TALES OF THE ABYSS外伝ーセレニィー   作:(╹◡╹)

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107.逆襲

 マルクト帝国の首都… 通称・『水の都グランコクマ』。

 一行は今、その地に立っている。

 

 随所に歴史を感じさせる造りながらも芸術的な区画整理を施された美しい街並み。

 そしていたる所に紋様の如く走る水路が見事な調和を奏でる風光明媚な都市である。

 

 初めて訪れるものは一様に感嘆のため息を漏らすという。

 無論、それはいささか誇張された表現ではあるだろう。

 

 しかしルークやイオンと言った旅慣れぬ面々にとっては正しくそう映った。

 

「へぇ… ここがグランコクマか! すっげぇなぁ!」

「えぇ。『水の都』という異名に違わぬとても美しい街並みですね」

 

 

 目を輝かせるルークに並んで風でなびく髪を抑えながら、弾む言葉を紡ぐイオン。

 

 

「あぁ。……あの時エンゲーブで降りなけりゃ一度ここに来てたかもなんだよな」

 

 

 少し感慨深げにつぶやくルーク。

 旅の日々を脳裏で振り返りつつ確認するようにガイが尋ねた。

 

 

「確か、辻馬車で『首都まで』って頼んだらここに送られそうになったんだったか?」

「そうね。あの時まではキムラスカのどこかだと思っていたから…」

 

「ハハッ。それで途中で気付いて慌てて降りた、と」

「外交問題を考えれば陛下もルークに無体を働くことはなかったでしょうが警戒は当然かと」

 

 

 多少の責任は感じているのか気まずげに俯くティアをフォローするトニー。

 一方ルークは苦い思い出であった様子を隠そうともせず言葉を重ねる。

 

 

「降りてみりゃジェイドに絡まれるしチーグルの問題に巻き込まれるしで災難だったぜ」

「こっちが災難だったわよ。出店では窃盗未遂をするし勝手に危ない事件に首を突っ込むし」

 

「んだとぉ!?」

「なにかしら!?」

 

「ま、まぁまぁ。そのお陰で今こうして旅の仲間に恵まれてるんだって思おうよ? ね?」

 

 

 恒例行事となった睨み合いを始めるルークとティア。

 そんな二人の間に立って愛想混じりの苦笑いを浮かべつつ(なだ)めに入るアニス。

 

 

「――まったく嘆かわしいですねぇ」

 

 

 そこにカラカラ笑みを零しながら割って入る声が一つ。

 ジェイドである。

 

 

「口を開けばいがみ合いばかり… 信頼の文字は果たして何処へやら。虚しい限りです」

 

 

 言っていることはごもっとも。重々しく肯かれて然るべきである。

 にもかかわらず、その声音は返す者なく虚しく響き渡るばかり。

 

 さりとて気にした様子も見せず彼… ジェイド・カーティスは視線を横に移し口を開いた。

 

 

「貴女もそうは思いませんか? セレニィ」

 

 

 

 

 

「……あぁ。まぁ、そっすね」

 

 

 自分の長い銀髪をいじりながら至極どうでも良さそうな反応を返すセレニィ。

 

 

(髪、伸びてきたなぁ… あ、枝毛できてますね。ストレスかな? 色々あったし…)

 

 

 実際どうでも良いのだろう。それ以上特には返答を返さない。

 

 ここグランコクマでは、これから大事な会談が行われる予定だ。

 それはダアト・マルクトの二国間のみならず世界の行く末を左右する会談となるだろう。

 

 当然、キムラスカを除け者にすることは許されない。

 ダアト(導師イオン派)、マルクト、キムラスカの三国の協調関係が求められる。

 

 言うは易しであるが、そも国家間の外交など足の引っ張り合いが定石である。

 結果を勝ち取った者が総取りである以上は、騙され足元をすくわれる方が悪となる。

 

 本来は騙す方も後々の信用の喪失など相応のデメリットを被るのが常である。

 しかしこのオールドラントには国家が3つしか存在しない。

 

 一国家を丸め込み、残るもう一国家を滅ぼせば覇権を手にしてもおかしくはないのだ。

 こんな状況下で悪どいことを企む人間が一人もいないとは断言できまい。

 

 世界のためとお題目を掲げていても中々一つにまとまれないのが人類の悲しさだ。

 いやまぁ案外まとまれるかも知れないが、何事にも備えは大事だろう。

 

