Real-Matrix   作:とりりおん

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引き続きバトルです。


守護聖騎士と異形の魔王 2

 再生プログラムは、恐るべき代物だ。

 幾度破壊され粒子に変ぜようとも、周囲に浮遊する0と1の断片を拾い上げ、再びその煌びやかな姿を取り戻す、ロードナイトモンの鎧より伸びる黄金の帯刃もその一つだった。

 デジモンは微々たるデータの破損ならば、数列間の欠損を0と1の自動挿入により自然回復させる。しかし余りにも破損データ量が多すぎると、電脳核(デジコア)は欠損部分に元々どういう数列が存在していたか推測できず、修復できない。

 このデジモン最大の欠点を補強できるのがかのプログラムで、理論上は電脳核(デジコア)を破壊されない限りはどれだけ負傷しようと絶対にデリートされない。だがその代わり作成するのは至難の業で、デジモンに組み込むのもまた至難の業。自負にかけてそんなもの要らぬ、というロイヤルナイツ勢で唯一ロードナイトモンは作成に成功したものの、電脳核(デジコア)に再生プログラムを組み入れることが出来なかったので、帯刃しか再生させられなかった。

 

 眼前のデジモン――デスモンに、とてもプログラムを作る能力があるようには見えない。ならば自ずと、この魔王にプログラムを組み込んだのは、唯ならぬ力を持ち合わせる存在――恐らく七大魔王の一角――という結論に至る。

 さて、その再生プログラムは翼だけに適用されたものか、はたまたは。しかしいずれにせよ。

 

 「電脳核(デジコア)を直接破壊せぬ限り切りが無かろうな――」

 

 デュークモンの言葉にマグナモンは歯噛みし、然りと頷いた。策を求め冷然としているつもりかも知れないが、明らかに紅眼に焦燥の色が透けて見えている。

 

 「ああ、こうなれば、下手な鉄砲も何とか――だ」

 

 相手方がデスアローを乱発したのと同じ風にやってやる。やけを起こしたような台詞を呟いたマグナモンに対し、デュークモンは一瞬眉を顰めたが、口出しはしなかった。一度静観を決め込んだ身。マグナモンがデリートの危機に陥るまでは、手出しもしないという事で姿勢を一貫させる。

 

 「焦熱に、電脳核(デジコア)の跡も残さず蒸発し果てるがいい!」

 

 マグナモンの両掌に目映く爆ぜる球形プラズマが生み出される。  

 

 「“プラズマシュート”!」

 

 宙で泰然と静止する異形の魔王向けて、それを立て続けに投擲する。デスモンは今度は下方に退いて避けたが、そう甘いものではなかった。

 第三撃、第四撃、更には第五撃--いや、数えるのも煩わしい程の球形プラズマが、一瞬の間も置かず流星群の如く襲いかかってきたのだ。

 

 デスモンの巨大な単眼の捉える世界が、烈しい耀きに満たされる。視覚センサーが焼き切れる程に――構成する数列が四分五裂し、消滅する程に。デュークモンも遠目でも目が眩みそうになり、双眸を素早く伏せる。

 だがしかし。

 デスモンの眼は尚も薄ら寒くなるほどにぎょろりと開かれていた。いや――疾うにこの世界を、見てはいなかった。

 

 「クカカカカ……愚カナ」

 

 嘲笑う地の底より響くような声だけが、ロイヤルナイツ二者の存在する次元に残される。

 閃光の炸裂する中、デスモンは姿を消していたのだ。

 

 「消えた……!?」

 

 プラズマシュートを乱発しながら異変に気付くマグナモン。プラズマ生成を中止し、呆然と立ちすくむ。

 

 「ククク……最初ニ言ッタダロウ。貴様ニコノワタシガ倒セルカノト。あーまー体」

 「!」

 

 忽然と、背後より身の毛もよだつ重低音の声がした。

 黄金の竜戦士は警戒と別の理由で身を固くし、さっと振り返る。

 光線が放たれた。

 一所に収束した濃密な黒霧、そこからただ一本突き出た腕――その開かれた掌底に埋められた単眼より。

 

 「ぐおっ……」

 

 生体感覚センサーを振り切らせる激痛に呻く。マグナモンの纏う黄金鎧の左胸側部が穿たれ、守られていた生体部分まで貫かれた。

 

 「マグナモン!」

 

 デュークモンが思わず声を上げる。手を出すか、出さまいか――その瀬戸際で逡巡し、かちゃかちゃと槍を鳴らす。

 振り返ったはずみで狙いが逸れたものの、仮に反応が遅れていたとしたら胸の中心部を――電脳核(デジコア)をもろに死の矢が鎧諸共貫いていただろう。

 何とか後方へ――崖の外、海側へと飛び退き、浮力生成プログラムを起動して宙に浮かぶ。

 しかし、後ろに逃げようとも同じ事だ。

 再び死の光線が背後より閃き、今度は剥き出しになった右脇腹を突き抜いた。青い竜体を構成していた0と1が虚空に散り、灼けるような激痛が全身を駆け巡る。思わず気が散り、浮力生成プログラムが停止しかけマグナモンは海に墜落しそうになった。

