Real-Matrix   作:とりりおん

25 / 25
闇を抉るは飛龍の爪 Rage of Wyvern 1

 重々しく閉ざされた、見上げる程に高いヴァルハラ宮のブラックデジゾイド製の門扉は、ロイヤルナイツにしか開けることが出来ない。何重にも施された封印を解くデジ文字と数字が入り乱れた16桁のパスコード――夜が明ける度に変わる――を知るのは、デュークモンも含めるならば、現在6体しかいないはずだ。

 

 重苦しく不穏な熱を伴った電脳核の鼓動に、表層意識が徐々に乱されるのを感じながら、ドゥフトモンは可能性を羅列した。

 

 ――パスワードを割り出したのか。

 

 だがそれは、現実的にはほとんど起こり得ない。当該のロック――門扉の前まで来なければならないが、パスワードを割り出すのに内部システムに侵入するのが、如何に愚かな試みであるかは言うまでもない。ロイヤルナイツが赴かずとも、門扉に内蔵された警備システムが不届き者を一瞬で二進数の塵にする。幼年期も成長期も、究極体も皆神の前に等しく、その存在を地上から永遠に拒絶されるのだ。

 

 そもそも、門扉の前に辿り着くこと自体が恐ろしく困難な所業だ。転送プログラムによる遷移先をそこに設定すれば簡単なように思われるが、ヴァルハラ宮を頂上に冠する霊峰の全域が結界によって守られており、そうしたプログラムの作動は拒絶される。

 つまり、この急峻な銀嶺の岩肌に手を掛けて登って来るしか方法はない。それは、大気濃度の低下に伴う意識の混濁と、細胞の一つ一つを凍り付かせるような冷気に打ち克つということだ。成就する見込みのないことに命を賭けてまで、そんな真似をする数寄者が果たしているだろうか。

 

 それよりも遥かに高い可能性は、思考を拒みたくなる類のものだ。即ち。

 

 ――内部で手引きした者がいるという可能性。

 

 敵は、内部から侵入した確率の方が高いという可能性。

 

 蟻一匹すら通さぬ立派な門を構えていようとも、雨漏りや壁崩れがあっては元も子もない。

 

 「床下から這い出て来たと見た方が現実的だな」

 

 デュナスモンも同意見のようだった。

 ドゥフトモンとは異なり、動揺した様子は欠片も見られなかったが。

 彼の心中では、一度は払拭されたはずだった疑念の暗雲が再び渦巻き始めていた。

 あくまでも飄々とした態度を貫くこの竜人に訝しげな視線を投げかけながら、このタイミングでの敵の侵入について、否が応でも考えてしまうのだった。

 

 何故、デュナスモンが此処を訪れた直後なのか。

 やはり、気配も無しに転送陣を利用した際に、何かシステムに細工をしたのではないか。

 各々の聖騎士に与えられた、己の居城へと続く転送陣の設けられた尖塔。プライバシーの守られた空間である其処は、充分抜け道となり得る――招かざる者共の。

 

 ばさり、と双翼が広げられる。

 

 「ちょうどいい。オレが鼠取りをしてきてやる」

 

 特別感情は込められておらず、許可も求めていない風であった。

 ドゥフトモンは押し黙ったままでいた。

 やはり、これが茶番であるという懸念は捨てきれないのだ。これを布石に、デュナスモンが信用を稼ごうという魂胆ではないとは言い切れない。

 だが、彼の出動を認めない理由もなかった。

 この「第五の間」のコントロールパネルの制御権を手放してまで、自ら敵の相当に赴くなど、それこそ愚かな真似だ。

 そして、ドゥフトモンはデュナスモンの出動を積極的に認めるべき理由を見出している。

 

 (隠された龍の爪牙の鋭さたるや、如何ばかりか――それを見極める良い機会だろうな)

 

