私―蒼龍はその事実を認められずにいました。
そう、それは今日の朝から起こった出来事です。望が、私の目の前から忽然と姿を消してしまったのです。
飛龍を送る為にコエール君が発したのでしょう。その光が室内を包み、それが薄らいで眼を開けれる様になってから、あの人はいなくなってしまった。
最初は、望は飛龍を見送ったから下の階に行ったと思い、私もそうと決めつけ何の違和感も持たずに、下へと降りて行きました。きっと飲み物でも飲んでいるのでしょうと、安易に考えていたのです。
でも、其処からでしょうか。私がこの違和感に気がついたのは。
「あ、姉ちゃん。おはよ。パンならいまトースターの中に入ってるよ」
まず最初の違和感は、若葉ちゃんから発せられた声でした。私はその言葉に耳を疑い、顔を驚かせます。
「え、いま若葉ちゃん。姉ちゃんって言ったの?」
「え、うん。姉ちゃんは姉ちゃんじゃん。何言ってんの?いつもそう呼んでるし?お姉さまとでも言ってほしかった?」
そう茶化してきますが、若葉ちゃんは何時も、私を龍子ちゃんと呼んでくれている筈です。それに勘違いと言った事もあり得ないでしょう。そもそも七星家に姉の存在はなく、望と若葉ちゃん、おじさんとおばさんの、四人の家族構成だったはずです。
「え、えぇ…。わ、若葉ちゃんにはお兄さんがいるじゃない。素敵なお兄さんが…」
「そうだねぇ。かっこいいお兄ちゃんがいれば、私も嬉しいけどねぇ。ま、夢の続きなら二度寝でやってよ。なんか今日の姉ちゃんおかしいよ?」
そう若葉ちゃんは私に対し気味悪そうに言うと、興味をなくしたようにもぐもぐと、パンを頬張ります。
「え、ええ?何?どうなってるの?望は…何処に?」
段々と、私は頭が混乱します。若葉ちゃんの、この自然と発した言葉に、嘘はないと感じてしまったのです。私は居ても立っても居られなくなって、家中を隈なく探し始めます。お風呂に、トイレに、親御さんの寝室までもです。
でも、望は何処にもいません。むしろ途中に、おじさんからは「どうした龍子?」とか、おばさんから「何焦ってるの?龍子」とか言われ、もう意味がわからなくなりました。それに、おじさんとおばさんは、まるで私が本当の娘のように、接してもきました。
「どこ…?何処なの…?」
それでも私は、望を探し始めます。今度は庭にも出て、車庫も車の中も、ともかく探します。全身に巡る、この嫌な予感が、認めたくない私の思いを突き動かしたからです。
「あ、そ、そうだ!電話…電話をかければ!」
そう思い立った私は、自室―と、言うよりは望の部屋へと戻り、携帯を取り出して電話を掛けようとします。でも、電話帳の一番上にある筈の望の名前は、まるで初めからなかったかのように、記されていません。
「どうして!?どうして無いの!?何で!?」
こうなったら、直接打ち込むしかないでしょう。私は望の電話番号を打ち込んで、電話をかけました。
数刻の間、プルルと電話のコール音が鳴ります。そして、ぶつりと応答する音が聞こえました。
「あ、もしもし望!?いま何処にいるの―」
応答したと思いましたが、私は聞こえてきた言葉により、思わずぶらんと腕を力なく降ろします。応答したと思ったのは、間違いだったのです。『おかけになった電話番号は、現在使われておりません』と、そう聞こえてきたからです。
私は、その場でへたり込みました。何故なら、嫌な予感が当たっていた事を、突きつけられたからです。
そう。望はこの世界から忽然と姿を消してしまった。つまり私を置いて、向こうの世界へと飛ばされてしまったのだと言うこと。
「何かの間違いよ…どうして…?どうして私だけ置いて行かれたの!?」
部屋の中でうずくまり、私はぼそぼそとつぶやきます。だって、おかしいよ。あの人は、私を置いていくほど、薄情な人だったの?もしかして私に飽きて、飛龍と駆け落ちをするつもりだったの?そんなの、そんなのひどすぎるよ…。
私はだんだんと、だんだんと嫌な考えばかりに思考がめぐってしまいました。でもわかっています。望は、そんなことをするような人じゃないことを。
私は顔を上げました。そうだ。きっと何か事情があるに違いない。落ち込んでいても、何も始まらないんです。どのような理由であれ、私はそれを聞く必要があるでしょう。
「…そうだ。そうよ。なら望がやっていたように…」
