Real-Matrix   作:とりりおん

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デコード漬けになったりなんだりで、投稿が遅くなってしまいました。ごめんなさい。
それともう二つ謝罪しなければいけない事があります。まず、今回文字数多いのに話がろくに進まない事です。もう一つは、前回後書きの宣言にも拘わらずこれでMatrix-1が終われなかったという事です。


遭遇に次ぐ遭遇

 ずずず。

 すっかり伸びきってしまったうどんをすっかり冷めた汁から無感動に啜りながら、朝川龍輝少年は自由帳の最初の数ページをぱらぱらとめくる。たったさっき余白を埋めにかかったばかりのもので、殆どは真っ白だ。だが埋まっている数ページを読み込んでいる彼の眼差しは真剣そのもので、あたかも試験本番に向けてセンター古語を総ざらいしている受験生のようである。

 一方、一連のトラブルの原因である――と言っても龍輝が自ら関わっていったのでそう断じるのは無責任だが――犬のような狐のような、紫の体毛で覆われた妙ちきりんな生物、ドルモンは床に腹ばいになって寝ている。安らかな表情で身じろぎもせず、時々むにゃむにゃと喃語している。夢路を彷徨っている最中だろう。先刻命の遣り取りをしたばかりというのに、この緊張感のなさと来たら。全く羨ましいな――と龍輝は恨みがましそうな目でドルモンをじろりと見やった。彼はといえば、あの壮絶な体験――デビドラモンと相見えた時の事がふとした瞬間脳裏を過ぎる度、全く生きた心地がしないのだ。この先あんな目に何回遭えばいいのか……胃が痛い。

 

 彼が目を通している自由帳の暫定名称は「デジモンノート」――というまあ捻りが無いもので、ドルモンの事、デジモンの事、デジタルワールドの事、あの不可思議で超常的な精密機械――ドルモンによると、“デジヴァイス”というれっきとした呼称があるそうな――について、判明した事実、そこから推測できる事項を書き連ねていく記録帳だ。買ったまま使い道もなく放逐されていたノートに生き甲斐を与えてやれたので、大変有意義な事である。

 現在埋まっているのは一ページ半だ。不測の事態に対して考えを練る為には、決して狼狽えない事、そして情報をなるたけ収集できる事が必須だ。龍輝とてそんなにデジモンに遭遇したいかというとそうでもないし寧ろなるべく遭遇したくないので、情報はドルモンとデジヴァイスから搾り取れるだけ搾り取りたい。まだまだ情報が欲しいところだ。

 

 そういうわけで、ここ一、二時間の実体験とドルモンが疲れて寝てしまう前に行った事情聴取より、一ページ半の情報を抽出できたわけである。

 まず、しっかり押さえておかねばならなそうな用語の定義を列挙すると。

 

 デジモン――デジタル・モンスターとは二進数の電子生命体で、デジタルワールドというこの次元とは位相を異にする世界が郷里である。

 

 デジタルワールドに対して、この世界の事をリアルワールドとデジモン達は呼んでいる。

 

 ドルモンや先程交戦したあの禍々しい黒竜、デビドラモンはデジモンに分類される。

 

 デジモンにはデータ・ウィルス・ワクチンという三属性があり、おそらくは三すくみの関係にある。

 

 Child――子供、Adult――大人というレベルも存在する。

 

 テイマーとは、デジヴァイスを用いてデジモンをサポートしつつ、その戦いに参与する先導者であり、指導者であり、後援者である選ばれた存在である。

 

 デジヴァイスとは、テイマーに与えられた多分にその意識とリンクしてシステムを稼働させる、特殊な機器である。対象のデジモンのデータを分析したりデータを吸収したり、或いは0と1を消費して、属性を書き換えたり障壁を形成したりも可能である。デジタルワールドに帰属する機器であるとほぼ断定できるが、文字は何故か英語で表示される。

 

 レベルについては、デジモンを直に知っているのは僅かに二体――即ちドルモンとデビドラモンだけなので、子供と大人という段階が広汎に言えるかどうかは現時点では不明だ。デビドラモンはAdultであったのでChildはドルモンだという事になるが、先程こっそり採ってみたドルモンのデータは、

 

 『Name - DORUmon

  Level - Child

  Type - Beast

  Attribute - Data』

 

 というものであった。

 まだドルモンに成長の余地があるという事の表れなのであろうか? テイマーというものは要するに、発展途上段階にあるデジモンと共に戦いながら成長の手伝いをする者の事であるのだろうか? 

