アジア艦娘新人王トーナメント
よもや、アジア圏内だけでなく世界からも手練の新人艦娘ボクサーが参加を表明するトーナメント。
大和はその試合を一週間前に控え、鴨川と共に相手選手のDVDを見ていた。最初は鴨川もDVDの使い方がわからなかったがそこは大和がわかっていた様子で今はプレーヤーを使い試合を見ている所だ。
「相手選手は戦艦ル級、なかなかの強者らしい」
「…戦艦ル級…」
「ボディブローからの崩しからストレートまでの動作。そしてその技のキレと破壊力から深海の破壊神と呼ばれている…これまでデビュー戦から3戦2勝、なかなかの勝率だ」
「しかし…黒星が一つありますね?」
「あぁ…これは、貴様もいずれ当たるだろうから教えておいてやろう、戦艦霧島。奴に黒星を付けたボクサーだ」
鴨川は淡々と大和に戦艦ル級を倒した艦娘の名前を告げる。すると、彼女の表情が驚愕なものへと変わる。
「霧島…ですか…」
「聞いたことはあるみたいだな?そうだ、戦艦霧島…。そうこれまで4戦4勝の強者だ」
「彼女もこの大会に?」
「そうだな、ル級に勝ち、そして、二回戦を勝ちあがれば三回戦で当たることになるだろうな、とりあえず今はこいつだ」
ひとまず、鴨川は一通り対戦相手の情報を大和に教えるとDVDに写る戦艦ル級を彼女に示す。
彼女の相手は今はDVDに映る相手選手、相手選手に黒星を付けた霧島ではない。
そう今回の目的はあくまでもル級のボクシングスタイルについて研究する事、鴨川はそれについての話を大和にし始める。
「…右ボディからのアッパー、そして、ジャブのフェイントからの強力な右ストレート、お手本のような戦い方だ」
「しかし、打ち合いになろうとすると避けますね?」
「…綺麗な逃げ方だ。下手な打ち合いは苦手なんだろう、しかし隙を見せれば詰められ、あの攻撃の餌食だ」
そう言って、鴨川はジッとル級の攻撃パターンを見極めながら大和に説明する。
決して、簡単な攻撃はない、戦艦というだけはあって破壊神の名に恥じない戦艦ル級は豪打、一撃を持っている。
おまけに大和は今回がデビュー戦で経験が彼女よりも圧倒的に少ない。試合の雰囲気に呑まれてしまわないかという懸念も鴨川にはあった。
「それではこの一週間は、赤城とのスパーリングを挟みながら試合に慣れる事。そして、体力と肉体を徹底的に鍛え備えるぞ!いいな!」
「はい!会長!」
こうして、鴨川と大和の長いようで短い、アジア新人王に向けての特訓は始まった。
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スパーリング。
実践を仮定した上での練習試合。
大和は赤城とのスパーリングを試合に向けて身体を鍛えながらひたすら行なっていた。赤城にアウトサイドスタイルを中心に戦ってもらう対戦艦ル級との試合を仮定としたスパーリングである。
だが、この試合である大和の欠点を鴨川は見つける事になった。
「どうしたぁ!もっと中に入り込まんか!」
「…くっ…!…えい!」
「…ふっ…」
中に踏み込んだ大和の右は軽々としたステップを踏む赤城に難なくかわされてしまう。
そう、大和の欠点とは遥かにボクサーとしての戦闘経験が足りないことだ。だからこそ、アウトサイドのボクサースタイルについていけない今の状況ができているのである。
鴨川はそれを見て思わず顔をしかめる。おそらくは相手もある程度の戦闘経験を踏んでいる猛者だ。大和が試合をこなしていないところを必ずついてくる。
アウトサイドボクサーを無理やりインファイトに持ち込むなんてのは中々出来ることではない、ましてや、経験が少ない大和なら尚更だ。
「右!来るぞ!ガードをしっかり固めろ!小娘!」
「は、はい!」
「赤城、わかってるわね?」
「…了解です!コーチ!ふっ…」
その鳳翔とのやりのりの直後、ガードをしっかりと固めた大和の視界から赤城の姿が消える
大和はその赤城の素早く、小さく纏まった動きについていけない、気がつけば右から…
「…くっ…はや!…ぐぅぅ!」
ボディに右フックを突き刺されていた。
しかし、大和はそれだけで根を上げるような軟弱な鍛え方はしていない、鴨川に会う前から彼女も身体は鍛えていたのだ。
それに加えて、鴨川の特訓に耐えた彼女の腹筋は鍛え上げられている。並のフック一つでは折れない。
「この!」
「あぶっ!…ひぇ!?」
大和のお返しとばかりに振り下ろされた豪腕ストレートが赤城の頬を掠める。
素早く反応した赤城だが、空を裂くその凄まじいストレートを間近で見て思わず恐怖から声を上げた。
だが、それだけで大和の反撃は終わらない、すぐさま体制を整えた彼女から電光石火のワンツーが赤城の顔面に向かい放たれた。
しかし、赤城はこれが見えていたのか首を小さく振りグローブで大和のストレートの軌道を変えて最小限の動きでそれを躱す。
だが、大和のストレートに手が触れた瞬間に赤城の表情が更に変わった。
(…っ痛ぅ…!…なんてストレート!?あんなの浴びたらひとたまりもないわ!?)
