桜の花びらが風に吹かれて舞い散る季節……春。
四月という季節は出会いの象徴として挙げられる通り。
木々の間からこぼれる光が明るく人々の道を照らしている。
青々としたブレザーに身を包む女学生たちが、自身の通う学校まで向かってゆく。
入学式を終え、既に仲良くなったであろう数人で他愛もない話をしながら学校まで過ごすこの時間。
そんな空間でただ一人赤めの髪の麗しい少女は、周りが一目見ただけでもわかるような憂鬱な空気を、周りの明るい雰囲気とは場違いに振りまきながら、とぼとぼと木漏れ日の道を歩んでいく。
周りを歩く少女たちは彼女を怪訝な目で追い、それでもその異質な空気故に誰も彼女に声をかけることはない。
彼女も其れを自然とし、当たり前であるかのように周りを気にしていない。
まるで何も音が聞こえていないかの振る舞い、何も見えていないかのような視線。
その当の彼女はただ独り、学校を見上げ、ため息をつく。
その顔には深い哀しみ。
その目に映っているのは、失ったモノ……
彼女のこれまでの短い十数年の中で、現在進行形で一番心に重くのしかかっている相手。
自分の意地のせいで喪い、二度と巡り会えないであろう存在。
自分の為に、色々と気を焼いてくれた人……
大事な大事な同い年の幼馴染の少年……
今日はその相手を、喪ってから一年。
亡くした直後は、すぐに帰ってくると信じた。
そこから半年、待ち続けたが、帰ってくることはなかった。
裏切られたと彼女は泣きわめき、親に当たったが、当然帰ってくることはない。
そして今年で一年……待てども待てども待ち人は来ない。
彼女はここでようやく、相手の死を認識する。
しかし彼女に涙が浮かぶことはなかった。
彼女は既に半年経った頃に涙を枯らしてしまった。
彼女はもう、彼で泣くことはないだろう。
それとともに、虚ろな目に光を灯すことも、ないのかもしれない……
「トシロウ……」
彼女--西木野真姫--はただ一言、想う相手の名を呆けるようにつぶやき、再び校舎へ向け歩き出した。
* * *
西木野真姫が校門の中に入っていく様子を、一人の少年と、てるてるぼうずに類似した姿の浮遊するナニカが、街路樹の陰から見守る。
眉を顰め、悲しげな顔をする少年を慰めるように、そのナニカが彼の肩へ触れる。
少年は既に見えなくなった少女の背中を目で探しながら、肩にいるナニカに話しかける。
「なぁ……ツナ」
「どうしたの?」
「本当に……彼女に会っちゃ、ダメなのか?」
「だめだよ。君が死んでから……あれからもう、一年も過ぎてしまったんだ」
ツナと呼ばれたそのナニカは丸い頭を横に振り、少年の願いに否定の意を示す。
気付けば学校からチャイムが響く。
少女たちが登校を終えるまでの間、誰も少年たちには気付くことはなかった。
少年はクルリと向きを反転し、音もなく、ゆっくりとした足並みで歩き出す。
「……」
「それに、今の君は彼女に会いに行っても……」
「しってるさ……向こうから……視えないし……触れないもんな……」
ツナは少年へ優しく諭すように告げる。
彼はツナに止められていなければ、今すぐにでも彼女のことを追いかけに行っていたかもしれない。
握った拳は力みすぎるほどに震えており、悲しげな顔の口元は奥歯を強く噛み締めて、その力で頬の皮が引きつっている。
例え彼女に自分の姿が見えずとも、自分が彼女に触れられずとも、彼女に声をかけたいという想いが強いのだ。
そんな彼にツナはただ優しい言葉を語りかける。
「大丈夫。君ならきっと、すべてを集め、歴史の修復と同時に君の死も救える」
「……できるか不安になるよ」
「オレがいる。それに、君には今、力がある。それを成し遂げるための力が」
少年は自らの腰に巻かれている大きいベルトのようなものに目を向ける。
取り外せない彼の今の象徴に等しいそれは、真ん中の穴から覗く瞳をもって、彼の心境を見透かしているような気分にさせられる。
白と黒を基調にカラーリングされた目玉を形どった物体を、彼はどこからか右手に握り、そのまま眺める。
「君は、その力をそのために発現した」
「……ああ」
「わからないとは思う。ただ、君があの子にもう一度会うためには、そうするしかないんだ」
「視えるようになれば、触れるようになれば……って思ったけど」
「……ゴメン、俺がもっと早く君を……」
少年はその言葉に、ツナを掴むことで応える。
