一難去って、また一難。
「いやぁ助かったで!ほんまおおきに!」
「ええ、まあ…あの…お願いしますこの頭の上で噛みついてるイーブイをどうにかしてくださ痛い痛い!!」
『ブィィ!』
「あ、すまんなぁ!こらイーブイいい加減にせぇ!」
『ブィィ!!!』
イーブイの怒りは収まっていない。なんでイーブイが怒っているのかは知らないが、無理やり私の頭から引きはがしてくれたおかげで痛みから逃れることはできた。噛みつかれたせいでまだひりひりと鈍い痛みはあるけれど、それでも先程よりはマシ。
イーブイが男―――マサキさんの方に突撃し、腕に噛みついている。でもマサキさんは気にしていないようだ。むしろ苦笑しながらも、私たちを見て口を開く。
「ありがとう!姉ちゃんらのおかげでポケモンもチケットも無事に戻ってきよったわ!」
「はぁ…」
『グォォ…』
「そのリザードン格好ええな!…せや!せっかくやから姉ちゃんらも一緒に来る?」
「え?どこに?」
「何の話だ」
「…ってか、マサキさん俺のこと覚えてる?」
クリスと私が首を傾けている中、ヒビキは引き攣った顔を見せつつマサキさんに話しかける。マサキさんは目をぱちぱちと瞬きをしてヒビキを直視し、ようやく誰なのか気付いたかのように笑いかけてきた。
「ああ!なんやあの時助けてくれた少年やんか!ひっさしぶりやなぁ!」
「助けて…くれた?」
「ああ、マサキさんの家に向かったらいろいろと事件が起きてな…」
「事件とは何のことだ?」
「聞くなクリス…ポケモンが信じられなくなるぞ」
「本当に何があったの?!」
『グォオ…』
ヒビキが遠い目をしつつ宙を睨みつけている。その瞳には何も映ってはいない。いや、おそらくマサキさんと出会った時のことを思い出しているのだろう。何があったのか地下通路では話してはくれなかったし、今も話す気はないようだ。そんなヒビキのことや私たちに気づくことなく、マサキさんはイーブイを宥めつつ前へ歩き始めた。
「ほんならさっさと行こう!船に遅刻したら間に合わなくなる!」
『ブィィィ…』
「ふ…ね?え、船ぇ!?」
『グォォ?』
『ブィィィイ』
「機嫌治しいやイーブイ。船についたらたっくさん美味しいの食べさせたるからな!」
『……ブィ』
マサキさんがずんずん進む。私達が一緒に来てくれていないと分かると、イーブイをボールに入れてからヒビキとクリスの手を掴んで引っ張っていく。私も仕方なくリザードンをボールの中に入れてからついて行くことにした。
船、ということはどういうことなのだろうか。クチバシティに船があるのは知っているけれど、それは限定でしか入ることはできないプレミアものではないのか?
クリスが怪訝そうな目でマサキさんを見た。
「クチバで船…ということは、あのサント・アンヌ号か?」
「惜しいな姉ちゃん!これから行くのは新しくできた聖・アンヌ号や!」
「えっと…私たちがその船に乗っても大丈夫……なんですか?」
「当たり前やで!むしろ助けてくれた恩は返さんと気持ち悪くなる!それに、聖・アンヌ号はポケモンバトルや育成が主流の船やで!ワイの開発したシステムも取り入れてる画期的な船や!」
「ポケモンバトルや育成が…!」
「それはむしろ行く意味があるな!よしヒナ行くぞ!!」
「まあ…拒否権はない…よね?」
「ないだろ!ってか行くしかねえって!行くぞヒナ!!」
「よっしゃぁ!進むで!」
―――まあ、ナゾノクサの育成に役立てることができるのなら何とかなるかな。
ヒナは頭の中でそう考えながらも、彼らと共に歩いていった。船に乗った後に、ジム戦に行こうと思いながらも。
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聖・アンヌ号というのはポケモンバトルと育成を主に取り扱うトレーナーにとって娯楽の船である。船にはポケモン専用の機材がそろっており、修行してレベルを上げるも良し、スキンシップをとって仲を深めるも良し。ポケモンのバトル大会やコーディネーターによるパフォーマンス大会、そして交換やたまご交換会など実に様々なことが楽しめるようだと分かった。
船にはバトル専用のフィールドが完備されているのもあれば、人とポケモンがある程度一緒に過ごせられる部屋を個室で用意されている。
どうやら私達はそこで一泊することになったらしく、マサキさんの計らいによってそれぞれ専用の部屋に案内してくれた。その部屋はポケモンセンターで普段泊まる部屋とは違って大きくてきれいなものなのだけれど、どこか落ち着かない部分もある場所だった。
今現在は船のホールにいるのだけれど、そこにいたのは見慣れた赤髪。
「なんでシルバーがここにいるの!?」
「それはこちらの台詞だ。俺は父上の代理で来たからだが…お前たちは何故ここにいる」