 だからこそ、『それを踏まえた上で』しっかり話し合って対策することが望まれるのだ。

 

 魔界(クリフォト)より帰還したアスラン・フリングス少将がマルクト帝国皇帝に報告し前準備を整える。

 

 そして親善大使であるルーク、その補佐であるナタリア王女がキムラスカ代表として。

 導師守護役であるアニスを補佐に導師イオンがダアト代表として、それぞれが会談に臨む。

 

 マルクトでの会談とは斯様な体制で挑むほどの重要な意味を帯びているのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 長々と説明してしまったが、要はこれが一体何を意味するのか結論を述べよう。

 

 

(そう、つまるところあとは雲の上の人々のやる仕事ってワケなのですよねー…)

 

 

 セレニィは『他人事だ(じぶんにはかんけいない)』と思っているのだ。

 

 

(グランコクマでどうしてましょうかね。観光でもしながらまったり過ごそうかな…)

 

 

 もはやみんなが会談でがんばってる間、どう時間を潰そうかしか考えていない。

 

 自分は流れでついてきただけで無関係な一般人。あとは偉い方々の仕事なのだから。

 心の底からセレニィはそう思っている。

 

 

(会談の間くらいの宿代は出してくれますよね? 無理ならどこかで仕事探そうかな…)

 

 

 だからというわけでもないだろうが。

 

 

(職が見つかれば定住も悪くないかも… あぁ、そういえば)

 

 

 風に吹かれながら、ふと気の置けない『共犯者』のことを思い出す。

 

 

 

 

 

 

(ヴァンさんは『うまくやれている』でしょうかね。……まぁ、どーでもいいですけど)

 

 

 彼女は欠伸を噛み殺しながら、タルタロスの作戦会議室での出来事について振り返っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 漆黒の翼が所持していた通信装置は無事にその役割を果たしヴァンとの連絡が取れた。

 

 トントン拍子にヴァンの一団との合流が実現し、話し合いの場が持たれることと相成った。

 場所はヴァンが借り受けている陸上装甲戦艦タルタロス内部の作戦会議室である。

 

 

 一方でヴァンの一団の方もその成果は順調に進んでおり、既にラルゴとも合流済みとのこと。

 この場にはいないがシンクやディストも無論健在とのことである。

 

 ルークたち一行は胸を撫で下ろし、アッシュとナタリアは密かに再会を喜びあった。

 アリエッタもリグレットやラルゴと歓談を交わしており確かな絆の存在がうかがえた。

 

 またヴァンもダアト内部の情報について殊の外喜び、会議は極めて順調に進められたのだ。

 無論、情報提供者として一役買った漆黒の翼にも謝礼が支払われたのは言うまでもない。

 

 

 

 

 

 その矢先の出来事であった。

 

 

「『ベルケンドから帰還した』… 確かにそう言ったのか、モースめは」

 

 

 別れ際に思い出したことがあって、ヴァンを呼び止めた。

 一応モース関連の情報だからと告げてみたのだが。

 

 唸るような声を一つあげ、それきり黙りこくって何やら考え始めてしまったのだ。

 

 

「……あの、なにか心当たりでも?」

「む? あぁ、少しな。……ベルケンドがキムラスカ王国領ということは知っているか?」

 

「? えぇ、はい。より具体的に言うならばキムラスカ王国ファブレ公爵領ですよね」

「そのとおりだ」

 

「……ホント領地広いですよねぇ、ファブレ公爵閣下」

 

 

 あんな大貴族の一人息子に無礼の限りを尽くしたティアさんとは一体何者なのか? 

 

 彼女の蛮勇は歴史の(ミステリー)として後世語り継がれることになるのかも知れない。

 ちょっと遠い目をしてそんな取り留めのない物思いに耽りそうになる。

 

 

(オメーの妹だからな? 海より深く天より高く反省せいよ?)

 

 

 気を取り直して、セレニィはティアさんの兄をジト目で睨みつつその言葉の続きを促した。

 

 

「うむ。私はルーク様の剣術師範としてファブレ公爵家に雇われているのだが…」

「ほうほう」

 

「その縁からファブレ公爵領ベルケンドに私邸を用意していただいているのだ」

「ふむふむ」

 

「そしてベルケンドこそは名高き音機関都市。その縁でほんの少しばかり研究に関わりを」

 

 

「おい」

 

 

 サラッと特大級の地雷を落としていくの止めてもらえませんかね? 

