早朝、ショートランド鎮守府。
時刻は朝7時半頃だろうか、朝早く、鎮守府に敷かれた道をひたすら駆ける人影が4つ。それを追うように一台のバイクが追い込みを掛けている。
そう、その人影は彼女達、艦娘だ。
その後ろから追い込みをかけるバイクに乗っているのは鴨川。彼は声を張り上げて彼女達を奮起させるように言葉を浴びせる。
「おらぁ!走れ!走れい!!ボクシングに必要なのは基礎体力だ!馬車馬の様に走るのが基本!さぁ!まだ距離はあるぞォ!」
「ふ、ふぁい!」
「ぜぇ…ぜぇ…」
(鬼です…鬼が居ます…)
ひたすら長い長いロードワーク。鎮守府にある道を鴨川からバイクで追われ彼女達はひたすら走る。
身体の節々が悲鳴を挙げるが、それでも構わず走らされる四人。
大和、長門、赤城、祥鳳は息を切らしながら必死に足を動かし、ペースを上げたり落としたりしながら駆ける。
「さぁ!ラスト直線だ!日本帝国海軍の軍艦である貴様らの根性!俺に見せてみろォ!」
「ひ、ひぃ…!」
「…まだ!まだよ!……!」
「もうちょっと!もうちょっとです!」
「…くっ…!こんなところで!…負けられるかぁ!」
ラストの追い込みをかける鴨川の声に呼応するようにペースを上げて必死に駆ける四人。必死な形相で全力で目標であるジム前を目指す。
そんな彼女達の様子を後ろから見ていた鴨川は少しだけ笑みを浮かべその様子を冷静に判断していた。
それは彼女達の向上心と対抗心、そして、負けん気と根性。
(ほう…こやつら…意外と骨があるな…女と思って加減も考えたが…。様子見で現役の時の俺が走った距離に近いものを走らせた…しかし誰一人脱落しとらん。これはひょっとするかもしれんな…。)
駆けて駆けて駆けまくる。足を鍛え、さらに無呼吸での打ち合いに負けない体力づくり、ボクシングに必要な要素がこの走ることだ。
体力が限界を超えてさらに進化させる。
努力という果てない積み重ねだが、それができるできないとでは明らかに選手としての完成度が違ってくる。
「よし!ロードワークが終わったら次は打ち込みだ!貴様らの拳の力を見る!」
「ぜぇ…ぜぇ…も、もうですか…?」
「…さ、流石にきついな…これは…しかし!これで強くなるなら…!はぁ…はぁ…」
「はい!頑張ります!」
「…慢心しては…はぁ…はぁ…ダメね…げほげほ」
「よし!その意気だ!行くぞ!」
そして、鴨川はジムの中に入った四人を引き連れサンドバッグのあるところへと連れて行く。
彼は、この鎮守府に流れ着いた時に彼女達に
話をしていた。それは、自分がこの鎮守府で会長を務めるという旨だ。
ただ、女子ボクシングなんてものは鴨川も見たことはないし、何より、自分のスタイルが彼女達の成長に繋がるかどうかもわからない。
『貴様らの熱意は、先ほどのモニターを通して試合を見る姿勢でよくわかった。ならば、それを燻らせているのを俺は黙って見てはおれん…。戦いの場は俺が用意してやる』
『ほ、本当ですか!?』
『俺もそうだったからな…貴様らが強くなりたいのなら俺が指導してやる。そうだな…まずは基本的な構え方からだ』
こうして、鴨川は本格的に大和達のボクシングの指導に立ち会う事になった。
かつて、全盛期だった自分が戦争によってそれを不意にしてしまった。だから、そんな思いをさせたくはない。
ボクシングができない辛さはよくわかるし、そして、何かの縁でかつて日本を護るために戦争を共に戦った艦が目の前にいる。
そして、ボクシングを見て、トレーニングを自分達で考えて、いつか、自分がリングに上がり戦う事を夢見る彼女達の意思と熱意。
それが鴨川の鉄の意志を持つ心を動かしたのだ。
サンドバッグの前についた鴨川は大和、赤城、長門、祥鳳を呼びそこに並ばせる。
