はじめの大和!!   作:パトラッシュS
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ROUND8 デビュー戦

 

 

 戦艦ル級。

 

 戦歴はデビューから黒星一つのみの優秀なボクサーである。

 

 彼女はトレーナーと共にアジア艦娘新人王トーナメントに向けての調整を行なっていた。彼女の目標はただ一つ、自身に黒星をつけた戦艦霧島にリベンジマッチを行うためだ。

 

 

「シッ!…シッ!」

 

「ダメダ! テンポガオソイ! モットアゲロ!」

 

 

 そして、そのトレーナーには深海棲艦の中でも実力派ボクサーとして活躍しているタ級がトレーナーとしてついている。

 

 ジャブからリズムを上げていき右ストレート、さらにテンポを上げて左ジャブの連打。

 

 戦艦霧島と対戦した際、ル級は手も足も出なかった。試合内容は見事なKO負けだ。

 

 あの日から誓ったものがある。それは、リングの上で必ず借りを返すという固いリベンジの誓いだ。

 

 ここの深海棲艦のジムには鴨川のようなトレーナーはいない、自分達で考え、自分達で学び、自分達で強くなる、そういった方法で今まで艦娘達と拳を交わして来た。

 

 そう、今までは…。

 

 

「…どうだい、ル級の調子は?」

 

「ア! トレーナー!」

 

「イマノトコロハ、ジュンチョウナシアガリダナ」

 

「そうか、それは良かった」

 

 

 そう言って、提督帽を被る優しげな壮年の男性はにこやかな笑みを浮かべていた。

 

 彼の名は来島 宗一郎。

 

 元ボクサーの日本ランカー三位であり、鎮守府の提督をしていたのだが、ある出来事がきっかけで鎮守府を去る事になった。

 

 そして、鎮守府を去った彼が辿り着いた先が深海棲艦達が自分達で切り盛りしているこの鎮守府だったのである。

 

 現役の頃はアウトボクシングからインファイトまでこなす万能型ボクサーだったが、右目が網膜剥離を引き起こし引退。

 

 盛んになってきた艦娘でのボクシングの流行をより大きな形にする為、大本営がスカウトし、トレーナーという職に就いた。

 

 しかし、上記の様にある出来事から鎮守府のジムのトレーナーを辞任するに至る事になり、今は深海棲艦である彼女達のトレーナーを務めている。

 

 

「ル級、見ていたが足の踏み込みが甘い。そんな浅いスウェイバックじゃ間合いを詰められて連打を撃ち込まれるぞ」

 

「ウッ!…ハ、ハイ!」

 

「よし、ならミット打ちを再開する。私がミットを持つから打ってこい!」

 

 

 そして、再び、練習を再開しミット打ちをし始めるル級とトレーナーの来島。

 

 右ストレート、左ジャブ、指摘したスウェイバックを中心に彼から教わる通りに彼女はミット打ちを行う。

 

 ここのジムにいる深海棲艦達には夢があった。

 

 いつか、いつかでいい、今まで自分達だけでやってきた鎮守府でこうしてボクシングを教えてくれる来島に恩返しがしたいと。

 

 それは、ボクシングという形で返したい。ベルトを持って彼を喜ばせて上げたいとそう皆が思っていた。

 

 

 戦艦ル級との試合当日。

 

 大和は試合控え室で鴨川と共に軽いウォームアップを兼ねたミット打ちを行なっていた。

 

 今回が大和のデビュー戦となる。緊張で力んだ身体はなかなか解れない中、大和はこうして、ミット打ちを行なってる時がなんだか心が安らぐ気がした。

 

 だが、試合が始まればこうはいかない、鴨川はミット打ちをしながらも険しい表情を浮かべて拳を構える大和をじっと見据えていた。

 

 

「小娘、貴様、力が入りすぎだ。そんなパンチじゃ蚊も殺せんぞ」

 

「…はぁ…はぁ…、は、はい!」

 