 どーせ『少し』って言うけどロクでもないコト企ててたんだろ? 

 

 そう考えるが早いか、セレニィはドスの聞いた声音とともにヴァンの襟首を掴んだ。

 

 笑顔を作ってはいるがそのこめかみには血管を浮かび上がらせている。

 笑顔とは本来攻撃的な云々、を地で行く迫力である。

 

 

「本当にあなたたち兄妹は… そんなに私の胃を痛め付けて楽しいですか? ん?」

 

 

 これまでに散っていった胃薬の錠剤瓶の数は10から先は数えていない。

 セレニィはじんわり溢れてくる涙をそっと拭うとヴァンを睨みつけた。

 

 おまえら兄妹は世界に甚大な被害を与えないと生きている実感を得られないのか? 

 ナチュラルボーンテロリストなの? ナチュラルボーンテロリストファミリーなの? 

 

 

「ま、待て! おまえは誤解をしている! 今の私にそんなつもりは…」

「『今』!? 今、『今』って言いやがりましたかこのヒゲ親父!」

 

「だ、誰がヒゲ親父だ! 私はまだ二十七歳だ!」

「大嘘こくな、このテロリスト野郎! みなさーん! このヒゲ親父はですねもがもが!?」

 

「わー! やめろ! 貴様、セレニィ! 私がせっかく世界のために心を入れ替えて…」

「罪はなかったことにならないんですけどぉ!? おとなしく独房で反省してろや!」

 

 

 わちゃわちゃ騒ぎ立てる二人の前に解散したはずの面々も何事かと駆け付けてくる。

 しかしその(いさか)いを止めるはずの人間が最悪の人選だったりすることもままあることで。

 

 

「まぁまぁ。お二人とも、落ち着いてください… 一体何があったのですか?」

 

 

 そこに笑顔で声を掛けたのは本来もっとも(なだ)めるという行為が相応しくない人間であった。

 

 趣味は火に油を注ぐこと。人の嫌がることを進んでします。

 ドS星のドS中年の異名をほしいままにするジェイド・カーティスその人である。

 

 

「ぐぬっ!? ネ、死霊使い(ネクロマンサー)…」

 

 

 思わぬ乱入者にうめき声を上げて硬直してしまうヴァン。

 脳裏にはかつての連絡船で味わった拭い去れぬ汚名の場面がリフレインされている。

 

 その瞬間を見逃すセレニィではなかった。

 

 

(ちゃーんす…!)

 

 

 一瞬の隙を突いてドジョウめいた滑らかな動きでヴァンの拘束から巧みにすり抜ける。

 

 

「うぇーん! 聞いてくださいよ、ジェイドさん! この加齢臭漂う残念ヒゲ野郎がー!」

 

「誰が加齢臭漂う残念ヒゲ野郎だ貴様ー! コラ、逃げるなー!?」

 

 

 そして一目散にジェイドのもとに駆け付けると、そそくさとその背に隠れた。

 鮮やか過ぎる一連の動き。伊達に捕まり慣れていない。

 

 

「怖かったですねぇ、セレニィ。さぁ、事情を聞かせていただきますか?」

「はいはい。えっとですねー…」

 

 

 若干かがみ気味のジェイドの耳元に爪先立ちになりながら唇を近付ける。

 そしてヒソヒソと何事かをささやき始めた。

 

 ジェイドは「ほう…」「なるほど…」と時折相槌を打ってヴァンを怯えさせている。

 そして一連の報告が終わったのか笑顔でヴァンに向き合った。

 

 

「な、なんだ死霊使い(ネクロマンサー)? 私はなにもやましいことは…」

「まぁまぁそう怯えずとも… ゆっくり話し合いをしましょう。グランツ謡将」

 

「お、おい…」

 

 

 そのまま多くの者が見守る中、ヴァンの肩に腕を回して滾々(こんこん)と小声で言い聞かせる。

 ジェイドの態度に当初は慌てた様子のヴァンであったが話を聞くにつれて顔色が変化する。

 

 そして表情は激怒のそれに固定されると怒声を発したのであった。

 

 

「セレニィ、貴様! 言うに事欠いて、ここまでのことをコイツに吹き込んだか!?」

「はぁん!? 逆切れですか、みっともなーい!」

 

「な、なんだと貴様! ここで素っ首()ねてやろうか!?」

 

 

