Real-Matrix   作:とりりおん

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主人公サイドはほとんどグダグダです。
自サイトではなかったロイヤルナイツサイドの視点を、後半部分に新たに書き足しました。


二世界の交錯地点 2

 動物が――いや、動物かどうかも実は謎だ――が喋った。何か謎な単語を聞こえたが、ひとまずはどうでもいい。動物が喋った!

 

 人間以外のものが言葉を話すなんて――インコなどは例外として――あり得るのだろうか? 

 一瞬これは学校が休みに入るという浮かれた心持ちが見せている幻想なのではないかという思いが頭を過ぎったが、ぴゅーと凍気を孕んだ風に吹きすさばれ、現実に戻った。そう、これは現実なのだ――。

 

 しかし寒風のお陰で冷静になってみると、これは明らかに自然界に存在する、例えば犬や猫の様な動物ではない。そういうものが喋ったとしたらびっくり仰天だが、この不思議な生物はその通り不思議なのだ、喋るくらいするのはもしかすると普通かも知れない。

 さてしかし、どう反応したものかと彼が思案していると。

 

 「えぐっ、えぐっ」

 

 「?」

 

 不思議な動物が涙ぐみ始めた。一体どうしたというのか。

 最初は疲れた様子、ついで幸せそうな様子、そしてこれ。全くめまぐるしく態度が変わるな、と思いつつも、龍輝は花束を地面に置き、その生物の頭をそっと撫でてやった。

 べそをかく子供をあやすお母さんのような感じで――優しい言葉を掛けてやる。普通の動物なら、こうはいかないだろう。

 

 「どうしたんだ? 悲しい事でもあったのか?」

 

 ぼろぼろと大粒の涙を白い雪の上に落としながら、不思議な生物は答える。涙には感激のそれが混じっているに違いなかった。

 

 「やさしいね~……えぐっ」

 

 不思議な生物――もといドルモンは先程自分を殺そうとした人間三人組を思い出しながら、自分の頭上を優しく撫でる手袋の感覚に、ほろりとなった。実際には殺そうとしたのではなく、単に雪山を崩してドルモンを携帯で写真撮影しただけなのだが、この際それはどうでもいいだろう。

 

 「ドルモンのだいすきなロードナイトモンが~……しんじゃったこと~……おもいだして~……えぐっ、ぐすっ」

 

 「ロードナイトモン?」

 

 若干素っ頓狂な声を上げて単語を繰り返した龍輝であったが、すぐに彼は冷静になった。国語を得意教科とする彼にすれば、謎の単語が立て続けに二つ登場するのはセンター試験の常なのだ。

 

 まず、ドルモンとは彼、この不思議な生物の一人称であり、すなわち彼の名前である。また、ロードナイトモンとはドルモンの愛していた故人である。それが詳しく誰であるのか、また何故死んだのかは当然分からなかったが、情報は十分だ。

 これと合わせて、さっきこの生物が薔薇の香りを嗅いで言った台詞「ロードナイトモンの匂いがする」だったか――について考えてみる。ロードナイトモンとやらはおそらくいつも薔薇の香りを漂わせていたとかそんな感じで、この花束から発せられる香りが彼――或いは彼女――を連想させたに違いない。

 ところで、語尾のモンとは何だろうか。

 

 これは深い、ついで面白い事情があるような気がする。これは話を聞かねばなるまい。

 しかし龍輝は自分の顔が冷たくなり過ぎて寧ろ熱くなっている事にふっと気が付いた。頬が真っ赤になり、じんじんと痛い。

 

 

 「ドルモン、だよな? ここは寒いから、別な場所に行かないか?」

 

 「うん~。ドルモンさむい~」

 

 ドルモンは涙を零しながらぶるぶると震えてみせた。ドルモンの毛は防寒作用が高いのだが、泣いたせいなのか、体温が下がっていた。

 それに、ドルモン自身、どの道行く当てはないのだ。ここは自分を害さない優しい人間に付いていくしかない。

 

 「じゃあ、ちょっと付いて来い」

 

 龍輝はそう言うと花束を持ち上げて再び右腕に抱え、自宅方面へ歩いて行く。紫色の動物ものろのろとそれに付いていく。

 

 ***

 

 龍輝は母子家庭である。

 

 父とは幼い頃に死別した。兄弟姉妹もおらず、今は母が入院中なので、家にいる人間は自分一人である。

 ここ最近は自分が料理を作るなど自活能力がないために、コンビニ弁当やインスタント食品に頼る日々が続いている状態だ。掃除だって、自分の部屋を片付けるのがせいぜいだ。

 

 母が倒れてから、彼女がどれだけ大きな役割を果たしてくれていたか身に染みて分かった。退院まであと二週間ほどと聞かされているが、果たしてこんな生活ぶりでその期間やっていけるのだろうか、と龍輝は心配だ。

 

 彼とドルモンは二階に上がり、龍輝の部屋に入る。廊下は外気ほどではないにしても寒いが、部屋に入ると暖房が付けてあるのか、一気にもわんと暖気に包まれて心地良くなる。

 

 「ここ、おへや~?」

 

