Real-Matrix   作:とりりおん

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久々の更新です&本編入ります。


Matrix-1
二世界の交錯地点 1


 ――誰も座らないまま、永い時を待っている椅子がある。余りにも大きすぎて、誰も腰掛けられない程の椅子が。

 しかしそれは誰かの為に用意された椅子だ。何時の日かその者が座す事を待ち続ける…… 

 

 ドルモンはゆっくりと目を開けた。どれ位眠っていたのかは分からない。一瞬のような気もするし、永遠のように長かったような気もする。脳裏を過ぎったのは、ロードナイトモンが何時も口にしていた言葉だ。どういう意味なのかは良く分からない。だけれども、何時も自分に向けて言っていた。

 

 うずくまっていた状態の体をむくりと起こし辺りを見回すと、あの光の柱はないし、果てない黒き大地もない。ドルモンは自分が異様な空間にいると気付いた。

 

 地面は一様に白い。何か白いものが、もともとあった地面の上に積み上がっているようだ。三角屋根または平たい屋根の、そこまで高さはない建物が道を隔ててこちら側とあちら側にきちんと並んでおり、その入り口と思しき場所の周辺はきれいに白いものが避けられていて、別の場所に積み上がっている。

 

 至る所に建っている灰色の柱の下部には、黒と黄色の虎模様の板が巻き付けてある。上の方を見ると、細い線やら太い線やらが巡らされているのが分かった。ついでに空の色を眺めやると、それは鉛色だった。初めて見る色だ。

 

 何もかも、見た事のない異質な空間。

 そう、ここが。

 

 (リアルワールドってこんなところなんだ~……)

 

 正確には、これはリアルワールドの一部の地域だけに限った光景なのだが、まあ仕方ない認識だ。ドルモンの世界とは今まで、一日中澄み渡る青い空の元、種々の花々の咲き乱れる大庭園とその中央にそびえ立つ天を衝くような美しく荘厳な城――そして、あの恐ろしい暗黒地帯――それだけだったのだから。

 

 ドルモンの、辿り着くまでに感じていた不安や恐怖よりも、好奇心と期待が勝り、胸が躍る。

 早速、自分の横にうずたかく積み上がっている白い山に大口を開けてかぶりつく。

 ふわふわと柔らかくて軽い感触。しかし。

 

 「つめたい~!!!」

 

 ドルモンはのたうち回った。あまりの冷たさに頭がきーんとする。口の中では大量の白いもの――もとい雪が体温で即座に溶け、水となって溜まっている。ドルモンは冷水をぺっぺっと吐き出すと、激しく後悔した。

 

 (なんでもくちにいれちゃだめってロードナイトモンにいわれていたのに~、やっちゃった~)

 

 ドルモンは興味を覚えたものを何でも口に入れるかかじるかする習性があるのだ。ずっと昔、そのせいでロードナイトモンをこっぴどく怒らせ、かなり躾けられたのだが、どうしても本能というものの根本は矯正できないらしい。

 

 再びうずくまりながらちらっと向こうに目をやると、道路の向こう側から三人ほど、楽しそうにおしゃべりをしながらこちらに歩いてくるのが見えた。

 小学生だろうか、あまり背の高くない小柄な少年達だ。うち二人は厚ぼったいスキーウェアの様なものを着ているが、もう一人は何故か半袖短パンという季節感のなさ過ぎる格好をしている。

 

 ドルモンはまだきんきんと冷える口を渋っ面で閉じて、さっと雪山の中に飛び込んだ。まだ積もったばかりなのだろう、固さはなく、ドルモンがその中にすぐ隠れるには十分だった。それに、寒さは体毛がどうにかしてくれるので大丈夫だ。

 

 (これが~……にんげん~?)

 

 目だけ出してドルモンは近づいて来る三人組をまじまじと物珍しそうに見る。

 二本の腕を持っていて、二本の脚でまっすぐに立って歩いている。それが大抵の人間の特徴だそうだ。

 彼らがリアルワールドの主要な住民であること、デジタルワールドを作ったのも人間の中の一人であること、デジタルワールドにいる全ての者は、リアルワールドに存在するものをモデルとして作られていること。

 そして、「テイマー」は、人間しかなれないこと。

 などなど、ロードナイトモンに教えられた事を思い出す。

 

 とすると、ロードナイトモンもこの人間をモデルにして出来たんだろうか? それにしてもちんちくりんだ。

 

 (でも~ロードナイトモンずっとせがたかくてきれいだった~。こんなんじゃない~)

 

 少年達はまだ幼い子供なのだからそんな事は当たり前なのだが、これも仕方ない。

 

 と。

 半袖短パンの少年と、ドルモンの視線が交錯してしまった。

 じーっと見つめ合う悪戯っぽい黒い瞳と無邪気なトパーズ色の瞳。その間、約三秒。

 

