TALES OF THE ABYSS外伝ーセレニィー   作:(╹◡╹)

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100.陰謀

 荒ぶるティアさん(ゴリラ)の拳によって、罪もない衛兵さんは倒されてしまった。

 

 そして、微塵の躊躇も見せずに大教会内部に侵入するティアさん。

 そんな彼女の後を三文芝居をしながら追いかけていくアニス。

 

 こんな二人の様子を、不敵な笑みを浮かべつつ物陰から見守る人物がいる。

 

「ふむ、まずは第一段階突破… といったところですか」

 

 マルクト軍にその人ありと恐れられた“死霊術士(ネクロマンサー)”ジェイド=カーティス大佐である。

 そんな彼の横に怯えたような様子で立ち尽くしている二人の男がいる。

 

「つ、罪もない衛兵さんを瞬殺しやがった…」

「コイツら俺ら以上に外道すぎる…」

 

「いやぁ、ははは… ご謙遜を。世界各国に名を轟かせる漆黒の翼の足元にも及びませんよ」

 

 そんなジェイドのおためごかしを、男たちは引き攣った笑みで受け止めるしかない。

 彼らこそ漆黒の翼… 世界各国に名を轟かせる盗賊団、その構成メンバーなのだ。

 

 男たち… ウルシーとヨークはジェイドに関わってしまったことを早くも後悔し始めていた。

 逃げ出そうにもその背後にはトニーとガイが立っており、隙など全く見出せないのだが。

 

 ガックリと肩を落とした二人に、ジェイドが優しいトーンで話しかける。

 

「まぁまぁ、そんなに落ち込まずに。今の私たちは良き協力者同士ではありませんか」

 

「いきなり脅迫してきやがった癖にどの口で…」

「よせ、ウルシー… 胡散臭い連中だが力は確かだ。……姐さんを助け出すまでの辛抱だ」

 

 果たして彼らはどのようにして出会い、そして協力するに至ったのか?

 それを確かめるために、作戦のおさらいを兼ねて時計の針を少しばかり戻すとしよう。

 

 

 ――

 

 

「というわけで、私が正面から潜入してセレニィを救ってくればいいと思います!」

 

 ティアさんがさもナイスアイディアとばかりに満面の笑顔でそう言い切った。

 眠りの譜歌、ナイトメアの効果で彼女がファブレ公爵邸を襲撃した事件は記憶に新しい。

 

「いや、なんだよ正面から潜入って。それ、ただの強行突破じゃねーか…」

「そうとも言うわね!」

 

「あ、いえ、その。胸を張らないでいただきたいのですが…」

 

 ルークとトニー、パーティが誇る屈指の常識人が頭を抱えながらツッコミを入れる。

 しかしナチュラルボーンテロリストの彼女にはその意図するところは伝わらない。

 

 むしろ褒められたと思ってますます増長してしまう結果となった。

 ティアさん、増長せずに自重して? このやり取りには流石のナタリア殿下も苦笑い。

 

 それらを見守っていたジェイドが一つ頷くと、言葉を発した。

 

「いえ、ティアの発案は悪くないかもしれませんね」

「ちょっとちょっと! 大佐、本気なの~!?」

 

「えぇ、彼女は神託の盾騎士団の制服を着用しています。一度入り込めさえすれば…」

「なるほど。もともと内部の人間である以上、誤魔化しは利きますわね」

 

「内部の人間となると、僕やアニスもそうなりますね」

 

 イオンの言葉に同意してから、ジェイドはアニスを見る。

 

「どうでしょうか、アニス。恐らくティアと貴女がこの作戦の鍵となります」

「……ッ! わ、わかったよ。セレニィのためなら、私、やるよ!」

 

「結構。……いやぁ、愛されていますねぇ彼女は」

「ハハッ、そういう旦那だって放り投げもせずにこんな面倒なことに付き合ってるじゃないか」

 

「いえいえ、彼女が捕まって我々の内情をペラペラ喋られたら都合が悪いだけですよ」

 

 軽く肩をすくめてから眼鏡のブリッジを持ち上げると、場が朗らかな笑いに包まれる。

 

「しかし、正面から当たってはダアトに大義名分を与えてしまうことになりますね」

「イオン様…」

 

「いえ、それこそ僕がみなに話を説いて頑張るべき場面。そういうことですね? ジェイド」

「確かに、そうですね。制服のおかげで多少の時間は稼げるでしょうが、疑いの目は…」

 

「そこも大丈夫です。疑いの目がゼロとまで行かずとも可能な限り軽減してみせましょう」

 

 不敵な笑みを浮かべたジェイドに、みなが驚きの視線を送る。

 この状況で救出作戦を実行して疑いの目が向かない… そんな魔法のような一手があるのか?

