蒼龍が家に来てから数日が経った。
時が経つにつれ、蒼龍はうちの家族と仲良くなってきたのは言うまでもない。もともと蒼龍のコミュニケーション能力が高いこともあり、直ぐにでも打ち解けれたのだ。妹は蒼龍と恋愛トークに花を咲かせたり、母親は蒼龍に似合う服を選びに行ったりもする。親父は会社から帰ってくると俗に言うスイーツを買ってきたりと、見事な愛されっぷりだ。俺がいる意味なくね?てか受け入れた途端、皆さん優しくしすぎじゃね?
と、まあそんな感じで自信をなくしそうな俺だが、なんだかんだ言って蒼龍は俺と行動することが多い。最近はゲーセンデビューを果たしたり、日課の素振りやランニングに付き合ったりと、俺が行う事を積極的に参加してくれるのだ。
俺の趣味なのに、合わせてくれるのはありがたい。てか、蒼龍はそれが当たり前と思っているようで、むしろ楽しんでやってくれている。どうやら彼女は趣味を共有したい女性らしい。
そして今日も、ランニングに付き合ってくれている。以前は付近の道を走る程で済ましていたが、蒼龍が参加する事となり、もう少しだけ距離が追加された。蒼龍に地元を紹介できるいい機会ではあったが、何より艦娘だからかしらんけど、涼しい顔してついて来るんだもの。多少は意地を見せないと、格好がつかないじゃん。
「ふう、やっとついた…づがれたぁ」
俺は家の近くまで戻ってくると足を止め、息を整える。日課ではあるものの、陸上部のように走り慣れている訳ではない。と、言うかもともと走る事は好きではなかったりもする。あくまでも走る理由は、試合継続能力を長くするためだ。
「もお。だらしないですよ?それでも男の子ですか?」
ランニングウェアの蒼龍は、ころころと笑う。うーむ。その服も随分と魅力を引き出していますねぇ。色々と体に悪い。特に下の方。てかそんな重そうな物二つ持ってるのに、良く疲れないね、君。
「はあ…はあ…あ、あいにく俺は軍人じゃなくてね…。まだ学生なんですよね」
こんな事しか言えない自分が悔しいわ。情けないわ。結局鍛錬しても、民間人はこの程度なんですよ。てか、俺の鍛え方がまだまだ甘いのか。
「ふう、私も走ったらのど乾いちゃいました。取ってきます?まだ素振りあるんですよね?」
いろいろと付き合ってくる蒼龍だが、素振りには参加しない。あくまでも蒼龍は見ているだけで、俺がやる鍛錬だ。まあ見ていてくれるだけでやる気は出るもんだ。それと彼女の主な武は弓術だからね。素振りをする必要は全くない。
しかし、そういえば弓術の鍛錬、彼女は怠っていいのだろうか。場合によっては買ってあげないとな。出費が嵩む。
「ん。お願い」
「わかりました!」
元気よく蒼龍は答えると、家へと入っていく。俺も家の敷地に入り次第、あらかじめ庭に置いておいた素振り棒(普通の木刀よりも太く重い、素振り専用の棒)を手に取り、振りを始めた。
それからしばらく素振りをし続け、やっと最後の一セット。蒼龍がたまに「頑張ってください!」と声をかけてくれるので、まったくもって辛くない。腕は痛いけどね。
「97…98…99…100!だあ!」
よし。ついに目標の100本の3セットが振り終わった。
俺はこういうところだけ真面目に剣を納め、帯刀の動きをする。剣道家ならわかると思うけど、これって割と癖になるよね。え?ならない?