その目には先ほどとは違う意味の悲しみと、確かな怒りが宿っていた。
ツナはただ一言、ゴメン。と告げる。
少年も首を横に振り、同じく一言で、いいよ別に。と返す。
互いの間に気まずい空気が流れる。
その時、右手に握ったままの道具が震えだす。
それは、彼らを戦いへと誘う
生に執着するごくごくそれなりに平凡な少年が、戦士になるための舞台への
ツナと少年は顔を見合わせ、まっすぐに走り出す。
目指すは手の中の道具が示す場所……
「急ごう。
「ああ、
……東京、秋葉原駅前の広場。
* * *
秋葉原駅前のUTX学園付近。
既に登校、通勤のラッシュ時間は過ぎてはいるものの、それでも人の数はほかの都市と比べて多い。
陽も高く昇りはじめ、徐々に暖かさが強くなり始めたころに、そこでは現在、謎の事件による騒ぎが起こっていた。
その騒ぎとは不可視の連続切断事件。
車や自転車、建物の一部が切り裂かれる事件が、同日に連続で六件も起こっていた。
幸いにも無人者や無人駐車、建物も人がいないスペースが狙われたために死傷者は0。
しかし、警察は万全を期するために住民の避難をする。
住民の避難誘導を終えた時、それは、『顕れた』。
「ドコ……ダァ」
『それ』を中心とし強い風が吹き荒れる。
イタチのような顔、両腕は鎌、全身が着流しのような和装に身を包んだ化物、その名は眼魔。
その姿はさながら妖怪である『
それを視認し取り囲むように動いた警官たちを、一瞥すると眼魔は腕の鎌を空で一薙ぐ。
直後、警官たちの服が細かに斬れ始め、そして同時に斬れた個所から鮮血が飛ぶ。
「イイコエダ、ジツニイイコエダ。キサマラノオソレハ、ワレラノヤボウノ、イシズエトナル」
痛みに悲鳴を上げる警官たちを見てせせら笑う眼魔。
彼らの瞳に涙が浮かぶ。未知の恐怖と痛みによって蹲ってしまう。
既に数人が命乞いをし始めている。
助けてくれ、命だけは、生きたい、母さん父さん。
集団心理とはよくいったもので、徐々に怯える声が大きくなる。
市民を守るはずのこの世界の警察官は、自身らへの鼓舞となる象徴が存在しない故に、あっけなく心が折れてしまった。
そんな戦意喪失した彼らに興味を失い、これ以上目を向けることもなく、眼魔は次なる獲物を探して歩きはじめる。
その眼前に、パーカーを羽織り、オレンジ色の顔をした、黒色基調の
「マチクタビレタゾ、ゴースト。サァ、キサマガモツアイコンヲ、ワタシテモラオウカ」
「……お断りだ。お前たち眼魔に、これは渡せないんだよ」
「ソウカ、ナラバザンネンダ……シネ。ゴースト!」
「そっちもお断りだっ、バカ!」
ゴーストと呼ばれた戦士はとびかかる眼魔からバックステップで距離を取る。
距離を詰め追撃をしてくる眼魔の攻撃を危なげなく避ける、避ける、避ける、そして飛び込む。
懐に潜りこまれると思いもしなかった眼魔がひるんだ一瞬を狙い、アッパーカットを撃つ。
「オラァ!」
ゴーストは気合いの叫びとともに、愚直に真正面から眼魔にぶつかりに行く。
クラクラと揺れる敵に全身の体重すべてでぶつかる単純かつ強力なタックル。
しかし、ここでゴーストの攻勢は一気に守勢に転ずることとなる。
眼魔が暴風を起こす。
暴風に耐えきれず思わず顔を覆うゴースト。
だが、それは悪手だ。
敵から目を離すということは、それまでのペースが一度ゼロに戻ること。
そして忘れてはならない。
鎌鼬とは、風の中でこそ本領を発揮するのだ。
「イテェッ!」
背中に鋭い痛みが走る。
衝撃に踏ん張れずゴロゴロと転がりさらなる隙を眼魔に与える。
敵が立ち上がる暇など眼魔は与えない。
執拗な斬撃がゴーストを襲う、斬る、襲う、斬る、飛ばし上げる。
高速の移動から与えられるダメージは次々と彼に蓄積をして行く。
「ウァッ!」
幸いにも大ぶりの一撃で飛ばされたことによって、眼魔の攻撃範囲から逃れることに成功。
ゴーストは自身が彼に勝つために必要なものはとりあえず高速移動かと判断する。
しかし今の彼には速度をどうこうする手立てはない……かと思われた。
「ゴースト!オレを使って!」
ゴーストは素直に声の指示に従い、ベルトのカバーを開き既に入っていた目玉状の道具--眼魂--を取り出し、新しく別の眼魂をセット、カバーを閉じる。
『アーイ!』
どこぞのDJのようなテンションの掛け声が響く。
同時にゴーストからパーカーが脱げ、全身真っ黒の姿へと変化する。
『バッチリミナー! バッチリミナー!』
