TALES OF THE ABYSS外伝ーセレニィー   作:(╹◡╹)

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106.出立

『世に遍く信仰を集めるローレライ教団の本部たる大神殿に賊が侵入し大暴れをした。

 その衝撃的なニュースは、瞬く間にダアトを飛び越え天下諸国に広まりつつある。

 

 誰もが目を逸らしていたまやかしの安寧。そこに現実の牙は容赦なく突き立てられた。

 本当は分かっていた筈なのに。この世界に迫る危機と無関係でいられるはずもないのに。

 

 賢明なる読者諸兄は漆黒の翼という賊をご存知だろうか? 

 巷では義賊と騒がれている彼らだが、ついに本性を明らかにしてセレニィと結託した模様。

 

 そう。諸兄の記憶にも新しいであろう、数々の悪行を為してきた『あの』セレニィだ。

 或いはそもそも漆黒の翼の義賊活動がセレニィの手による狂言だったのかもしれないが。

 

 邪悪なるセレニィは地の底から蘇り、今また敬虔なる信徒の血を(すす)らんと舞い戻った。

 折しも帰還されていた大詠師モースが偉大なる信仰心を発揮して辛くもコレを撃退。

 

 ……しかし、その代償は大きかった。

 大詠師を以てしてもセレニィの邪智暴虐さには苦しめられ、重傷を負ってしまったのだ。

 

 大詠師は導師守護役に新たな使命を課し、被災者の支援に私財を投じることを取り決められた。

 これらは全てセレニィの襲撃前に決定されたことだと腹心のライナー氏が証言されている。

 

 大詠師はかかる苦難を予め見据えた上でこれらの動きを決定されていたのだろう。

 困難の中でこそ、彼の抱く信仰心はなお喪われず燦然と輝き続けている。

 

 諸兄、逆境のさなかにこそ敬虔なる信徒が宿すべき真の信仰心は試されるものである。

 導師イオンのご帰還まで、我らは一致団結しこの難局を乗り越えるべきではないだろうか』

 

 号外と見出しに大きく書かれたソレはダアトで発行されている新聞記事とのこと。

 江戸時代風に言い換えれば瓦版と言う。中には黒船来航もかくやという内容が記されている。

 

 情報収集がてら外回りをしていたトニーが持ち帰ってきたものである。

 棚に目をやれば割りと当たり前のように書籍が転がっているこのオールドラントである。

 

 活版印刷技術などお手の物である。水陸両用の大型装甲戦艦とか造っている世界だ。

 生物学的にちょっと無理のあるサイズの魔物とか出るこの世界で深く物事を考えてはいけない。

 

 些事に囚われたものから死んでいく。そう、主にセレニィとかが死んでしまいかねない。

 

 

 

 

「……はっ倒すぞ、こんにゃろう。……ダアトきらい」

 

 とうのセレニィは記事を読み終えると、くしゃくしゃに手で丸め涙目でそうつぶやいた。

 ちょっぴり声が震えていたことには触れないであげるのが優しさというものであろう。

 

 邪悪じゃないもん…、などと未だ恨みがましくぼやいているセレニィのことはさておいて。

 

 ルーク、ガイ、イオン、アニス、ティア、ジェイド、トニー、アリエッタ、そしてセレニィ。

 それに加えてミュウに漆黒の翼の構成員である、ノワール、ウルシー、ヨークの3名。

 

 彼等一行は大捕物の様相を呈しているダアト市街、その片隅でひっそり身を隠していた。

 

 幸いと言うべきか指名手配されているのはセレニィと面相すら割れていない漆黒の翼のみ。

 ならば如何様にでも立ち回りようというものがある。

 

 そうしたジェイドの発案で捜索部隊が街を出るまで敢えて敵地で身を潜めることにしたのだ。

 転がり込んだ先はアニスからの申し出もあり、タトリン夫妻宅。……彼女の実家でもある。

 

 幾ら実の娘からGOサインが出ていたとは言え常識的に考えれば迷惑極まりない行動だ。

 快く受け入れてくれたタトリン夫妻に恐縮し、謝罪の言葉が漏れ出るのは当然だとも言えた。

 

「なんか、その… すみませんでした。こんな大勢でいきなり転がり込んでしまって…」

 

「あらあら、そんなこと気にしないでいいのよ。困った時は助け合いだもの」

「うむ、そうとも。こちらこそ君を無理に劇に誘ったことで迷惑をかけた。すまなかったね」

 

 いい人たちである。いい人たち過ぎて居心地が悪い。

 それがセレニィの偽らざる心情であった。

 

