Real-Matrix   作:とりりおん

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※3/21、残酷な描写タグを外しました。外すの忘れてました。あれは、最初血液データを採用しようと思っていた頃の名残で、戦闘で血飛沫が飛びまくる予定があったのです。

今回は何だか書きづらかったので、時間が掛かりました。すらすら文章が書ける方が本当に羨ましいです。


異次元への埋葬

 マグナモンは体の中心部に、持ちうるエネルギーの全てを収束させる。

 宇宙生まれし特異点の如く、膨大なエネルギーが一点に凝縮されてゆく――やがて爆発するために。

 

 マグナモンの上方に形成される0と1の渦が徐々に密度を増し、塩基が連結されゲノムへと昇華されるように連なっていく。

 表象を得て、この次元に奴が――デスモンが現れ始めた時。その時が唯一にして最大の好機だ。

 別次元を経由する瞬間移動に於いて、その移動を中断するのは胴体を切断したまま放逐するも同じ。電脳核(デジコア)が転送される中途で中断するとしたら、それはより致命的だ。

 つまり、途中で襲撃を受ける羽目になっても、受けると分かったとしても、移動をやめる事は出来ない。

 マグナモンは息を殺し、瞬きを止め、相変わらず疼く脇腹の痛みを堪え――静寂の元に時を待つ。

 

 「クカカカカ……ぷれでじのーむニ何ヲ造ラセタノカ知ラヌガ、無意味ダッタヨウダナ」

 

 ひび割れた低い嗤いと共に、黒霧が実体を取り始める。黒爪を生やした手がマグナモンの頭部を鷲掴みにするように伸び、掌底の単眼がぎょろりと現れる。

 その瞬間、マグナモンは跳躍した。

 すぐさま、浮力生成プログラムを起動し宙に静止する。背後に紅き双眸を向ける事もなしに、黄金の彼の両腕がデスモンの灰白色の腕をひしぎ上げた。その凄まじい力に腕が潰されそうになり、デスモンが呻き声を上げる。

 

 「グ、グガガガガアア……!」

 

 予想だにしなかった事態――それにさしもの魔王も慌てふためく。腕が思い通りに動かせない。このままでは、必殺のデスアローもマグナモンに当たらず、空撃ちになってしまう。

 二体の闘いを静観するデュークモンは、無言で小さく頷く。

 

 「貴様……ワタシガ見エテイルトデモ言ウノカ!?」

 

 「俺がさっき何をしていたのか見ていなかったのか? 案外その馬鹿でかい眼も飾りらしいな!」

 

 「グ、ガガガ……あーまー体メ……言ワセテオケバ……!」

 

 後ろ向きのまま平然と挑発してみせるマグナモン。彼の紅き双眸の輝きは脇腹のひびらきにもぶれる事なく落ち着き、力強い。己の勝利を確信しているのだ。

 プレデジノームの力こそ借りてしまったが――最終的に倒すのは自分自身。デスモンの眼が憤怒にぎらつくのにも決してひるむことなく、所詮アーマー体と侮られるのも此処までだと、瞳の輝きは宣言する。

 

 「さあ、さんざん軽んじたそのアーマー体に斃される番だぞ……! 我が聖なる輝きに、浄滅され消え果てるがいい!」

 

 マグナモンの中心に集束した聖なるエネルギーが、臨界点に達する。

 それが今、解き放たれる--聖騎士ロイヤルナイツが一員、マグナモンの必殺技が。

 

 「“エクストリーム・ジハード”!」

 

 太陽コロナの輝きが一気に膨張し、炸裂する。

 一帯は光の爆発に飲み込まれ、天高く昇る陽すら暗い消し炭に等しい。

 爆ぜるプラズマの輝きを凌駕するその眩しさに、遠目で見ているデュークモンでさえ視覚が焼き切れそうになり、大盾を持ち上げ視界を覆った。

 

 ワクチンはウィルスを駆逐するが、逆にデータに侵食される三すくみの内にある。

 マグナモンの秘めし力は聖なるワクチン、対してデスモンを構築するのはそれを無に帰する羅列のデータ。

 その式に当てはめるならば不利だ。

 だが、圧倒的データ数量を以てすれば、等式を破壊し――超越する。

 

