TALES OF THE ABYSS外伝ーセレニィー   作:(╹◡╹)

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97.再会

「なんで… なんで、こんなことに…」

 

 絶望と苦悩に満ちた少女の声が静かな部屋に響き渡る。

 

 ここはローレライ教団は本拠地ダアトの中心部にある大教会内部、大詠師用の執務室。

 限られた人間しか足を踏み入れることが許されない、教団の機密の巣窟でもある。

 

 少女の付近には飛び散った陶器の破片と、その本体であろう大きな花瓶が転がっている。

 そこには頭から血を流してピクリとも動かない、やや肥満気味な男も倒れ伏している。

 

「どうしてこうなったし…」

 

 少女―セレニィ―は両手で顔を覆いながら、こんな事態に陥った経緯を振り返るのだった。

 

 

 ――

 

 

「くすん… くすん…」

「あー、その… しっかりおしよ? ね、誰にも言わないからさ。そんな日もあるよ」

 

「ぐすっ… はい、ごめんなさい…」

 

 あれからセレニィは、自分がぶつかってしまった美人さんの世話を受けていた。

 教団員の一人であろう彼女は、セレニィを見捨てることなく慰めの声を掛けてくれている。

 

 泣きじゃくる少女とそれを優しく慰める教団員。ハートフルな光景である。

 そんな光景の前には、何故かセレニィの下履きが先程まで履いていたはずのそれとは別のものに変わっていることなど存在するかどうかわからない主席総長のカリスマ程度に些細な問題だろう。

 

「(死にたい…)」

 

 しかも書類を運んでいたことから仕事中だったのだろうが、邪魔をしてしまった。

 そればかりか彼女の優しさに甘えて、現在進行形で時間を奪う形になってしまっている。

 

 恥ずかしさのあまり穴があったら入って埋まってしまいたい気分だ。引き篭もりたい。

 

「しかし、困ったねぇ。アタシは事情があって衛兵のところまで連れていけないし」

「あ、いえ… お仕事中だったでしょうに、そこまでお世話になるわけには」

 

「悪いね。ま、さっきのことはしょうがないよ! ここ、入り組んでて分かり難いしね!」

「あはは… 教団員の方にとってもそうなんですか?」

 

「おっと、これは他の教団員には内緒だよ? あんまりボロ出すと仕事がやり難くなる」

 

 女性の気っ風の良さを感じさせる明け透けな言い回しに、セレニィも思わず苦笑を浮かべる。

 

「そうそう、女は笑ってナンボ。男ってのは単純だからそれだけでイチコロさ」

「まるで悪女みたいですね」

 

「あっはっは! 悪女は嫌いかい?」

「まさか。……そういえばお礼がまだ言えてませんでしたね。ありがとうございます、えと」

 

「ノワ… じゃなかった、えーとノイエ。うん、アタシはノイエ。礼なんて要らないよ」

 

 デキる美人悪女は大好物ですという言葉を飲み込みつつ、お礼の言葉を告げるセレニィ。

 そんな彼女に対してノイエと名乗った女性は、ヒラヒラと手を振って応えとした。

 

 細かいことをあまり気にしないサッパリした性分なのだろう。

 もとより美人との楽しい会話であることも手伝い、セレニィの気分も幾分持ち直してくる。

 

 まるで何処かで会ったことあるような美貌で、聞き覚えのあるハスキーボイスに感じてくる。

 きっとそう感じるほどに親近感を覚えているのだろう。

 

 ノイエの方も「どっかで会ったことあるような…?」と首を傾げているが偶然に違いない。

 しかし、そんな(セレニィにとっての)幸せな時間は長くは続かなかった。

 

「不審なやつは見つかったか?」

「いや、まだだ!」

 

「おのれ、賊め… 一体どこに逃げ込んだ!?」

 

 部屋の外… その遠くから大きな複数の声が響き渡ってくる。

 間違いなく賊の侵入に気付いた衛兵たちであろう。

 

 そして『賊』という言葉に身体が反応してしまい、思わず身を縮こまらせるセレニィ。

 ダアトの街での扱いが記憶に新しい。恐らく捕まったら碌な事にはならない。

 