 少し気疲れをしているセレニィを見かねてかアニスが声をかける。

 

「本当に気にしないでよ、セレニィ。どうせ見知らぬ人を泊めるなんて日常茶飯事だから」

 

「あらあら、アニスちゃんには私たちのことお見通しなのねぇ。嬉しいわぁ」

「うんうん、アニスが私たちを褒めてくれるなんて。良い子に育ってくれたものだ」

 

「……褒めてないんだけど。まぁ、今回は良い方向に働きそうだから黙っておくけどさ」

 

 若干頭を抱えながら今度はアニスの方が気疲れをしたような溜め息を絞り出した。

 フォローをされた側のはずのセレニィが申し訳無さそうな表情で彼女の背をさすっている。

 

「普段から見慣れぬ人々が寝泊まりしていたのであればますます好都合。感謝しますよ」

 

 一方、人の心を胎内に置き忘れてきたことに定評のあるドSは眼鏡を光らせ喜びを表現する。

 小声で注意をしているトニーの言葉など何処吹く風といった様子ですらある。

 

 これくらい図太くなければオールドラントではのびのびと生きられないのかも知れない。

 

 若干遠い目をしながら、セレニィは内心でそんなことを考える。

 本人も主にヴァンやモース相手に割りと好き放題をしているのだが自覚に乏しい様子である。

 

「なんにせよセレニィは無事助けられたし上手く俺たちも隠れられた。アニスに感謝だ」

「うぅ~… ありがとうございますぅ、ルークさん」

 

「気にしないで、セレニィ。私たち、親友でしょう? むしろ親友以上の関係でしょう?」

「え? ただの仲間ですよね。……何言ってるんだろう、この人」

 

「セレニィが冷たい…」

 

 若干落ち込んでいるティアさんをナタリアとイオンが慰めている。

 

 しかし「冷たいセレニィもイイかも…」とつぶやくティアさんに困惑の色を浮かべている。

 非常にどうでもいいことだが彼女は新たな扉を開きつつあった。

 

 そんな空気が弛緩した頃合いを見計らい、ガイが今後の話し合いについての口火を切る。

 

「ルークの言うとおりだ。仲間を見捨てちゃ俺たちの気持ちが落ち込むってもんだ」

「ですのー! やっぱりみんないっしょがいいとボクも思いますのー!」

 

 ミュウの言葉にウンウン頷きながら、ガイは言葉を続ける。

 

「セレニィも加わったことだし折角だから今度のことについて一つおさらいをしてみないか」

 

 その言葉に否やはないのであろう、他の面々も居住まいを正し首肯を以て応えとする。

 タトリン夫妻も場の空気の変化を読んで、お茶の用意をするために席を立つのであった。

 

 かくして今後についてのおさらいを兼ねた作戦会議が、ここタトリン夫妻宅で展開される。

 トップバッターに立つのはナタリアである。

 

「当面は脱出についてですけれど、これは漆黒の翼と協力ということでよろしくて?」

「こっちに異存なんてあるわけないさ。持ちつ持たれつが世の常… ま、よろしく頼むよ」

 

「思うところがないではありませんが… えぇ、今はこの窮地からの脱出こそ肝要かと」

 

 ノワールが、そしてトニーがそれぞれ考えを述べる。

 そこにのっぽの男… 漆黒の翼の構成員ヨークが割り込む。

 

「まぁ… こっちゃ男女三人組ってことが広く知れ渡ってる分、助かるよなぁ」

「なるほど、目立つ要素を敢えて喧伝してこそ対応できる場面も増えるというわけですか」

 

「あぁ、人数を誤魔化すために行商やらに混じったりしたことも… あいたたた!」

 

 ジェイドに乗せられて口を軽くしようとしていたヨークの耳をノワールがつねり上げる。

 相棒のウルシーは「いたそ~…」と震え上がっている。

 

「いきなり何するんスか、姐さん!?」

「今は手を組んでるけど完全な味方ってわけじゃないんだ。……言ってる意味、わかるね?」

 

「うっ… す、すいやせん…」

「ったく」

 

「ははは、中々に手厳しい。いや、失敬… 見事な『愛の鞭』と言うべきでしょうかねえ」

 

 漆黒の翼首魁ノワールは、やたら口の減らない元凶(ジェイド)を前に深くため息を吐くのであった。

 

 

 

 

 さて、その後もあれやこれやと話し合いが続いた結果。

 