私は顔を上げると、望が使っていたパソコンへと目を寄越します。でも、望のパソコンは、いつの間にか電源が切れていて、鏡のように私の姿を、映していました。
*
プルルルと電話が鳴ったのは、おそらく正午頃だろう。俺こと、菊石統治は、その時夕張と共に、先日特許申請を行った発明品に、手を加えていたっけか。
「あれ?統治さん。電話なってますよ」
夕張の声に、俺は「おっ」とつぶやく。スマフォの画面には、『蒼龍』と記されていた。
「おおん?珍しいこともあるもんだな。蒼龍からだぜ?」
そう、俺は夕張にスマフォを見せると、夕張も少し驚いた表情を見せた。何用かは、応答しなければわからないだろう。
「はい。菊石ですが」
そう返答すると、何故か蒼龍は『あ、あの…七星龍子ですけど…』と返してきた。最初耳を疑ったよホント。だってよ、七星の妹か?とか思わないか?こういう場合な。
「えーあー。何言ってんだ蒼龍?え、なに。籍でもいれたか?」
そう茶化してみると、なんとも可笑しなことに、『え、私がわかるんですか?』と返してきやがった。どうも、様子がおかしいと見える。
「そらわかるだろ。だって俺の携帯には『蒼龍』って登録してるの、お前も知ってるだろ?まあ使うことはないだろうとは思っていたが、なんだ?七星に何かあったのか?」
『え、あの…と、統治さん…今なんて?』
「ハァ?いやだから七星に何かあったって…」
『その七星って、その、望の事ですよね?あ、望が…七星望が、わかるんですよね!?』
嬉々揚々と言った声か。ともかく蒼龍は心底嬉しそうに、七星の名前を連呼してきやがる。んー。いたずら電話…ってわけでもないだろうな。やっぱりどうも、蒼龍の言っていることがおかしい。
「あたぼうよ。なんなら証拠だ。彼奴と知り合ったのは中学時代。あいつは剣道部で後輩同期、あまつさえ先輩にもその暴力的且つ豪快な剣技で恐れられていた奴で、同学年でも結構有名だったか。高校に上がった途端に良い師とであったらしく、それは一気に払拭。誠実で鋭い、スポーツとしてではなく、剣術として学ぶようになっていったらしい。あと重度のガノタで、好きな機体はジム・ガードカスタム、それとジムスパルタンだったか。あとそうだな…ぐっへへ。そうだ意外にもよ、幽霊とかホラーゲーとか、苦手で、ヘルブラの家で奴らがホラゲプレイしているとき、びくびくしてた結構ビビリなやつでなぁ…あの時のビビった顔がぐっへへへ、これが面白いのなんの―」
夕張に「ひどい事言いますね」と指摘されつつ、そう列挙してくとだ。急に電話越しから、『うううううう』と泣いているような声が聞こえてきた。なに?どういう事?おちょくりすぎたか?
「えっとだな…。なあ蒼龍。どういう事かきちんと説明してくれや。まずなんで泣いてるんだお前さんよぉ」
蒼龍の返答を待って数刻。涙交じりであろう声が聞こえてくる。
『望が…望がいなくなっちゃったんですぅ…。うう…それで、司令窓を開こうとしても、うう…わかんなくて…雲井兄弟の方々や、キヨさんに電話かけたら…私のことを七星龍子として認識してて…望のことを聞いたら『誰だそいつ』って言われて…もうダメもとで統治さんに電話をかけたら…ううううう。お、覚えていでぇええ…』
水をため込んだダムが決壊するが如く、蒼龍は大泣きをし始める。が、七星がいなくなったと供述する蒼龍に、俺は耳を疑った。
「な、何言ってんだ?七星がいなくなっただァ?それに、ヘルブラもキヨも、知らねぇってか?…は?え、あ、は?意味わからねぇ」
ともかく、これは一度会ってみなければわからない。蒼龍の事もそうだが、七星の事も気になる。あと、七星の存在を、ヘルブラやキヨが、知らねぇってのも、ちょっとおかしいぞ。そんなクソつまらない冗談を言う様な奴らじゃないからな。
「蒼龍。今から家来れるか?ってわかるよな家。ヘルブラの家の近くにある、町工場っぽいとこを見つけたら、そこなんだが…」
『ううう…はいぃ…わかりますげどぉ…』
どこぞの号泣会見をように、泣いていてちょっと何言ってるか聞き取りづらいが、一応家はわかってるらしい。
「よし。とりあえず家来い。パソコンをもってな。そうすればおそらく、色々わかるだろう」
そう言うと、俺は電話の電源を切る。何が起きたって言うんだ?司令窓って確か、艦これのブラウザの事だとは聞いたことあるが、なぜ彼女はそれを開こうとした?
