Real-Matrix   作:とりりおん

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ようやく……ようやくデュークモンのターンです。


闇の闘士との邂逅

 一面が黒い。一切の可視光と穢れをにべもなく撥ね付けた、至高の黒だ。

 

 光あるデジタルワールドと位相を異にするこの空間は、同じ電子空間でありながら虚空に走る回路が全く見受けられない。漂着し沈滞しているデータが雑然としており、しかもほぼ未分化の状態で存在意義をしかと持っていないせいだ。ただそのデータどもはひたすら不快なものであり、その内容を認識し得る者が触れ情報処理機構にて解析をしたならば、まともな精神状態をまず保てないような代物だ。

 

 空間には視覚的な広がりも方向性もまるで無い。紙を広げたようにただひたすらのっぺりとしており、どれ程進もうが景色がまるで変わり映えしない。更に、漂流しているデータの性質が空間の厭わしさに拍車をかけている。

 何らかの理由により此処にいるのを強制されている不運な者の精神力を、少しずつ着実に削っていくであろう事は想像に難くない。脱出する方法を見つけ出す前に、狂気に走るか自ら命を絶ってしまう可能性は高いだろう。肉体的なり精神的なり苦痛を与え続けられるよりも、「永遠に何もない」方が、時によっては遥かに恐ろしい拷問なのだから。

 

 ***

 

 黒でべったりと塗りつぶされたキャンバスに、高貴な色が上塗りされていた。

 真紅、黄金、そして白銀だ。

 光源など何処にも見当たらないのにもかかわらず、自ら輝きを放っているかのように鮮烈なそれらは、不定形のデータの混沌の中唯一確固たる、そして強い存在意義を持っているかのようで、あまりに場所にそぐわない様相を呈していた。

 三つの尊き色は、果てがあるとも分からない均質な闇の中をひたすら何処かを目指して突き進んでゆく。そのテクスチャーを貼り付けた異質な存在――即ち不幸にもこの空間に留まる事を強いられた者――は二つであった。

 

 一つは、騎士である――紅蓮の外套を緩やかにはためかせ、曇りなき白銀の甲冑に身を包み、目映い黄金で外周を縁取った大盾と円錐形の槍を携える。総じて明度や彩度が高い色を纏っているが、与える印象は至って静謐なもので、しかも卑俗さではなく誇り高さと高潔さを備える。

 彼の濁りなき黄玉に譬えうる双眸は、正面をしっかりと見据えていた。その視線はこの空間にあっては驚くべきことに、確固たる信頼と、希望に支えられているのが感じ取れる。

 

 騎士の目線の先にいるのは、もう一つの存在――言うなれば、幽鬼である。

 騎士が盾と槍を用いて空間を掻き分けるようにして進んでいるのに対し、彼は急に姿が闇に溶け消えたと思うと、より遠方に突如姿を現すという様に移動する。その神出鬼没然さはまさしく夜陰を彷徨う亡霊であり、電子生命体の活動でありながらサイバネティックに見えないそれに、剛胆な騎士も初見では少なからず吃驚したのであった。

 幽鬼の全身を覆う漆黒の鎧はこの画一的な空間とほとんど同化し視認が難しいが、肋や足の部分に施された真紅の意匠、それと同じ色をした腕の代わりにある長剣は骨や血管のように生々しく浮き上がって見えるし、肩部にある巨大な目玉がしきりに動きながらぎょろぎょろと周囲をねめ回しているのはいやらしい程目立っている。それらの不気味なことと言ったらこの上無いが、背まである長い金髪の煌びやかさがそれを幾分和らげていた。

 

 「――近いぞ」

 

 幽鬼は低く呟いた。おどろおどろしい外見に似合わず、妙に透き通ったよく通る声である。

 彼は少しばかり右後方を向き、騎士に視線を寄こした。それを受け、彼は西洋式の槍の尖端をやや上方に向け、前方を庇うように大盾を構える。

 

 

 「デュークモン……決して抜かるなよ。お前が足を引っ張ろうものなら、瞬く間にオレもお前も此処でデータの塵に混じる事になる」

 

 幽鬼の後方を行く騎士――デュークモンは、台詞を真剣に受け止めつつ相手に倣って返した。

 