「緊張しすぎだ、力を抜かんか。赤城とのスパーリングの意味がないだろう。…むぅ」

 

 

 困ったといった様子で鴨川は首を傾げていた。

 

 女性と接する機会など、鴨川には雪くらいしかいなかった。こういった状況下において、女性の緊張のほぐし方など鴨川にはよくわからない。

 

 なんと言葉を掛けてやろうか、なるべく、自然な言葉でほぐせればそれでいい。

 

 すると、鴨川はとりあえず無い考えの中で大和にこう声をかける事にした。

 

 

「試合に勝ったら、焼肉でも行くか」

 

「…え?」

 

「貴様のデビュー戦祝いだ。これくらいしか思いつかなんだが、ジムの皆と一緒に焼肉に連れてってやるよ」

 

 

 そう言って、鴨川は普段から険しくしていた表情を少しだけ和らげて笑みを浮かべる。

 

 普段から厳しいトレーニングをしてきた彼女達には何かしらのご褒美をそろそろ上げねばとは何度か思っていた。

 

 これくらいで大和の緊張が解れるのであればそれでいいと鴨川は思っていたのだ。

 

 

「…尚更負けられません! 焼肉!」

 

「現金な奴だな、まぁ、緊張がほぐれたなら良い、ほらミット打ちだ! こい!」

 

「はい!」

 

 

 拳にいい具合に力が抜けた大和の拳が鴨川が構えたミットを叩く。

 

 程よく身体が暖まってきた。先ほどまでガチガチだった拳も力が良いぐらいに抜けて綺麗にミットに入る。

 

 この感覚、そう、練習で繰り返してきたこの感覚こそが大和がデビューするリングの上でしめさなければいけないものだ。

 

 

「ふぅ…ふぅ…、…よし」

 

「覚悟はできたみたいだな、それじゃ行くぞ大和! 時間だ!」

 

「はい!」

 

 

 バシン! と両手に嵌めたグローブを付き合わせて試合前に気合いを入れる大和。

 

 相手は油断できないアウトボクサー、今回は赤城とのスパーリングとは違う本物の試合だ。

 

 燻り続けてきたものが内から湧き上がるような錯覚を感じる。脳内からアドレナリンが噴き出してくるような感覚だ。

 

 相手が待つリングに大和は鴨川から率いられて向かう。

 

 

「あ……っ」

 

 

 そして、大和はリングに向かう中、周りを見渡し思わず声をあげた。

 

 周りには艦娘の戦いを一目見ようと押しかけたすごい数の観客達の姿があったからだ。

 

 戦艦級のボクシングは見応えがある人気のある階級だ。そのKO率は85パーセント以上を誇る。

 

 戦艦級の壮絶な打ち合いを見に今日もいろんな鎮守府の関係者や一般人、スポンサーまでこの試合を見にきている。

 

 

「大和ー! がんばれよー!」

 

「ル級! 今日も頼んだぞ!」

 

 

 いろんな声が飛び交う中、大和は舞い上がりそうな感情をぐっと抑えて鴨川に先導されたままリングの中へと入る。

 

 対するル級は既にリングの中へと入り、落ち着いた様子でシャドーを繰り返し拳の調整を行っていた。

 

 それを見ていた鴨川は感心したようにル級をジッと見つめる。

 

 

(むぅ…流石に試合をそれなりにこなしてる事もあって落ち着いとるわ…、立ち上がりは要注意だな…)

 

 

 そう、デビュー戦の大和に対する鴨川の懸念はそこにあった。

 

 こうして、試合をするのが今日が初めての大和に対して一回霧島に負けてるとはいえ経験値を積んでるル級。

 

 この差は非常に大きい、立ち上がりに出鼻を挫かれればそのまま畳み込まれる可能性だってある。

 

 

「小娘…ゴングが鳴ったら1度、離れろ、立ち上がりが大事だ」

 

「………」

 

「?…大和? 聞いとるのか?」

 

