インフィニット・ストラトス the psychological organ 作:賽子の目
薄暗い室内の光源は、部屋の中に鎮座しているいくつものモニターだけだった。唐之杜志恩が入り浸っている分析官ラボに、公安一係のメンバーが揃っていた。
中央のソファに唐之杜が腰掛け、周りを取り囲むかのように、宜野座と執行官が二人、縢秀星と六合塚弥生が立っていた。部屋に入ってきた常守に、唐之杜が挨拶の意を込めてウインクをする。口の端に咥えていた煙草が、波打つ白煙を上げていた。
「はあい、朱ちゃん。よく来たわね」
「どうも、唐之杜さん」
唐之杜志恩はじめ、公安の刑事は大多数が、シビュラによって「犯罪を犯すかもしれない」という判断を下された、所謂潜在犯である。
一般的に、潜在犯は隔離施設へ、もしくはシビュラの管理が行き届いていない地域に押し込められ、社会の汚点として隔離される。
それでも潜在犯全てを把握しているわけではないため、犯罪行為はシビュラの監視下でも起こりうる。そうすると、それを取り締まる警察機関が必要なのだが、犯罪に深く関わる仕事柄、その警察機関が潜在犯になってしまう可能性が出てくる。
この事態を回避するために、潜在犯を猟犬として使役する、即ち執行官と監視官の制度が作られたのだ。
中には唐之杜のような、実際には現場に出ないが、その技術力を持って支援にまわる潜在犯も存在している。
「ごめんなさいねえ。ホントなら、二人っきりでガールズトークでもしたかったんだけど、そうもいかないみたいなのよ」
「何の用だ、ギノ」
猟犬の一匹、狡噛が軽く欠伸をしながら言う。すると宜野座が唐之杜に指示を出し、部屋の壁の大部分を占める大きなモニターに画像を投影させる。
モニターに映るのは、公安で使われている輸送用のヘリであった。鯱を思わせる黒い巨体に、翼とプロペラを強引に取り付けたようなそれが、静かにどこかの倉庫に鎮座している。
「昨夜、これと同型のヘリが、厚生省ノナタワーから盗難された」
「盗難?」
「やるぅ」
縢が口笛を鳴らすのを一瞥し、宜野座が説明を続ける。
「時刻は推定深夜二時。監視ドローンにも色相チェックにも記録はなし」
「データの改竄?」
「侵入された形跡はなかったわよ。これこそまさに透明人間の仕業ね」と唐之杜。「時間が時間だけに、目撃証言もなし。こんな犯罪がシビュラの下で起こるとは思えなかったわ」
呆れて息と煙を吐く唐之杜を尻目に、宜野座が再び説明を引き継ぐ。
「同時刻、西日本との国境付近で、このような写真が撮影された」
モニターに浮かぶのは、解像度の荒い夜空の写真。中心にうっすらと黒い影が見える。
「解析をかけた所、これが盗難されたヘリと同型の機体だと分かった」
「……これが盗難されたヘリだって言いたいのか」
いくらなんでも、と唸る征陸に唐之杜が補足する。
「これと同型のヘリが配備されてるのは、公安と一部の空港だけ。で、国境付近にはそれが配備されてる公安支部も空港もないの」
「別の場所から飛んできたわけじゃないのか」
「それもナシね。この時間に離陸許可を申請した空港も、支部もない」
「西の機体という線は?」
「だとしたらそれも問題よ。どうして東の技術を西が持ってるのって話」
ノナタワーは、厚生省最高の施設で、シビュラの本体があるとも噂されている。何にしろ、公安から盗難が発生したとなれば、シビュラの絶対性を損なう重大な案件である。
加えて、もうひとつ重大な事実があった。
「そして、来週にはシビュラのIS学園での試験運用がある。そこでこのような事態が起こってしまえば、それはシビュラの信頼が損なわれる。最悪の場合、東西の均衡が一気に崩壊、一時期の朝鮮なんて目じゃない喧嘩になるかもしれん」
「それで、俺達はどうしろってんだ」と狡噛。「この透明人間を来週までに捕まえろってのか」
「いや、それは別の係に任された」
「なら何を」
「IS学園での試験運用の護衛だ」
縢が顔を思い切りしかめ、不満そうにぼやいた。
「要は露払いっすか」
「口を慎め、縢。これはシビュラの信頼を保つ重要な任務だ」
「護衛って…………。どうやって?」常守が首をかしげ、「失礼ですが、宜野座さんたちは男性ですよね?女の園のIS学園に、どうやって」
「ホロで姿を隠すか、向こうの控え室で閉じこもるか、だな。動けるのは常守監視官と六合塚執行官だけだろう」
「俺達は懐刀ってことっすか」
「そういうことだ」
宜野座が息を吐く。
IS学園に東の機関介入するなど、前代未聞の出来事だ。まして公安ともなると、どのような化学反応が起こるか誰にも分からない。
「念のため、全員にドミネーターの常時携帯、及び執行が許可されている。電磁パルスグレネードも、特例で許可された」
「向こうさんに許しは取ってあるのか」
「勿論だ。だが、生徒への干渉は極力控えろ。ましてドミネーターを向けるなんて以ての外だ」
東西始まって以来の出来事に、常守は驚きを隠せないでいた。まさか、私がこんな仕事に携わるなんて。胸のうちには、言いようのない不安が渦巻いていた。
すると、ここまで沈黙を守っていた六合塚が、静かに言葉を発した。
「猟犬に番犬になれというのも、おかしい話ですね」
ちょっと久々に編集しました
身辺が落ち着いてきたので少しずつ再開するかも