さて、てんてこ舞いな朝食も食べ終え、俺たちは自室へと戻っていく。
今日の行先は、伏見稲荷。商売事をやっている人間であれば、必ずと言っていいほど聞いたことがあるよね。他にもいなりこんこんと、稲荷を題材にした漫画とかあったような…。
ま、そんなことはどうでもいいや。ともかく、俺とキヨは荷物をまとめて外へと出る。先に出立の用意を済ませたヘルブラを発見して、その後蒼龍と飛龍、統治と夕張とも合流。地元メンツご一考は、一階のロビーへと階段を下っていった。
チェックアウトの時間は十時なんだけど、一つ勘違いしないでほしいのは、俺らは別に夏休みだけれども、世間一般では学生を除いてそうではないんだよね。つまり、車で行くとどぎついと評判の京都の道路状況を難なく進むためには、早めに出て間違いはないと思う。込み込みな道路を走行するのは、やっぱりしんどいし、だるい。
そのことをあらかじめ拓海に伝えておいたのが、好を成したのかな?チェックアウトをすると同時に、従業員が数名集まってきた。わざわざお見送りなどと、なんというか変にリッチ感覚えるというか、ぎょっと驚いた。
「あーっと…一晩ありがとうございました。おかげでいい思い出ができましたよ」
俺は軽く頭を下げると、おかみさんらしき人物も頭を下げ返した。
「いえいえ。これも私どもの誠意でございます。どうかまた、ごひいきに…」
まさにTHE女将といった感じだろう。なんかむずむずしてきたので、他の連中にも頭を下げるように促す。
「あらあらまあ」ふふふと、口元を隠して女将は笑みをこぼす。なんというか、こういう方が京美人ってやつなんだろう。御歳はそれなりの様だけど、自然と美人に見えてしまう。
「…ところで話は変わりますが、本日はどちらに向かわれるのですか?」
と、そんなことを思っていると、女将が唐突に話題を持ち出してくる。まあ答えても問題はないし、俺は難なく口を開いた。
「えーっと、今日は伏見稲荷に参拝しに行こうかと思っとります。ICが近いので、ついでのような物なんですが…」
俺もつられたわけではないけれど、女将の微笑みにこたえるかのように、後頭部に手を当てて笑ってみる。すると、女将は「まあ」と言葉を漏らすと、奥の方で大和と縮こまっている拓海に手招きをした。
「ちょっと、拓海。来なさい。それに、和さんも」
二人は呼ばれた通りに女将の元へ来ると、女将は再び顔をこちらに戻し、微笑んだ。
「では、本日もこの二人をお貸しします。よき思い出を、お作りになってくださいまし」
「え、ですが…旅館運営に支障はないのでしょうか?」
どうせこの場のノリなら、自然とこう答えるだろうさ。ともかく俺は首をかしげて聞いてみる。すると、女将はふふふと再び笑い始めた。
「問題はありません。むしろ、お客様にこの京を楽しんでもらうのが、私どもの総意でございます。ですので、どうかお気になさらず」
あー。まあそういうことにしておこう。女将が問題ないとも言ってるし、実際そうなんだろうが…。もしや拓海と大和って、あまり戦力になってないんじゃ…。
「えーっと、じゃあまあ今日もよろしく拓海。あと、やま…あーいや。和さんも」
「へえ…まあ、そういうことなんで。よろしく頼みますわ」
若干下手に出るように、へこへことしながらそういう拓海であったが、女将の視線を感じたのか、急にシャキッと体を起こした。女将、結構鋭い目線を向けたしね。接客態度としては、なってないから。知人であってもさ。
「よし、じゃあ行こうか。っと…そうだ。車どうすんの?お前と和さんを、載せるスペースないんだけど」
まあ言わずもがな。それもそのはず。この旅行は8人で来たわけで、二台の合計乗員は9人なわけ。つまり必然的に大和か拓海のどちらかが乗れなくなってしまう。さてどうしようか。
「あーそれは大丈夫です。自分も車あるんで」
と、拓海の言葉で悩む手間が省けた。まあそれならいいんだが…。てか、そもそもどちらか一人載せたとしても、帰りは電車でお願いとか酷すぎじゃないか。
こうして俺たち一行は、旅館を後にした。いろいろとあった旅館であったが、やっぱりまた来ようと、胸の内にそんな感情が、湧き上がった。
*
さて、そんなこんなでいざ伏見稲荷へ。旅館からはおよそ一時間の道のりで、左へ右へとカーナビの示す方向へと進んでいく。
そして、俺たちが京都へ入ったIC付近。ついにその聖域が見えてくる。
「赤い鳥居がきれいですねー!」
身を乗り出し、きゃっきゃとはしゃぐ飛龍。しつこいようだけど、もう元気満々な自分を取り戻しているようだ。で、こいつが言っているのは、駐車場まで進む際に見えた、鳥居の事だろうね。
さて、稲荷駅のすぐに近くに、駐車場はある。俺とヘルブラ、それに拓海の車は駐車場へと入っていき、それぞれ駐車をすると、境内へと入っていった。
