場所はショートランド鎮守府。
提督室にある寝室、その寝室で鴨川源二は横になり寝ていた。
季節は梅雨入りぐらいだろうか、提督室から見える窓の外は晴れ渡り綺麗な青空が広がっていた。
そして、窓を開けているからだろうか風通しが良く、チャリンと部屋に飾ってある風鈴が鳴る。
「ん…んぅ……」
鴨川はボクシングを引退してもなお未だに残る筋肉が重い身体を少しだけ動かしゆっくりと意識を戻してゆく。
…自分は一体どうしたのだ、あの飛行機に乗った自分は…。
鴨川は取り戻しつつある意識の中で色々な事を考えて思案する。
アメリカに渡り、ボクシングについて多く学んだ。未だに学び切れていない事もある。それに飛行機が確か…エンジンのトラブルにあって…。
「…あ、気づかれましたか?」
だが、そんな彼が様々な事を考えている事とは裏腹に目を覚ました彼が初めて眼にしたのは可憐な桜の様な娘の顔だった。
鴨川は突然の出来事に眼を丸くする。
それはそうだろう、意識を取り戻した自分が眼にしたのは見ず知らずの娘。先ほどまで飛行機に乗っていた出来事とは遠くかけ離れ過ぎている。
おまけに彼女からの膝枕と来た。
鴨川は慌てた様にベットから上体を起こして辺りを見渡す。
「……ど、どこだ…ここは…俺は一体…」
「…あ、まだ動かれては!浜辺で打ち上げられていたのですから安静にしないと…」
そう言って、鴨川に安静する様に促す娘。
だが、鴨川は断じて冷静ではいられなかった。自分がこれから起こす事を考えるとそんな暇などないからだ。
彼はボクシングで強いボクサーを作るという夢を叶えて、ユキとの誓いを果たすと決めた。
早く東京に帰り、ボクシングジムを開かないとならない。しかし、目を覚ませば知らない場所に娘。
彼は居ても経ってもいられなかったのだ。
「クソ!…こんなところで寝てる場合じゃねぇってのに!」
彼はもう使えなくなったであろう拳をダンッとベットに振り下ろす。
完治までとは言わないが、アンダーソン戦後時よりも拳は状態が良くなっている拳は勢い良くベットに叩きつけられ、先ほどまで鴨川が横になり寝ていたベットは激しく揺れた。
そんな彼の様子を見た娘はあわあわとしながらも宥める様に彼にこう話し始める。
「冷静になってください!…えっと…」
「…あ…、あぁ…すまない…ちょっと熱くなってしまった。貴様は誰だ?そして、ここは…」
鴨川はそう言って先ほどまで自分を膝枕していた宥める娘に向かい冷静さを取り戻してそう問いかける。
冷静さを取り戻した鴨川の様子を見た彼女はとりあえず安心したようにホッと一息つき、彼にゆっくりと話し始める。
「えっとですね、あ、まずは自己紹介からですね!…私の名は大和と言います」
「大和…?」
女性なのに変わった名前だと鴨川は感じた。
女性なら華らしい名前が普通だ。この娘なら桜の花が似合うので桜とかいう名前かと思っていたのだ。
鴨川は不思議そうに彼女が名乗る名前に疑問を抱きつつも自分も名乗らないと失礼であると感じゆっくりと自分の名前を明かしはじめる。
「…そ、そうか、大和か…、俺の名前は鴨川…鴨川源二だ。元拳闘屋で今はボクシングについてアメリカで学んで帰国している最中だったんだが…」
鴨川はそこから先を言い淀むように考え込む。
自分の事情を彼女に話したところでどうこうなるのかという事だ。見たところ、彼女は浜辺で打ち上げられていた自分を看病してくれた恩人だ。
これ以上、自分に深入りさせるのも悪いと義理堅い鴨川は感じたのだ。
するとその時だった。タイミングが良いのか悪いのかグゥと鴨川のお腹が鳴る。
それを見ていた大和は思わずクスリと笑みをこぼして、鳴った腹を慌てて抑えた鴨川を見る。
「ふふ…では詳しい話は食事を交えながら話しましょうか?」
「…すまん…面目無い…」
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ショートランド鎮守府食堂。
鴨川は大和に案内され、食堂で食事を取っていた。
彼に出されたものは意外とカロリーが少なく、体重もあまり左右されない健康的なスポーツ食だ。