「お疲れ様です!」
そういって、蒼龍は立ち上がると俺にタオルを渡してくれる。まあそれほど汗をかいてはいないんだけども。俺は昔から、あまり汗を掻かない体質なんだよね。
「アクエどこ?」
「あ、はい。どうぞ」
ランニングウェアと来ているといい、蒼龍は俺の専属マネージャーのようだ。中高とこういうマネージャーが居たらなぁ。悪女みたいなやつしかいなかったわ。
「そういえば望さん。ずっと気になっていたんですが」
「なんだー?」
俺はアクエを飲みながら、返事を返す。しかしキンキンに冷えたアクエ。運動後にはたまらない美味しさだ。走り終わってからじゃなく、それを我慢してなお素振りをやり遂げ、その後に飲むのがたまらなくうまい。
「台所の上にある、あのミルって使っていないんです?」
ミル。ああ、珈琲のミルのことか。そういえば最近豆が切れて、ドリップ珈琲を飲んでいなかったけ。あいにくうちのは電動ミルじゃないから、手間なんだよね。
「いや、最近使ってないだけだね。そうだな…」
俺は腕時計を見る。ちょうど時間は2時を指しており、出かけるにはいい時間帯だろう。
「蒼龍って珈琲好き?紅茶の方がいい?」
聞いておいて何だけど、紅茶ってやはり金剛姉妹のイメージ強すぎるわ。だからと言って蒼龍が紅茶好きじゃないってわけじゃないだろうけど。やはりそういう先入観刷り込まれてるわ。
「えーっと。私は珈琲の方が好きですね。紅茶も嫌いではないですが…どっちかっていうと珈琲がいいかも」
おー珈琲がいいのか。俺と純粋に趣味が合うことはうれしい。珈琲淹れれるんだろうか?もしよければ、ご享受してあげたい。
「そうか。じゃあ買いに行くか?ついでにケーキも買ってくるか」
蒼龍のために服を買いそのまま財布の氷河期となってしまったが、給料日と同時にそれは温暖期へと変わってゆとりがある。なお、先月は繁忙期ではない故にそこまで稼げず、五万円ほどだった。ちなみに大学生にしては、割と少ない。
「ケーキもですか?そんな、わざわざケーキまで買って頂けるなんて…」
もじもじと嬉しそうに体を動かす蒼龍だが、どうやら何か勘違いしているようだ。俺は自分の楽しみのためにケーキを買いたいのだ。珈琲を飲むときは、割とこだわりたいのが俺の性分である。
「…よし、じゃあ買いに行きますか」
俺はそういうと、素振り棒を方に担ぎ、家へと入っていった。
*
CX―5を走らせて行きつけの珈琲ショップで豆を買うと、次に洋菓子店へと向かった。
珈琲店の話は、まあ蒼龍が珈琲の名前に翻弄されていただけで、特に面白いことはなかったとさ。ただ、なぜかキリマンジェロをうまく言えてなかったのは、少々可愛かったけど。
カラランと、扉を開き、洋菓子店へと入っていく。実は、この洋菓子店には珈琲を買う以外にももう一つ目的があってきたのだが…。
「お、いたいた。おい神杉」
神杉こと神杉康介は商品を並べていたところだったが、俺の言葉で振り返った。この男は中学高校と、同じ剣道部に所属していた同期である。ちなみにどちらも副部長を務めていた。現在パティシエになるべく、高校から洋菓子店へと入り、修業を積んでいる。
まあ、目的ってのはこいつ。今後会うであろう友人たちはなんといってもキャラが濃く、なおかつ初対面でいきなりそんな奴らと合わせるのは、変な意味で警戒してしまう恐れもある。そこで、まだ普通を装っているこいつとなら、普通に話せるのではないかと思ったわけ。
「おお、七星。いらっしゃいませ」
「よせ。気持ち悪いわ」
「じゃあ何度でも言ってやるよ。いらっしゃいませ。いらしゃいませって殴るのやめろ。俺はまだ勤務中だぞ!」
こいつは昔からあおる癖がある。まあ一種のなれ合いだ。だからこの軽く殴るのもまた、なれ合いだ。
「ところで…その子だれ?」
どうやら後ろでこそこそしている蒼龍に目が行ったようで、神杉は苦笑いを浮かべた。
意外と人見知りなんだろうか、蒼龍は。初めにこいつに合わせて、やっぱり正解だったかも。
「ん?ああ、俺の…その、彼女だよ…」
その言葉に、神杉は一瞬にしてにやりと顔を歪ませる。
「んんん?よく聞こえませんでしたねぇ。もう一度行ってくれます…ってだから殴るな!さっきより強いから!」
今度は割と力を込めて殴ってみる。自業自得だ馬鹿野郎。
「で、いつの間にお前彼女できたのさ?」
「うーんと、まあ前から?」
あえて言葉を濁す。こいつの母親と俺のおふくろは仲が良いから、たまに話題が漏れることがある。それはなんとしても避けなければならない。
「そ、まあいいわ。で、ちゃんとお客としてきたのか?冷やかしなら、俺もお前をあおるぞ?」
等価交換というやつか?今度は本気で殴るぞ。まあ俺にもその場合は非があるか。
「今回はちゃんと買いに来たさ。オススメあるか?珈琲に合うやつがいいんだが」
その言葉に神杉はレジへと入り、ガラスの商品展示台に両肘を置くと、説明を求めてきた。