 「百も承知。此処を脱出するには、それ相応の代償は必要だという事であろうからな。貴殿の方こそ油断するなかれ、ダスクモン?」

 

 「ふん、オレはこれでも古代十闘士の継承者だからな。『闇のスピリット』の力を甘く見るなよ?」

 

 幽鬼――ダスクモンの不敵な笑いと共に、鮮血に濡れたような長剣の刀身が妖しく煌めいた。

 

 ***

 

 時は少し前に遡る。

 

 「我が神、我が神、何故我を見捨て給いし」

 

 デュークモンはそう叫びたい心境だった。

 

 神というのは勿論ロイヤルナイツを放逐して久しいイグドラシルの事ではないし、デュークモンが願えばどんな有用な働きもしてくれる謎の原始プログラム「プレデジノーム」の事でもない。存在しているのかどうかも分からない神に向かって喚き立てたい程、彼の精神は追い詰められた状態にあった。

 

 どろどろとタールの如く粘稠に流れる空間が、四肢に纏わり付いてくる。

 堕天せし魔王、デスモンが死ぬ間際に起動したプログラムにより此処に放り出され、かなりの時間が経ったような気がする――おそらく二日か三日くらいだろう――が、移動には全くもって慣れない。足を落ち着ける地面や床が一切なく、全身はさながら底無しのタール沼に沈んでいる。

 流動体の空間はその抵抗力で甲冑を纏った巨体の移動を困難なものにする。槍と盾をオール代わりにして空気を掻き分け進むも、抵抗力に加え殆どゲル状の空間の稠密さにはろくな推進力が得られない。非常に冷静かつ温厚な彼にとってすら、苛立たしく気が狂いそうな事この上ない状況だ。

 

 加えて、この不快極まりない空間を造り上げているのは、同様に不快極まりない内容を意味するデータに違いなかった。実際、データ探知センサーに引っ掛かる浮遊データから、呪詛や怨嗟の音無き呟きが延々と聞こえてきて電脳核(デジコア)情報処理機構に浸透していくのだ。

 しかし、厄介なことにセンサーをオフにする訳には行かない。データ取得を放棄するというのは即ち情報収集を諦めるという事であるし、このけったいな空間から脱出するのを諦めるという事である。プレデジノームの接続圏外になってしまった今、泥臭く脱出方法の尻尾を探す以外にないのだから。

 

 黄玉の瞳が上方を見上げた。デジタルワールドの空に視認できる電子回路はなく、一面乾溜液の濁った黒で塗りたくられている。もはや上方と下方の境界面も分からない。距離感もない。

 はあ、とデュークモンは鎧の下で溜息をついた。デジモンはレベルが上がるにつれて、情報処理機構内が高度に様々なデータを仕分けしてくれるようになるため、外界からの情報流入を断って自己の情報整理をするために眠る必要がなくなる。こんな時こそ眠って意識を手放してしまえたら良いのに、とふと幼年期のデジモンやリアルワールドの人間が羨ましくなる。

 精神力はがりがりと削られていく一方だ。

 そうして、さしものデュークモンも精神的に疲弊し、進むのを止めようと思いかけた時だった。

 

 「――!」

 

 彼は思わず身震いした。

 波動感知センサーをねぶられた様な感覚だ。

 

 (何者かに見られている――?)

 

 そのようだが、センサーが馬鹿になってしまったのか、どの方角、どの位離れた場所に自分を凝視している対象がいるのか判然としない。

 

 取り敢えず槍を構えその場に静止していると、ぼんやりと前方から何者かの姿が浮かび上がってきた。

 

 体格は人間とほとんど変わりない。ほとんど闇に溶けそうな鎧を纏い、対照的に煌びやかな金髪をなびかせる。腕の尖端には手の代わりに恐竜の類の頭蓋骨を模したものが取り付けられており、その喉の奥から真紅の長剣が伸びている。デュークモンを真っ直ぐ見ているのは、刀身と同じ色の瞳である。

 一見するとダークエリアに居を構える魔王の騎士のようだが、実際にダークエリアに立ち入った事のあるデュークモンはこのようなデジモンを目にした事はない。

 相手を黄玉の瞳で見据えたまま黙っていると、先方が口を開いた。

 