 デスモンを構成するデータが眩光に呑まれ、千切られ、不可視の領域まで断片化され、虚空に消える。

 しかし、瞬間移動を中断する事は出来ない。この次元に実体化するデータは、出現と共に消滅を余儀なくされる。

 異形の魔王に残された道は、デリートのみ。

 

 「グガガガ……グギャアアアアアアーーー!!!」

 

 身の竦むような断末魔を上げながら、異形の魔王は躯を溶け崩れさせてゆく。崩壊した肉片や黒翼、爪は、蒸発するように黒霧へと状態変化し、色褪せ、そのまま周囲の浮遊データに混じり消える。

 頭部に嵌まっていた黄色の巨眼だけが尚も、周囲の肉を失いながらぎょろぎょろと輝き続けるのは何ともおぞましい。

 

 エネルギーを放出し終えたマグナモンは、デスモンの腕が無くなったことで両腕を解放されると、浮力生成を中止し崖の上に降り立った。

 ほぼ同時に、紅き両眼から0と1の列が漏洩し、代わりに外部よりその分を補填するかのように0と1が流入する。プレデジノームの生成したプログラムによって視覚に施した変化が解け始めたのだ。

 間もなく、普段の視覚センサーが捉える景色が戻って来る。プログラムが無理矢理書き換えられたというのはリアルワールドで言う所の「病気」のようなもので、余程の事でない限り治癒される、即ち自然と元に戻るらしい。

 デュークモンの方は、眩光が退いたので盾を下ろした。

 

 「勲功だ……マグナモン……!」

 

 労いの言葉を独りごちる。自分がプレデジノームの力を貸してやったから彼が勝利を収められたという驕った考えは、微塵も脳裏を過ぎらない。

 マグナモン自身も、微量にデータが漏れ出している脇腹の痛みを忘れ、強大な敵を克したという余韻に束の間浸る。ひとまずは、助力が無ければ勝利できなかったとか、野暮な事情はよけておき――。

 その時だった。

 

 「ククク……クカカカカカ!」

 

 合間に割れた雑音の入る、狂ったようにけたけたと嗤う声。

 突如、デスモンの巨大な眼がかっと妖しく耀き、巨大な赤い光線を放った。

 期せぬ急襲に、流石のロイヤルナイツ二体もやや反応が遅れる。

 

 「!?」

 

 光線は紙一重で避けたマグナモンの右横を擦り抜け――デスアローを喰らい欠損した部分を掠りそうになったので、何とかして避けた――後方に立つデュークモンへと襲いかかってゆく。

 咄嗟に聖なる大盾を前に振りかざし、光線が自分に直撃するのだけは防ごうとした彼であったが、無意味な行動であった。

 光線は何と盾を擦り抜け――デュークモンの本体に到達したのだ。

 壮麗な甲冑の中央を貫いた光線はその直径を増し、やがてデュークモンの全身が赤い薄光に飲み込まれた。

 衝撃と被る損傷を予測して、反射的に身を縮める。

 

 「……?」

 

 しかし予想に反して、衝撃も、データ損傷もない。攻撃されたわけではないようだ。

 ならば、何が起こったというのか。

 デュークモンの双眸が、己の周りを赤光に溶けるように淡い薄光が漂い始めるのを捉えた。目を凝らすと、それが0と1の集合体に他ならないと分かった――

 ――自分の躯より、漏れ出た。

 一気に全身がすっと冷え込む。

 

 ――身体がデータ分解されている!

 

 背後を振り返ったマグナモンも、デュークモンの身に起きた異常事態を呆然と見つめる。

 まさか、最後の最後でデリートされるなど――!

