TALES OF THE ABYSS外伝ーセレニィー 作:(╹◡╹)
あれから話し合いの末、ひとまずエンゲーブという農村で降りることとなった。
目的地であるキムラスカ王国に向かうには南下する必要があるとティアが言ったからだ。
ルークもセレニィも土地勘がない。ティアがそう言うならばとその提案に従った。
「おっと! 待っておくれ、嬢ちゃん」
村へ進むルークとティアの後を追おうと歩き始めたところで、馭者に声をかけられる。
「あ、はい。なんですか?」
「忘れもんだよ… ほら」
「わっ… とと。えっと、これは?」
そう言うとセレニィの手の上にズッシリとした革袋を乗せてくる。
少しよろめきながらも落とさず受け取りつつ、疑問を口にする。
手に伝わってくる感触からして、中にはコインが入っているようだが…
「お釣りだよ。……あの宝石は、グランコクマまでの料金としてのモノだったろう?」
「……あっ」
「ハハッ。アンタはともかく、あの長髪の彼女もしっかりしてるように見えて抜けてるね」
ともかくって… 自分ことセレニィが抜けてることに疑いは持たれていなかったのか。
複雑な感情を抱きつつも返す言葉もないので、口から漏れるのは苦笑いのみである。
釣りについて3人とも失念していたのは事実なのだから。けど、そうなると疑問が残る。
「なんで、わざわざお釣りを返すんだって考えてるな? そりゃ俺も最初は考えたさ」
「ははは、ですよねー。……でも、だったら」
「なに、ただの気まぐれさ。ちょっと『いい人』になってみたい、そんな気分だったのさ」
そう言われてしまってはなんとも言えない。あれこれと詮索して気が変わられても困る。
結局セレニィは丁寧に頭を下げて礼を言って別れ、ルークとティアの後を追うことにした。
そして村の入口… 辻馬車の待合所には馭者が一人残される。
「ったく、聞かせるつもりはなかったんだろうが… 『記憶喪失』なんて耳に入っちゃなぁ」
気まぐれとはいえこちらから料金を負けてやったのだ。最後まで通さねば片手落ちだ。
そう自分を誤魔化しつつ、馬車の出発の準備をはじめる。グランコクマまではまだまだ遠い。
安っぽい同情心から不意にしてしまった稼ぎは、自分自身の働きで補わねばならないのだ。
「儲けについちゃ正直なところ惜しかったが… まぁ、頑張りなよ。記憶喪失の嬢ちゃんたち」
つぶやくような独り言を拾うものは誰もいなかった。
――
「遅かったわね、セレニィ。ルークは探検するって言ってたけど… 何を話し込んでたの?」
「ふっふっふっ… 馭者さんからお釣りを貰っていたんですよ。ほら!」
「お釣り? ……あっ!」
セレニィが掲げた革袋を見て、自身がそのことに思い至らなかったことに気が付く。
自身の迂闊さを理解したティアは、思わず口に手を当てたポーズのまま硬直する。
「どうやらお気づきのようですね。そう、あの宝石の料金は首都までのもの」
「ここは一駅目だものね… となれば差額を要求するのは当然の権利か。失念していたわ」
「当座の資金は用意できました。これで旅の準備も整えやすくなったかと」
旅をするならば、それは可能な限り安全で快適なものにしたい。
絶対保身するマンにとって、それは呼吸をするように当たり前の思考である。
そんなことは露知らず、ティアはセレニィに尊敬の眼差しを向けている。
「えぇ、そのとおりね。……それにしてもよく気付いたわね」
「当然ですよ。ティアさんが私たちのために手放してくれたモノを、無駄にはできません」
「セレニィ… ありがとう」
「気にしないでください、ティアさん。だって、お… 私たちは仲間じゃないですか」
ドヤ顔である。
言っていることは馭者の受け売りなのだが、自分の手柄のように吹聴している。
絶対保身するマンは捨てられないために自身を売り込む機会は逃さないのだ。