 トニーとガイが調達してきた馬車で数名ずつに別れての脱出という形で詳細が詰められた。

(資金に関してはナタリアからの多大な貢献があったことをここに追記しておく…)

 

 この脱出計画において矢面に立ち、主軸として活躍が見込まれるのは漆黒の翼となる。

 よって、指揮系統も同様に漆黒の翼… その首魁のノワールに預けられることとなった。

 

 そうなると議論の焦点となるのが…──

 

「ふむ。グランツ謡将と情報交換をするにせよ何処でどのように渡りをつけるか、ですね」

「バチカルやグランコクマに向かうことがハッキリしている他の艦と違って…」

 

「えぇ、動きは読み難い。不測の事態を恐れて自由裁量権に委ねたのが仇になりましたわね」

 

 ジェイドの言葉にトニーとナタリアがそれぞれ懸念を漏らす。

 ルークがそんな二人に意見を申し出る。

 

「常識的に考えればケセドニアじゃねーか? あそこ、各国の中継点でもあるんだろ」

「そりゃそうなんだが、ルーク。地理的にダアトから遠い。下手すりゃ入れ違いだ」

 

「あ、そうか。向かった時に師匠(せんせい)がいなかったら二度手間だもんな…」

「えぇ。それに普通の足でタルタロスに追い付くことはほぼ不可能よ、良く考えないと」

 

「ちぇー、なかなか難しいもんだな…」

 

 ガイとティアの指摘にルークは地図を眺めつつ頭をガシガシと掻いて考え込む。

 そこにパメラ夫人に渡されたホットミルクをちびちび飲みながらセレニィが口を挟んだ。

 

 

 

「通信連絡を取れば良いんじゃないですかね」

 

 一同、思わずセレニィを見詰めてしまう。

 いきなり注目を集めてしまったとうのセレニィはと言えば、思わず赤面して俯いてしまう。

 

「あれ? わ、私ってばまたなんか変なこと言っちゃいましたかね…」

「確かにそれが出来れば理想ですが、何か当てでも?」

 

「あ、はい。そちらの漆黒の翼さんに攫われた時に通信機器を使って… いましたよね…?」

 

 その言葉を受けてジェイドがノワールに目線を向ける。

 降参とばかりにため息を吐いて、彼女も白状する。

 

「どっかで見た顔だと思ってたらあの時の… あぁ、確かに通信器は持たされてるよ」

 

「なるほど。ディストならば携行型通信機の開発に成功していてもおかしくはない」

「マジか… 口で言うほど簡単じゃないぞ。軍でも通信機械は大型なのが常識だってのに」

 

「腐っても天才ですからねぇ、アレは。……しかし、黙っているとは貴女方も人が悪い」

 

 音素機械に詳しいからこそ分かる常識外の天才の所業にガイは思わず感嘆の声を漏らす。

 その一方でドSの嫌味を受け止めながら、額を抑えつつノワールは弁解の言葉を口にした。

 

「他でもないコイツを導師と誤認して攫ったせいでケチがついて契約を打ち切られてさ」

「あ、はい… なんというか、その節はご迷惑を…」

 

「嫌味かい? ったく、この漆黒の翼のノワール様をあんな手で出し抜いてくれるとはね」

 

 気不味そうな様子のセレニィの頭をノワールは腹立ち紛れにウリウリと乱暴に撫で回す。

 セレニィはちょっぴり嬉しそうだ。そしてティアさんはハンカチを噛んで悔しそうだ。

 

 変わらない残念さを見せるセレニィとティアの姿に仲間たちの表情も思わず綻んだ。

 そんな仲間たちの心温まる交流シーンの影で、ジェイドは己が顎に手を当て思考を巡らせる。

 

 現状、自分たちにはあまりにも手札が少ない。

 恐らくは敵が油断して先手を撃てる状況。

 

 それを考慮しても、他に有効打となる手立てがそうそう思い浮かぶとも思えない。

 結局のところ、自分たちの本番はグランコクマに到着してからなのだ。

 

 ダアトのことはヴァンに任せるしかない。

 そう理解しつつままならない現状に、ともすれば我知らず歯噛みしそうになる。

 

 ……我ながら妙に人間臭くなったものだ。内心、苦笑しながら声をかける。

 

「それで今でも連絡に応じてくれるか分からないし、不手際の恥を晒すことになると…」

「否定はしないさ。意気揚々と申し出てハズレだったらそれこそ恥の上塗りだからね」

 

「ノワール、失敗しても誰も貴女方を軽んじたりはしません。人の悪い私が保証しましょう」

「……うわ、こうも信用できない言葉ってあったものなのねぇ」

 

