インフィニット・ストラトス the psychological organ 作:賽子の目
「それでは、授業を始めようか」
一年一組の教壇に、槙島が立った。左手に分厚い教科書を挟み、右手に白いチョークを摘んだ彼が、爽やかな笑みとともに教室を見渡す。目に入るのは、彼の服装と同じ白い制服を着た女子生徒達と、それらに混ざって眠たげな目をしている男子生徒。
「織斑君。保健室で休むかい?」
「い、いえ、大丈夫です」
「そうか、安心した」
少し慌てながら答えた一夏に対して、槙島は至って穏やかにそう言った。
槙島は、現在はIS学園の講師として現代文を担当している。生徒達の間からは、男性に教わるということの不満の声も上がるが、それ以上に彼の持つ不思議なカリスマ性に惹きつけられ、授業を心待ちにする声も見受けられる。教師間の信頼も厚く、まさに絵に書いたような教師の理想像を、槙島は演じきっていた。
それでは、と槙島が声を上げ、教科書を捲り、
「五十六ページを開いて。“舞姫”のこの節から始めようか」
そして、ゆっくりと教科書に書かれた文字を、鼻歌でも口ずさむかのように読み始めた。
「余が胸臆を開いて物語りし不幸なる閲歴を聴きて、彼はしばしはま驚きしがーーーー」
「ーーなかなかに余を責めんとはせず、却りて他の凡庸なる諸先輩をののしりき」
狡噛慎也の背後から、上司の常守朱の声が発せられた。狡噛は、持っていた本を閉じて、椅子を声の方に回転させる。
「狡噛さんも読書するんですね。ちょっと、意外です」
「……それは少し失礼じゃないのか、監視官」
あっすみません、と常守が項垂れる。
公安局本部ビルの中でも、公安一係が使用しているオフィスには、常守と狡噛、それと一係の中でも一番キャリアの長い征陸智己が、それぞれに与えられたタスクをこなしていた。
「おい、コウ!てめぇ、俺に仕事押し付けて読書なんてしてやがったのか!」と征陸。「年上を置いていいご身分だな」
「とっつぁんに預けてない分は終わらせたよ」
「ならこっちを引き取りやがれ!」
常守は額を抑える。着任してかなりの時間が経つが、未だに部下の扱いに困っている。もっとも、彼女にとって彼等は部下ではなく同僚なのだが。
「狡噛さん、征陸さんに悪いですよ」
「こうでもしないとぼけちまうよ、とっつぁんは」
「いい度胸だ、コウ。次のスパーリング覚えとけよ」
常守は深いため息をぐっと堪える。そして代わりに、公安の中で流行っている話題に変更させようと企んだ。
「そういえば、聞きましたか?IS学園にシビュラを試験運用させる件」
「ああ、知ってるよ」征陸が唸る。「どうせシビュラの有用性を示してIS学園を取り込もうってクチだろ」
「それは、刑事の勘ですか?」
「いや、長年の勘だ」
征陸はシビュラが施行される前から刑事を勤めており、人一倍「ハナ」が効く。その刑事特有の嗅覚は、常守も度々驚かされてきた。
「恐らく、そろそろ東西の均衡を崩したいと考えてるんだろ。シビュラを布教し、さらにISについても解析すれば、番犬になったISってのも拝めるかもな」
「ドミネーターをISに?」
「それも外にも中にも絶対性を持ったドミネーターだ。さぞ抑止力になってくれるだろうさ」
そういうものでしょうか、と常守が唸る。
その時、常守の腕についた端末がコール音を発した。発信元は、上司である宜野座伸元。
即座に通話モードに移行させる。
「はい、どうしましたか?宜野座さん」
«至急、分析官ラボに来てくれ。二人の執行官もな»
宜野座は足早にまくし立てると、一方的に通信を切ってしまった。
「大変だなあ、嬢ちゃんも」
「ええ、まあ」
「とりあえず、唐之杜に会いに行くとするか」
そう言って、狡噛はゆっくりと腰を上げた。
なんで槙島がいるんだっていう突っ込みはチェ・グソンがやったってことでお願いします