 ベルフェモン討伐の勅令が下された際にも、決して討伐隊員に名乗りを上げなかったこの竜人の実力は如何ばかりか、実際に目の当たりに出来る千載一遇の機会だ。

 それは全く個人的な好奇心に因るものではなかった。あくまでも、聖騎士団の司令塔に任ぜられている者として、個々の力量を正しく把握しておく義務があるという考えに基づくまでだ。

 

 それならば事前情報を与えずに送り出すのが正しい実力把握の前提ではあるが、流石に時流がそれを許されないだろうとドゥフトモンは重々承知していた。

 マグナモンが相対して負傷した単眼の魔王は、電脳核の破損とデータの大部分が流出する事で起動する厄介なプログラムの器であった。予想など微塵もしていなかったそれによって、デュークモンが異次元に放逐されるという事態が招かれてしまった。

 実際にそのようなケースが存在するのだから、此処は、分析出来る限りの情報を与えておいて然るべきだ。

侵入劇がデュナスモンの茶番であり、既に相手の手の内は知り尽くしているというのならば無用だが、万が一の場合に備えて保険は掛ける。謀反者だと決定したわけではないのだから。

 

 ――万が一は、万が一にもないだろうと、ドゥフトモンは半ば決めつけてはいるが。

 

 彼は再びディスプレイに翠緑の瞳を向け、自動的に敵のデータをある程度解析してくれるシステムの出した答えを、機械的に読み上げる。

 

 「敵は3体……究極体・データ種と、完全体・ウィルス種が2体。データ解析段階にて異常検知のため、データベース照会は不可能。全個体、旧来のデータベースに未登録の――」

 

 「そのくらいでいい。後で教えろ」

 

 だが助言は無下に、打擲するような語調で遮られた。思わず怯み、言葉を切る。

 いつの間にか、デュナスモンの巨躯は転送陣の上に載っていた。虚空に浮かぶパネルを鋭い爪先で弾き、今まさにセキュリティコードを解除しようとしている。

 

 遥か階下の竜人を見下ろしながら、ドゥフトモンは心底狼狽えていた。先程の問答で、この竜人が不用心ではない、そればかりか思慮深い部類に属する事は既に知り得た通りだ。当然マグナモンの報告を受けてやって来た訳であるから、敵について懸念もしているはずだ。それにも拘わらず助言を聞かないとは――

 ――余程堅固な自信があるらしい。先程、自分をデリートすると宣言してみせた、傲岸不遜さと同意の自信が。

 

 ならばと、彼は手にしたクリップ型の端末を階下に放り投げた。色彩の定まっていないそれは、蛋白石に似た煌めきをちらつかせながら軽やかに落下した。

 

 「・・・・・・これを持っていくが良い。解析出来次第、通達する」

 

 「ああ」

 

 片手でコード入力の作業を続けながらも、あやまたず自分の方に投げられた端末をデュナスモンはもう片方の手で掴むと、襟の高いゴルゲットに挟むようにして引っ掛けた。途端通信端末はゴルゲットの色に同化し、見えなくなった。

 竜人の姿もまた、既にない。

 ドゥフトモンは無言で、ディスプレイの表示をモニタリングに切り替えた。

 

 ***

 

 竜人の躯は一度二進数のヌクレオチドの集合体へと分解されたあと、数秒と置かずに、第一の間の中央に設置された転送陣上に出現する。それらは送られてきた構成データ情報とデータベースに登録された基本データを元に、寸分も違わず元の姿へと再構成される。その間は一秒もない。

 

 ヴァルハラ宮、第一の間。

 

 外門より続く、2、3メートル程しか幅のない狭い回廊を通った先に開ける空間は、アーチ型に組まれた白亜の列柱が脇を固める壮麗な儀式の場である。

 

 第二の間へと続く扉の手前は一段小高くなっており、空間の中央を貫くように敷かれた紺碧のタイルがそこに吸い込まれるように続く。転送陣は道の中央に存在しており、デジ文字の文章が円形に書かれたそれは銀白色に発光して目を惹く。

