「大丈夫かい」
と、おれは黒ずくめの衣服に身を包み、なのはを助けた。彼女はぽかんとした表情でおれを見上げる。
「んだてめぇは!」
おれはなのはにイチャモンをつける不良どもを見やり、やれやれといった口調で呟く。 「原作には関わらないつもりだったんだがな」
不良たちの焦燥が手に取るようにわかる。人気のない薄汚れた路地裏に音もなく闖入者が現れたのでは、当然か。
「ただの一般人さ」 おれは無造作に手近な不良を古武術で転倒させた。仲間がやられたことに激昂したのか、次次と向かってくる雑魚を軽く捻ってやる。
「もう大丈夫だ」 おれは微笑んで、なのはの頭を撫でてやる。
これこそがオレの求めていたものだった。何の問題もなかった、あいつが出てくるまでは。
yyyyyyyyyyy
おれはいわゆる神様転生とやらを経験したようだった。居眠り運転をしていたトラックに轢かれそうになったおばあさんを助けようとして死んじまったらしい。
意識が覚醒すると真っ白い空間におれはいて、自称神様のじじいが土下座して、ミスで死なせてしまったから別の世界に転生させることで帳消しにしてくれと言われた。
おれは表情では無関心を装いながらも、内心でほくそん笑んでいた。ハーレムという概念が頭をよぎる。適当に特典をもらって魔法少女リリカルなのはの世界に転生させてもらった。
都合のよい敵、都合のよいヒロイン、都合のよいカワイソウな過去、都合のよい展開。
おれは絶対に死なないような特典を貰った。痛みもほとんど感じない。その気になれば全ての原作キャラを敵に回しても勝てるほどの高性能。時間だって止められる。
予定調和の危機のたびにヒロインとの絆を深めた。おれというイレギュラーを内包しても世界は原作沿いに進む。夢のようだ。
やがて時空管理局が登場しようというとき。なのはたちのような子供を戦わせ、世界だか次元を跨いでやってきてはロストロギアを強制的に回収してくるんだったかな。まったく、迷惑な連中だ。その世界の人たちの事を考えようともしない組織。
おれは黄昏た口調で空を見上げて言った。 「あいつら、こっちの迷惑も考えずに。嗅ぎつけやがったか」
「あいつら?」 と、フェイトが不安そうな表情でおれを伺う。
おれは、怖がらせてしまったかもしれないと表情を崩して、フェイトの頭を撫でてやる。管理局か、迷惑だ。おれがいればこの世界は安泰なのだ。最小限の被害で事態を収拾してやるというのに。
案の定、あいつらは対ラスボス作戦にヒロインを組み込もうとしていた。
とりあえず流れ的に管理局のクロノとかいう生意気なガキを正当防衛的にボコって責任者のリンディに説教をしている最中、おれの記憶にない人物が会話に割って入ってきた。衣服を見るに、管理局員の一人のようだが。
「別段、彼女たちを危険な任に当たらせることを強制しているわけではない」
おれは眉をひそめた、誰だこいつ。名前のないモブか?
