早朝。太陽が昇り始め、薄明る光が窓から差し込む時間帯。もちろん寝ているのは言うまでもないけど、俺は揺すられる感覚を覚えて目が覚めた。
「提督!もう朝ですよ!ほら、起きてください!」
この声は、間違いなく飛龍だ。こんな時間にいったいどうしたというんだ。
「はぁ…?まだ5時じゃないか、起きるのにはまだまだ早いぞぉ…」
そう言って、俺は再び布団を被る。ふと横を見れば、蒼龍もまだ寝ているようで、この家で起きているのは俺と飛龍だけらしい。
「なーに言ってるんです?この時間帯は普通起きる時間帯です。ほら、起きてください!」
そう言うや否や、飛龍は俺の布団をガバッと剥がした。なんつうベタな事を…。
「だー!そっち側の普通はそうかもしれないけど、こっち側の普通はだいたい寝ている時間なの!返せ!僕のオフトゥンを返せー!」
「あぁ、めっ!ほら、さっさと着替えてくださいよぉ。私、着替えるまでここを動きませんから!」
飛龍はそういって俺に取られまいと、布団に包まりそのまま座り込む。剥がそうとするが、ふてくされた顔をしながら、強い力で布団を握っているようで、一向に剥がれる気配がしない。ミノムシかお前は。
「こんのやろお…。ったく、少し動いたら目が覚めたじゃないか…。ほんと、まったくよぉ…」
昨日は夏休み最初の日ということで某戦車ゲーをやっていた為、床に着いた時間がえらく遅かった。まあ、だいたい2時くらいだったか。ともかく三時間くらいしか寝てないわけで、目覚めたのはいいけど体が相当だるい。俺はエジソンよろしく、約三時間寝れば大丈夫時な体じゃないんだ。
とりあえず文句を言いつつ着替えを取り出し、ふと飛龍の方を見る。彼女は俺の布団にくるまったまま、もぞもぞと動いていた。何をしているんだこいつは。と、思った刹那―
「ふふふっ、提督の匂いがしますね」
飛龍は唐突につぶやいてきた。どうやら姉妹揃って、匂いフェチらしい。男特有のにおいを嗅いで、何が楽しいんだか。まあ男が女性の臭いが好きなのと、同じ理由なのだろう。極論なのは、わかってる。
「…あの、着替えるんだけど」
そうだ、普通に会話していたから思わず指摘し忘れるところだったけど、着替えるってことは即ちパンイチになるからね、飛龍には出て行ってもらわないと。しかし。
「え。あ、はい。どうぞ」
などと、彼女は意味の解らないことを供述しており、俺はハトが豆鉄砲を食らったような気分になってしまった。
「どうぞ?いや、どうぞじゃないでしょう。出て行ってください」
「出て行ったら、また寝ちゃいますよね?見張ってないと」
布団にくるまったまま、ドヤ顔をして言う飛龍。いや、寝ないから。さっき体が目覚めたからって言ったから。ああ、蒼龍助けて。この子常識が通用しないの。
「いやいや、お前何言ってんの?」
「気にしないでください。私、大丈夫なんで」
「お前が大丈夫でも、俺が大丈夫じゃないんだよぉ!」
よく女性の着替えをのぞき見しようとするのは聞くけど、堂々と女が男の着替える姿を見るなんて聞いたことが無いぞ。てか、大丈夫ってなんだよ。何が大丈夫なんだよ。
「あのぉ…うるさいんですけどぉ…」
俺と飛龍の激しい口論が繰り広げられている中、聞きなれた声が耳へと入った。声の主は言わずと蒼龍で、どうやら起こしてしまったらしい。
「…二人ともなにしてるの?」
目元をこすりながら言う蒼龍。まだその声は、寝ぼけてるようだ。
「あの、助けて」
「んー。えっ?」
俺のSOSに、蒼龍は目を見開いて、状況を把握したのだった。
*
「いやーごめんごめん!怒らないでよ蒼龍!冗談だって!」
あははと笑いながら、飛龍は陽気に謝ってくる。結局、蒼龍に怒られた飛龍は俺の着替えを見ることなく、外へと出されたのでしたとさ。
「もう。飛龍は仮にもお客さんなんだからね!それに、望をからかわないで!」
ぷんすかと起こる蒼龍。ほおを膨らませて起こるところがやっぱり可愛いのは、もはや周知の事実だろう。だけど我慢はできず、思わず突っついてしまう。
「あっ、もう。なんですか?望まで私をからかうの? もー!」
蒼龍は仕返しのつもりなのか、俺の頬を軽くつねってきた。もっとも、手加減してくれる優しいつねりで、正直その痛みすら心地良い。
「しかし!朝のウォーキングはやっぱり気持ちがいいですねぇ~。そう思いません?」