 

 イグドラシルの予言に導かれて聖騎士の座に就く者は、紺碧の道の両脇に控えた他の聖騎士の立ち会いの下、叙任されるという習わしがある。尤も、刀礼を施されるべき者は未だ顕現しない空白の席の主のみであり、刀礼を施す主たる、聖騎士団を創設した皇帝竜の消息も、杳として知れない。

 

 その皇帝竜は、白亜の彫像となって周囲を睥睨していた。左右の列柱の中央にはそれぞれ迫り出した台座が設けられており、四足歩行の偉容を誇る竜と、手にした剣を天高く掲げた騎士の白亜像が鎮座する。それは皇帝竜の有していた、二つの姿――力と知性という二極を現しているという事実は、聖騎士ならば当然に知っている事であり、第一の間に足を踏み入れた際には、まず二つの像に向かって敬礼の姿勢を取るのが礼儀であるという事もまた、暗黙の了解である。

 

 だが、デュナスモンは堂々と礼儀を欠いた。かつて己にセキュリティの最高守護者という地位を下賜した者の像には目もくれず、入り口付近で群れている敵の一隊に鋭利な視線を投げかけるのみだ。

 

 報告通り、敵は3体だった。

 

 20メートルあまり離れた虚空に浮かぶのは、異形。

 その姿は、何に喩えるべきか判然としない。

 漆黒の角、三本の爪、頭部中央でぬめぬめと輝く、剥き出しの巨大な単眼。

 石灰色の硬皮に覆われた、堕天せし魔王の姿が浮かんでいた。

 

 (ああ、此奴が報告にあった奴だな――デスモンとかいう)

 

 しかし異形の存在に対し目が留められたのはほんの二秒程度であり、さしたる興味もない様子で視線は背後へと移る。

 そこには、これまた異様な風体の者が二体控えていた。

 

 一体は、一切の肉がそげ落ちた、骨のみの堕天使だった。擦り切れた蝙蝠のそれに似た翼を生やし、先端部に黄玉の嵌め込まれた身の丈程もある杖を携えている。落ち窪んだ眼窩から覗く瞳は、視線を投げかけた者を呪わんばかりだ。

 最も禍々しい部位は、剥き出しの肋骨の中央に埋め込まれた巨大な電脳核である。禍々しい波動が絶えず発され、静謐な大気に擾乱をもたらしているのをデュナスモンは皮膚で感じ取った。

 

 (ダークコアか。此奴は確か――スカルサタモン)

 

 禍つ骨に与えられた名称を、デュナスモンは記憶の底から一掬いする。

 通常、電脳核は胸部に相当する部分に人間の心臓と同じく分厚い体組織の中に隠されていて、外部に晒されることなど有り得ない。しかし、肉の大部分を失った生ける屍も同然である暗黒の徒ならば、その限りではない。悪逆なる波動を放ち続け、大気に異常をきたす。

 ダークコアを備えている者を地上で目にする事は稀である。そして、あってはならない事態でもある。

 

 しかし、デュナスモンが興味を抱いたのは、もう一体の従者の方だった。

 

 いや、従者ではないだろう、と彼は考え直した。デスモンともスカルサタモンとも、余りにも異なる風体をしていたからだ。

 加えて、このヴァルハラ宮の騎士道文化的な典麗さと比しても、甚だ異彩を放っていた。

 

 それは立烏帽子と束帯を身に付け、首元と肩に太極図をあしらっていた。その姿は、さながらリアルワールドにかつて居た陰陽師である。しかし墨染めの指貫から覗く剥き出しの足は三本の爪を生やした毛深い獣のもので、烏帽子の下にある面は無論人間のものではなく、狐そのものだ。

 色合いは暗く、陰影を纏わり付かせているようである。

 

 (東方の者だな。何故こんな連中に同伴しているかが分からんが)