 マグナモンは現実に対するせめてもの反抗のように、脇腹の痛みが意識に割り込ますノイズを無理矢理ねじ伏せ、朋友の名を叫んだ。

 

 「デュークモン!!!」

 

 またも同志を失う事になるのか。聖騎士ロイヤルナイツとして使命を背負った身ならば命を失う事も辞さぬ、また常に失うべきものと腹をくくるのが掟、そんなのは百も承知だ。

 だが、こんなのは認められるものか。断じて。自分が全力を尽くし、デスモンを葬り去り、目的ごと闇に消し去ってやる筈だったのに。

 努力は無為の内に潰えたも同然、結局敵に目的を達せられる羽目になるなどと、認められようか。

 デュークモンの澄んだ黄玉の瞳は小刻みに震え、普段は毅然とし泰然としている筈の彼でさえ、甘受したくない現実をどう受け止めれば良いのか分からなくなっているようだった。

 

 「クカカカカ……あーまー体ヲ道連レニスル事ハ出来ナカッタカ。安心シロ、ソレハでりーとサレテイルトイウコトデハナイ」

 

 もう殆ど姿を失い黒靄の残滓になった――それももうじき霧散しそうなデスモンの声が、前方の虚空から響いてくる。声だけは、どんな状態でも出せるようだ。

 デリートされている訳ではない。短時間である程度把握したデスモンの気質からして、それが嘘のようにはロイヤルナイツ達には思われなかった。だが、彼らを安閑とさせまいとする事実がすぐさま降りかかる。

 

 「起動サレタノハ、『しんぷれっくす・とらんすみっしょん』ぷろぐらむ、……クカカカカ!」

 

 「何……だと!?」

 

 ロイヤルナイツ二者が、同時に凍り付く。

 デジタルワールドとリアルワールドを相互に行き来できる超次元の通路たるアクセスポイントは、「デュープレックス・トランスミッション」、即ち双方向転送プログラムに基づく存在。それとは異なり、次元間を一方通行しか出来ないのが、シンプレックス・トランスミッション。

 一度別次元に転送されたが最期、退路はない。つまり――転送先から真逆方向のシンプレックス・トランスミッションの孔を開けるか、転送元の次元からデュープレックス・トランスミッションの孔を開けてやらない限り、永久に異次元に幽閉される事になる。

 

 デュークモンが、異次元に埋葬される。

 

 「クカカカカ……最初カラ貴様ヲでりーと出来ナクトモ問題ハナカッタノダ……コノ次元カラ永遠ニ消シ去レレバソレデ良シダ……ククク」

 

 自分をけしかけて相対させたのは、唯の遊びに過ぎなかったとでもいうのか。

 何のために自分は奮闘したというのか。

 何者かの糸に操られていようとも、魔王は魔王らしく他者を嘲弄するというのか。

 

 焦熱の如き憤激に、今にも暴れ狂い、叫び狂いそうになったマグナモンだったが、冷静になれ――とすんでの所で己を叱咤した。

 望みはまだ残っている。次元歪曲の痕跡を追求すれば、その調査結果を元にしてデュープレックス・トランスミッションの孔を空ける事も可能ではないか。そう、それさえ実行すれば後々デュークモンを救えるではないか。それまで、デュークモンは幾らかの時間異次元を彷徨わねばならない事にはなるが、そんなのはやられた内にも入らないはず。

 

 「デュークモン、俺が委曲を尽くして全てをドゥフトモンに報告する! そうしたら時を移さずに簡易アクセスポイントを生成する。それまで決してくたばるな!」

 

 しかし、デスモンがその台詞をすぐさま一笑に付し、望みを容易くへし折った。

 

 「無駄ダ――転送後即座ニ次元間ノ孔ガ修理サレルぷろぐらむモ起動サセタカラナ……クカカカカ!」

 

 「何だと!?」

 

 奈落の底に叩き落とされる。

 次元間の孔を修理するということは即ち塞ぐということ、次元を接続した痕跡を残さず、完全隔離を成立させるということ。

 デュープレックス・トランスミッションの可能性は容易く断たれた。いや、断たれる前に可能性などありはしなかった――。

 

 「ククク……最後ニ教エテオイテヤロウ。起動条件ハ、ワタシノ電脳核(でじこあ)ガ破損スルコトカ、躯ノ80%ガ消シ飛ブコトダッタ……クカカカカ!」

 