 

 「ふ、襲ったりするつもりはない……そうする価値は無いからな。誰だ?」

 

 「――デュークモンと申す。初見披露」

 

 相手の台詞に何か毒気を抜かれ、デュークモンは臨戦態勢を解いて名乗った。

 

 「デュークモン、か。見た所、かなり誉れの高い騎士のようだな」

 

 相手はもの珍しそうな目でデュークモンの白銀の甲冑や紅蓮の外套、槍や盾を観察しながら言った。

 

 「一応は――な」

 

 実際誉れ高いどころではない。デュークモンはネットセキュリティ最高位の騎士――世間ではまだそれでまかり通る――ロイヤルナイツの一員である。

 ロイヤルナイツのネームバリューはすさまじく、詐称して方々で恩恵に与ろうとする輩は決して少なくない。しかし、その圧倒的な知名度に比べ、具体的な構成員については大衆の知るところではないのだ。それ故、詐称もまかり通ってしまう。

 従って、相手がデュークモンの事を知らなくとも少しもおかしくはないのだ。しかし、相手に自分がロイヤルナイツである事をわざわざ示そうとはデュークモンは思わなかった。権威を振りかざすのは好かない。

 

 「(しか)して――貴殿は?」

 

 「オレの名はダスクモンだ」

 

 デュークモンの全く聞いた事のない名前である。イグドラシルのデータベースにはくまなく目を通しているはずなので、知らないデジモンなど余程の事がない限り存在しない。よもや新種のデジモンというやつだろうか。

 

 「貴殿、何故かような場所に?」

 

 「オレは此処で生まれ此処で育った。リアルワールドは勿論デジタルワールドにも行った事はない」

 

 「――ほう?」

 

 黄玉の瞳が好奇心の光をちらつかせた。デジモンはデジタルワールドで誕生するものとばかりデュークモンは思っていたが、どうやら違うらしい。

 

 「大多数のデジモンからすると、オレの半生は特異に思えるだろうな。フォービドゥンデータがDNA代わりなのだから」

 

 フォービドゥンデータとは、この空間に蔓延している怨恨の塊やら残虐非道な内容のデータを指しているのだろう。

 

 「リアルワールドのサイバー空間、或いはデジタルワールドから流れ出した悪逆なデータ、その漂着地がこの空間だ。『闇のスピリット』を核として、そのフォービドゥンデータ、それと自然淘汰されたデジモンの無念やら何やらが丁度良く凝固して生まれたのがこのオレ、ダスクモンというわけだ」

 

 「闇のスピリット――とな?」

 

 デュークモンの瞳が少し見開かれた。ダスクモンの恐ろしげな生い立ちよりも、興味を惹かれたのは別の部分であった。

 

 スピリットというのは、デジタルワールド古代期に史上初めての「究極体」として出現した十闘士の遺産であるマテリアルだ。それらは天にまします三大天使に引き継がれた後、世界を属性毎に区分した十のエリアに一つずつ配置される運びとなったらしいが、そのエリア区分は今や跡形も残っていないし、スピリットは何処へ行ったのか全く不明なのだ。それこそロイヤルナイツが皇帝竜の聖騎士によって正式に発足するよりも前の話である、誰も正確なことを知っているわけがない。

 その半ば風化した伝説と化しているスピリットの一つが、よりによってこんな場所に流れてきていたとは。

 

 「それでは貴殿は、古代十闘士の継承者か?」

 

 

 「その通りだ。まあしかし、その肩書きが現代で通用するかどうか分からんな。……ところでデュークモン、お前は何故こんな場所にいるのだ?」

 

 「このデュークモンの存在を快く思わぬ者に、一方向転送(シンプレックス・トランスミッション)プログラムで飛ばされたのだ」

 

 当たり障りのない程度にデュークモンはそう話しておいたが、これではまるで自分が嫌がらせやいじめに遭ったように聞こえるかも知れない。

 

 「それは難儀だったな。大方自分ではお前を殺すだけの力がないからと言って陰湿な手段に訴えたんだろう」

 

 冗談めかしたダスクモンの台詞がわりと核心に迫っていたのは驚きだった。実際にはデスモンがそうだと明言したわけではないので推測でしかないが、デュークモン自身は奴に己を斃すだけの力はなかったと見ている。