 

 だがデュナスモンが思案するよりも前に、神経に障るような高笑い――金属の表面を引っ掻くような嗤い声がけたたましく響き渡った。

 

 「キヒヒヒヒャ、デスモン様、こりゃまた珍しいお方がおいでになりましたよ」

 

 「クカカ、貴様ハ確カ・・・・・・でゅなすもんダッタカ。司令官殿ガオ出迎シテクレルト思ッタガ、コレハマタドウシテドウシテ。中々来ラレヌヨウナ名所ニハヤハリ足ヲ運ブ価値ガアルトイウモノヨ」

 

 黄疸に侵されたような単眼が、瞬きもせずにぎょろついた。隠しもしない高慢さの滲み出る哄笑は、枯れ木がへし折られる破砕音に酷似しており、聞き取りにくい低声は、遥か地の底の闇から這い上がってくるような響きを伴う。

 

 「お前はデスモンだったか――マグナモンにやられたとかいう」

 

 公害と呼んで差し支えない声の応酬に、デュナスモンは聴覚センサーを切りたくなりながら言い捨てた。後半部はわざと声を大きくする。

 

 「ワタシハあーまー体如キニ遅レヲ取ルヨウナ出来損ナイデハナイゾ、クカカカ・・・・・・」

 

 「そうか」

 

 デュナスモンは一歩前に進み出ると、朗々たる声で言い放った。

 

 「量産型でも性能にそこまでばらつきがあるのか。良いことを聞いた。テストしてやろうか? 基準を満たしているかどうか」

 

 「な・・・・・・」

 

 雌黄の眼球が激しく歪み、びきびきと破裂音を伴って血走った。

 

 「き、貴様、ダークエリアに君臨する“破壊の堕天使”にあらせられるデスモン様に対して、何ということを! 不敬罪で裁判に掛けてくれるぞ!」

 

 「コノワタシニ対シ何タル口ノ利キ方! 貴様、誰ニ拝謁シテイルカ分カッテノ大言壮語カ! 減ラズ口ヲ更正サセテヤル!」

 

 漆黒の三爪が開き、掌底に埋め込まれた眼球が露わになる。

 同時に、スカルサタモンの構えた杖の先端で、宝玉が不気味な輝きを増してゆく。

 破壊の閃光が爆ぜた。

 

 「“デスアロー”!!!」

 

 「ダークエリアを漂う塵と消えてしまえ! “ネイルボーン”!!!」

 

 致死の矢が烈空し、その中央を目映い光線の束が真っ直ぐに貫く。

 一本、二本ではない。文字通り、矢継ぎ早に連射される。

 忽ち、空中は光で塗りつぶされた。

 

 「おっと」

 

 光線が放たれたその瞬間――それよりも早かったかも知れない――、デュナスモンは濃紺の双翼を大きく広げた。

 僅かばかり腰を落とすと、一瞬でその場から飛び立つ。

 否―跳んだ。

 天井すれすれの虚空で宙返りした彼の左手の爪の隙間を、濃紺の翼の僅かな切れ目を、角の間を――光線が縫う。

 

 的を外し、内壁に到達したそれは、しかし消滅することはなかった。

 光が刺さった場所から、壁に針が空けた程の穴が空き――瞬く間に、周辺部を錆色へと変えていった。

 須臾のうちに瞳孔が焼き付けた光景に、紅蓮の双眸がすいと細められた。

 

 (侵蝕された――? あんな攻撃如きに?)