 

 そう言いながら、反応がない大和に対して声をかける鴨川。

 

 すると、大和はまっすぐル級を見据えると鴨川のその言葉に対して左右に首を振りこう話しをしはじめる。

 

 その眼差しには大和の強い覚悟が秘められていた。

 

 

「会長…、ゴングが鳴ったと同時に私行きます!」

 

「…! なんだと…」

 

「…すいません、多分…、向こうがアウトボクシングなら尚更行くべきだって」

 

 

 その言葉を聞いた鴨川は思わず面食らったように目を丸くする。

 

 大和は舞い上がってはいなかった、それどころか冷静に立ち上がりを考えていたのだ。

 

 自分の長所は間違いなくインファイトでの殴り合いが持ち味だということを彼女は悟っている。

 

 だからこそ、鴨川の提案を敢えて大和は聞かず提案をした。しかし、鴨川にとってみれば大和のその言葉は実に嬉しいものであった。

 

 それは、デビュー戦くらいの緊張に押し負けない力強さを感じさせてくれたからだ。

 

 

「よし、貴様が思う通りやってみろ!」

 

「はい! 会長!」

 

 

 マウスピースをガッチリ噛み、力強く頷いて応える大和。

 

 握りしめられた拳に力が入る。そして、リング中央に移動する大和はル級と真正面から向き合うと軽く拳を付き合わせる。

 

 そして、コーナーに戻ると大和の記念すべきデビュー戦の試合のゴングがレフェリーの合図と共に…。

 

 

「ファイ!」

 

 

 今、鳴り響いた。

 

 アジア艦娘新人王トーナメント1回戦、大和VS戦艦ル級。

 

 果たして勝者に輝くのはデビュー戦の大和かそれとも経験を積んだル級か。

 

 そして、緊張感が高まる中、試合開始と同時に先に動いたのは。

 

 

「…シッ!」

 

 

 大和からだった、右手の鋭いストレートがル級の顔面目掛け飛んで行く。

 

 これにはル級も面を食らったように慌ててスウェイバックで間一髪のところでかわした。しかし、右頬には掠っただけなのにも関わらず跡が残っている。

 

 

『おぉと! 大和からの挨拶と言わんばかりの鋭い右ィ! 空を切ったというのに凄まじい音だ!』

 

「距離を取れ! ル級!」

 

「チィ!」

 

「逃すな小娘!」

 

「はい!」

 

 

 すぐさま距離を取ろうとするル級だが、大和は勢いのままル級との間合いを一気に詰める。

 

 そして、綺麗なワンツーをル級のガードの上から叩き込む、瞬間、弾けるような音がリングに響き渡った。

 

 

『おぉと! ル級のガードが弾け飛んだぁ!? 凄いパンチ力だ!』

 

「今すげー音したよな」

 

「おいおい、あんなのまともにもらったら堪んねーぞ…」

 

 

 会場の観客も実況席もその大和から繰り出されたワンツーにどよめいていた。たかだか、ワンツーのパンチをガードの上から叩き込んだだけにも関わらず軽くガードが吹き飛んでしまう程のパンチ力。

 

 戦艦級ならば、それも見慣れているものだろうが大和から繰り出されたそれは一見してスケールが異なるものだ。

 

 ル級もそれを受けた途端すぐに悟った。これはまともに受ければとんでも無い事になるということを。

 

 

「…クソ…っ!」

 

 

 すぐに、位置を取りながらパンチを繰り出し距離を取るル級。

 

 大和はル級から繰り出されたそれをガードで受け流しながら綺麗に捌いていく、だが、ガードをした大和の隙をついてル級は思惑通りの位置を確保することができた。

 

 立ち上がりから激しい応酬、観客の期待感はますます高まっていく。

 

 激しい打ち合いとKO劇が今日も見れるかもしれないという期待だ。

 

 大和のデビュー戦は上々の立ち上がりからこうしてスタートした。

 

 







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