鴨川は膝をついて倒れた大和を見て勝負があった事をすぐさま悟った。
それはただのカウンターを食らって倒れただけではない。右ストレートに右ストレートのカウンターを完全に合わされたからだ。
利き腕同士のカウンター、立てるほうがおかしいのだ。
(…あの赤城のスタイルを初見で見抜くなど俺にも出来ん。なるほど、階級差があれどあのカウンターならば確かに関係はない…か)
鴨川は冷静に今回、大和がダメージを負った赤城のカウンターについて冷静に分析する。
(あの赤城のカウンター、ストレートが伸びきり大和の顔に直撃した際、赤城は腰をさらに捻り込んで打っていた…。相手の懐に深い位置に飛び込まなければ出来ない芸当。なるほど奴がインファイトもできるのはそういうカラクリだったのか…)
「…信じられん、大和が…」
冷静な鴨川の分析を他所にそのスパーリングの様子を見ていた練習メニューを一通り見ていた長門がその光景に唖然としていた。
しかし、現実はご覧の通り、綺麗な赤城のカウンターが決まり、倒れたのは大和の方だ。
その事実は変えられない。
(…仕方あるまいな、あんなものをくらえば倒れるのは必然。大和の拳自体相当な破壊力がある…それが何倍になって自分に降り掛かれば当然の結果だ)
そう内心で倒れた大和を見つめ鴨川。
これ以上のスパーリングはおそらく無理だろう。倒れた以上、大和が立ち上がる事はないはずだ。
そう鴨川は思った。いや、その場にいた赤城も鳳翔も長門と祥鳳もそう思っていた。
だが…。
「…ぐっ…うっ……」
「……なんですって!?」
大和はゆっくりとその場に立ち上がってきた。
その眼の焦点はあってはいないが、彼女はそうであってもゆっくりとその場に立ち上がって見せたのだ。
鴨川もその姿を見て度肝を抜かした。
(…なんという執念、タフネスさだ……右と右のカウンターだぞ?!それにあの自分の拳の倍の威力だ…立ち上がれるはずが…)
鴨川は唖然とした様子でそれを見ていた。
毅然として立ち上がる大和の闘志。それには気高ささえ感じられる。
だが、大和は拳を握りしめて口を動かしブツブツと呟いていた。
「……か…い……ちょうの……ミット……」
(……意識が朦朧としている筈なのに…)
「………練習……通りに……」
大和の眼差しが光を灯す。その眼には光。
それは、自分が今までやってきたことを出しきれてないから。
まだ見せていないからだ。鴨川に、自分の持っている底力を…、可能性を。
大和は握りしめた拳を構えて再び赤城に直進する。
(…やばっ!……)
「うああああああ!!」
大和はがむしゃらに自分の拳を振るった。
完全に不意をつかれた赤城はガードをしようとグローブを構える。
だが…。
「拳は来ないわ!赤城!フェイントよ!」
(しまっ!)
その時は既に遅かった。
鳳翔の声のつかの間の出来事。完全にフェイントに不意をつかれた赤城は引っかかった。
赤城の懐下に大和は潜り込むようにして入り込んでいる。
(意識が朦朧とした中でフェイントだと!?あいつ!自分で!)
鴨川は目を見開いてその光景を見た。
大和は鴨川の練習でフェイントなど教わってなどない。おそらく自分で考えた技だろう。教わらなくても以前から大和はトレーニングをしていたと鴨川に話していた。
長年積み重ね燻っていたもの。それを大和は今、鴨川の前でやってのけたのだ。
構えた大和の左拳が唸る。
腕の筋肉が蒸気をあげ、ミシミシと音を立てて稼働する。
まるでそれは突き上げる46cm砲。一撃必殺に等しい拳。
「ぁああああああ!はぁ!!」
ズドォン!と凄まじい音がリングからジムのあらゆる場所に鳴り響いた。
打ち上げられたのは大和の残る力を込めたアッパー。赤城の顔が上に突き上げられ血まみれのマウスピースが宙を舞う。
そして、ボロボロの大和の横を通り過ぎる様にその身体はゆっくりとマットの上に沈んだ。
そして…。
「……が……、」
大和も声をこぼして、膝をその場についた。
その光景に皆が声を失う。特に鳳翔は赤城があそこからやられると思っていなかったのか驚愕の表情を浮かべていた。
(…あの娘のカウンターを食らってなお立ち上がるだけでなくてKOし返すですって!?そんな馬鹿な!?)
「赤城!!」
「大和!!」
そして、すぐさま鳳翔は倒れた赤城を確認すべくリングの中に入り様子を確かめる。
それと同様に鴨川もまたリングに入り、慌てて、すぐに大和に近寄った。当然だ、右に右のカウンターを浴びて立っていたのだ。身体に異常がないのかと心配にもなる。
あくまで今回は新人戦に向けてのスパーリング。それで故障があればとんでもない。
しかし、鴨川はそこでさらに驚愕の事実を目の当たりにする。
「おい!大和ぉ!小娘!おい!…な、なんだと!?」
それは大和は既に気絶していたという事実だ。
いつから気絶していたかは定かではない、だが、あの右のカウンターを受け立っていた時には焦点はあっていないように思われた。
鴨川はその大和の戦う姿勢に思わず感服する。
(…既に意識はなかったのか!?いつからだ!?いや…それよりも、ないまま、フェイントを入れて無意識のままあんな拳を…、なんという奴だ…こいつは!?)
大和のその根性と凄まじい気合。
そして、積み重ねてきたものを彼女はセコンドにいる鴨川に可能性として示して見せた。
その光景を見ていた鳳翔は笑みを浮かべ安堵し、自分の側にいる気絶していた赤城を無理やり起こそうと長門からもらったバケツの水をかける。
「……赤城起きなさい」
「…うぐ…頭が……」
「大丈夫ちゃんとくっついてるわ」
「あ、本当ですね」
そう言って横たわったまま鳳翔の何事もないような言葉に笑みをこぼす赤城。
そして、赤城は鳳翔に対して試合を見ていた時の状況を訪ねはじめる。
「…私は倒れたのですか?…」
「えぇ、綺麗なアッパー1発でKOよ」
「なるほど……ですね……」
赤城はすんなりと今自分が横たわる状況に納得がいったのか静かに鳳翔の言葉に頷く。
アッパー1発、それだけで自分は倒れたのかと普通なら思うのだろうが、この時の赤城は違っていた。
鳳翔もそれはわかっている。
「赤城、貴女、最後首を捻ってかわしたでしょ?」
「…わかりましたか」
「…でも倒れた上にマウスピースが吹き飛んでいたわ」
首捻り。それは拳自体の威力を緩和する為に使われる高等技術。
しかし、それをもってしても大和の拳は赤城の頭を吹き飛ばし、彼女が咥えていたマウスピースさえ飛んでいく威力だった。
そんなアッパーを食らえば倒れるのも納得してしまう自分がいた。それに…。
「…しばらく、足の方のダメージが大きくて少し立ち上がれそうにありません…」
「…鍛え方が足りないわね」
「面目無いです」
足の芯に残るダメージ。
階級が違うとはいえど赤城がこれほどダメージを受けるのは想定外の出来事だった。鳳翔は改めて大和の拳の威力に背筋が凍る。
(…もし、あのストレートがまともに入っていたらと考えるだけで肝が冷えるわね…)
鳳翔は真っ直ぐに膝をついて気絶している大和を見つめる。
赤城と大和のスパーリング。
これは互いに有益であり、また、互いの弱点と可能性を知る良いスパーリングとなった事を鳳翔と鴨川は悟るのだった。