「そう仰らず。どうか通信機を使わせていただけませんか? このとおり、お願いします」

 

 マルクト軍の大佐であるジェイド・カーティスが盗賊に頭を下げる。

 その事実に誰よりも驚愕を示したのはノワール本人であった。

 

 ノワールとて彼の指揮する装甲戦艦に己が乗る馬車を追い回されたことは記憶に新しい。

 利害の一致で手を組んでいる状況だが恨みがないと言えば嘘になる。

 

 さりとて、誇り高い軍人が頭まで下げているのに無下に扱っても良いものか。

 暫しの沈思黙考に頭が囚われてしまう。

 

 時間が切り取られたかのような、刹那の空白。

 期せずして睨み合いのような形になってしまったジェイドとノワール。

 

 凍結した時間を動かすきっかけとなった言葉は…

 ジェイドの、ましてやノワールのそのどちらの言葉でもなかった。

 

 彼女らに攫われかけた導師イオンが一歩前に進み出て、言葉を紡ぐ。

 

「僕からもお願いします。教団のことである以上、僕が頭を下げるのは当然でしょう」

 

「あ、アリエッタも! お願いします!」

「ちょ、ちょっと… イオン様もアリエッタも。もう! アニスちゃんからもお願いします!」

 

 ジェイドに続き、イオンが、アリエッタが、アニスまでもが頭を下げる。

 流石に想像だにしなかった光景にノワールの表情がポカンと口を開けたものとなる。

 

 しかしそれはジェイドにとっても一緒だったようで。

 一瞬だけ虚を突かれた表情を浮かべてしまう。

 

 そんな自分の姿を晒したくなくて、思わず眼鏡のブリッジを上げる仕草で誤魔化した。

 それを見逃さなかった者が一人近付いて声を掛けてきた。

 

「な? 旦那。仲間ってのも、そう悪いモンじゃあないだろう」

 

 ガイである。

 

「一体なんのことやら。あまり年寄りをからかうものではありませんよ、ガイ」

「ハハッ! ま、そういうことにしておくか。素直になれないウチはまだまだ子供だけどな」

 

「……やれやれ。この私が子供扱いですか」

 

 珍しくも言い負かされてしまい、思わずため息が漏れてしまう。

 

 しかし、まぁ、たまにはこういう気分になるのも悪くはない。

 そう感じながら、ジェイドは人知れず苦笑を浮かべるのであった。

 

 一方で導師、導師守護役に加え六神将にまで頭を下げられたノワールはといえば。

 キムラスカの王族まで参戦しそうになった段階で早々に白旗を上げ了承の意を示すのであった。

 

 

 

 

 

 そして翌朝。

 

 オリバー、パメラのタトリン夫妻もイオンの説得により旅に同行することになった。

 セレニィが「常識的に考えればモース様に人質にされません?」と突っ込んだためである。

 

 彼女の中でモースといえばこのファッキンに満ちた悪逆非道都市ダアトの総元締め。

 ちょっとでも目を離せばどんな悪辣な罠を仕掛けてくるか分かったものではないのだ。

 

 ちなみにモースから見てもセレニィは邪悪の化身なのである意味で相思相愛である。

 互いに互いの評価が一致している。とても素晴らしいことですね。

 

 きっと出会う場所が違えば二人は莫逆の友にでもなり得たかも知れない。

 だが、このデッドリー極まりないクソゲー世界オールドラントは二人を敵味方に分けたのだ。

 

 そんな悲しい出来事はさておき、一同は各々出立の準備を進めている。……一人を除いて。

 

「……おい」

 

 ヌイグルミ… もとい、トクナガが威圧感を伴いつつ喋った。

 セレニィの声で。

 

 一部を除く仲間がビクリと身体を震わせ、そのまま何事もなかったかのように準備を進める。

 

「聞けよ、おい」

 

 ガイにアニスが、小刻みに肩を震わせている。

 笑いを堪えていることは確定的に明らか。

 

 この怪異なる現象、その下手人はこの中に混じっている。

 

「……無視しないでください、泣きますよ?」

 

 (すが)るような心細そうな声音。

 

 その声を聞いて、妹想いのアリエッタは思わず涙ぐんでしまい手を伸ばそうとする。

 しかしその手はトニーに止められ、彼も沈痛そうな面持ちで首を左右に振るのであった。

 

 もはやタネは明かすまでもない。

 このアニスのヌイグルミことトクナガの中には、セレニィが詰め込まれている…! 