「みんな集まったようだな」
集合場所は境内に入ってすぐの自動販売機―と、いうより最初に停めた拓海がすでにそこで待ってた―ので、そこへと集合をした。八坂神社でも集合場所を決めてどうとか~みたいに同じことやったなぁとか思いつつ、俺は全員を目で一周するように見る。うん、誰も漏れずってかんじ。
「よーし。全員でここらを見て回る―ってもうそれはいいな。よし、ここから自由行動でいいだろ?」
全員でツアー如く進むのもいいんだけど、伏見稲荷は山に登るこそ意味がある!ってな俺の思い込みもあって、自由に行動した方が動きやすいのでは?と、まあ完全自己判断で提案をする。皆がどう思っとるかは知らないが―ないしはもうそれでいいんじゃないかといった空気も流れている訳で、その意見は容易に通った。ま、だが…
「俺、一緒に来た意味なくないすか?っても、あまりいなりさんを紹介する自信はなかったんですけどね」
と、拓海からの一言。もうこいつ、ただ案内とかこじつけた実質サボリと化してますね。給料これで出てるなら、タダ取り野郎じゃねぇか。まあ別に案内してくれなくとも、正直俺もいなりさんに一年前には足を運んでいるし、記憶も新しい。だからこそ、まあ自由行動を提案したわけなんだけども。
「私は望についていこ。うん、それしかないよね!」
蒼龍はにっこりと俺に笑顔を向けて、ぱたぱたと寄ってきた。鳥じゃないです。草履の足音です。ってまあもはやいつもの―と、いうかそれが普通というか必然になってきている。ちなみに稲荷山にあるスポットを一年前と同じく、ぐるりと一周しようと思っているが、まあ蒼龍は艦娘だし体力面は大丈夫そうだな。
「うーん。私はヘルブラチームと行こうかなぁ」
で、問題の飛龍はというと、意外にもそうつぶやいた。当のヘルブラは予想外だったんだろうね、目をぎょろりと見開いて、驚きを隠し切れない様子。その顔やめーや。主祭神の宇迦之御魂大神が、びびって恩恵与えてくれなくなったらどうすんだ。キヨとか間違いなく痛手どころ騒ぎじゃないぞ。
「あれ?ダメでした?」
そんな顔を見て、飛龍は不思議そうに、かつ無邪気にヘルブラへと問う。いや、まあ当の本人がその様子だし、気にしなくてもいいんじゃなかろうか。
「ふむ、ダメとは言わんですぞ。だが、食べ歩きになると思うがよろしいか?」
「あ、私は大丈夫です。望君。お金カンパしてー」
俺は大丈夫じゃないです。勝手に決めないでください。でも、だからと言って蒼龍に払わすのもアレだし、結局出さなきゃいけない法則。
「わぁったよ。はい。2000円でいいだろ」
「わーい。あ、ちゃんと返しますよ?いつか!」
二千円をもらうや否や、ヘルブラと統治夕張ペアそして飛龍は「じゃあ行ってきまーす」と歩み去ってしまった。どうやら車内であらかじめ決めていたな、彼奴ら。てかまたもや出費か…。もう飛龍が持ってきた金塊、換金してもいいんじゃねぇかなぁ。明石か大淀に偽造書作ってもらってさぁ…。
「あー、あいつらは行っちまったけど、拓海たちはどうすんの?」
ともかく気を取り直して、残りの拓海ペアとキヨに問いかける。すると、拓海はなぜか挙手をして、口を開いた。
「自分と大和も、行きたいとこあるんでここでいったんはぐれますわ。…蒼龍。俺頑張ってみる」
と、最後に小声でつぶやくと、拓海は大和の手を引き「行こうぜ」とはぐれていった。うん、蒼龍と昨日なんか話してたらしいし、ガンバレって感じかな。
「じゃ、キヨは俺についてくる感じか?」
残りのキヨにそう問うと、キヨは二つ返事で「おう」と口にした。まあこいつは此処こそこの旅行の本番だろうな。
「うし、じゃあいこうかね。久々に登るぞ!」
と意味もなく意気込んでみると、蒼龍もつられて「おー!」とあざとく合わせてきた。
ぐうかわいい。
*
本殿からさらに奥を歩いていくと、まず俺たちを出迎えてくれるのは連なる赤き鳥居。ここから稲荷山へと入っていくワームホールである。いや、うそですけどね。あ、鳥居の数は数えるだけだるいから数えません。でも、千本鳥居と言うし、千本ではなかろうか。詳しい方には、ぜひ教えてもらいたい。拓海は知らなさそうだし。
「な、なんかいざ間近で見ると吸い込まれそうになりますね…」
若干驚いた様子の蒼龍だが、まあそれはわかる。実際俺も最初見たときはそうだった。誰もが通る道。通り道だけにね。
「ありがたいと感じるのは俺だけか」
キヨはそういうが、こいつは異常なだけじゃないかと釘を刺しておく。やっぱり初見は驚くはず。と、いうかキヨも初見のはずだろうに、驚きを見せないのはさすが商人と言うべきだろうか。