 また、ドルモンのアルファベット表記の「ドル」の部分が何故大文字表記なのかという疑問も残るが、熟慮しても現時点では解答に漕ぎ着けないと思われるので、それについて龍輝はあまり気にしない事にしておいた。

 

 また、上記の一般的な事柄に加えて、ドルモンという個体に目一杯フォーカスして見えた事柄を列挙すると。

 

 ドルモンは、ロードナイトモンというデジモンに、数年間育てられていた。

 

 このロードナイトモンというのはデジタルワールドの守護の座にある“ロイヤルナイツ”という大変誉れある集団に所属していた。平たく言うと「凄いデジモン」であった。

 

 暮らしていたのは、遥か天空に浮かぶ庭園世界で、その中心に聳え立つ壮麗な城だった。そこから出た事は、今まで一度も無かったとの事。

 

 ドルモンには何やら絶大な力が秘められており、それを以てデジタルワールドの危機を救うために、此処リアルワールドのテイマーの元へ派遣された。よってテイマーにはドルモンの潜在能力を最大限まで引き出す義務があるらしい。

 

 育ての親であるロードナイトモンは、ドルモンをリアルワールドに連れて行く途中で「リリスモン」というデジタルワールドの七大魔王という大変恐ろしい集団の一員に殺されてしまう。ドルモンはロードナイトモンのお陰で無事に逃げおおせたが、心に度しがたく深い傷を負ってしまった。

 

 突如として交差点に出現したデビドラモンは、そのリリスモンがドルモンを抹殺するために送り込んできた刺客であった可能性があるらしい。ドルモンは相手が自分が龍輝の家に潜伏している事を発見し、家を壊しに来るかも知れなかったので、それを防ぐために窓を開けて外へ出たのだとか。

 

 また、デジタルワールドには独自の文字が存在する。しかし、ドルモンと日本語で会話が普通に出来ている事から、その文字は日本語に対応している可能性が極めて高い。更に、デジヴァイスの表示文字は英語であるので、英語にも対応しているかも知れない。此処から述べられるのは、デジタルワールドとリアルワールドは深い関係性を持つはずだという事だ。

 

 文字の件はひとまず忘れて、ドルモンに纏わる話を整理すると、非常にえらい事になっているようだと龍輝は頭を抱える。

 

 空中庭園だとかはファンタジー過ぎるし、ロイヤルナイツとか、七大魔王とかも勿論ファンタジー過ぎるが、名前を聞くだけで何か背筋を悪寒が駆け抜けるようなものがある。特に七大魔王。それがドルモンを亡き者にしようとしているのだとしたら、その保護者である自分の命も必然的に危ない事になる。

 

 そうは言っても龍輝は無責任な男ではない。それどころか責任が服を着て歩いているような男だ。ドルモンを見捨てるような真似は未来永劫、金輪際しない。だからこそ頭が痛いのだが。

 

 このように情報がある程度集まったはいいが、龍輝はどうしたらいいのか全く分からない。

 というか、偶々ドルモンを拾っただけの縁で此処まで大層な話に巻き込まれる――どころかその主役になりつつあるなんてどういう了見なんだろうか。

  

 ドルモンがこちらの世界に来なければならなかった根本的な理由とは何なのか。要は――デジタルワールドで一体何が起こったというのか?

 自分は――朝川龍輝という17歳の青二才は、何故“テイマー”などという大層な地位に任ぜられてしまったのだろうか?

 具体的には何をすればいいのか?

 

 何にも増して具体策の如何が重要であるのだが、それなりに蓄積された情報量に反して、そういう肝心なことが何も分からない。ドルモン自身何故自分がリアルワールドに来なければならなかったのか何も分かっていないのは大問題だ。

 それには目を瞑ってやる事としても、具体策如何という問いに対して、デジモンとの戦闘を重ね経験値を積んでいくのが答えなのだとしたら。龍輝としては御免被る話である。そう何度もデビドラモンのようなデジモンと死ぬ思いをして戦わねばならないのは堪ったものではない。心臓が持たないだろう。

 もし神という存在があるのだとして。どうしてこうも無責任なのだろう。仮にデジタルワールドとこの世界が浅からぬ関係性を持っているのだとしても、異世界の、それも全く事情を分かっていない人間の元に使命を押しつけるなんて。

 

 (どうしてこうなった……)

 

 ノートを一旦ぱたんと閉じ、夜の底よりも深い溜息をはあーと吐く。人生とは理不尽である。龍輝少年は齢十七にして身を切るような真実を目の当たりにしてしまった。

 とりあえず予てからの使命であった母親の見舞いは無感動に淡々と済ませ、花を置いてさっさと帰ってきてしまったが、それもこれもデジモン故なのである。龍輝の脳内はデジモンという謎の電子生命体にウィルスよろしくすっかり侵食されている。そしておそらく、今後は脳内のみならず実生活を侵食される可能性すらある。繰り返すが、偶々ドルモンを拾った縁というだけなのに。