 

 そんな彼女(ヌイグルミ)の肩に手を掛けてジェイドが微笑む。

 

「セレニィ… 一つだけ貴女に言っておきたいことがあります」

「うぅ、ジェイドさん…」

 

「ヌイグルミが喋らないでください。人に怪しまれますので」

「カッチーン! もう泣いた! 今泣きましたよ、私! ヌイグルミの中で涙の嵐ですよ!」

 

「仕方ないんですよ。だって貴女、指名手配をされているではありませんか?」

 

 ……残念ながらそのとおりであった。

 

 構成人数以外にほとんどバレていない漆黒の翼ならいざ知らず、セレニィはそうはいかない。

 なんせモースによってその風貌はバチカル王城謁見の間にて(つまび)らかに記憶されている。

 

 漆黒の翼主導で変装を施すにせよ、少しでも怪しまれればリスクが伴うのだ。

 非戦闘要員のタトリン夫妻を連れ歩く以上、避けられるのなら避けるに越したことはない。

 

 (ひるがえ)って、『ただのヌイグルミ』として運搬するならばどうなるだろうか? 

 荷馬車と主張したところで積み荷の確認くらいはされるかもしれない。

 

 しかし、わざわざヌイグルミの腹を割いてまで確認する物好きはそうはいないであろう。

 

「これは必要な犠牲なのです。セレニィ、貴女にしてもこれ以上の案はないでしょう?」

 

 ジェイドは懇切丁寧に説明してセレニィに理解を求める。

 ……唇の端が若干痙攣しているが。

 

「えぇ、非常にいいアイディアですね。私一人が割り食いまくってることに目をつぶればねぇ!」

 

 地団駄を踏んで憤慨を顕にするセレニィ。

 しかし傍から見ればヌイグルミが奇妙なダンスを踊っているようにしか見えない。

 

 微笑ましいモノを見詰めるような表情。それを理解してセレニィは泣いた。

 

「大佐、あんまりです。……セレニィの気持ちを何も分かってあげていないんですね」

 

 しかし救いの手は差し伸べられる。

 

「おやおや… ティアに苦言を呈されてしまいましたね」

「ティアさん…!」

 

 普段は残念の極みだがここぞという場面では自分の心を慮ってくれるのか。

 セレニィは救いの主を見るような面持ちで熱い視線をティアに注ぐ。

 

 肩をすくめるジェイドには目もくれずにティアは親指を立てながらセレニィにこう言った。

 

「大丈夫よ、セレニィ。とっても似合ってて可愛いわ」

「………」

 

 言葉を失うとはこのことか。

 やっぱり人生ってクソゲーだな。セレニィはそう強く実感した。

 

 ティアの勇気ある発言を皮切りに、仲間たちもそれに続く。

 

「そ、そうだな。俺も可愛いと思うぜ? ……うん、よく似合ってるよ」

「あぁ。俺も女の子がおめかししたのに褒めるのを忘れてたなんて、とんだ失態だったよ」

 

「だいじょぶ、だいじょぶ… だよ? セレニィはいつも可愛い、から。えへへ」

 

 ルークが、ガイが、アリエッタがセレニィのことを褒めてくる。嬉しくない。

 

(はぁん!? むしろアリエッタさんが可愛いんですけれどぉ!?)

 

 頭がパンクして思考が妙な方向にずれ始めようとしているセレニィ。

 そんな彼女の隙を見逃さず、頼れる仲間たちが畳み掛けてくる。

 

「僕もとっても可愛らしいと思いますよ、セレニィ。自信を持ってください」

「ま、アニスちゃんのトクナガの中だもん! トーゼンだよねー!」

 

「そうですわ! 城に持ち帰ってお部屋の中に飾りたいくらいですわ! 幾らですの?」

 

 イオンが、アニスが、ナタリアがフォローを重ねる。……若干ナタリアが怖い。

 

「……えっと、心中お察しします。故郷の婚約者の次くらいに愛らしいかと、はい」

「セレニィさん、その格好だとおっきなチーグルになってくれたみたいで嬉しいですの!」

 

 トニーとミュウがそう締めくくってくれた。

 

 胸の奥から暖かい何かがこみ上げてくるのを感じる。きっとこれが友情パワーなんだ。

 セレニィはそう感じながら、そう自分に言い聞かせながら、口を開いた。

 

「違う、そうじゃない」

 

 トニーさん以外、全員心の底から反省して欲しい。

 そんなことを考えながら、セレニィは泣いた。

 

 ダアト脱出の日の朝、出立の準備の中の出来事であった。

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