体を伸ばして、飛龍は声を出した。唐突に話題を変えてきたなお前。まあ確かに悪いものじゃないけどね。むしろ清々しい気分にさせてくれるのは、確かだ。
飛龍が俺を早急に起こした理由として、どうやら町の紹介がてら、ウォーキングをしたかったらしい。どうせなら日課のランニングをする際に、付き合わせて紹介したほうが手っ取り早いと思ったが、飛龍が楽しそうで何よりって感じか。
「どこまで歩くつもりだ?あ、てか、どれくらい歩きたいわけ?」
ともかく立案者は飛龍だし、彼女の判断に任せた方がいいはずだ。さすがに町の隅々までとか言われたら困るけど、こいつもそこまでは求めていないはず。
「えーっと、気の済むまでですかね!」
にこっと笑いかけ、飛龍は言う。そうですか、気の済むまでですか。それってどこまで歩けば気が済むんですかねぇ。せっかくこんなに朝早く起きたのに、ただ歩くだけじゃ時間ももったいない気がするぞ。
「あーじゃあさ、目的地決めようか。気の済むまでだと、ぶっちゃけ俺たちはつまらんからね」
さすがに二十年近く住んでいる町だからね。なにより毎日のようにここらを走っているし、すでに見慣れた景色になっているのは言うまでもない。蒼龍だってもう、見飽きているはずだ。
「そうです?じゃあ、何処にします?私良く知りませんから、ご自由にどうぞ」
俺と蒼龍は、それぞれ明後日の方角を向いて考え始める。目的地を決めようと言ったのはいいけど、それを何処にするかまでは決めてなかったな。
「あ、じゃあ、あそこはどうかな?」
はっと思いついたように蒼龍は言うと、俺と飛龍へにっこりとと顔を向ける。どうやら良い場所を思いついたようだ。
「んーどこだ?」
「神社ですよ!神社!」
*
蒼龍の案は早速採用され、俺たちは雑談を交えつつのんびりと歩き、近くの神社へと足を運んだ。
家の氏神であるその神社は、三重県に大社がある神社で、つまりは分社の一つと言うわけ。どうやら結構昔からあるらしく、鳥居や階段はずいぶんと苔むしているのが印象的だろう。
「わあ、長い階段!神社って感じで、この階段が結構好きなんですよね」
俺たちは鳥居の前で一礼をすると、くぐってすぐに見える長い階段を見て、飛龍が歓喜の声を上げる。良いところに目が行くね。俺も神社によくあるこの長い階段が、割と好きなんだ。
「私、ここ来たの初めてだなぁ。望、ここはどんな神様がいるの?」
階段を見上げていた蒼龍は、ふと俺に聞いてくる。しかし、居るか。まあ、別れた霊体がいるんだろう。
「えっとね、確か蛇らしい。あと、ここは俺たち地元民にとって大切な場所でもあるかな。地元で最も大きい、毎年秋に行われるの祭りで、武術を民間芸能へ変換させた演武を行う場所にもなってるんだ。まあいわゆる奉納演舞で、神社の前で舞うことで神様へその演武自体を奉納して、厄を払うと言われているそうだ。他にも火縄銃を使った鉄砲隊―あ、変な解釈しないようにあえて言っておくけど、空砲を発砲して無病息災をねがったりもする。まあ地元民にとっては、なじみ深い神社だねー」
実際、演武は小さいころから見慣れたことだけど、毎回見るたびに心がワクワクする。何よりも大胆な動きは当然迫力があって、一つ一つの行動に意味があったり、知れば知るほど面白いんだよね。
まあだけど、俺の説明に対して蒼龍と飛龍はただ「へ、へぇ~」と言葉になっていないような、微妙な返事をしてくる。
「え、つまらなかった?」
「いや、何を祀ってるかを聞いただけですし…」
とはいうもの、申し訳なさそうな笑みを浮かべる蒼龍。まあそういわれればそうなんだけども、やっぱり概要とか説明したいじゃない。地元史って、割と面白いんだけどなぁ。
「演武って言われても、私たちあまり興味が無いからなぁ。だって艦娘だし。特に私たち空母で、剣とか槍とか使わないから」
確かに飛龍の言う通りだ。お前たち弓術だもんね。と、なれば流鏑馬とかは興味があるのかな?いや、まず艦娘は馬に乗れるのかなぁ。でも訓練を積めば、早い段階で乗れちゃいそうだ。センスがよさそうなのは、間違いないだろうし。
「ま、まあそうだね。ほら、ともかく本殿へ行こうぜ」
