鴨川はユキと猫田の乗る電車を見送った後、熱い拳と志しを胸に宿し、青い空を見上げる。
戦後、日本が困窮し混乱していた時代。
二度と拳が握れない身体となってしまってもなお、彼が胸の中で抱いたのはボクシングに対するさらなる情熱と熱意だった。
いつか、自分の意志を継ぐボクサーを育てあげる。そして、約束を果たす。
彼の新たなる夢の船出。
(見ていてくれ…ユキさん、そして、猫田…俺はきっと世界一強いボクサーを育ててみせる。この拳と魂に掛けて…俺たちの拳を後々に残せる奴らを…!その時は必ずもう一度会いに行く、それまで待っていてくれ…)
彼は遠くなる機関車を見えなくなるまで見送った。切磋琢磨した友、そして、結ばれぬ事のない恋。切ない三角関係の狭間に揺れた余命少なき思い女が乗る機関車。
様々な想いと踏ん切りとケジメをつけた彼は新たな夢へと羽ばたこうとしていた。
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それから約5年後…。
鴨川はある飛行機に乗っていた、飛行機に乗っていた理由はアメリカから東京へ、本場のボクシングというものを学び帰国する為だ。
自分が独自で学んだ拳闘では限界があることを鴨川はアメリカ人ボクサー、アンダーソンとの戦いの中で学んだ。
その時の代償で拳は砕け、ボクサーとしての生命が断たれた。
彼は二年ほどアメリカのボクシングスタイルと選手の育成法、医療環境、そして、ノウハウを学び東京へと帰国する最中であった。
(…学ぶべきことは学んだ、後は己で道を切り開くだけだな…)
静かに瞳を閉じ、機内の中で飛行機が無事に東京に着く事を待つ。
熱い魂を胸に秘めて日本に帰り着くのを楽しみにしていた、これからが新たな自分のボクシング人生スタートになる。
だが、そんな時だ、機内で異変が起こった。
「ただいまエンジントラブルにより!これより緊急の…!」
そこから先は鴨川はよく覚えてはいない
だが、確かな事は…
彼の人生に大きな影響を及ぼすであろう出来事がこれから降りかかるということだけだった。
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時代は変わり、20XX年
世界は深海棲艦と呼ばれる新たなる脅威に対抗すべく、艦娘と呼ばれる少女達が現れ、互いに凄まじい戦いを日夜繰り広げていた。
しかし、ただ、少女達が互いに殺し合うという残酷な事を望まない大衆の声もあり、その戦いも形を変えて大衆にも受け入れられるスポーツによる決着へと形を変える動きが活発化してきたのだ。
そして、大衆にも受け入れられる互いにルールの中で戦いを繰り広げる事ができる物。
そう、ボクシングである。
艦娘と呼ばれる少女達は各鎮守府にあるボクシング育成所に所属し、階級別に身体を鍛え、深海棲艦とのタイトルマッチを行い勝利する事を目標にしている。
もちろん、敵は深海棲艦だけではない。
演習相手であるほかの鎮守府もそうだ、年に一度ある艦隊チャンピオンカーニバルでは艦娘同士の互いのプライドを掛けて戦う熱いタイトルマッチ戦が繰り広げられる。もちろん、そこには深海棲艦も参加可能だ、海外からの艦娘も参加を表明してくることも珍しくはない。
艦娘と深海棲艦とのボクシングは国全体を挙げた大衆に向けての娯楽競技と化していた。
場所はショートランド鎮守府。
この鎮守府にはまだ提督、ジム会長と呼ばれるボクシング責任者が未だいない状況にあった。
新たに艦娘の戦いの主流となったボクシングという風潮にボクシング経験の無い提督が指揮を取れずに辞めるという例が存在する。
いままでとはまるで違うやり方で通用しない提督が鎮守府を辞任する。このショートランドの提督もまた例外ではなかった。
「…どうなるんでしょう…はぁ…」
責任者、しいては総括する提督がいない艦娘は試合ができない。当然である。責任者、セコンドがいないとなればたとえ艦娘として生まれた彼女達にも命の危険性があるからだ。
この艦娘、大和もまたそんな艦娘の一人であった。
戦艦型の艦娘である彼女。戦時中、戦艦大和として誰もが知る栄光の道を彼女は華々しく飾っていた。しかし、現在は自慢の砲撃は必要がない。
何故なら、ボクシングで勝敗が決まるからだ。
(わたしだって…砲撃戦なら…誰にも負けないのに…)
大和はそう思いながら海岸を防波堤から座ったまま砂浜へと打ち上がる穏やかな波をジッと見つめる。
自分の力が果たしてどんなものか…、ボクシングはどういうものなのかさえ、彼女はまだ知らない
夕焼けに照らされる海岸は何処か寂しく彼女の目に焼き付いた。
自分だけではない、鎮守府にいる他の艦娘だってきっとそうだ。彼女達はボクシングという競技によって居場所がない。
もはや、戦争をし互いに命を削る戦いは既に過去のものとなっているのだから…、あの第二次世界大戦のように戦場を駆けて砲弾を放つことはない。
夕焼けに照らされる海岸をジッと眺め続ける大和、すると彼女はあることにふと気がついた。
「……ん…?……何かしら…?…誰か倒れてる?」
そう、海岸に横たわる人影。
こんなところで寝ている変わり者なんていない、大和の中で考えられることは一つだけであった。
それは、その人物はなんらかの原因でこの海岸に打ち上げられ、気を失っているという事。
「だとしたら、大変だわ!」
大和は慌てたようにその場から立ち上がるとその人影に向かい駆けてゆく。その人物は身元もわからないが放っておけばまた波に攫われて溺れ死ぬかもしれない。
できることなら、そんなことはしたくない、艦娘としての正義感が彼女を駆り立てたのだ。
そう…これが、彼女にとって運命の出会いになるとは、この時は思いもしなかった。