「マサキさんを助けたお礼に決まっているだろうクソシルバーめ!!」
「貴様には聞いていない」
「なんだと!?」
「おい喧嘩すん―――グッホォ!?おい八つ当たりでチコリータ突撃させんなよ!!」
『チッコ!』
「あーもう…ほらみんな喧嘩は止めなさい!!」
「なんや賑やかやなぁ!」
「賑やかってもんじゃないですよ…っていうか、目立ってるし」
「というかシルバー…ジム戦は?」
「勝ったに決まっているだろう。ほら、バッチだ」
「うわ本当だ…マチスさんに勝ったんだね。おめでとう」
「ああ」
「くっそ…そのドヤ顔が腹立つ!チコリータぁ!!」
『チコリ!』
「いっでぇぇ!!やめろクリス!!」
ヒビキの痛そうな悲鳴があがり、チコリータのやる気満々な声が聞こえてくる。
それにため息をつく私と、呆れたような目で見つめるシルバー。面白そうな顔でチコリータを見ているマサキさんがいた。
ホールではパーティが行われているらしく、マサキさんに勧められて船で貸し借り可能な黒服ドレスを着てから参加している。
本当なら参加しなくてもいいらしいが、まあこれも恩を返すというマサキさんの声に断れなかったのと、ヒビキたちが楽しそうだという雰囲気を壊したくなかったから。パーティは誰でも参加可能だし、ドレスも無料で貸し借り可能だから良いかな。
「おい貴様。パーティーが終わった後俺とバトルしろ」
「ふん!望むところだ!お前を叩き潰してそのプライドを粉々にしてやる!!」
「そうできるといいな?むしろ俺に負けて逆上するような恥ずかしいことするんじゃないぞ」
「誰がするかだれが!くそ…チコリータ!」
『チッコ!』
「ぶふぉ!…だから俺に八つ当たりすんなって言ってるだろ!!!!」
「うんうん!元気なのはええことやで!」
「あはは…はぁ」
ホールに来ているシルバーもヒビキと似たようなタキシードを着てこちらを―――というか、クリスを睨みつけていた。リボンが多くつけられている赤服ドレスを着ているクリスもシルバーを睨みつけており、やっぱり喧嘩するほど仲が良いという言葉が似合う二人だと実感する。
――――そんな時だった。
【ポケモンパフォーマンスバトル大会!参加者全員には進化の石を一つプレゼント!そしてぇぇ優勝賞品にはなんとマスターボールを一つプレゼントだぁぁ!】
ホールに設置されたアナウンスから大きな声が鳴り響く。その声を聞いたのはホールにいるトレーナー全員だ。
「進化の石かぁ…ナゾノクサのために【たいようのいし】か【リーフのいし】は欲しいところ…かな」
パフォーマンスバトル大会ということは、ピチューが活躍し、楽しめる場に違いない。だから参加するのは確実だろう。参加すれば進化の石はもらえるから、無理に優勝しなくてもいいだろうし。ナゾノクサも進化したいという時が来るのを想定して念のために持っておくだけの話だし。
――――でも、ヒビキたちはそんなこと思ってはいなかった。
「「「マスターボール…だと!?」」」
「え、あの…みんな?」
「マスターボールがあれば捕まえることが不可能なポケモンを捕まえるのが可能だ…伝説が捕まえられるのなら徳はあるが…自然の摂理を乱さない程度のポケモンならあるいは…」
「すっげー強いポケモンに戦ってから捕まえる!」
「シルバーに勝てるポケモンだ。奴に余裕で勝てるポケモンを捕まえてやる!!」
『チッコォォ!』
「あんたたち自分のことしか考えてないの!?」
ちょっと呆れた。マスターボールに入れられたくないポケモンがいたらどうするつもりなんだか。というか、マスターボールだなんてものあっても意味ないと思う。ポケモンと人間の絆が必要なバトルにおいて、無理やり捕まえてきたポケモンだと勝つことは不可能に近いから。伝説だって無理やりバトルされたら抵抗するだろうし、最悪死に近い事件がおきるかもしれない。だから私はマスターボールは使いたくない。
トレーナーにとって最上級のボールと言えるのは、ただのモンスターボールなんじゃないのかなとは思うけれど、まあみんながみんなそうとは言えないよね。
「ヒビキたちがポケモンに嫌がる行為をするってわけじゃないのは知ってるけど…無理やり捕まえるのは駄目よ」
「分かってる!でもマスターボールってなんかかっけーだろ!」
「ふん…マスターボールさえあれば父上に貢献できること間違いなしだ。ヒナが心配するようなことはしないが、欲しいものは欲しいだけの話だ」
「あれは私がもらう!シルバーなんかに取らせてたまるか!!がんばるぞチコリータ!」
『チッコ!』
チコリータがぶんぶん葉っぱを振り回しつつ、みんなが気合十分な声をあげてきた。
そんな声を聞きながら懐でボールがゆらゆらと揺れるのが感じる。特にピチューのボールがガタガタとうるさく揺れている。だから、これから大会でどんな目に遭うのか不安が込み上げてきたのだった。