「赤城!!下がるな!!」
(そりゃ無茶ですよ、お師匠さん)
赤城は鳳翔からの激に苦笑いを浮かべ、大和から間合いを取った後彼女の方へ振り返る。
だが、その眼には退くなと言わんばかりに赤城を真っ直ぐに見据える鳳翔の目があった。
つまり、大和の拳に退かないまま懐に入り込んでいけと告げているのだ。
「行け!小娘!畳み掛けろぉ!」
「はい!会長!」
だが、彼女達のやりとりなど御構い無しに大和は鴨川の指示で真っ直ぐ赤城へと突っ込んでゆく。
ピーカブースタイルの大和はそのまま赤城に向かい直進、そして、構えた右拳を思いっきり
「はぁ…!!」
彼女のガードの上から右を突き落とした。
ガードをしていた赤城はロープまで思いっきり吹き飛び、グッとその衝撃を耐える。
ガードをしていたのか、はたまた素でダメージを受けたのかバカにならないほどとてつもない威力の拳だった。
彼女の唇から血が滲み出る。
「ほら、言わんこっちゃないわ…早く行きなさい」
「…はぁ…結局そうなりますよね…今のは本当効きました」
鳳翔の言葉に納得したように赤城は頷く。
そう、わかっていた、ボクシングをやってる以上殴られるのは当たり前、全部の拳を捌けるわけは無い。
だから鳳翔は敢えて飛び込み、赤城に大和の隙をついて打てと言っていたのだ。
(足に来ますねあの拳…ガードしてなかったら首から上が無くなってましたよ、ほんと…。ですが…)
赤城は再びガードを突き出すように出して構える。
だが、先ほどまでと彼女の雰囲気が一変していた。そう、彼女はまだ本来のスタイルを出していなかった。
赤城はどうしたことか、突き出すように出したガードをその後ゆっくりと…
「さぁ…いきましょうか…」
下げた。そう、彼女が取ったスタイルはノーガード。
これには大和のセコンドについてる鴨川も目を見開いて驚きが隠せなかった。
それはそうだろう。大和のような破壊力のある拳を間近で見ておきながらそれに臆するどころか目を据えてノーガードで立ち向かおうとしているのだどうみても正気の沙汰ではない。
(馬鹿な!正気か!階級が違う艦娘同士のスパーだぞ!ヘッドギアがあるといえど大和の拳の威力を考えれば壊れる可能性もある…!鳳翔!)
鴨川は驚愕の表情を浮かべたまま、鳳翔を見る。しかし、鳳翔は何事もないように赤城を見つめるだけ、おそらく彼女も承知の上での判断なのだろう。
静かな眼差しで赤城を見つめる彼女の姿を目視した鴨川はそこで悟る。この師妹関係にはとても言い表せないほどの信頼があると。
(…信頼があるのか…それほどまでの…。ならば何も言うまい…)
だからこそ…鴨川は構える大和に向かいこう告げる。
「小娘!いけ!貴様!ガードを下げられておるのだぞ!」
「は、はい!」
(おそらく何かある…だが、このままの訳にはいかん…攻めなければ勝てないのがボクシングだ)
鴨川は予想している事を承知の上で大和に攻め立てる様に促す。
赤城の纏う空気が変わり、そしてスタイルも先ほどとはかけ離れたものだが、それは撃ちあわなければわからない事。
大和は鴨川の言葉に従い。ガードを下げた赤城に向かい間合いを詰める。
「はぁ!」
そして、容赦無く放たれる右ストレート。
だが、次の瞬間、ストレートを放った彼女とセコンドにいる鴨川は信じられない光景を目の当たりにする。
「…ふっ…」
「…え?」
パシンという軽い音。いつの間にか赤城は大和の懐に飛び込んでいる。
下げられていた赤城の左手によって大和の右ストレートの軌道が変えられたのだ。
いや、厳密に言えば赤城はガードをすべて下げたわけではない、少しだけ下に下ろしただけなのだ。
(なんだと!大和のストレートを片手で…!)
これには鴨川も驚愕を隠せない。
しかし、赤城のセコンドについている鳳翔は何事もなかった様に平然とした表情のままその光景を見つめていた。
だが、それだけではない。力を込めた大和の右ストレートは空振り。そして、その瞬間、赤城の眼光が光る。
(…あの娘の本来のスタイル、それはガードをするのではなく敵の懐に入り込むノーガードに見せかけた超反射の受け流し。ガードを下げたのではなく相手の拳を弾くために特化したあの娘だけの戦法…そして…)
赤城の握られた拳に力がこもる。
鳳翔はその光景を懐かしむように見ていた。かつて、自分が面倒を見てきた2人の正規空母。愛弟子。
そのボクシングはかつての自分を超えるかもしれない才能とそれができる天眼を彼女、それを一航戦赤城は持っていた。
(…これが…私の!!)
彼女の握られた拳はストレートを外した大和に向かい真っ直ぐに突き抜ける様に飛んで行く。
その光景を目の当たりにした鴨川はマズイといった表情を浮かべるが大和に声をかけるのは既に遅い出来事だった。
パァン!と凄まじい炸裂音がリングの中で木霊する。
次の瞬間には、ストレートの勢いに乗った大和の身体に合わせて赤城の綺麗な右ストレートが彼女の顔に突き刺さっていた。
そして、次の瞬間、ガタン!と音を立てて大和の膝がリングの上で折れる。
「これが私の得意な鳳翔さん直伝の『流星カウンター』です」
鮮やかに決まった赤城のカウンター。
それを見て悟ったのか、鴨川は静かに瞳を閉じる。
そう、それはこのスパーリングは完全に大和のKOだという事を理解していたからだった。