 

 視線で言葉を促されて、ジェイドは人差し指を立てながら言葉を続ける。

 

「……いるではありませんか。このダアトで現在進行形で騒ぎを起こしている盗賊団が」

「なるほど! あたしたち、『謎の盗賊団』としてセレニィを助ければいいんだね!」

 

「お宝盗んでダアトから退散ってわけか。そりゃいい、悔しそうなモースの顔が目に浮かぶぜ」

 

 彼はダアトで暗躍する謎の盗賊団に全ての泥をかぶってもらう作戦を明かした。

 まさに外道。鬼畜眼鏡の本領発揮といったところである。

 

 アニスとガイは手を叩いて楽しそうに同意する。

 イオンはそれしかないならしょうがありませんねというスタンスで見送った。

 

 ティアは、セレニィを助けられれば後のことは比較的どうでもいいので黙っている。

 ルークとトニーは複雑そうな表情を浮かべるも代案もないためにスルーを決めた。

 

 状況がよく分かっていないアリエッタは首を傾げている。

 

 これに待ったをかけたのがナタリア殿下。

 決して周囲に流されることなく、ダメなことにストップと言える王家の鑑である。

 

「お待ちになって、ジェイド」

「おや? ナタリア殿下はこの作戦に反対でしょうか」

 

「いいえ。ですが、ここはいっそ『本物の盗賊団を使う』というのは、いかがですこと?」

「しかし、今からでは探している時間も…」

 

「盗賊ならば脱出経路を担当する者がいます。周囲を探せば見つかるかもしれません」

「ふむ。そこまでして探す価値があるのですか?」

 

「この作戦が終わった後に恐らく私たちはダアトを脱出することになるでしょう?」

「違いありませんね」

 

「ですが、作戦の要となったティアとアニス… それにセレニィは顔も認識されているはず」

「なるほど。協力を持ちかけ、互いが互いを隠れ蓑にするわけですね」

 

「えぇ、それに大教会に入り込むほどの盗賊団。情報を持っている可能性は高いですわ」

 

 確かにここダアトに潜入した第一目的は、アニスの両親のこともあるが情報収集のためだ。

 ナタリアの言うことも無理がなく、状況からの両取りを狙う程度ならば筋が通っている。

 

 そもそも状況が落ち着いてしまえば盗賊団とて何処かに身を隠してしまうことだろう。

 となれば接触を図るとしたら今のこの機会をおいて他にはない。

 

 あまり時間は掛けられない状況ではあるものの、一度くらいは試してみる価値はあるだろう。

 

「……ふむ。確かに、やってみる価値はありそうですね」

 

 なんということであろう。ジェイドの悪辣な作戦はナタリアによって補完されてしまった。

 一刻を争う状況である。トニーが勢いよく進み出る。

 

「ならば自分が! 第三師団所属前は首都駐在員でした。犯罪者の情報は頭に入っています」

「お願いします。ガイとティアはトニーのサポートを」

 

「任されたぜ、旦那。怪しいやつは決して見逃さない! 行こう、ティア!」

「そうね。私たち3人ならどんな相手でも逃がすことはないわ」

 

「ははははは… もしナタリア殿下の言う通りに残っていたら盗賊こそご愁傷様ですねぇ」

 

 そんな駆け出していく三人を頼もしく見送ったジェイドにイオンが話しかける。

 

「しかし、ジェイド… あなたがこんな作戦を考えつくとは」

「……私らしくない、と?」

 

「えぇ、失礼ながら。どちらかというと、こういうことを考えてくれるのは…」

「お察しの通り、『セレニィならばどうするか』と考えた結果ですよ」

 

「……あはっ!」

 

 肩をすくめながらウィンクを一つこぼすジェイドの姿にアリエッタが微笑む。

 

 パーティメンバーの中で、悪辣な作戦を考えつくド外道との共通認識が芽生えつつある状況。

 隠しきれない邪悪の片鱗が認知され始めたのだろう。セレニィのメッキはボロボロだ。

 

「だったらジェイド。セレニィのやりそうなことをちゃんとやってやらねぇと」

「おや、ルーク。まだまだ私に手抜かりがありましたかね?」

 

「アニスの両親のことだよ。ちゃんと保護しといてやらねぇと… こんな作戦なら尚更だろ?」

「る、ルーク様! 私は、そんな別に…」

 

「確かにルークの言うとおりでしたね。私の失念です。アニス、申し訳ありませんでした」

「も、もー! 大佐まで! 別に私は…」

 

「アニス、パパとママは… 『家族』はだいじなもの… だよ? ね?」

 

 照れから否定しようとするアニスを、ちょっと背伸びして“よしよし”と撫でるアリエッタ。

 そんなアリエッタの手を真っ赤になって振り払おうとするアニス。

 

 そんな微笑ましい光景に、一刻を争う状況にもかかわらず誰からともなく笑みが溢れる。

 いい感じに肩の力が抜けたところで導師であるイオンが一歩前に歩み出る。

 

「彼らの説得には僕とアニス、アリエッタで向かいましょう。構いませんね?」

「えぇ、よろしくお願いします。イオン様」

 

「その… ご、ごめんね。みんな。私やパパとママのことで迷惑を」

「おいおい、今更何言ってやがるんだよ」

 