 

 ゲームが面白いのは、実際に自分が勇者で魔王を斃さねばならない使命を背負っておらず、あくまで勇者を上から傍観する立場である限りに於いてだ。観客というポジションに安んじるのが一番楽で楽しい。

 

 やけ酒を呷るが如く龍輝がプラスチックのカップから冷たい汁をがぶ飲みした。が、そこではたと気付いた。

 ドルモンの方が余程可哀想じゃないか。まだ幼いのに、デジタルワールドのメシアたる役目を文目も分かぬまま押しつけられ、親のような存在を失い、一人で霧中に投げ出されたのだから。しかも、その姿を想像だに出来ない異世界に。ドルモンは偶々ドルモンだったという理由で、冷酷な運命に引き摺られていかねばならなかった。 

 そう考えてみれば、何故かテイマーに選ばれてしまった事や、お先真っ暗……とまでは行かなくてもどうすればいいのか分からない状況にも、甘んじられる気がした。途端にすうっと、龍輝の頭やら腹やらから痛みが引いていった。

 

 のは良かったのだが。

 

 突如、静寂を破るものが出現した。ドルモンの喃語ではない。

 龍輝の思考回路、五感が直ちに臨戦態勢に入る。

 ポーンポーン。サイバネティックで柔らかな高音が響いている。

 喩えるなら――エレキギターで、ナチュラルハーモニクスを規則的なリズムで鳴らしているのに近い。いや、あの音がもう少し歪んだと言った方がより近いか。

 程なくして、龍輝はその音源が何なのか気が付いた。机の上、右方に置いておいた四隅の凹んだ濃紫のデバイス――デジヴァイスだ。       

 

 (デジヴァイスが……鳴っている?)

 

 非常事態。龍輝はきりっと眉根を寄せる。

 龍輝が即行で空のカップを竹箸ごとゴミ箱に放り投げデジヴァイスを手にすると、その瞬間に警報音は止んだ。その代わりにディスプレイの明度が数段階上がり、文字が表示されているのが明らかになる。

 

 『Caution!

  Digimon Appearing』

 

 (ドルモン以外のデジモンが、近くにいる……!?)

 

 白く発光するセンテンスを両眼に映し取ると龍輝ははっと息を呑み、次いで軽く舌打ちをする。出来れば避けたい事態だったが、早速そうは行かなくなったらしい。

 加えて彼はある恐ろしい事に気が付き、さあっと血の気が失せるのが分かった。そう言えば、最初にドルモンとデビドラモンが対峙しているのを目撃した時、上空に居たデビドラモンは二体だった。しかし、自分達が倒したのは一体。では――もう一体は?

 

 「ドルモン起きろ、ドルモン! 緊急事態だ!」

 

 龍輝は床に寝そべっている紫色の動物を全力でがくがくと揺さぶった。その激しさたるや、乗って健康になるフィットネス機器の速度を最大限まで引き上げたような感じだ。

 最初こそドルモンは激震にも素知らぬ顔で眠りの底にいたが、段々安らかな笑顔が消えていき、遂に瞼が僅かに持ち上がってトパーズの瞳が隙間からのぞいた。

 

 「ん~~~。リュウキどうしたの~? ドルモンせっかくねてたのに~……」

 

 「デジモンだ! 臨戦態勢に入らないと!」

 

 「ふえ~~~……?」

 

 龍輝の鬼気迫る表情と語調――何より話の内容に流石のドルモンも両目をぱちくりさせると、途端に驚いたような表情をして、今度は横にごろごろ転がって暴れ始めた。

 

 「たいへん~~~! しんじゃう~~~~!!!」

 

 「ドルモン落ち着け! 落ち着かないと、死にたくなくても死んでしまうぞ!」

 

 「ドルモンしぬのいや~~~!!!」

 

 「だから落ち着くんだ!」

 

 ばたばたと泣きながら暴れるドルモンに何とか龍輝はのしかかると、デジヴァイスを持っていない右手に全体重を掛けて押さえつけた、というか押し潰した。これから出撃または迎撃しなければならないというのに押さえつけるとは些か矛盾しているような気もするが、細かい所は気にしない。

 ドルモンは白い毛に覆われた腹部に掛かる凄い圧力に、苦しそうにきゅーと鳴いて漸く沈静化した。そうして事態も沈静化したものと思われた――が。次に待っていたのは驚愕だった。