「その割にはジュエルシードの回収を手伝わせようとした意図が見えるが……まあいいさ、それならおたくらで勝手にやってくれ」
おれは呆気に取られる連中を尻目に背を向けた。SSSランクを超越したおれの助力なしに事態の解決は難しいだろう。ま、待て、とクロノが声をあげ、それほどの力を持っていながらこの事態を見過ごすというのか。と言う。
平穏を貫きたいところではあったが、おれが歩を止め、振り返ろうとしたとき。
「ではとりあず高町なのはくんのデバイスは回収させてもらいます」 と、モブ。 「正規の訓練を受けていないのは危険なので」
「え、でも」 と、戸惑うなのは。
「地球において一般人が過度な力を有するのは好ましくありません」
「なのはちゃんが悪用するとでも」 おれはほんの少しだけ力を顕現させる。圧倒的力量にリンディの瞳が驚愕の色に染まる。
「仮に彼女が力を行使しないとあなたは信じられても、彼女とすれ違う数多の赤の他人はその限りではないのでは?」
「地球において、魔法は一般知識として存在しない。したがってなのはちゃんが魔法を使う可能性を考慮する一般人は存在せず、周囲の人間が潜在的な恐怖を感じることはない」 変だ、おかしい。なぜこのモブは身じろぎ一つしない。
「実質的に恐怖を感じさせなければよい、という論法が是であるならば、あなたの国では爆弾を日常的に所持しても問題はないということになる。周囲の人間は、誰も隣人が爆弾を有している可能性を日常生活において普遍的に考慮しないのだから」
「なのはちゃんは魔法という強大な力と真っ向から向き合い、それを良い方向へと使うことを決意した。おれが指導したし、暴走するというようなことはない」
「それはあなた個人が高町くんへ向けた主観的な印象であり、客観的な根拠にはならない」
「人の所有物を勝手に持っていくのが管理局のやり方だったな」
「公的組織であるわれわれにはそれが認められている。あなたの世界にも似た組織は存在するはずだ。例えば日本では一般人が個の所有物として拳銃を所持していた場合、それを取り上げるような」
「確かに警察という公的組織は存在するが、それは日本の法の名の下に許されれ、根拠にした行政処置であって、おまえたちの法を日本で当てはめられても困る」
「次元を渡り、日本で違法な魔法を使い、悪事を働くものがいたとして。それを野放しにしない組織は不要ですか? 警察という組織が魔法を取り締まることが可能ならば話は変わりますが」
「なのはちゃんが悪事を働くとでも?」
「われわれには、というより、心を読むような事をしない限り、他人の心中など誰にもわかりません」
バカバカしい、おれにはわかるんだよ。原作を知っているから。しかしそれをこいつらに理解させるなどということは不可能だ。面倒くさくなって、適当に折り合いをつけて原作に介入して終わらせる。
その後もおれは順調に原作を進めた。時には身を挺してヒロインを庇い、やさしく諭し、影から応援してやり、宿敵をぶっ飛ばしてやって、ハーレム要因を増やしていった。
ただ、あのモブの存在だけはいつもおれのやることにケチをというか、正論をぶつけてくる。言っていることは正しいのかもしれないが、原作を知っているおれからすれば遠回りな解決法だったり、おれが活躍できなかったり、ヒロインとのフラグが立たなかったりと面倒だった。いちいち現実に引き戻されるようで、正直うざったい。
後におれは管理局に属することになった。緊急を要する作戦時に、原作を知っているおれはいくつかの過程――確証や論理的思考――をすっとばして、一見して出鱈目な行動を取って事態を解決した。言ってみれば、証拠はないがきみが犯人なので捕まえたようなものだ。証拠は後後出てくる。
モブがその点を指摘する。
「なぜ、かの人物が原因だとわかった」
「答える必要はないな。レアスキル、とだけ言っておくことにするよ」
「証拠が出てこなければ局全体の問題になっていた」
「証拠はある、とおれにはわかっていた」
「あなた個人が理解していたとしても、他のものはそうではない」
「だったらなんだ? おまえの作戦案では遅すぎた、いらない犠牲を生んだことは明白だ」
「結果としてはそうだが、冤罪や囮、単なる時間稼ぎの可能性を考慮するとベターな作戦だった」
「何が言いたいんだ?」 おれは苛立ちを隠そうとはしなかった。 「おまえの案を採用し、関係のない一般人が死んでくれたほうがよかったのか?」
おれはその場を去り、上にかけあってあのモブを左遷してもらった。あいつがいては迅速な活動の弊害になる。
おれ自身の独断専行も暗に釘を刺され、減給扱いになってしまったが、金なんてものはどうでもいい。
ヒロインたちはおれの成果に対する減給を遺憾に思ってくれているようだ。
「別にいいさ、金が欲しくてこんな仕事をやってるわけじゃあないからな」
みんながストイックな台詞に頬を朱に染める。