 「そう、俺の部屋」

 

 ドルモンは泣き止んでいたが、少し潤み気味のトパーズ色の両目できょろきょろと内部を見回す。

 あまり大きくはない一段ベッド、灰色のカーテン、白い景色を映す窓、きちんと片付いた勉強机、本が所狭しと並べられた棚。壁には何も貼っていない。

 まあ普通の部屋であるが、ドルモンにとっては新鮮だった。

 

 (ロードナイトモンのおしろとぜんぜんちがう~)

 

 ドルモンの知っている唯一の建造物がそれであるからだ。

 リアルワールドでいうところの、ノイシュヴァンシュタイン城の様に壮麗な造りの白亜の城。列柱に支えられた天井、通路に敷かれた赤絨毯、ずらりと控えた騎士(ナイトモン)達……共通点がない。

 

 龍輝は背負ったリュックサックと花束を床に下ろし、さてどうしようとしばし考えた。

 ドルモンを此処に置いておいて、色々後で話を聞かせてもらったり、あわよくばペットとして密かに飼ったりする訳だが、今何もしてやらずに放っておき、外出するのは悪い印象を与えるだろう。

 

 (そうだ……ああいうの、食べるんだろうか?)

 

 龍輝は思いついたように、机の横に下がっているビニール袋から買いだめして置いたスナック菓子の袋を開け、中身をたっぷり大きな皿にのせドルモンに差し出す。

 

 「こういうの好きか?」

 

 目の前に山の様に積まれた見たことのない食べ物たち。

 焦げ茶色のブロック――チョコレート、薄っぺらくて少し歪曲した、きつね色の小片――ポテトチップス、捻れの付いた短く真っ直ぐな薄黄色の棒――えびせん、細長い、上半分に茶色いものが塗られている棒――ポッキー。

 

 「なにこれ~」

 

 ドルモンは興味津々でそれらを見つめ、やはりふんふんと鼻を鳴らして匂いを嗅いでいる。

 薔薇の香りとはまた違った、糖分の醸し出す甘い匂いと、微かな塩分の匂いが鼻孔をくすぐる。

 

 「食べてみな」

 

 龍輝が言うと、合図のようにぱくりとまずは茶色のブロックを一つ口に含む。意外にずっしりと重い。

 それはすぐにとろりと溶け、甘さがじわりと口中に広がった。何とも言えない素晴らしい味。デジタルワールドにこんなものはないと思う。

 

 「おいしいか?」

 

 龍輝がそう聞くと、ドルモンはきらきらと両眼を輝かせて言う。

 

 「うん~。おいしい~! ぜんぶたべていいの~?」

 

 それを聞いて龍輝は思わず口元をほころばせた。

 

 「いいよ。俺ちょっと出掛ける所あるから、帰ってくるまでそれまでそれ食べたりそこのベッドで寝たりしてな。あまり走り回ったりするなよ」

 

 龍輝は自分のベッドを指差しながらそう言った。口調は完全に子供に言い聞かせるときのそれだった。

 彼は薔薇をまたよいしょと抱えると、扉を開け出て行こうとする。そこを。

 

 「まって~」

 

 えびせんをぼりぼりと食べながらドルモンが呼んだ。

 

 「何だ?」

 

 「おなまえ~、なんていうの~?」

 

 とても無邪気で可愛らしいが、何処か真剣な表情のドルモン。

 名前は普通少なからずこれらかも関係を続けたい者にしか聞かないだろう。

 

 「俺は龍輝っていうんだ。よろしくな」

 

 「リュウキ~? モンはつかないの~?」

 

 「モン……? ドルモンとかのモンか?」

 

 「うん~」

 

 頷いてみせるドルモン。ロードナイトモンとやらの語尾にもついているし、きっとドルモンの世界では、名前の語尾に「モン」が付くのが普通なのだろう。

 

 「付かないよ。モンなんて付いてる奴、見た事ないな」

 

 「そうなの~? ふしぎだね~」

 

 「そうか? とにかく、行ってくる」

 

 「いってらっしゃい~、リュウキ~」

 

 ドルモンに手を振り、扉の外に消える龍輝。

 明らかに二人は、たったさっき出会ったばかりの他人ではなかった。

 

 ***

 

 切り立った崖に、騎士は立っている。

 断崖にぶつかり、散る白波の声を静かに聞きながら。

 

 大柄な体躯に白を基調とした荘厳な鎧と紅蓮のマントを纏った騎士で、大振りな円形の盾と、西洋槍を携える。

 盾は清冽な金で縁取られており、中央には赤い三角形とそれを取り囲む小さな三角形があしらわれている。不可思議な図柄だ。

 

 騎士はぼんやりと遠方を眺めていた。暗雲が煤煙の如く立ち籠める、禍々しい一帯、それを脆い氷柱のように地から天へと貫く発光群が見える。

 あの下には魔族と幽鬼が跋扈し、大罪を背負いし魔王までが住まう、デジタルワールドの冥府「ダークエリア」がある。黒霧は、その瘴気によって生み出されているという噂すら流れている。馬鹿げていると彼は思わない。ダークエリア内にある用件で立ち入った事のある彼は、かの場所で実際にその汚染された大気の如き瘴気を浴びた経験があるのだ。