 

 「ぐうっ……」

 

 苦痛に顔を歪めるマグナモン。デリートされるという程の損傷では幸いないが、意識に時折ノイズが入る。それを何とか堪えるようにし、マグナモンはひとまずはと再びライトオーラバリアを展開させる。デスアローの脅威を回避した形だ。

 迂闊だった――とマグナモンは内省する。デスモンと遭遇した時、奴の姿は確認不能だった。あれを別次元から移動最中だったものと考えると、デスモンが瞬間移動能力を有している事は容易に予想が付く。

 一方で、デュークモンは早い段階で気が付いていた。それ故に、マグナモンがプラズマシュートを乱発するという暴挙に出ようとした時嫌な態度をしたのだ。

 しかし、最善の攻略法がマグナモンにないのもまた事実だ。

 最初の時は一所に留まっていたようだから、波動センサーを集中して前方に存在していたのを確認できた。しかし、何度も瞬間移動を繰り返されるのでは、攻撃を命中させる事は闇夜に針を通すも同じ。

 

 「クカカカカ……あーまー体如キガワタシノ相手ニナロウ筈モナイ……ククク」

 

 今度はマグナモンの前方の虚空に黒霧の塊がもやもやと出現し、嘲りの言葉を吐く。泰然として傲岸不遜。何者かの掌上にあろうとも、魔王は魔王か。

 

 「舐めやがって……!」

 

 痛みを耐え、マグナモンは精一杯凄んでみせるが、それも苦しい。

 このままでは防戦一方、自分はいずれ消耗して果てるのがとどのつまり。自分の体面も矜持もあったものではない。

 

 こうなれば、全方位に自分の聖なる力を解放する必殺技を展開するか――いや、それはいくら何でも馬鹿げた試みだと思い直す。

 マグナモンの技の属性は「ワクチン」、デスモン自身の属性は「データ」。ワクチンはウィルスを駆逐しようとも、逆にデータに侵食される三すくみの関係の内にある。聖なる力といえども半端なものは掻き消されるだろう。全方向に技を長時間維持して放つとなれば、自ずとその威力は減退するからほぼ確実にデスモンに無効化されるであろうし、デスモンが異次元に逃げられるとあれば、こちらとて追う術もなし。

 

 せめて何処に出現するのか把握出来るのならば。

 自分一人の力では、あの異形の魔王を倒せそうにない。そればかりか、逆にこちらがやられる。

 

 自分は誇り高き聖騎士ロイヤルナイツの一員。組織に所属する者であり、最終的には己よりそれを優先すべき。情けなさと怒りに心が震えるが、マグナモンは一旦意地を捨てる事にした。

 異形の魔王に背を向けることなく、崖の上で事態を見守るデュークモンの元へ飛び退る。

 

 「ククク……ワタシニ恐レヲ成シテ逃ゲ帰ルカ」

 

 「貴様こそ、俺を始末するのではなかったのか?」

 

 「クカカカカ……モウ少シ貴様ガ踊ル様ヲ見テイタイトイウダケノ話ヨ、あーまー体」

 

 いちいちアーマー体と強調される事に苛立ちを覚えながら、ふん、いつまでそう言っていられるだろうな--という台詞をマグナモンは心に留め置く。

 

 「マグナモン」

 

 いよいよ協力が必要か、と問おうとするデュークモンに、マグナモンは可聴域ぎりぎりのささめき声で言う。

 

 「デュークモン、次元擾乱をマッピング出来るか?」

 

 甲冑の騎士は一瞬でその意味を、朋友の必要としているものを理解する。

 

 「あい分かった。この時間では、簡易版しか造れぬだろうが……良かろう?」

 

 「十分だ」

 

 「良かろう。ならば、このデュークモンの周囲をしばし守ってはくれまいか」

 

 「ああ、言うまでもない!」

 

 切り立った崖の上、デュークモンは静かに目を閉じ、意識を集中させる。傍から見れば祈っている風にも見える。いずれの時空次元を漂うとも分からぬ浮遊プログラム――プレデジノームへの接続を試みようとしているのだ。

 今のデュークモンは全ての意識を一点に集中させた状態、攻守に気を遣る余裕は一片たりとも無し。況してや、デュークモンを覆うはマグナモンのそれより強度の劣るクロンデジゾイド製の鎧。デスアローが飛んできたとしたら容易く破壊される事は明白だ。

 マグナモンは紅蓮のマントの後ろに回り込むと、ライトオーラバリアを応用した輝く遮断膜を二者の周囲に張り巡らせる。

 

 「ナニヲ企ンデイル?」

 