 そう判断し、どうしたものかと思案を巡らせているとノイエがため息を吐いた。

 

「はぁ… ま、しゃーないわね。私が話をつけてくるから此処で待ってなさい」

「え? でも、その…」

 

「そっちも、いつまでも迷子のままってワケにもいかないでしょ。すぐに戻るから」

 

 そう言い残すと返事も待たずに、ガシガシと自らの赤毛髪を掻きながら退室する。

 一人部屋に残されてセレニィは呆然とする。

 

 このまま衛兵が部屋に雪崩れ込んでくればあっさり捕まってしまうことは想像に難くない。

 モース様大勝利。希望の未来(消滅預言並感)へレディ・ゴー! となる。絶対に嫌だ。

 

 ならば、どうするか?

 

「逃げましょう、ミュウさん」

「……いいんですの?」

 

「いいんです」

 

 彼女の決断はいつだって保身に全力疾走だ。

 迷いなきその瞳から決意の程を読み取り、反対意見を引っ込める聖獣(ミュウ)

 

 セレニィはドアをこっそり開けて部屋の外の様子をうかがう。

 

 耳をすませば右曲がり角の向こうから声が聞こえてくる。

 恐らくは先程出ていったノイエと衛兵たちが話をしているのだろう。

 

 それを確認すると、セレニィはミュウと頷きあう。

 一呼吸の後、彼女は通路の反対側に向かって可能な限り音を殺しつつ駆け出した。

 

 ……そうして、右も左も分からぬままに走ることしばし。

 

「うん! なんかさらに迷っちゃいましたね!」

「ですの!」

 

「どこが出口でしたっけ…」

「ごめんなさいですの。ボクもわからないですの… 役立たずでごめんなさいですの…」

 

「あぁ、いえ。それはお互い様ですし… むしろ私の方が罪が重いというか…」

 

 分かりきっていたはずの結末を迎えて頭を抱えている。

 ダメだこのセレニィ、早くなんとかしないと。

 

「と、とにかく今後のことを考えるためにも適当な部屋に入りましょうか」

「はいですの。ひょっとしたら地図とか見つかるかもしれないですの!」

 

「お、ナイスアイデアですよミュウさん。二人で協力して頑張りましょうね」

 

 部屋の中に窓があれば外の様子だってある程度は把握できるだろう。

 そうすれば出口方面についても多少なり分かるかもしれない。

 

 そうでなくともミュウが言ったとおり地図が発見できれば解決だ。

 ついでとばかりに教団の情報をすっぱ抜ければ仲間たちにだって貢献できるかもしれない。

 

 足掻き切る前に諦めてしまうなんて全くもって“らしくない”考えだった。

 

「(うんうん… 逆境を力に変える。セレニィさんの冒険はこれからですよ!)」

 

 希望を胸にいだきつつ、セレニィは目の前にあったちょっと豪華な扉を開いた。

 

「何者だ? ノックもなしとは非礼な… 此処を大詠師の聖務室と知っての狼藉か」

 

 中にいた人物から声がかけられる。

 それもそうだ。この大教会の中には無数の部屋がある。

 

 中で仕事をしている人だっているだろう。

 

「これは大変失礼をしました。少々道に迷ってしまっていたもので」

「フン… 素直な謝罪に免じて一度は許そう。以後、気をつけるように」

 

「はい、この度は大変ご迷惑をばお掛けしました」

 

 声の主はその言葉に対し、軽く鼻を鳴らして手を振る仕草で応えとする。

 

 窓から覗く陽の光が逆光となり、中にいるはずの人物の姿がよく見えない。

 目を細めつつ徐々に瞳孔が景色に焦点を合わせ始める。

 

 声からすると壮年の男性のようだが、どうにも聞き覚えがある気がしてならない。

 そして思い出そうとすると、何故か動悸と息切れが激しく襲ってくる。

 

 何故だか急に胃が痛くなってくる。無理やり舞台に上げられた時の比ではない。

 明らかにおかしい。早く立ち去らないと… そう考えた時に視界がクリアに戻った。

 