 「あれ何だ?」

 

 半袖短パンの少年は立ち止まり、雪山の隙間からのぞく奇妙な二つの目を指差し他二人に話しかける。

 スキーウェアの少年達はそれにつられて立ち止まり、訝しげに指の差す方向を見る。

 しかしそこには白く積もった雪山があるだけだ。

 

 「何だよお前変なやつだな、ただの雪山じゃん」

 

 「冬にそんな格好して歩いてるから、頭おかしくなって変なもん見えたんじゃねえの?」

 

 「ち、違えよ! ホントに今、あそこの雪山から何か見てたんだって!」

 

 半袖短パンは仲間の冷たい態度に声を張り上げて必死で訴える。

 当のドルモンはといえば、雪山にしっかり潜ったのでもう姿を見られる心配はない。

 

 しかし、それは浅慮というものだった。

 

 「じゃあ、あそこ掘ってみればよくね?」

 

 「あ、それ名案」

 

 少年達は意外にも頭の回転が速かった。三人の子供達はドルモンの潜伏している雪山に近付くと、各々容赦なく雪をかき出し始めたのだ。

 

 (やめて~! ドルモンしんじゃう~!)

 

 がつがつと雪をかくその勢いの凄まじさに、ドルモンは殺されると勘違いした。体がすくんで動けない。ロードナイトモン、せっかく守ってくれたのにごめんね。ポロリと涙が零れる。

 でも、どうせ死ぬなら――ひとまずは――死んだふりをしておこう。ドルモンは目をぎゅっと閉じた。

 

 やがて、少年達の努力によって雪山の殆どが崩壊し現れた、目をぎゅっとつむって丸まっている生物--紫の毛並み、犬のようだが所々違う容貌、狐のそれのような尻尾、ぴんと張った耳、背中に生えた短く黒い羽。

 三人は目をぱちくりと見合わせた。

 

 「ほら、いただろ」

 

 「てゆうかこれ……犬?」

 

 「違うだろ。羽生えてるし、色あれだし」

 

 「まさか、モンスター……?」

 

 その言葉に、恐怖と好奇心が入り交じった表情でお互いに顔を見合わせる少年達。

 モンスターというのは確かに正解かも知れない。

 

 「どうする? このまんまにする? 連れて帰る?」

 

 「えーそれはヤバイ。母さんに怒られる」

 

 「オレも」

 

 「じゃあ、とりあえず写メ撮る。クラスのみんなに送ろーぜ」

 

 スキーウェアを着た少年の一人がポケットから携帯を取りだし、ちょうどドルモンの全貌が分かるようにパシャリと写真に収めた。

 その謎の機械音に、ドルモンは思わずびくっとする。

 

 (ドルモンいまなにされたの~? こわい~)

 

 「あ、すげえ。いい具合に撮れてんじゃん」

 

 「あとでおれにもくれよ!」

 

 「これクラスにばらまいたら、大ニュースだぜ!」

 

 携帯を持つ少年と、その画面を熱心に覗き込みはしゃぐ二人の少年。とりあえず死は免れたが、ドルモンは何かとんでもないことが起こっているのだと恐怖した。体がすくんでいようがなんだろうが逃げなければまずい。

 

 ドルモンは死んだふりを直ちにやめ、雪煙を起こしながら、脱兎の如く全速力で走り出した。 

 

 「あっ、逃げた!」

 

 「捕まえろ~!」

 

 雪をもろに被りながら、少年達はたった今写真に収めた不思議な生物の後を追う。

 しかし、少年達が走り始めた頃には、もうドルモンの姿は道路の遥か向こうの点だった。到底追いつけるものではないと三人は即行で諦めた。

 

 「えええあいつ速くね!?」

 

 「絶対モンスターだからだよ!」

 

 ドルモンをそこらの犬や猫と一緒にしてはいけない。その通り、彼はモンスターなのだ。ドルモンが全力で走れば、サラブレッドの三分の二は速い。

 しかし、体力は別問題だ。

 

 「ドルモン~……もうだめ~……」

 

 リアルワールドに来る前にも言ったような事を息を切らして呟きながら、電柱の前でぐったりしたドルモンの姿があった。

 

 ***

 

 「ありがとうございました」

 

 龍輝は頭を下げて挨拶をすると、花屋から薔薇の大きな花束を抱えて出た。

 

 薄紅色、淡黄色、深紅、薄紫と言った色とりどりの艶やかな大輪の薔薇が十本束になって純白のラッピングでまとめてあり、持ち手にはピンクのリボンが綺麗に結んである。鼻を少し近づけると、ラッピング越しに何とも言えない甘い香りがして、龍輝はくらっとなった。

 