 

 「このデュークモン、やるべき事は山程ある。かような場所で足止めを喰らっている訳には行かぬ」

 

 「――俺が脱出の方法を知っていると言ったら?」

 

 デュークモンの双眸がきっと鋭くなった。今彼にとって最も肝要な話であり、最も慎重にならねばならない種の話題である。意外にも早く脱出の手掛かりが掴めたようだが、希望が須臾の夢幻に過ぎなかったら意味はない。

 甲冑の騎士の警戒しているような表情を一瞥し、ダスクモンは相手に実際的な思考を喚起させるために言った。

 

 「嘘ではないさ。此処がならず者のデータの溜まり場ならば、その通い路なるものが無ければおかしいだろう?」

 

 言われてみれば確かにその通りだ、とデュークモンはすぐさま疑念を払拭し表情をいくらか和らげた。ダストシュートが無ければ、ごみは落ちてくる事はないのだ。この空間でデータが自然発生するという憶測は最初から数のうちに入っていない。0と1の累卵であるそれは全てリアルワールドに起源を発し、閉じられた空間で生まれるような代物ではない。

 

 「お前は脱出したい、オレもこんなつまらん場所からさっさと脱出したい、オレは方法を知っているが、一人ではそれを実行できない――」

 

 「――よって、このデュークモンの協力が必要だという訳か」

 

 デュークモンが言葉尻を受け、ダスクモンは目で頷いた。

 

 「そうだ。決して悪い話ではない。お前はオレがお前を騙そうとしているという懸念をしている――かどうかは知らないが、オレとしては、これは千載一遇のチャンスだ。お前を騙す理由などあるわけがない」

 

 デュークモンが確かにダスクモンが自分を(たばか)っている可能性を考えたのは事実であるが、その必要性は全く見当たらないのもまた事実であった。ダスクモンの話は至って合理的で矛盾点が見当たらないのである。

 デュークモンがこの一様に黒いのっぺりとした空間を巡ってみた結果、気味の悪いデータの屑があちらこちらに浮遊しているだけで、意識を持ち自律的に行動するデジタル生命体――つまりデジモンなど、自分以外には誰もいなかった。帰納的にはこの空間全体がそうなのだろうと思われるので、要するにデジモンなど全くいない空間なのだ――ダスクモンは例外であるが。まさしくデュークモンは“まれびと”であり、唯一無二の協力者となろう者なのだ。そんな貴重な存在を、自分からみすみす逃す手はない。

 

 「なれば、その脱出する方法というのは具体的に如何なるものなのか?」

 

 「ああ。簡単に言うと、此処にはとにかく巨大な化け物がいる。そいつはリアルワールド、そしてデジタルワールドからのデータの通り道を塞ぐほど巨大だ。そいつをデリートすれば、安全にオレ達は此処から抜け出せるというわけだ」

 

 思ったよりも随分単純な方法だが、化け物とは何なのか気に掛かるところだ。そして、「この空間にはダスクモン以外のデジモンがいない」という先の自分の推論を早速撤回せねばならない。

 

 「巨大な化け物、とな?」

 

 

 「あれもまた『フォービドゥンデータ』の権化だろう……見てくれは大蜘蛛に似ている。初めのうちはほんの小さな、取るに足らんようなものだった。一応デジモンではあったがな。長い時間を経て大量に発生したそれらは互いに融合し、巨大なデジモンへと変則的な進化を遂げた。そう、あれはおそらく……幼年期から究極体へと」

 

 デュークモンは驚愕に思わず息を呑んだ。幼年期といえばデジモンの進化段階最初期、究極体というと最終進化段階だ。ダスクモンの言う通りならば、その巨大な化け物は間にある三つの進化段階をすっ飛ばして進化したことになる。

 

 「そんな進化があり得るのか」

 

 「常識的には有り得ないがな。オレは直接見た……巨大な蜘蛛のようなデジモンが、小さな海月(くらげ)に似たデジモンを吸収しているのをな。だから、あれは元々小さな海月が集合して誕生したデジモンではないかとオレは思っている」

 

 「そやつを倒せるだけの算段はあるのか? 」

 