「で、でも…」

「仲間なら当然のことだろ。それに、俺たちは世界をまるごとを救うつもりなんだぜ?」

 

「それにアリエッタのママを救ってくれたセレニィだったら、きっと見捨てないもん」

 

 セレニィは自分がピンチになったらあっさり逃げそうな気もするがそれはさておき。

 アニスは真っ赤になりながら、小さな声で「あ、ありがと…」とだけ呟いて駆け出した。

 

 

 

 

 

 ほどなくティアさんの勘とトニーの記憶により、不審な男性二人組が捕らえられた。

 逃げ出そうにもガイがさり気なく逃走の気配を察しては邪魔をするので、何もできない。

 

 かくして男たちはガックリと肩を落としてジェイド達の前に連行されるのであった。

 

「さて、私たちからあなたに一つお願いがあるのですが…」

 

「お、俺たちを利用しようってのか!?」

「痩せても枯れてもこの『漆黒の翼』、権力の犬の思い通りになんざなるもんかよ!」

 

 手配書を熟知していたトニーが漆黒の翼の構成員ウルシーとヨークであると断定。

 そう、バチカルの王城からセレニィを攫ったともっぱらの噂になっている彼らである。

 

 ならばある程度は腕は確かなのだろう。作戦の成立のためには申し分ない。

 とはいえ、反抗的な態度はいただけない。

 

 トニーが威圧的に槍の石突きを床で鳴らせば怯えを見せるものの、所詮一過性に過ぎない。

 さて、どうしたものかとジェイドが考えているとティアが一歩前に進み出る。

 

 そして荷物袋から林檎を取り出して、差し出すかのように男たちに掲げてみせる。

 

「あなたたち、ここに美味しそうな林檎があるわね?」

 

「そ、それがどうしたってんだ…」

「林檎一個如きで俺たちがホイホイ言うことを聞くとでも」

 

 パァン! と音がして、林檎が弾け飛んだ。

 

 林檎『だったもの』は握り締められたティアの拳の中で消滅していることだろう。

 林檎の果肉が顔にへばりつくことも忘れて、呆然とその様子を見つめる二人組。

 

 ゆっくりと、指を一本ずつ立てて手を広げていくティアの姿を戦慄とともに見送る。

 開いた手のひらから種が二つ地面にこぼれ落ちると、ティアさんはそれを靴で踏み砕いた。

 

 そしてニッコリと、とてもとても美しい微笑を浮かべる。

 

「これが5秒後のあなたたちの姿よ」

 

「………」

「………」

 

「……さて、協力してくれるわよね?」

 

 男たちは震えながら互いに抱き合い、首を大きく縦に振るのであった。

 何度でも、何度でも…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 かくして『快く』協力を得られたジェイドは衛兵を助け起こすと、こう語りかける。

 

「いきなり襲われてしまうとは災難でしたね。まさか漆黒の翼に襲われるなんて」

 

「えぇ、彼らは漆黒の翼ですよ。マルクト軍に所属している私には分かります」

 

神託の盾(オラクル)騎士団の制服を着用していた? おや、まさか彼らが変装の達人とご存じない?」

 

 怪我の手当をしてくれた善意の協力者の言葉を、衛兵さんたちは信じてしまった。

 

「おのれ、漆黒の翼!」

 

 そんな声を複雑そうな表情で見つめるウルシーとヨークの背中からは哀愁が漂っていた。

 

「セレニィを助けるためとはいえ、なんだかめっちゃ心が痛いな…」

「えぇ、ルーク。あなたのその感性は大事にしてください」

 

「まぁその… なんだ。ジェイドの旦那だって好き好んでこんな手を使いはしないさ、多分」

 

 密かに落ち込むルークを慰めるトニーとガイ。常識人三人衆である。

 噂のジェイドはというと、眼鏡のブリッジを持ち上げつつ邪悪な笑みを浮かべていた。

 

 どこかの誰かの悪い影響を受けてしまったようである。

 

 

 ――

 

 

 その頃、どこかの誰かはと言うと…

 

「つまりランドリーくん。導師守護役は暇を持て余していると、そういうことなのかな」

「はい、仰るとおりですモース様。……あと、ライナーです」

 

「確か導師守護役といえば美女や美少女ばかりで構成されているという、あの…?」

「はい。導師のお側に侍る以上、見目は勿論のこと教養や戦闘力も一流どころで揃えています」

 

「なるほどな…」

 

 しばしの間、モース様の中の人が沈思黙考する。

 ライナーは急かすこともなく言葉の続きをじっと待つ。

 

 この短期間のやり取りで旅から帰還されたモース様は一味違うことを彼は強く実感していた。

 でなければ信仰心のみで花瓶を粉砕することなど出来ようはずがないではないか。

 

 そしてついに沈黙を破って言葉を発する。

 

「よし、アイドルさせようぜ!」

 

 段々と調子に乗って欲望を優先させていた。いつものドツボにはまるパターンである。

 一方、耳慣れない単語をぶつけられたライナー君は「なぜ偶像(アイドル)!?」と暫し悩んだという。

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