「どうしたんです?蒼龍さんからなにか?」
どうやら考え込んでいたところを、夕張に不審に思われたらしい。と、言うか念のために聞いておくか。
「…なあ夕張。お前七星望って名前、誰かわかるよな?」
「え、何いってるんですか統治さん。蒼龍さんのお婿さんでしょ?あ、まだ気が早いか。あははー」
*
統治さんに電話をかけてから三十分すぎたあたりでしょうか。私は何とか、統治さんの家である、菊石町工場へとたどり着きました。
そういえば、統治さんの家へと来るのって、初めてだと思います。いつも集まる場所は、ヘルブラザーズさんの家でしたし、それが普通だったからですね。それも、今後どうなるんだろう…。
「おっす。来たな。ずいぶんと時間がかかったみたいだが…そういえば蒼龍。お前車運転できないんだったな」
そういいながら、統治さんは私を家へと入れてくれました。部屋に入ると、工廠とかで聞いたことのあるような、溶接をしているでしょう音や、何かドリルなどを回すような音も、かすかに耳へと入ってきます。
「こっちこっち。俺の部屋にカモン」
そう階段の上で統治さんは手招きをしてきます。いけない。今は関心してる場合じゃないのに。私は手招きに従い、階段を上っていきました。
統治さんの部屋は、望の部屋と違って綺麗に整頓されています。そういえば、望が依然言っていたけど、統治さんは綺麗好きなんだったけ。
「あ、蒼龍さんどうもー」
夕張ちゃんが、ベッドの上で正座しながら、手を振ってきます。え、もしかして共同ベッドだったり?望は流石に…とか言って分けたけど、ちょっとうらやましいかも。
「…念のために言うぞ。俺は地べたで布団敷いて寝てるからな。夕張にベッドを使わせてる。おまえんちもそうだろ?まさか七星の野郎、一緒に寝てるとかか?」
「あ、いえいえ。私も同じく、ベッドを貸してもらってました。あはは…」
どうやら思い違いだったみたいです。そうだよね。だって現代っ子は、結構奥手だって、望言ってたし。
「さてと…とりあえず座ってもらって構わんよ。むしろ、色々聞かせてほしいもんだ。七星に何があったんだ?」
私は、今日の朝に起こったことを、事細かに説明しました。本当は、大雑把に説明しても伝わるかもしれませんけど、気を紛らわせるために、そうするしかなかったんです。
「んんん…要するにだ。七星は向こうの世界に飛龍と共に、飛ばされたかもしれないってことか。…だが、だからと言ってなんでヘルブラや、キヨは七星の野郎をしらばっくれたりしたんだ?いや、むしろだ。蒼龍の事を、何故わざわざ七星龍子と呼んだんだろうかね」
メガネをくいっと持ち上げて、統治さんは疑問を投げかけてきます。私にもわからないですよ。むしろヘルブラさんもキヨさんも、まるで私を七星龍子と呼ぶのが、当たり前のようでしたし、私だって理解できてません。
「まあわからないよなぁ…。夕張、お前は何か閃かないか?」
「えーここで私に振ってきます?うーん可能性があるとするならば…」
そう、夕張ちゃんは腕を組み、頭をかしげます。そして、ものの三分ほど考えたあたりで、夕張ちゃんはハッと顔を上げました。
「お、何か閃いたのか?」
そういう統治さんですが、対して夕張ちゃんは、途端に顔をしかめました。え、どうして?
「…いや、もしかしたらですよ?今から仮説の話をします。いいですね?」
どこか険しい表情の夕張ちゃんの気迫に、私はおずっと身を引いちゃいます。でも、統治さんはそんな私の事をお構いなしに、「続けろ」と話すように促しました。ま、まだ心の準備ができてないのに…。
「蒼龍さんも、いいですか?」
そう思っていると、夕張ちゃんが気にかけてくれました。こうなったら、もう聞くしかない。その為に、こうしてここに来たんだもの。私はゆっくりと頷きました。
「はい。ではですね。まず本来あったものが無くなったら、別のもので代用しようとしません?たとえば軍艦の話ですけど、まずAの砲手がいるとします。Aの砲手が突然病に侵されて、Aの主砲が撃てなくなってしまった場合、代用として同乗している誰かをAとして立てますよね?つまり七星さんと、蒼龍さんが同じ家に住んでいて、七星さんが突然、この世界から姿を消してしまった。死とか、そういう問題じゃなくてです。七星さんの存在そのものが、消えてしまったわけですね。すると、世界は歯車をかみ合わせようと、七星さんの代用として偶然にも一番近い場所にいた蒼龍さんを、七星さんの代わりとして立てたんじゃないでしょうか?」
その、夕張ちゃんのあまりにも壮大な仮説に、私はポカンとしてしまいました。え、つまり、私は望になったってこと?