 「心配されなくとも。基本的にオレは機敏に動き回って奴の機動力を落とす――そこへお前が派手な技を電脳核(デジコア)にお見舞いしてやればいい」

 

 これまた随分単純な方法であるが、それが最も効果的であろうことは明らかだった。デュークモンはこの粘稠な空間に足を取られ思うように動く事が叶わぬ反面、ダスクモンは幽鬼の如く瞬間移動をする事が可能である。加え両腕の剣は斬撃に特化しているように見える――つまり敵の足を斬り落とす事が容易そうである。デュークモンは事実“派手な技”を持っているので、彼の役割はおのずと動きが鈍くなった敵に重たい一撃をお見舞いしてやる事となる。

 

 「成る程、支持致す。貴殿の力に大いに期待を掛けようではないか」

 

 デュークモンは素直に心の内を言葉で表した。

 ふと彼はダスクモンは完全体なのか、それとも究極体なのか気になったが、それよりも気になった事があったので彼は尋ねてみた。

 

 「貴殿は此処から脱出する事が叶ったなら、どうするつもりであろうか?」

 

 ダスクモンは何処か遠い目をして答えた。

 

 「オレはとある奴を探している。そいつにはオレ自身勿論遭ったことなぞないが、どうあってもそいつの存在を抹消しろと、オレの中でやかましく騒ぎ立てる奴がいるのでな」

 

 何者かの怨嗟が精神から剥がれ落ち、此処に漂着し、ダスクモンを形成するデータの一端となったのだろうか。リアルワールドでもデジタルワールドでも、新たに生まれる生命自身は何も自身に負うところはない。迷惑極まりない話どころか、可哀想であるとさえデュークモンは感じた。

 

 「大人しくそいつを始末してやれば、オレの中の警報も鳴り止むのだとしたらそうする価値は十二分にある。もっとも、顔を合わせた事のないそいつには恨みもないし、そいつもオレの事を知っているはずがないがな」

 

 見知らぬ奴におよそ真っ当とは言えないような理由で命を狙われる者にとっても、十分迷惑な話である。しかし、デュークモンには今そのような事を考えるのは野暮だと思われた。

 

 「そやつを始末した後は、どうするのだ?」

 

 「さあな、後で考える。どうせ直ぐにそいつが見つかるわけはないからな。始末できなかったときには返り討ちに遭って死ぬのも悪くはない。どちらにせよオレはうるさいアルゴリズムから解放されるしな」

 

 ダスクモンにとっては、まずは呪縛から己を解き放つ事が生きる目的なのだと言えよう。まずは己の生まれた場所、次にあずかり知らぬまま身に受けてしまった呪わしいアルゴリズムを。

 

 (呪縛……か)

 

 ロイヤルナイツ全体に掛けられた、亡霊の如きそれ。主から見放されても尚、自分の存在価値を騎士という地位にのみしか見出せぬ哀れな者達。デュークモンもその一人であるのは言わずもがなであった。ダスクモンとは決定的に違うのは、それを呪縛だと理解していながら、それに掛かっている事に甘んじている――寧ろそれを良しとしている所だ。

 

 「お前は? 自分をこんな目に遭わせた奴に復讐……などしそうには見えんな」

 

 ぼんやりとしていると、ダスクモンが話しかけてきたのでデュークモンは我に返った。

 

 「ああ……生憎、そやつはもう死んでおるのだ」

 

 「ふっ、そうなのか。残念だな」

 

 ダスクモンは可笑しそうに言った。だがそれも一瞬のこと、直ぐに真剣な雰囲気をよろう。

 

 「兎にも角にも、全ては脱出してからの話だ。早速だが、オレは大蜘蛛の化け物がどの方向にいるのか感知できる。後は――分かるな?」

 

 そう問い掛けられ、デュークモンは即答した。

 

 「無論。貴殿に付いていく事としよう」

 

 今や、デュークモンの命運はダスクモンが握っているようなものだ。彼を信用しないと、何も始まらない。

 そうしてデュークモンは、このどろどろとした闇の中を再び突き進んで行く事となった。今度は光へ向かってだ――何しろ、水先案内人がいるのだから。




次回バトルです。
※11/3,超若干改稿しました。

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