フィレスの水色の視線は引き絞った後に放った矢の様にエルドの瞳に突き刺さる。
エルドもまた鋭利な矢を的確にフィレスに射返す。
二人の身体に横たわるのは僅かな空間しかない。そしてふたつの呼吸音が蔦の様に二人に纏わり付き、雁字搦めに締め上げてゆく。
視線を外さないままの、そんな状態でどのくらいの時が過ぎたのであろうか。
沈黙を破ったのはフィレスであった。
「アンタにとって意味は無いじゃないの。知りたがる理由は何なのよ。」
「理由?どうだっていいだろ。」
「他人を嬲る口実が欲しいからじゃないの。」
「へぇー、解ってんなら言」
「言わないわよ、アンタになんかに・・・・・!」
互いの体温と呼吸を肌で感じる距離でありながら、交わす言葉は棘棘しい。
フィレスの背中と両手の手の平に壁独特の冷たい感触が張り付く。
壁以外の残る三方をエルドの両手と身体で包囲され、退路を塞がれた状況にも関わらずに引かない「姫君」がそこにいた。
そんなフィレスを見るエルドの視線が段々と鋭さを増してくる。そして視線と同じく言葉も鋭くなっていた。
「権力者って輩はみんなそうだ。上から目線で偉そうに命令しやがってよ!」
吐き出した台詞は空間を支配した後、床に散らばる駒に積もる。
心の底から相手を忌々しく思うエルドの感情は、遠慮なくその態度に出ていた。
「・・だったら・・・・・何なの・・・」
フィレスは搾り出した自分の声を、どこか他人の声の様に聞いていた。
身体の底からふつふつとちいさな怒りが湧き上がり、じわじわと広がる。
それを押さえようと硬く唇を閉ざした。
「使い捨てられる立場の人間の気持ちが、汚ねぇ王族どもに解るか!!」
エルドはそんなフィレスの事などお構いなしで、己の感情を至近距離の相手めがけて叩きつける。
言いながらエルドは右手で拳を作り、その拳で壁を激しく打ちつけた。
—————ダンッ
自分の耳元で大きく響く音にフィレスの身体はびくんと動き小さく強張る。
驚いた顔は一瞬で、すぐに挑む表情になり相変わらず目の前の男を睨み続けていた。
フィレスはこみ上げて来る怒りと共に小さく唇を開いた。
「・・・・から・・よ・・・」
「はぁ?聞こえねぇよ。お姫様は声もマトモに出せねぇのか。」
歪んだ口許で嗤いながらエルドは言う。
「・・・・姉さんが・・弓しか許してくれなかったからよ・・・・」
睨みながら唸りながら言ったフィレスの手は壁から移動して若草色の上衣を両手で握り締めていた。
それを視界の端に留めたエルドはニヤリと笑った。
今の低い声の言葉が、目の前の女にとって嘘ではないという事と大切な意味があったのだと確信しながら。
二人が賭けたのは「何故、フィレスは弓を手にしたのか」であった。
フィレスが負ければそれを答える。
フィレスが勝てば何もない。
この賭けは随分とフィレスが損をしている感がある。
普通ならフィレスが勝てば「何故、エルドは弓を手にしたのか」が交換条件となるのであろうが、
あいにく彼女はエルドが弓を取った理由などどうでもよかったし、今まで遊戯板の勝負で負ける事が滅多になかった。
だからこの条件で勝負を受けたのだ。
「そんな事も自分で決められないとはね。くだらねぇ理由だな。」
言いながらエルドの右手が壁から離れてフィレスの顎を捉える。
「アンタに・・・何が・・・・解るのよ・・・」
「解りたくもねぇぜ。腐り切った権力者の事なんてよ。」
エルドは蔑む表情で吐き捨てる様に言った。
フィレスの視界から離れないその表情は、その昔にディパンとパルティアという二つの宮廷で見た、或いは向けられた幾つもの顔と重なる。
二人の間の僅かな空間を、目の前の獲物を蔑むエルドの身体がじりじりと侵食していった。
—————からん
離れた場所の駒が叫ぶようにたてた小さな音を二人は聞いた。