しかしあのモブはいったいなんだったのだろうか。いちいちもっともな正論を吐く。この世界でおれに口答えし、説教しても折れない。ひょっとすると他の転生者なのだろうか? だとしてもまああまり問題はない。わきまえているのかヒロインたちに手は出してこなかったようだし、ほどなくして僻地で殉職したようだ。
当然、特に死を悲しむような原作キャラはいない。
yyyyyyyyyyy
数年後、おれには家族ができた。ヒロインたちと結婚した。重婚だが、日本ではないので問題はないだろう。一夫多妻制というやつだ。
やがてなのはが妊娠した。病院でがんばっているというのに今日も出動要請が出てしまった。
おれは急いでチート能力で敵を殲滅して病院に駆けつける。すでに峠は越えているようだ、赤ん坊を抱えたなのはが病室にいた。おれの子だ。子がぐるりと首をおれに向け、視線が合う。赤子に対し、おれの自動攻性防衛スキルが起動し、刹那的に目まぐるしい魔法の攻防が行われ、決着した。
yyyyyyyyyyy
「おれに、何をした。おまえは何者だ」
おれはこの空間に見覚えがあった。トラックにはねられた後にいた空間。神に転生させてもらった場所だ。
しかし見覚えと表現したものの、おれに身体は、実体はないようだ。どうやって発声しているのかは考えないことにする。
おれに対面して存在する者が答える。たぶんあの赤子だろう。
「おまえの存在を世界から追放した。死んではいないので転生も出来ない」
ばかなと、おれは心中で毒づく。神さま転生の特典を有しているおれを圧倒する権能を持つ存在がいるとは考えられない。 「どうやった」 そんな存在は原作にはいなかったはずだ。ひょっとしてあのモブか。あのモブが、殉職しておれとなのはの子に転生したのか。
「説明は無意味だ、単純におまえを原作世界から追放する能力を特典として有し、転生したにすぎないのだから」
おれ以外の転生者? ばかな、なぜ。
「なんだ、何が気に入らない。なぜこんなことをした。悪趣味だ……人の邪魔をするな、同じく神さま転生したのなら、転生先の世界は選べたのだろう? 台無しにしやがって」
「不可能だ。なぜならわたしはおまえの一部だからだ」
おれは瞠目した。こいつがおれの一部? 訳がわからない。イカれていやがる
「おまえは実際には転生などしていない。これまでの出来事はすべておまえの妄想だ。トラックに撥ねられはしたが、死んでなどいない、病室でこん睡状態が続いているよ」
「そんなばかな話があるか」
そのとおりじゃ、と神さまがどこからともなく現れる。 「おぬしはわしのミスで死んだ。だから帳消しにしてもらうために転生し、第二の人生を謳歌してもらったのじゃ」
おれに対面する存在は、わたしは突き放すように言った。
「神だと? 消えろ、悪魔が。いや、事故以降の現象は全て妄想なのだから、その安っぽい神の容姿もおれか。おれの中にある欲望の意識なのかもしれないな。都合のいい存在だ」
「ばかな、ばかな。おれは、なのは達を救ったし、彼女達はおれを必要としている。仮に彼女達がおれの作り出した幻想だとしても……」
「別に、真に危機から救いたいのであれば、原作のあらゆる不確定要素と危険因子を排除するように神さまに頼めば済む話だ。しかしそうなると原作どおりに事は進まない、おまえが格好良く助ける必要性すらもない」
おれは動揺して言った。いままで被い隠してきたものが白日の下にさらされようとしている。
「おれが介入できる程度の危機は必要だ。なのはやフェイト達の友情を消し去れと言うのか? 特典により、原作と比べると犠牲は最小限に抑えられている」
「エゴだ。おまえの妄想の中の登場人物に自意識が存在すると仮定しても、彼女達はその最小限の犠牲のためなら自らの友情を放棄すると思うが。まあ、おまえはわたしの欲の部分の化身なのだから恥じる必要はない。人間、だれしもそういう部分はある」
「だったらおまえはなんなんだ、おれを欲の化身と呼ぶおまえは」
「わたしはおまえの良心だよ。原作で幾度もおまえを止めようとした」
「やはりあのモブ……」
「欲のみの、良心のみの人間などいない。わたしたちはもともと一つだったんだ。欲の部分だけが転生できるわけがないんだ」
いやだ。おれはここに居たい。賞賛されたい、尊敬されたい、強くありたい、単純にモテたい。どうする、自殺すればまた転生できるかもしれない。しかし……くそう、実体がない。自殺する特典なんてもらってはいない。
「もうやめろ。むしろおまえは、わたしたちは己の欲に打ち勝ったと肯定的に捉えろ」
おれは救いを求めるようにわたしを見やった。
「それに入院費もばかにならない」
おれは――
――おれはぼんやりと霞む天井を見上げた。体の節節が痛い。
騒がしい声が聞こえる。懐かしい、家族の声だ。
知らない天井だ。と、おれは口に……
ちらと目の縁に移るのはおれと同じこん睡状態にある患者だろうか。おれは……