 

 黙って見ている所で何もなりはしないし、自分に出来る事は何一つ無いと頭の中では分かっているが、こうしていないとどうも心がざわめくのを抑えられない。

 デジタルワールドの行く末が、彼らに委ねられたも同然とあれば。

 

 (ロードナイトモンは、ドルモンは、無事であろうか――)

 

 騎士が溜息を吐くような仕草を取った時。

 

 「我が朋友よ――デュークモンよ。なにゆえそのような場所に突っ立っているのだ」

 

 突如背後から呼びかけられ、思わずびくりとなる。

 

 その毅然とした声質、親しげな物言い――かの者は敵ではない。しかし、随分と迂闊だったなと騎士はひっそりと反省した。

 例えぼうっとしたい時であっても、守護騎士たる者、電脳核(デジコア)波動センサーを切らない事、警戒を怠らない事が求められるだろうから。

 

 やれやれ、心配に取り憑かれてしまい我ながら情けないと思いつつ、騎士がマントをひらりと靡かせ振り向く。

 目映い黄金の鎧を纏った、二足歩行の青き竜の姿がそこにあった。

 

 「マグナモン、貴殿こそこのような場所をわざわざ訪うとは、中々酔狂ではないか」

 

 「何、潮風に当たりたかっただけだ」

 

 そう言うと、黄金の竜戦士、マグナモンはデュークモンの隣へと歩み寄った。デュークモンはほんの少し訝しげな顔をしたが、何も言わなかった。

 ネットの海の潮気を孕んだそよ風が吹き抜け、二人の体を優しく撫でた。

 海原は果てしなく、彼方の景色は薄れ行くようだ。デジタルワールドの大陸や島嶼はおしなべてこの母なるネットの海に抱かれるように浮かぶ。この断崖から世界を俯瞰すると、それが手に取るように分かる。

 二人は暫く、無言で遠方を眺めやっていた。しかし、目に入るのはどうしても同じ風景――暗黒地帯である。

 それに飽きてしまったかのように、やがてマグナモンが口を開く。

 

 「デュークモン、俺が此処に来たのは、実は潮風に当たるためだけではなくてな」

 

 壮麗な騎士の態度は、ごく泰然としていた。

 

 「やはり、そんな所だろうと思っていた」

 

 「そうか」

 

 マグナモンは隣に立つ盟友をちらりと見やると、再び地平線の彼方に見える黒霧立ち籠める地に目を向けた。そして覚悟を決めるように肩を一旦落とすと、またデュークモンに向き合って告げた。何処か弱々しい、低い声で。

 

 「ロードナイトモンが……デリートされた」

 

 デュークモンは澄んだ黄玉色の両眼を見開き、朋友の瞳を見た。マグナモンは辛そうに目をふっと逸らしたが、その綺羅綺羅しい石榴石の瞳には、哀しみとも遺憾とも取れぬ感情が渦巻いているのが見えた。

 

 「……何と」

 

 「……イグドラシルのロイヤルナイツ管理サーバからかの者の反応が消えたと、ドゥフトモンから伝達があったのだ」

 

 デュークモンは視線を落とし固まった。小刻みに瞳を震わせながら。

 あまりの事に暫く言葉が出てこなかった。

 心をウィルスの様に蝕んでいくのは、ひとえに「何故、何故、何故」その思いだけ。

 

 「何故……我々の計画は、完全に内密なものの筈ではなかったのか。何故、ロードナイトモンが……何者がそのような真似をしたのか!?」

 

 朋友の半ば涙声になった問い掛けに、マグナモンはゆっくりと頭を振った。デュークモンと思うことは全く一緒だ。故に、答えを持たない。

 

 「俺にも分からぬ。しかし、一つ言える事は、ロードナイトモンを消し去れる存在など、デジタルワールド広しといえどもそうは居ない――」

 

 ロードナイトモン――薔薇輝石の華麗なる騎士王を、刈り取れるのは同じロイヤルナイツの盟友達か、蒼穹におわす三大天使か大罪を背負いし七大魔王か、デジタルワールドの神位格たる四聖獣か――そんな存在だけだ。

 ロイヤルナイツが同志に仇をなすなど考えも及ばない。ならば、他の存在がロードナイトモンを? それは偶然か? それとも意図的に? 我々の計画が漏洩していたとでも?

 

 息を付かせぬ様に湧き上がってくる疑念の数々に、デュークモンは文字通り呼吸が苦しくなる思いだった。大盾でがつんとごつごつ角張った岩肌の地面を叩くと、やっと心を落ち着かせる。

 流れていた暫しの沈黙の後、デュークモンはようやく口を開けた。

 

 「あのデジモンは……我々ロイヤルナイツの希望は?」

 

 「ソレハ忌々シクモりあるわーるどニブジテンソウサレタ……ろーどないともんトイウ大キ過ギル犠牲ヲ払ッテナ!」

 

 「!?」

 

 おぞましい、暗黒淵の底から響いてくるような声が代わりに答えた。

 


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