 何処かからかデスモンの低声が響いてくるが、気にする必要はない。ただ、今は時を待てば良いだけだ。その間、マグナモンは脇腹を灼くような痛みを耐え、バリアを維持すればいい。それが中々に困難であるのは言わずもがなだが、ロイヤルナイツたる者、その程度の事で音を上げるのはいよいよ情けない。

 

 暫しの後。デュークモンの回線の束と化した意識が次元の壁を貫き――異なる世界を彷徨う準原始プログラム、プレデジノームへの接続を果たす。

 

 (プレデジノームよ、このデュークモンの意思が伝わっているか――)

 

 デュークモンは思考を糸のように繋がったラインを通じて送る。伝達された電脳核(デジコア)内を駆け巡るインパルスは、解読(デコード)されて理解される。

 累卵の如く連なった「1」の羅列が返ってきた。プレデジノームは、無を示す「0」と有を示す「1」のみで意思を表す。つまり、YesとNoだ。この場合は、Yes。

 

 (仮に今手を付けている作業があるならば、それを直ちに中断し、我が要請に応えよ)

 

 再び1の長い連なり。

 

 (視野を全方位に広げ、次元擾乱を視覚化する変換プログラムを直ちに製作せよ。此方の次元で実体化されるように)

 

 一瞬の逡巡もなく流れ込んでくる1の連なり。

 そして、デュークモンが意識を一点に収束させ続け、尚も超次元のラインを保とうとすると、突如再び1の連なりがそこを通過してきた。

 完成したという事だとデュークモンは悟る。

 彼が目を開けて意識を分散させると、眼前には不可思議な物体が浮遊していた。

 透明な半透膜で覆われた卵のようで、内部に複雑な電子回路と共に0と1の断片が満たされている。

 プレデジノームの産物だ。デュークモンは円錐槍でそれを軽く弾くようにして、マグナモンの方へ飛ばす。

 

 「マグナモン、受け取るがよい! それで一時的に視覚センサーを書き換えよ!」

 

 「ああ!」

 

 マグナモンは優しく掴むように右手で物体を受け取った。

 途端にその外膜が溶け出す様に崩壊し、立体構造を成す0と1が目まぐるしく入れ替わり、新たに進化した視覚機構を生み出す。それが完成したとき、マグナモンの紅い双眸に映る景色は今まで通りでは有り得なかった。

 上方に果てしなく広がる天空、自分の背後にて真紅のマントを靡かせるデュークモンまでもがその方に目を向けずともはっきりと確認出来る。死角がまるで存在していない。正に、自分を中心に全てがマッピングされているも同然。凄まじい機能だ。あらゆるデジモンがこんな視覚を備えていたら、デジタルワールドはどうなっているのだろうか?

 

 これが、魔王共が厄介物とするデュークモンの能力――謎のプログラム・プレデジノームに電脳物体を造らせる事が出来るという力。広大なデジタルワールドの中で、ただ聖騎士デュークモンのみが持ち得る力だ。

 

 「デュークモン、感謝する……!」

 

 「礼など無用、任務遂行の必要経費であろう」

 

 しらっとそう答えるデュークモン。元々一人でデスモンと相対しているのは言ってみれば自分の我が儘に過ぎないのに、そう言ってくれる甲冑の騎士の優しさがマグナモンの身に染みた。

 ロイヤルナイツ二者のそんな様子を単眼をぎょろつかせて眺めるデスモンが、何をちょこまかとやっている、と言いたげに訊く。

 

 「クカカカカ……何ヲぷれでじのーむニ造ラセタ?」

 

 「そのように振る舞って居られるのも今だけにするもの、と言っておこう」

 

 毅然と返答するのはデュークモンだ。その黄玉の瞳には、あくまでぶれない信頼の光が宿っている。

 少しも態度を変えぬデスモン。どうあっても自分がアーマー体如きにやられる筈がない、奴の言うのは戯れ言、と高をくくっているのか。

 

 マグナモンはバリアを解除するとプラズマを掌中に生み出し、異形の魔王の方へと投げつける。

 

 「“プラズマシュート”!」

 

 「クカカカカ……馬鹿ノ一ツ覚エカ。ソノ手ハ通用セヌト証明ズミダガ」

 

 デスモンは嘲笑すると、その姿を黒霧に変えて消え、球形プラズマの直撃を避ける。目映い雷の球は、黒霧の塊を擦り抜けて彼方へ消えてゆく。一旦別次元に退き、再びマグナモンを急襲する腹づもりだろう。

 しかし、今書き換わっているマグナモンの視覚センサーの前では、それは無駄というもの。

 彼には、自分の真上に出現せんとしているデスモンの姿が、今や0と1の擾乱状態としてはっきり見えている。

 




思ったより長くなりましたが、まだ次回に若干続きます。
デジタルモンスターなんだから、デジタル性を意識しよう……と思ったらこんな感じになりました。
とりあえずデュークモンすごいぜという事で一つ。

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