 

 そう訝ったのも束の間、デュナスモンは思考を断絶した。

 曲芸飛行が始まる。

 閃光の飛び交う空中を、旋回し、巨躯を捻り、致死の矢と光線の束を完璧に避ける。コンマ一二秒のうちに光線の軌道と次に放たれる一撃の軌道を見抜き、同じくコンマ一二秒のうちに安全圏へと、精妙極まりない最小限の動きで躱す。

 張り巡らされる光のピアノ線の間を、白銀の鎧纏える竜人は潜り抜ける。

 

 極限まで高められた集中力と集中力の相克。

 ただ一体蚊帳の外にあった陰陽師は、眉一つ動かさず死地を見上げていた。表情はまるでない。

 ほんの、十数秒の出来事に過ぎなかった。

 当事者にとっては、極限まで濃縮された、永遠のようだった。

 永遠を抜けて、先に音を上げたのは、ダークエリアの眷属共だった。

 データ枯渇と蓄積された疲労により、徐々に矢勢が落ちてくる。

 息が上がりつつ、喉の底から悪声を絞り出す。

 

 「チョコマカトコザカシイ・・・・・・黙ッテソコニ居直レ!」

 

 「何ですかあいつは! 特別な力も使っていないのに、攻撃がまるで掠りもしないですよ! 軽業師みたいにひょいひょいと・・・・・・」

 

 対するデュナスモンは何の感情も抱かぬ様子で、やがて光の雨が止んだことを確認すると、ひらりと地上に降り立った。

 像の台座に風穴が何個か空けられているのがちらりと目に入ったが、やはり何ら感想を抱かない。

 

 「情けないな。二体掛かりで、しかも不正プログラムを使用しておきながら、この為体か。改良版の開発を提案する」

 

 「何を――」

 

  相手の反抗を遮って、デュナスモンは一段声を大きくした。

 

 「お前達、誰かの手引きで中から入ったものだとばかり思っていたが、どうやら、違うようだな。ロックを解除したのではなく――“破壊して”入って来られたのだろう?」

 

 沈黙。

 動揺の漣が広がる。

 それを微細に察知すると、デュナスモンは畳みかける。

 

 「お前の光線で、壁が蜂の巣状態になった。お前達如きの技で、あんな風に腐食するほどやわな造りはしていない」

 

 「ふん、どうだが――」

 

 「プログラムを仕込まれている以外にない。そう、“破壊”ではなく、二進数ならば問答無用で消去してしまうようなものをな」

 

 数秒の沈黙。

 スカルサタモンは杖にもたれ掛かってわなわなと震えていたが、やがてデスモンは、如何にも貫禄のある体を取り繕って高笑いを始めた。

 

 「クカカカ・・・・・・素晴ラシイ洞察力ダ、感服シタゾ」

 

  相も変わらぬ、不快感を呼び起こす嗤い声がデュナスモンの聴覚を聾する。

 

 「ソノ炯眼ニ敬意ヲ表シテ教エテヤロウ。ワタシトすかるさたもんニ組ミ込マレテイルノハ――Xぷろぐらむダ」

  デュナスモンが眉根を寄せた。

 

 「Xプログラム?何だそれは」

 

 「デスモン様、それ以上のことはいけませぬ」

 

 狐の道士が、沈黙を破ってささめく。

 

 「それを喋ってしまってよろしいので?」

 

 骨の堕天使も追従するように続く。

 が、意に介さぬ様子で、異形の堕天使は大袈裟に両手を広げてみせた。

 

 「マア良イデハナイカ。知ッタトコロデ関係ナイノダカラナ。コレカラ屍ヲ野ニ晒ス者ニトッテハ!」

 

 「さっきこそ躱されたが、貴様がバテて光線が掠りでもしたら、チーズのように穴ぼこになってしまうんだぜ、キヒヒヒャ!」

 

 「そうか。出来るかどうか、製品テストを続けてやろう」

 

 そう適当にあしらうと、デュナスモンは声を抑えて、ゴルゲットに挟んである端末に語りかける。

 

 「――聞いたか、ドゥフトモン」

 

 有り難い事に端末を預かっているので、第五の間にて侵入者の解析作業に取りかかっているドゥフトモンに伝えれば、別に自分が情報を抱え落ちた所で関係ない。

 尤も、くたばる自信など微塵もなかったが。

 端末はヴァルハラ宮で用いられる技術ゆえ、殆ど時間差が生じない筈だとデュナスモンは決めて掛かっていた。

 

 だが、応答がない。

 二秒経とうが、三秒経とうが、応答がない。

 真紅の双眸が怪訝に細められた。きちんと音声を拾ってもらえる程度に話しかけたつもりだったのだが。

 その時、仮想ディスプレイが虚空に浮かび上がり、無情な文言を表示した。

 

 『Out Of Range』

 

 (――圏外?)