とりあえず微妙な空気となってしまったので、俺は語ってしまったことを後悔しつつ、我先にと階段を登り始める。後ろの二人は少し距離を置きつつ、着いてくる形で登ってきた。
さて、何とか階段を上り終えると、正面に見えるのは古びた本殿。その少し離れた位置には苔むした手水舎があり、またまた少し離れてお守りを売る別棟もある。総じて言えることは、よくある神社の風景だ。ちなみにさっき長々しく説明してたけど、演武を行うのはあくまでも本殿前で、神楽殿のような場所で行うというわけでな無い。
「おお。なんというか、ザ・神社って感じですね」
飛龍たちも階段を上り終えたのか、きょろきょろと敷地内を見渡して、率直な感想を述べてくる。ザ・神社ってなんだよ。まあ、言いたいことはわかるけどね。
「さて、まずは手を清めようか。やり方はわかるよな?」
正直な話、艦娘達は神社に参拝しに来るんだろうかと疑問が沸き上がった。海の近くには当然、海の神を祀る神社があるだろうけど、彼女たちに御参りと言う行為が教えられているのかは知る由もない。だからこそ、湧き上がらない方がおかしいと思う。
だが、飛龍は腰に両手を当てると、自信満々に言葉を返してきた。
「当り前じゃないですか。常識ですよ。じょ・う・し・き。もちろん蒼龍も、わかるよね?」
「まあ、さすがに知らないと日本人じゃないよね…」
さすがにこういう作法は、鎮守府でも教えられているのかな?まあ、そういう事で、俺たちは早速清めの作業に取り掛かる。
まず右手に柄杓を持つと、手水舎にたまった水を汲み、左手を静かに清める。次に左手に持ち変えると、今度は同じように右手を清める。次に口も清めないといけないから、再度右手に持ち替えて左手に水を受けると、口へと運び、軽くすすいだ。
チラリと横目で見ると、蒼龍も飛龍も同じように作法をこなす。さすがにこの二人がやると、絵になるね。大和撫子万歳。
さて、そんなことはさておいて、最後にもう一度左手を水で清めると、柄杓を伏せる形で元へと戻す。あいにく白いハンカチは持っていないから、致し方なくガラ付きのハンカチで拭った。こればかりは、仕方ないと思ってほしい。
「よし、ちゃんとできてるじゃないか。いわく地域によって作法が若干違うと聞くけど、どうやら共通した作法だったね」
俺も聞いた話でしかないけど、地域ごとで若干この作法は異なるという。実際はどうか知らないけどね、さすがに調べたことはない。
「そうなんです?私が教わったのは、これですねー」
「うん、私もー。望も一緒だったし、細かいことはいいじゃない」
そうだね。神道に通ずる方々には申し訳ないけど、深くは追及しないでおこう。さて、お待ちかね?の本殿参拝と行こうじゃないか。
「えっと、確かできるだけ左側を歩かないといけないんだっけ?」
飛龍の問いに、俺は「うむ」と頷く。
「そうだね。中央は神さまの通り道なんだ。俺たちが通っていいような場所ではないと、思っていた方がいいかもね」
さすがに混雑時とかは妥協しなければならないけども、基本はそういわれている。小さいころそれで親父に怒られたっけな。「畏れ多いぞ望っ!」ってさ。
「あ、鈴がありますよ。鳴らしてもいい?」
上につるしてある鈴を見て、蒼龍は目を輝かせて俺へという。どうぞご自由に。鳴らすのは誰でも良いだろうし。
ガラガラと音が響き、俺たちは静かに賽銭箱へと銭を投げ入れる。できるだけ音を立ててはいけないんだけども、どうしてもなっちゃうのは、是非もないよね。
銭が入ることを確認すると、俺たちは二拝二拍をこなす。
―どうか三人共々、ケガや病なく過ごせますように。
俺は願い事を心の中でつぶやくと、最後の一拝を深々とこなす。本来は願い事をするのではなく、日ごろの行いを報告するのが望ましいとか聞いたことあるけど、それはいったん置いておく。欲深い願いではあるけど、神様が答えてくれることを、今は望むだけだろう。
そう、望だけにね。
どうも、最近深夜投稿が多いな飛男です。課題は突っ返されました。トホホ…。
今回はまあ冒頭こそギャーギャーとわめいていますが、後半は少々真面目な内容となってしまいました。一応私が理解している手水舎の作法や参拝の作法を記述していますが、本文でもある通り地域で若干の違いがあるそうです。詳しくは私も調べてはいませんけどね。
では、今回はこのあたりで。また次回お会いしましょう!