まさに屑の所業であるがティアはそんなセレニィの本性には気付かない。
そしてセレニィも、さらに自身のハードルが上がってしまったことに気付かない。
――
「のどかな村ですねぇ… 旅の途中でもなければゆっくりしたいところですけど」
「えぇ、本当に。……あらルーク、どうしたの? こんなところで」
「ん? あぁ、遅かったな。おまえらを待ってたらここからいい匂いがしてきてな」
ティアが村の入口近くの家の前で立っているルークに声をかけると、そう返事が返ってくる。
それに興味を覚えたセレニィはルークの隣に立ち、その匂いとやらを嗅いでみる。
「! これは…」
「な? いい匂いだろ」
「……味噌」
そうつぶやくと、歩き出した。
「ってオイ。どこ行くんだ?」
「……セレニィ?」
涎を垂らしながら、まるで操られるようにフラフラと匂いの先へと。
そして躊躇なく扉を開けて中へと入っていった。
「ちょっと、セレニィ!?」
「よ、よくわかんねーけど… 追うぞ!」
後を追った二人が見たものは…
「おねーちゃん、だいじょーぶ?」
「アンタ、どこの子だい? ひょっとしてお腹をすかせてるの?」
「……はい」
潤んだ瞳で腹の音を鳴らす、哀れを誘う少女の姿。
そして突然家に上がり込まれたにもかかわらず、親身に対応してくれる母子の姿であった。
確かに今にも垂れた耳と尻尾が見えてきそうな情けない姿では警戒心を抱けそうもない。
「じゃあそろそろウチもご飯だから食べておいき」
「……はい!」
「なんだかセレニィが千切れんばかりに尻尾を振っているように見えてしょうがないわ」
「奇遇だな、俺にもそう見える… っと。わ、わりぃ! そいつ、俺らの仲間なんだ」
ティアのつぶやきに同意したルークであったが、気を取り直して女性に声をかける。
「あぁ、この子の保護者… っていうかお連れさんかい? みんな若いねぇ」
「突然お邪魔して本当にご迷惑をおかけしました。……ほらセレニィ、帰るわよ」
「………」
ティアはそう言って女性に頭を下げると、セレニィに手を差し出す。
しかしセレニィはこの世の終わりのような絶望の表情を浮かべ、首を振りつつ無言で後退る。
その寸劇に思わず吹き出す女性。
「いいって! 流石にここで放り出しちゃ寝覚めも悪いよ。お連れさんも食べておいき」
「す、すみません… せめて何かお手伝いできることがあれば言ってください」
「そう? だったらこの人数だと心許ないから裏の家から味噌を貰ってきて欲しいんだけど」
ティアは一つ頷くと、ルークを連れて味噌の調達に向かった。
結果、まんまと他人様の家でご相伴に預かることとなった。
いきなり他人様の家に上がり込むのは元日本人としてどうかと思うが常識で腹は膨れない。
だがせめて代金くらいは出すべきではないか? そう思ったセレニィは革袋を取り出す。
「あの、せめてお金を」
「子供がつまんないこと気にするんじゃないよ。お腹いっぱい食べて早く大きくなりな」
「……はい!」
セレニィは元気よく頷く。
背が小さいのは仕様だが、お腹いっぱいに食べることに異論はない。
田舎ならではの温かみのある人情がありがたい。
程なくルークたちも戻り、賑やかな食卓で食べる料理は大変美味しいものとなった。
「はい、セレニィ… あーん」
「あーん」
「フフッ… おいしい?」
口元に運ばれた料理を咀嚼しながら頷く。味噌パスタうめーと思いながら。
なんだか餌付けされている気がするが、きっと気のせいだろう。
あとさっきからティアがやたら近い気がするが、これもきっと気のせいだろう。
でも今後はさり気なく距離を取ることにしよう。セレニィはそう心に誓うのであった。
「……可愛い」
若干手遅れな気がしないでもないが。
よろしければアンケートにご協力ください。このSSで一番好きなキャラクターは?
-
セレニィ
-
ルーク
-
ティアさん
-
ジェイド
-
それ以外