「今からそれぞれ拳を握りこのサンドバッグを思いっきり殴ってもらう」
「サンドバッグを…ですか?」
「そうだ、貴様らは独自で鍛えたという拳を見せて貰う。構え方とストレートの殴り方は先日教えたな?、それじゃ階級ごとに殴って貰おうかまずは…祥鳳、貴様からだ」
「え…?あ…は、はい!」
祥鳳は鴨川に呼ばれ慌てた様にサンドバッグの前にグローブをはめて立つ。
そして、先日、鴨川に教えられた様に拳を固めてギュとグローブに力を入れる。そして、自分で構え方を思い出しながらサンドバッグに対峙した。
「で、では行きます!はぁ!」
全身の力を振り絞って、祥鳳は吊るされたサンドバッグに向かい渾身のストレートを思いっきりぶつける。
腰、肩、腕、と力が込めらた祥鳳のストレートはサンドバッグを捉え、サンドバッグは大きく音を立て後ろに飛ぶ。
(綺麗なフォームだ、纏まっていてそれでいてストレートに無駄がない。体の芯も捉えている…がしかし、難点と言えばまとまり過ぎてるところだな、力は…割とあるのか?グローブの跡が残っている…)
鴨川は冷静に祥鳳の拳を分析して、そう感じた。
彼女の拳には無駄ない軌道と綺麗なフォームが備わっていて実に良いストレートだと言えるだろう。しかし、このストレートにカウンターは正直合わせやすいとも感じた。
だが、特筆する点においては構えてから打つまでの動作が速く、回転も拳の破壊力も申し分ない。
あとはこの娘の意思の強さとこれから磨いてゆく技術の問題だ。
「よし、良いものを持っているな…祥鳳と言ったか?貴様。」
「あ…はい、そ、そうです」
「…まぁ、合格点だ。次は…赤城、貴様だ構えろ」
「え…?…は、はい!…えっとこうですね」
そう言って、赤城は支持されたように拳を握りしめてサンドバッグの前に立つ、その構え方は独特で亀のように両手を上げたガッチリとしたものだ。
鴨川はその赤城の構え方に疑問を抱き、思わず質問を投げかける。
「ん…?それは…?」
「あ、ピーカブースタイルですね、私達は全員、インファイターなんですよ、私だけはアウトサイドのスタイルの両方できるのですがね」
「ほう…二種類のスタイルの使い分けが出来ると?…」
「えぇ、私の師匠の直伝で教えてくださったのです、それで…サンドバッグでしたよね?」
「そうだ、行け!」
「はい!では一航戦!赤城!いきます!はぁ!」
赤城は拳に力を入れて思いっきりサンドバッグにそれをぶつける。
そして、それを受けたサンドバッグは宙に浮くと激しく音を立てて揺れた。鋭い右に激しく揺れるサンドバッグ。鴨川は思わず息を飲んだ
(こいつ!…腕に無駄な力を入れずサンドバッグに鋭い右を入れやがった!しかも、早い上に強打!…なるほど、これは凄い逸材かもわからんな)
鴨川は赤城の振るう拳を見てそう確信する。
彼女の鋭い拳にはおそらく何者かの教えがあるだろうが、それにしても拳を握って打つまでの動作に基本に忠実に、そして、綺麗なまでの軌道がまるで弓道で的に矢を放つ様な一連の芸術的な動作を思わず思い浮かべてしまうようなそんなストレートだった。
これに加えてさらにアウトサイドなボクシング展開もできるとなれば、逸材と言っても過言ではないだろう。
そして、赤城のサンドバッグの殴り方を見た鴨川は次に待つ長門の方へと視線を向ける。
「次は…長門、貴様だ…」
「了解です。会長…」
そう言って、拳を強く握りしめて構えを取る長門。
そして、鴨川は静かにそれを見つめて観察する。この後、鴨川源二は彼が見た中でも忘れらない光景を二度目にすることになる。それは彼が求めるボクシングに近いもの…。
彼はユキとの誓いを果たす道しるべとなるものだと…鴨川源二はその光景を見て思う。その一人が…彼女、長門という艦娘だった。