待機音と思わしきサウンドが響き渡る。
テンションの高いそのリズムは、それまでの空気を吹き飛ばす錯覚を覚える。
眼魔は何をしかけてくるかを気にし、警戒力を強める。
同時に、先ほどとは違うオレンジ色と白色が混ざったパーカーがベルト--ゴーストドライバー--から飛び出す。
それを確認したゴーストは冷静に、ベルトの右にあるレバーを引き、そのまま戻し、両腕を上に掲げる。
『カイガン!ボンゴーレ!』
音声とともにパーカーの袖がゴーストの腕を通り、羽織る形になるとともに、ゴーストの仮面に銃が二丁交差し、黄色に光る。
『アサリ・イタリア・マフィアミリー!』
音声の終了とともにパーカーの背部に、黄色と青で彩られた紋章らしきものが表示される。
「さぁここからは……」
ゴーストが両手を掲げると同時に、その手にはシルバーに輝くグローブ---ボンゴレグローブ---が展開され、そしてそのグローブにはオレンジ色の炎がクリアに灯る。
「死ぬ気で、おまえを倒すぜ」
炎を宿すゴースト--ボンゴレタマシイ--は、腰だめに右こぶしを構え、左手を使い眼魔を挑発する。
安い挑発だが、眼魔はあっさり乗ってしまう。
先ほどまで優勢だったというのに突然余裕しゃくしゃくの態度を取られたのがよほどに腹に据えかねたらしい。
「チョウシニノルナヨ! ゴーストォ!」
風が吹く。
ゴーストの周りにある空気が渦巻いていく。
廻る、廻る、廻る、廻る、そしてその回転から眼魔が、背後からゴーストの首に向かって腕の鎌を構える。
遠心力によって高まった速度により、その切れ味は大変強烈……だが
「バーニングボム」
風が霧散し、回転する場所がなくなればその遠心力もすぐに失われ意味をなさない。
そう、ゴーストは強烈な爆発を足元で起こすことにより、そこを中心とした爆風で周囲の気流をばらしたのだ。
さすれば残った眼魔一体は無防備に空中に浮かぶだけ。
ゴーストは体勢を変えないまま右腕を使ってレバーを引き、戻す。
『ダイカイガン!』
背後に浮かぶ眼魔の肩を右手でしっかりとつかむ。
『ボンゴレ!』
この眼魔の唯一の敗北ポイントは安い挑発に乗ったこと。
速さに追いつけないならばその速さを奪えばいい。
それが風を霧散させるという荒業だ。
『オメガドライブ!』
掴んだ方から眼魔が徐々に凍り始める。
そのスピードは瞬間的に上昇し、音声の終了から3、4秒で眼魔は完全に凍り切った。
ゴーストは凍った眼魔を上空へほおり投げ、自身も浮かび上がると同時に、その塊を拳で粉砕する。
ゴーストの着地とともに眼魔のかけらは空に浮かんだまま塵へと消えていき、空中から小型の鎌が地面に刺さり、金属音が響いた。
「死ぬ気のゼロ地点……突破」
* * *
「お疲れ様トシロウ」
「ああ、ありがとうツナ。助かった」
「気にしないで。オレもトシロウに負けられたら困るんだし」
秋葉原の雑踏を歩くトシロウと、浮かぶツナ。
先ほどの戦闘はだれにも姿を見られていない……ではなく、見ることができなかった。
周りの眼には、突然眼魔凍り、空に浮かび、粉々に割れたところしか映っていないはずだ。
土地の被害などに貢献することはできないので、警察や自治体に任せ、誰も見えない中とんずらすることになったのだが……
「……やっぱり、気にしてるのかい?」
「……うん」
人とすれ違うたびに誰にも声をかけられないトシロウ。
中学生三年目という若すぎるときに命を落とし、そしてツナとともに眼魔と戦う宿命を背負わされた少年。
ツナはそれを悲しく思った。
まだまだ遊びたい盛り、やりたいことも、人のぬくもりも欲しがる歳だというのに、その想いは眼魔によって遮られ、喪われた。
無理な笑顔を見せる少年に、ツナはただ、寄り添うようにともに歩き続けるだけしか、今はできないのだった……
・眼魂
目玉のような形をした歴史の象徴。これを狙い、眼魔という存在は現れる。
これを15つ集めると、願いが叶うとされているが……
・眼魔
歴史の象徴である眼魂を狙う存在。その目的は不明。
どうやら物体に取り付くことで、下級中級の眼魔として誕生するらしい。
・ゴースト
トシロウが得た、眼魔に対抗するための力。
どういう経緯で得たのかは本人も知らない。
気付けば持っていた。
・ツナ
トシロウの相棒、兼友達。
本名【沢田綱吉】、その正体は【ボンゴレタマシイ】に内包された人格である。
次回【希望の巫女】