 焦点が合った視線の先には、絶望(モース)が待ち受けていた。

 

「……アカン」

 

 思わず白目をむいて硬直してしまうセレニィ。

 その一瞬の間が命取りとなった。

 

 そして侵入者を不審げな目付きで眺めていたモースの表情が、一転、驚愕に彩られる。

 

「き、貴様はセレニィ!?」

「ば、バレたぁー!?」

 

「やはり生きていたか、貴様は! 何故ここに来た!? 今度は何を企んでいる!?」

 

 机に両手を叩きつけるかのような勢いで立ち上がると、恐ろしい勢いで詰め寄ってくる。

 憤怒の表情を浮かべているモースに怯えてしまい、ガクブル震えることしかできない。

 

 半泣きの表情でチーグルを抱き上げ震えているセレニィ相手に、モースは怒りをぶつける。

 

「まさか厳重に守られた大教会内部まで侵入するとは相変わらず恐ろしいやつだ…!」

「あ、あのですね… 侵入したっていうか連れてこられたっていうか…」

 

「しかし運がなかったな! 私がベルケンドから帰還したその日に此処に潜り込むなど!」

 

 マジでツイてねぇ!?

 

 モースさんの的確な指摘に図星を指されたセレニィは内心で泣き喚く。

 神様はそんなに自分のことが嫌いなのかと恨みたくなる。

 

 そうして今までのデッドリーなイベントの数々を振り返った。

 うん、間違いなく嫌いですよね。……知ってた。

 

 虚ろな表情になったセレニィの襟首を掴み、モースは彼女を軽々と捻り上げた。

 武官ではないとはいえ、モースは巨漢と言っても差し支えない程の体躯の持ち主である。

 

 目方の軽いセレニィに為す術などあろうはずもない。

 振り落とされたミュウがモースの足に体当たりを繰り返し、小さな抵抗を試みる。

 

 すべてを諦めたセレニィの表情から勝利を確信したモースが高らかに凱歌をあげる。

 

「音譜帯におわすユリアが貴様の悪行を見逃すはずがない。さぁ、覚悟を決めて大人しく」

「えいっ」

 

「ぐ、が… お…」

 

 ゴスッと鈍い音が響き渡ると、モースが頭を抑えて目を見開く。

 セレニィの手の中に割れた花瓶があることに気付く。

 

 邪悪なる犯行の全てを理解したが時既に遅し。

 モースはセレニィを取り落とし、白目を剥いてドサリと床に倒れ伏すのであった。

 

「あ、やべ…」

 

 尻餅をつきながら、蒼白な表情を浮かべてポロッと手から花瓶を取り落とすセレニィ。

 

 ――私は追い詰められた獣だったのよ!

 いつぞやそう誇らしげに供述していた巨乳の姿が、何故か脳裏に浮かぶのであった。

 

 

 ――

 

 

 悲しい事件であった。

 

「私はちょっとトイレにいきたかっただけなのに…」

 

 尿意を催したセレニィが勝手を知らぬまま大教会内部を徘徊した結果、なんやかんやあってこんな悲しい事件が引き起こされてしまった。

 

「これからどうしよう…」

「ですの…」

 

 ほんのり涙目になりながら一人と一匹は途方に暮れるのであった。

 しかし落ち込む暇などありはしない。

 

「モース様! 何か物音がしたようですが大丈夫ですか? モース様!」

 

 ドンドンドン! と、ドアが激しくノックされる。

 一難去ってまた一難。どうやらモースの部下が異変を察知してやってきてしまったようだ。

 

「(か、考えろ… 考えろ私…)」

「衛兵の話によると賊が大教会内部に侵入した疑いがあるとのこと! どうかお返事を!」

 

「(この局面を切り抜ける“たったひとつの冴えたやりかた”を…!)」

 

 なんとかこの最大限の窮地をフワッと誤魔化して乗り切ってみせる!

 生きるため・保身のためにセレニィの悪知恵が、今徐々に回転し始めようとしていた。




モース「ぐわぁああああああああああああああ!?」
セレニィ「モ、モースダィーーーン!」(他人事)

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