 けたたましい嗤い声だけを残し、デスモンの巨眼は黒靄と化して雲散霧消し、完全に消え去った。

 

 デスモンはデリートされた。勝ち誇ったような、見下すような、全てを嘲るような嗤い。その響きだけがこの次元に残される。

 だが、最後の魔王の言葉。それはマグナモンの心に居座り続ける。情報処理機構の全てを蝕むように。

 紅き瞳の輝きは曇り果て、視線は虚空を泳ぐ。この次元の何処も見てはいない。

 もう戻れはしない異次元へと否応なしに旅立つデュークモンが、見かねたように静かに口を開いた。

 

 「マグナモン――このデュークモンの事はどうにも出来ぬ、死したものと思え。疾く我々の城に戻るがよい。貴殿も、その負傷を放っておくと大事に至るであろう」

 

 「しかし――」

 

 「時間を無駄にするでない!」

 

 余りに激しく、そして突き放すような語調にマグナモンは正気に戻り、ついでたじろいだ。

 胸部から上しかこの次元に残っていない状態のデュークモンは、強い語調に反し、達観したような態度であった。

 自分の運命を受け入れたような。双眸に浮かぶは、諦念の光なのかも知れない。

 黄金鎧の竜は、甲冑の騎士が姿を薄れさせてゆく様子をまんじりと見つめるばかりであった。朋友に対する最後の言葉を探すが、ただ一言以外見つからない。

 

 「――分かった」

 

 返事の代わりに、真紅に染め抜かれたマントが一瞬翻ったように見えた。デュークモンを構成するデータ粒子の全てが、異次元へと飲み込まれ終える。

 それと同時にシンプレックス・トランスミッションの薄赤い通路は収縮し、糸の如く細くなり、遂には跡形もなく消え失せてしまった。

 

 崖に打ち寄せ弾ける白波。そして、束の間の凪。

 再び穏やかな静けさが訪れる。

 

 マグナモンはただ一人残された。

 デュークモンにはすぐ戻れと言われた。そうするのが正しい事は分かっている。だがその場に立ち尽くし、今し方起こった事を呆然と反芻する。

 全ては茶番。デスモンはデュークモンを異次元に放逐させる為のプログラムの入れ物。

 自分を挑発して勝負をさせたのは、ただの遊び。デュークモンがどの道異次元に葬られる運命ならば、自分を負傷させた方が稼ぎが良いと考えたわけだ。

 つまり、最初から自分達は――デスモンを裏で操る輩の掌上で転がされていた。

 最高位の聖騎士集団、ロイヤルナイツとしての誇りが、その事実を決して認めない。許さない。

 沸々と湧き出てくる電脳核(デジコア)を煮やす感情。マグナモンは吐き捨てた。

 

 「ふざけやがって……」

 

 きつく拳を握りしめる。竜爪がたなごころにぎりぎりと食い込み、痛覚を深く刺激するがそんな事は気にも留めない。

 ロードナイトモンに続き、デュークモンまでもが。ロイヤルナイツの席が、立て続けに二つも空座になる事態に陥るなどと。

 デュークモンに限って、古代竜の聖騎士がロイヤルナイツという組織を創始してからの最古参に限って、むざむざと異次元で朽ち果てる訳はない。マグナモンはそう信じたかった――

 ――信じたかったが。相手は非常に用意周到と先程の戦闘から推し量れる。プレデジノームに接続出来るデュークモンを厄介者として遠ざけるのであれば、最後の最後でプレデジノームの力を使い、異次元より帰還出来るデバイスを造れるような余地をデュークモンに残すというへまをやるとは、到底考えられない。

 望みなど、無いに等しいというのか。

 

 「畜生……畜生があ!!!」

 

 マグナモンの悔恨と瞋恚の叫びが、虚しくその場に轟いた。




ロイヤルナイツサイド、これにて終了。勿論、この後どうなったのかも後ほどやります。
物語を多方面から描いて、それぞれが絡まり合いながら終わりへと向かって行く、というのを上手く文字に表せるのが目標です。これからも宜しくお願いします。

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