その事にまず、鴨川は驚かされたが、それ以上に驚かされたのが大和から聞いた話である。
「ぼ、ボクシングだと…!女が…!それに艦娘だぁ!」
「…ま、まぁまぁ、そうです、今話した通りですね」
「ここがまず、ショートランドだってとこも信じられんが…女がボクシングでそれも第二次大戦の戦艦や駆逐艦が女になって戦うだのときたらもう頭がおかしいとしか言えねぇよ」
「はぁ…、うーん…そうですよね?まぁ証拠としては海の上を走れるとかでしょうか?」
「…本当か…それは…、はぁ…まさかこんな迷い込んじまうとはなぁ…頭がどうにかなりそうだ…。」
鴨川は大和が嘘をついているようにも見えなかった為に思わず非現実的な今の出来事に頭を抱える。
ボクシングといえばすなわち男の戦い、互いに拳を競い合いどちらが強いかを証明する。
だが、目の前にいる娘はそんな殴り合いとは程遠い華の様な娘だ。見る限り明らかに箱入り娘だと言っても差し支えないだろう。
しばらく考え込み、鴨川はゆっくりと大和に向かいこう訪ねはじめた。
「…それで、ボクシングしてるってなら、もちろんジムもあるんだよな…?」
「もちろんです!…あ、今日はほかの艦娘のいますし!確か今、テレビで試合を見てるはずです」
「試合戦だぁ?…そんなのもあるのか?」
「はい!…えっと確か、今日は駆逐艦級の賞金戦ですね、深海棲艦とランキング9位の夕立との演習試合だった筈です」
「おいおい…」
そう言って、鴨川は思わず苦笑いを浮かべ、笑顔を浮かべる大和にそう告げる。
駆逐艦級というのはおそらく階級の事なのだろうと大体予想はつくが、まさか本当に女子ボクシングをテレビでやっているとは思わなかった。
そして、食堂を後にした鴨川は大和に連れられジムにへと足を運ぶ。
大和が先導し、連れらるがまま艦娘がボクシングをするために鍛えているというジムに入る鴨川。
大和に連れらながらも、彼はジムを分析するように辺りを見回す。
そこにあるのは綺麗に掃除されたジム。中にはそれなりの設備が整えられているし、ミットはもちろんグローブも綺麗なままだ。
当然、サンドバッグやパンチングボールといった設備も備え付けてあり、環境としてはこの上ないほどに充実している。
そんな中、大和は奥の部屋へと続く扉を開き、鴨川をそこへと誘導する。
彼はゆっくりとその部屋へと足を踏み入れる。そこには大きな液晶のモニターがあり、大和以外の艦娘が3人ほどそのモニターに映し出される試合を観戦していた。
《立ち上がりは両者慎重。どちらが先に仕掛けるでしょうか?》
《おっと、ここで夕立が前にでるぅ!右ィッ!ここで、挨拶と言わんばかりの鋭いストレートが深海棲艦の右頬を鋭く捉らえたァ!》
「…フットワークが軽いな、駆逐艦はやっぱり」
「でも長門さん、あれは多分、まだ夕立ちゃんの本来のスタイルでは無いですよ?」
「だな、聞いた話じゃ、本来は本能で打ち負かすような野生の直感で戦うようなスタイルって話だったからな」
「そ、そうなんですか?」
《おっとしかし深海棲艦も負けじと打ち返すゥ!…がしかし、これは虚しく空を切ったァ!そこに夕立が被せるようにカウンタァー!》
そう言って、互いに試合の分析や動きを言い合い、現在、戦っている夕立の試合についてどうなっているのかを話し合う娘達。
その話し合う様子を見ていた鴨川は神妙な顔つきを浮かべていた。
この艦娘達はボクシングというものに関して実に冷静に分析し、互いに意見を交換している。
向上心…、それもある。もはや、この環境と設備を見て鴨川は思わずこんな風に思った。
「…貴様らは…試合にはでらんのか…?」
いや、気がつけば声に出ていた。
モニターで夕立の試合を観戦していた艦娘達は一斉にその声のした方に振り返る。
そこには見慣れない男性の姿。そして、その横には自分達と同じ艦娘である大和の姿があった。
周りの艦娘から長門と呼ばれた娘はその声がした主に訪ねるようにこう声を上げる。
「…貴方は…?」
「俺の名は鴨川源二…。まぁ、少しだけ貴様らと話がしたい、時間をもらえるか?」
それが彼女達と鴨川源二との邂逅であった。