝えなければならない。

 

俺はその場両手を合わせると。黙祷をする。

 

―柳本艦長。それに蒼龍乗員のみなさん。現代に生きる非力な大和男子の私ではありますが、彼女のことは任せてください。こんな大口を叩ける身の程ではないことは重々承知ではありますが、決死の覚悟は持ち合わせているつもりです。彼女がこの現代で迷わないように引っ張っていき、共に歩んでいきたいと思います。

 

「望さん…」

 

ぼそりとつぶやく蒼龍。そして彼女はもう一度、天へと黙祷を捧げたのだった。

 

 

その後しばらく黙祷を捧げていた俺たちだったけど、蒼龍は思いが伝わったであろうと、肩を叩いてくれて、部屋へと戻ることにした。

 

いざ部屋へ戻ると、何とも言えない空気になるのは明白だった。お互いがお互いを意識し合っていて、まるで初心な中学生みたい。

 

「なあ」

 

「あの!」

 

勇気を振り絞って俺は口を開くと、蒼龍も同じ気持ちだったのか言葉が被ってしまった。あるあるだけど、いざこうなってしまうとさらに気まずくなる。

 

「の、望さんからどうぞ!」

 

「いやいや、お前から…」

 

と、俺は途中で言葉を切る。男からいう方が、セオリーと言うものだ。それについ先ほど、俺はこいつを引っ張っていくと決めたじゃないか。

 

「…いや、じゃあ俺から言わせてくれ」

 

すうっと俺は息を吸って、覚悟を決める。こんなこと言ったこともないし、ましてやこんなふうに人を思った事がない。そう。初心な―ではなく、俺は初心その物なんだ。

 

「あー蒼龍。以前お前に渡した仮の婚約指輪。覚えているか?」

 

「え?あ…はい」

 

蒼龍もつぶやくように言葉を返すと、俺が何を言いたいのか悟ったようだ。だけど先走らず、ただ頷く。

 

「正直に言う。俺はお前を、ただ性能を上げるために渡した指輪に過ぎなかったんだ。だけど、お前はこの世界に来てしまった。最初は驚きと困惑でいっぱいで、お前に仮の婚約指輪を渡したことが、こんなことになるとは思わなかった」

 

ゆっくりと言う俺の言葉に蒼龍はただ「はい」と返事をする。

 

「だけどな。俺は次第に…お前のことが好きになってきた。もともと好きだったけど、そういう好きじゃない。本当に愛おしく感じるほどの、好き。パートナーであり続けることでの、好きだ」

 

一旦間をあけて、俺は再び声を絞り出す。

 

「だけど、今はそれよりもさらに高まって、同時に理解もできた。今から言うこの言葉に偽りはないし、本心だ」

 

表情は見えないが、蒼龍の「はい」と言う返事は、確かに涙ぐんでいる。

 

「愛しているよ蒼龍。カッコカリなんかじゃない。本当に、心底…。だから今後、共に人生を歩んでいこう。…ダメかな?」

 

俺の言葉に、蒼龍は答えるかのように抱きしめる力を強くする。

 

「もちろんです。望さん…。いや、もうさん付けなんてしません。望…」

 


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