「しっかし、まあそんな異空間っぽいところが、外人には受けるらしいぜ。ほら、パシャパシャと記念撮影してらぁ」
俺が目線を寄越した方角には、おそらく白人系の外人がイエーイイエーイと言いながらのんきに写真を撮っていらっしゃる。罰当たりだと思うけど、これも文化の違いというやつだろうし、日本だって今では割かしそういう文化にとらわれないのが、ブームみたいなもん。そういう文化にある程度は適応しなければ、時代遅れと言われる世の中なんだよね。
「え、私も撮りたいかなーとか思ってましたけど…」
と、蒼龍の申し訳なさそうな一言。うーん。ここは断腸の思いで決断を迫られる場面かもしれない。思い出を取るか、文化を取るか。
「うーん。ま、いっか。ちゃんと失礼しますとか祈っておけば、うかさま…ああいや、神様だって許してくれるだろ」
まあ神様だって鬼じゃない…はず。と、言うことでまあ許してしまった。そこらへんに詳しい方は、申し訳ありません。この子の代わりに謝ります。
まあ、そんなこんなでしばらく鳥居ワームホールを歩いていくと、やっと広い空間へと出ることができた。
「わーかわいい!って…なんですあれ?」
まず千本鳥居を抜けると出迎えてくれたのは、大量の狐の顔。稲荷大社特有の絵馬なんだよね。それにしても、いつみても多い。
「ん…あれ、なんか狐っぽく…」
そういって蒼龍がとてとてと歩んでいくと、一つの狐絵馬を手に取った。俺もキヨも難だろうかと近寄っていくと―
「ぶほぉ!な、なんだこれ!」
思わずふいてしまった。だれだよ。狐の絵馬を某ギャンブル漫画の顔みたいにした奴!いや確かに長い顔ですけども、此処に書くものなん?ちゃんと上の方に、「ざわ…」とか書いてあるし。いらぬこだわりですよ!はい。
「えーっと、これって好きな絵をかいていい感じなんですかね?」
苦い顔で蒼龍は聞いてくるが、その表情的に微妙なラインだとは分かってる様子。実際どうなんだろうね。諏訪の方では、カエルの方や、紅白の巫女さんとか書いてある絵馬とかあるらしいけど。
「あ、おい七星。あれはなんだ?」
と、いまだ先ほどの絵馬の面白みを拭えなさそうににやにやしてるキヨが、その流れのノリで聞いてきた。指を指す方向的にあれは…。
「ああ、おもかるいしか」
稲荷大社ではまあ有名な観光スポットの一つだよね。おもかるいし。とりあえず絵馬も見終えたし、あそこへ向かおう。
「わー。石にみなさん集まって、なんか楽しそうですね」
わらわらと人々が社らしき場所を囲み、石を持ち上げたり下したりしている。蒼龍はそれが気になるのか、つま先立ちをしては、つま先を下してくいくい動いている。
「よし、俺たちもやってみるかね」
そうと決まれば、思い立ったら吉日。俺たちは統一性が取れてるのかとれてないのかわからん順番に並んだ。
「おもかるいしって、何をするんです?」
並んでいる途中に、恒例のなぜなに蒼龍を行ってきた。おそらくこれがキヨなら自分で調べろタコとか厳しいことを言うだろうが、蒼龍ならば説明せざるを得ない。
「石灯篭の前で願い事をしてな、そのとき感じる重さが自分が予想していたものよりも重かったらかなわず、軽かったらかなうっていう一種のまじないみたいなもんだね」
日本人は本当にこういうの大好きな人種なんですよね。昔から占いは、重要な物だったけど、今では本当に願掛け程度みたいなもん。
「あ、順番来ましたね」
蒼龍はそういうと、俺が教えたとおりに灯篭の前で何かしらのお祈りをし、灯篭の頭においてある石を手に取る。そして、息を吸うと当時に、持ち上げる―
「お、おもっ…!」
うっと蒼龍は短い呻きを上げると、すぐに元の場所へとおいてしまった。
「だ、大丈夫か?」
流石にどこか痛めたかもしれないと心配になる。久々に見た蒼龍のつらそうな顔。いや、初めてか?
「思ったより、重かった…」
しょんぼりとした表情で言う蒼龍。何を願ったんだろうか?何となくはわかるが…そうだとしたら、縁起がないような気がする。
「あー、うん。所詮願懸けだよ願懸け。願いってもんは自分で掴み取れってね」
とりあえずこんなことしか言えない俺が情けない。だが、蒼龍にはそれでもうれしかったのか、俺に笑顔を見せた。
「そうよね!うん、そうよ。次は望の番だよ!」
蒼龍はそういうと、すすっとその場所から横へとそれた。さて、俺はどんな願いをかけようか。まあ、言わずと蒼龍と同じになりそうだけどね。
どうも、飛男です。
いろいろ活動報告とかでちらほら言ってましたが、主軸はこのお話でございます。
さて、今回は再び旅行話。伏見稲荷のお話です。
ちょろっとわかれば、「ああ」となるようなネタがちらほら回ですが、まあいつもの温度で書いた感じ。まあ本当にそれだけなんですけどね。
では、今回はこのあたりで。さようなら!