 

 「これは……お騒がせして大変申し訳ありませんでした」

 

 男の声がした。柔らかで、良く練られた声が。

 神の啓示の如く、何処からともなく。

 

 「――!?」

 

 龍輝は思わず目を見開いて辺りを見回した。ドルモンは龍輝が腹から手を離してくれないので、息苦しくてそれどころではないらしい。

 

 (今の声は、一体……)

 

 恐らくデジモン――だが、デビドラモンの来襲を予想していた龍輝にとっては、後頭部をがんと殴られる位の衝撃はあった。

 整理整頓された机、整然と本の並んだ棚、きちんとしたベッド。可視光線の吸収反射という世界の限りでは、そこには自分の部屋が相も変わらぬ小綺麗な様相を呈しているだけである。変化はない。

 だがその時。まさしく白昼夢の様な事象が発生した。

 

 ドアの近くに姿を見せ始めたのは――煌めく細氷の粒子群。

 その量と密度を指数関数的に増大させていくと、やがて十重二十重に螺旋を描き出した。その内部に生まれるは薄光を放つ空間。蛇に巻き付かれた卵の様な。 

 龍輝が固唾を呑んで刮目していると、やがて薄光の卵殻中央に微少な亀裂が生じ、見る間に全体へ足を広げていった。

 そうして防護膜も細氷の蛇も粉々に砕け跡形も無くなり、その中からさながら雛の如く生まれ出でたものは。

 

 純白の鳥人。

 非常に高さのある、均整の取れた体躯。新雪の如くに清浄な羽毛を持つ鳥、それが人間の戦士の姿を取って現れたような。

 腰から下げた一振りの長剣、中身が一杯に詰まった矢筒、純銀の胸当て、篭手。大天使ミカエルの様に侵しがたく崇高な雰囲気を纏っている。しゃがんでいる状態の龍輝にとっては、その位非常に神々しく圧倒的であった。

 

(これも……デジモン、なんだよな……?)

 

 超常現象に対する耐性はこの一、二時間で相当高まったものと思われたが、それでも龍輝は目を見開き硬直しないわけにはいかなかった。デジモンというと獣染みたものしか今の所知らない――たったの二体ではあるが――彼にとって、眼前の光景は異質に過ぎる。

 殺意はなさそうであるし、敵でもなさそうである。もし敵だった場合、万が一にでも勝てる気がしない――というか生き残れる気もしない。しかし――何故こんな所にデジモンがいる?

 考えても仕方無いので、取り敢えず、情報収集の一環としてデジヴァイスに相手のデータを採ってもらう。デジモンノートを引っ張ってくる余裕がないので、ひとまずは測定結果を見るだけだ。

 

 『Name - Valkirmon

  Level - Ultimate

  Type - Warrior

  Attribute - Free』

 

 ディスプレイは無感情に語る。だがそのセンテンスは龍輝は愕然とさせ、次いで戦慄させた。

 

 (アルティメット……究極!? 子供(Child)大人(Adult)だけじゃないのか……? しかも属性はフリーって……)

 

 子供、大人という生温い成長区分を通り越して、現れたのは究極の域に達した者。その上、三属性の枠組みから自由になっている。既成観念でごりごりに凝り固まる前とはいえ、その冷然としたデータには軽く身震いさせられる程の力があった。

 相手が攻撃してこない以上、今後も攻撃されない事が期待されるのでそれに関しては安心だが。暫くの間、龍輝は本当にどうしたらいいのか分からず、ディスプレイに視線を釘付けたまま動けず、声も出せないでいた。

 

 「その……あなたは一体、どちら様ですか……?」

 

 やっとの事で絞り出せたのはややナンセンスな問い掛けだった。相手の鳥人はそれに対し、微かに口元を緩めたかのように見えた。

 そして次の瞬間龍輝が最も驚いた事に、彼は――恐らくヴァルキリモンというのであろうデジモンは――、流麗な動作で跪いてみせたのだ。騎士が、主君に対して忠誠心を示す時のように。そして、その唇から滑り出された言葉にもまた、驚かされる羽目になった。

 

 「ドルモン、そしてそのテイマー殿。初めまして。わたしはヴァルキリモンと申します。改めて、お騒がせしてしまったようで申し訳ございません」




デジモン初心者の龍輝君に寄った視点で話を書いていたら、どうしても説明と内面の描写が多くなって、話が進みませんでした。これだけお待たせしたのに申し訳ないです。でも……後悔はしていません。
次で色々判明しますし話も進ませるので、もう少しだけお待ち下さい! とりあえずテスト勉強に戻ります……

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