「その珈琲。苦味が強いのか?それとも酸味か?」
「苦味が強い奴だ。まあ今回はいつも飲んでるやつとは違い、ちょいと苦味は薄いな」
「そうか、じゃあアップルパイだな。まあ定番だけどよ、濃厚な甘みを引き出すのは、やはり苦い珈琲だね。どうよ?」
確かにいい選択かもしれない。ごくごく普通の合わせではあるが、王道ともいう。つまりこれに、間違いはないのだ。
「その…出来立てですか?」
蒼龍は俺の後ろから顔をのぞかせて聞く。おまえ、そういう所こだわるんだな。わかるけど。
すると、こいつの唯一うらやましい部分である甘いイケメン面を緩め、蒼龍へと優しく声をかけた。
「はい、そろそろ焼きあがるころですよ。お嬢さん」
「やったぁ!楽しみですね!」
心底嬉しそうに蒼龍は俺の手に抱き着いてきた。お前の甘いマスク、効かなかったみたいだぞ、ウハハ。てか、やわらか。どこがとは言わないけど。
「…よかったな。七星。いいこじゃん」
お、お前ちょっと悔しいのか?その顔は、悔しがってるな?フハハ、イケメンは死ね。慈悲はない。まあ見せつけに来たわけではないけど。
「ありがとよ。じゃあアップルパイを二つくれ。それとショートも二つ」
「あいよーちょっと待ってな」
そういって、神杉は厨房へと消えていく。
「んふふー。お友達さんのケーキ。楽しみですね」
「ああ、腕前を拝見させていただくかね」
*
さて、アップルパイとショートケーキを買い、家に帰るとすでに三時を過ぎていた。まあ少々遅くはあるが、それは仕方ないかもしれない。
俺は早速ミルを取り出す。少しだけ埃被ってるが、仕方ないか。
まず珈琲豆を目分量で入れると、それをミルの中へと入れる。大体一回挽いて一人前の量だから、二回挽かないと。
レバーを回し、ごりごりと音が鳴る。この挽く時間が、ドリップ珈琲のいいところだ。至福の時間ともいえる。電動ミルでは味わえない、手挽き独特の感覚だ。
「いい音ですね。どこか落ち着きます…」
蒼龍も、この至福の時間がわかるか。うん。いいことだ。
カラカラと音がすると、それは挽き終わった合図だ。引いた豆が溜まる引き出しを開けると、ふわりと珈琲独特の香ばしい空気が部屋に流れる。
「はぁ…上品な香りですねぇ…」
スンスンと、蒼龍は鼻を動かし、気持ちよさそうに机へと伏せる。ちょうど俺も、同じことを思っていた。
そして、この香りをさらに引き立てるのが―
「さて、ドリップしますか」
俺はドリップペーパーに挽いた豆を入れると、そこにお湯を少量淹れた。いわゆる蒸らすのだ。この蒸らしを行うと、さらに香りが部屋を包み込む。
大体二分ほどたち、次はお湯を入れる。大体『の』の字を書くように入れるのがコツだ。トクトクと引いた豆が小さな音を出し、ポトリポトリとサーバーに珈琲が滴る。
それから数分後、一人分の珈琲ができた。香りは芳醇で、早く味わいたいものだ。
「あの…私も、やってみていいですか?」
「ん?ああ、構わないよ?」
何事にも挑戦したがる蒼龍。これが、俺色に染めるということなんだろうか?
ともまあ、初めてにしては繊細に作業をこなし、挽いた豆の蒼龍は匂いを嗅ぐ。
「ふあああ…とろけそうな香り…私幸せすぎて死んじゃいそう…」
そこまで?まあ自分で挽いてみると、感じ方も変わるんだろう。そういえば俺も最初挽いたとき、あまりの上品な香りに驚いたものだ。
そんなこんなで、何とか蒼龍は珈琲を入れることに成功した。自分で入れただけあって、もう香りをかいだだけで幸せさが伝わってくる。やはり、珈琲は偉大。飲みすぎには注意だけど。
「じゃあお待ちかねのアップルパイを出そうか」
俺は袋からケーキ箱を取り出して、おもむろに蓋を開ける。するとどうだ。アップルパイの甘い香りが珈琲の香りと合わさり、何とも言えない幸福な気分に包まれる。もうさっきから、いろいろと幸せすぎるわ。
「うわぁ…おいしそう!」
「うん。だが味はどうだろうか?」
さっさとケーキ用に用意した磁気にアップルパイを乗せると、それぞれ自分の前に置く。
「じゃあいただきます」
「はい!いただきます!」
俺と蒼龍は手を合わせると、同時にアップルパイを口へと運んだのだった。
どうも。セブンスターです。
またもやギリギリでしたね。ちょっと今日はリアルで忙しくて、小説を書く時間がかなり遅くなってしまいました。本来であればこの話、もう少し文量を増やしたかったのですが、逆にカットする始末になりクオリティが落ちてしまいました。本当にすいません。
さて、お待ちかね?の元ネタ回ですが、今回『神杉康介』と言う人物が出てきましたね。これは、愛知県産安城市のお酒である、神杉から取っています。
また、彼は地元メンツと言う今後出す予定のメンバーです。この地元メンツは、全員愛知県産のお酒の名前からとっています。
どうかご期待を。それではまた!