「…蒼龍。お前ヘルブラとキヨ、あと七星の妹や両親以外の誰かに、あいつの存在を確かめたか?もしだ。もし、夕張の仮説が正しかったとしたら、おそらくお前は七星の代わりとして、この世界に立たされてるんだろう。…だがまてよ?もしそうだとしたら…なぜ俺と夕張は、記憶が改ざんされてないんだ?」
その疑問は、私も抱きました。もし夕張ちゃんの仮説が正しかったら、おそらく統治さんも夕張ちゃんも、私の事を七星龍子として認識しているはずで、私の事を航空母艦蒼龍として見ないはずです。そうなると流石に、私もあの場から立ち直れなかったでしょうが…。
「うーん。要因としては、言い方が悪いですが世界にとっての不純物を抱えているからじゃないでしょうか?そう、たとえば私ですね。私は本来、この世界には存在しない存在で、世界のバグ?とでも言うんでしょうかね。そのおかげで、こちらに来れてますし。…でも、それはどうなんだろうなぁ…。そうなったら私以外は、覚えてないってことになるだろうし…」
「ひょっとして、統治さんが提督だからじゃないですか?夕張ちゃんの提督だから、その影響を受けなかったとか…私、メルヘンな事いってるかなぁ…?」
だんだんと自身が無くなってきます。でも、そうとしか考えられないじゃないですか。だって現に、夕張ちゃんもそんな統治さんに会いたくて、こっちに来てるわけですし…。
「いや、その説はもしかしたら当たってるかもしれません。むしろ、そう説明した方が、自然なのかもしれません」
「そりゃなんでだ?まさか俺、寝てる間に改造でもされたのか?ロケットパンチとか打てるようになってるのか!?」
そうおどけて見せる統治さんでしたが、夕張ちゃんは「黙っててくださいね」と冷たくあしらいます。あははーずいぶんと進展してるんだろうなぁこの二人も。
「まあ統治さんを改造はもちろんしてませんけど、ある意味ではそう解釈してもいいかもしれません。蒼龍さん、思い出してみてください。こちらの世界に来る際、どんなことを思いましたか?」
「え、それは…。の、望に会いたくてたまらなくて、ただ切に願ったかなぁ…?」
「やっぱりですか。もちろん、私も同じように願ってこちらに飛んできました。おそらく、それが要因でしょうね。まず大前提として此方に来る際には、次元の障壁を越えなければなりません。その為にもより確実にこちらへ飛ぶためには、こちらの世界の座標を指定しなければならないわけで、その座標指定者であるのが統治さんや、七星さんなわけです。つまり指定された人物は、すでに非現実的な何等かを受け、すでに現実の輪から外れてしまったのでしょう。たとえ、日常生活に支障がなくともです」
すらすらと説得力のあることを言う夕張ちゃんに、私はまたもやポカンとしちゃいます。あれ、私の方が年上だよね…あれ?あれれ…?
「ゆ、夕張ちゃんすごいね。そんなにも難しい事、すらすらわかるんだ」
「え、いやーあくまでも仮説による仮説ですけどね。そもそも証明にまでは、至らないわけでして、まだ本質を突いたとは言えないでしょうし…」
とは言うけど、夕張ちゃんはちょっと照れた様子を見せてきます。やっぱり褒められれば素直にうれしい年頃なんですね。
「ともかく、それを立証する必要があるな。俺はみんたくに連絡を取ってみるが…。蒼龍、お前は大滝…だっけか?そいつに連絡頼む。鳳翔がお越ししたって言う、七星の友人にな」
どうも。飛男です。不定期不定期。そんなわけで投稿速度がランダムですねw
蒼龍視点では、こんな感じになっています。いうなれば、望の存在が消えたことで、世界がつじつまを合わせようと記憶を改ざんした感じです。
もう少し望が鎮守府での立場を確立させてから投稿しようと思ってましたが、さすがにそれでは蒼龍ヒロインなのにどうなんだろとか思って、前倒しました。こっちもこっちで、動かすキャラの固定化が成されてく事になるでしょう。
それに今回は少し、中途半端な感じで切ってます。何と言いますか、おそらく霧のいいところまで書くと1万は確定的に超えると思ったんで、切れるとこで切っておいた感じです。
では、今回はこのあたりで。また次回お会いしましょう!