 ややくせっ毛のある黒髪で少し背の高い、年齢の割には――彼は17歳である――何処か子供っぽい印象を与える少年に薔薇の花束などというのは何だか似合わない。

 とはいえ、龍輝は別に自分の趣味でこれを買ったわけではない。病気で入院中の母親のためである。彼女は花全般、特に薔薇を愛しているのだ。

 親思いの龍輝は貯金してあったお小遣い三千円分を全てはたいて、高級なフラワーギフトを購入したのだった。

 

 今日高校は終業式の関係上午前中に終わってくれた。空は鉛色だがまだ明るい。今から母の入院する市立病院に立ち寄って、この花束を置いていくつもりだ。

 花屋から市立病院まで最短でいくには、住宅街にある自宅の前を一度通らなければならない。龍輝はその狭い小路を目指して、道を右なりに歩いて行く。

 

 それにしても寒い。制服の上からファー付きのレザージャケットを着込み、目の細かい編み手袋をはめているのにもかかわらず、冷気がそれを素通りして体に入ってくる。零下10度はあるのではないだろうか。ぶるりと身震いしながら、足を無理矢理速く動かす。でないと凍り付いてしまいそうだ。

 

 すると。

 龍輝は目をしばたたき、ついで眉根を寄せた。

 ちょうど病院までの道にある、うずたかく積み上がった雪山に挟まれた電柱の真ん前に、紫色の動物「らしき」ものが寝ているのだ。

 

 (何だあれ?)

 

 ごくごく当たり前の疑問を抱きながら、それにそーっと近付いて行く。

 

 ためつすがめつ不思議な生物を観察する。大きさは大型犬ぐらい、顔は犬っぽいが何か違う、短い上向きの耳、白いお腹、尻尾の先、足の付け根、額に付いた逆三角形の赤い何か。目は閉じているが、開けたらどんな感じだろう。

 犬や猫などの普通の動物ではない。しかし――なかなか可愛い。

 

 龍輝は興味を覚え、身をかがめてつんつんと人差し指でそれの顔を二度三度つついた。そんな事をしても逆襲されない、大丈夫だという根拠のない確信があった。

 不思議な生物は突然の刺激にびくんと身を震わせる。

 

 (……起きてるんだろうか?)

 

 龍輝はその反応を面白がって、もう一度つんつんとつついた。

 紫の動物がゆっくり目を開いた。目全体の大きさは犬や猫のそれよりもう少しあり、愛らしい。瞳は澄んだトパーズ色だ。かなり疲れているようで、目尻が下がっている。

 

 「ん~~~」

 

 まどろんでいる人間が寝言を言うときの反応のように、謎の動物は唸り声を上げた。その声質までが若干人間のそれに似ていたので、龍輝はびっくりしたが、不思議と気味は悪くなかった。

 

 (母さんの所に行くのはもう少し後でいいよな)

 

 龍輝はすっかりこの動物を観察、もといいじるのに夢中になってしまった。

 

 そっと体を撫でてみると、体毛は上質な絹のように滑らかで柔らかく、触り心地が大変良いと分かった。また、尻尾を優しくむんずと掴んでみると、これまた弾力があって素晴らしい。ぐったりと地面に寝た手にあしらわれた肉球のぷにぷにと可愛らしい柔らかさもなかなかだ。

 

 しかし、それら全てより一際目を引く、額で自己主張をする逆三角形の赤い宝石――それだけには、どうしても手を触れることが出来なかった。触るな――そんな警告が、このカボションカットのつるりとした宝玉体から発せられているような気がしてならない。

 

 はっと気が付くと、大きな黄色の瞳が疲れた様子ながら、こちらをじっと見つめていた。

 その目線は正確には--龍輝の右腕に抱えられている巨大な花束に穴が空きそうな程向けられている。色とりどりの艶やかな花の群れをひたと見据えているのだ。

 

 (花?)

 

 この動物は花に何か興味があるのだろうか。龍輝は首を傾げるも、すぐさま腕に抱えていた花束を両手で持ち替え、動物の方へ近づけてみた。

 突如、その不思議な動物はさっきまでの疲れようが嘘のように起き上がったと思うと、花束に鼻の頭をぐっと押しつけた。

 

 (な……なんだ!?)

 

 龍輝がどぎまぎしていると、謎の動物は鼻をふんふんと鳴らし、薔薇の香りを胸一杯に吸い込んだ。その表情はとろんとしており、本当に幸せそうだ。本当に先程の疲れ果てた様子は何処へやら。見たことがないのでよく分からないが、エステでアロママッサージを受けている女性はこんな感じだろうと想像した。

 

 (余程薔薇の匂いが好きなのか? 珍しい動物だなー)

 

 と龍輝が思っていると。

 

 「ロードナイトモンのニオイする~」

 

 「……え?」

 

 不思議な動物が喋った。

 龍輝は一瞬言葉を失って固まった。


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