 

 その一行が瞳孔に焼き付いた瞬間、思考回路を超速でインパルスが疾駆し、瞬く間に一つの答えを叩き出す。

 

 ――この一帯が封鎖されているのだ。

 

 今度は、金属の摩擦音に似た哄笑が聴覚を侵害した。

 

 「キヒヒヒャ、もしかして通信機器でも使おうとしたのか? 無駄よ無駄。ここら一体は既に異空間なんだからよ!」

 

 「やはりそうか」

 

 自分の推測が正しかったことを確認するや否や、彼は既に別の存在へと目を向けていた。

 

 「道士――お前の張った結界だな?」

 

 水を向けられた狐面の陰陽師は身じろぎもせず、何も言わない。

 

 デュナスモンは出し抜けに、掌底から炎を噴射した。

 

 それは敵のいる方角ではなく――四足歩行の龍の像の安置された、台座の足元目がけてだった。

 

 「クカカカカ・・・・・・何ヲシテイル! 気デモ狂ッタカ! ワタシ達ヲてすとスルノデハナカッタカ?」

 

 「さっきの軽業で疲れ果てて、愚行に走ったかよ!キヒヒヒヒャ!」

 

 外野が騒ぎ立てるが、デュナスモンは何も言わず、台座の足元に視線をやった。

 果たして、赤い炎の舌が、虚空に存在していたものを舐め取っている。

 舞い上げられ黒く炭化しているのは、文字が墨書きされた、朱塗りの符だった。

 

 「当たりか」

 

 ぱちぱちと手を叩く音、たじろぐ声が起こる。

 

 「お見事です・・・・・・デュナスモン様」

 

 「馬鹿な、どうやって見破ったというのだ!?」

 

 「隠行ノ術モ掛ケラレテイルハズダガ・・・・・・どうもん貴様、シクジッタノカ!?」

 

 「勘だ」

 

 そう流すデュナスモンだったが、あくまでもれっきとした知識に基づいた行動だった。

 開闢以来幾星霜、未だに謎と神秘に満ちた秘境と称されるデジタルワールド東方には、不可思議な術を操る術師が居るという。

 彼らが用いるのは主に、呪言を墨書きした符だ。結界を張る際には、四方或いは八方、厄災の出入りを防ぎたい箇所に符を張るという方法が採用される。

 この一帯が異空間、結界の中ならば、方角に沿って符を剥がしていけば元の空間に戻って来られるはずだ。

 

 今燃やしたのは、第一の間の入り口側を南として、真西に位置していた符である。最も自分の近くであり、尚且つ符を何枚使用していようが、ほぼ確実に配置されているであろう四方の一つであったので、試してみたまでだった。

 

 (厄除けの符とは違う。これは全方位対応の結界だ。だとすると、広間の少なくとも八方には符が配置されていることになるが――)

 

 道士は相変わらず無表情で状況を静観している。

 真に警戒すべき相手は誰か、デュナスモンには明白だった。

 

 「――面倒だな」

 

 心底面倒そうに、デュナスモンは構えの姿勢を取った。

 




あんまり全力でぶつかり合うバトルじゃなくてすみません。
追記ですがゴルゲットは鎧の首の部分です。首当てとかにしてルビふった方が良かったかな…

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
一言
0文字 一言(任意:500文字まで)
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10は一言の入力が必須です。また、それぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。