 鞘に手をやったまま大股でツカツカ近付いてくるヴァンに怯えて逃げ惑うセレニィ。

 

 

「ちょ、ちょっと! なにがあったか知らないけれど仲間割れはおよしよ!」

 

「閣下、落ち着いてください! 所詮はセレニィの(たわむ)(ごと)鷹揚(おうよう)な姿勢で受け流しを…」

 

「ええい! そこをどけ、リグレット!」

 

「あっかんべー!」

 

「セレニィは挑発を重ねるな! あんまグランツ謡将を怒らせるなって、な!?」

 

「ひとまずアニス、二人を引き離してください!」

 

「は、はい! イオン様ぁ!」

 

「……セレニィ、喧嘩しちゃ『めっ!』だよ?」

 

「はぁい、アリエッタさん。そうですよねー、ヒゲの相手なんて時間の無駄ですよねー」

 

「よし、殺す!」

 

「ねぇ、やっぱりセレニィを害そうとするヴァンは殺すしか無いと思うの!」

 

「おい、ヴァン! テメェの妹まで暴走を始めやがったぞ! なんとかしやがれ!」

 

 

 それを見るにつれ遠巻きに事態を見守るだけだった周囲の者たちも慌てて止めに入る。

 最終的に抑え込む形で双方は無理やり引き離されることと相成った。

 

 結局火に油を注ぐだけ注いで事態を引っ掻き回したジェイドには冷たい視線が注がれた。

 ……無論、少数ながら例外も存在したわけだが。

 

 

 

 

 

 

 さておきルーク一行は居辛くなり追い出されるような形でヴァンの一団と別行動に。

 その原因を作ってしまったセレニィやジェイドはといえば。

 

 特に気にした様子を見せることもなくどこ吹く風とマイペースに旅を続けていた。

 

 

 

 

 それはヴァンの一団の方も同様である。

 彼らはセレニィとの決裂を非公式に表明し、独自の動きで世界のために動くと宣言。

 

 モースの真意を探るためとしてカンタビレが赴任中のロニール雪山方面より目的地を変更。

 音機関都市ベルケンドへと向けることを告げたのであった。

 

 ただそこに向かうのだと一口に言って準備が全て万端に整うわけではない。

 北部雪山のロニールと温暖な南部に位置するベルケンドでは気候すら全く異なるのだ。

 

 神託の盾騎士団の人員はその準備に追われることとなり、部隊には混乱が生じてしまう。

 当然、ヴァンはそれを言い出した者として責任持って事務作業に当たらねばならない。

 

 

 

 

 

 

 その矢先の出来事であった。

 タルタロス内部に設けられた執務室でペンを走らせながら事務作業に励むヴァン。

 

 そこにノックの音が響き渡る。

 

 

「……む、誰だ?」

「―――」

 

「あぁ、おまえか。すぐに開けよう。……どうした? こんな時間に」

「―――」

 

「ふむ、なるほどな。確かに先の騒動は私らしくもなかったな」

 

 

 セレニィに対して激昂(げきこう)した振る舞いを揶揄(やゆ)されればヴァンも苦笑を浮かべるしか無い。

 訪問客を招き入れると、書類の山で荒れ果てた室内の様子を探る。

 

 

「今後の予定を話し合うにしても少し散らかっているがな」

「―――」

 

「はは、おまえに言われては私も形無しだな。……少し片付けて茶でも出そう」

 

 

 そうして笑いながら背を見せたその時、訪問客が素早く懐に手を忍ばせる。

 取り出したるは球状の物体。

 

 

「………」

 

 

 ソレを無防備なヴァンの背中に向けて投げつけようとして…――

 

 

 

 

 

 

 

 室内に銃声と閃光が(ほとばし)り、手元からソレが弾き飛ばされた。

 

 

「そこまでだ」

 

 

 執務室の死角より影をまとって姿を現したのは譜銃を構えたリグレットであった。

 同時に彼女の麾下である直属の神託の盾兵も得物を構えて訪問者の周囲を取り囲む。

 

 ヴァンは今や先程までの表情とは打って変わって冷徹な色を顔に浮かべている。

 そして一毫(いちごう)たりの油断も見せぬままに床に転がっている球状の物体を拾い上げた。

 

 

「譜術兵器『封印術(アンチフォンスロット)』、か。……フン、確かにこんなものも用意していたな」

「―――」

 

 

 

 

 

 

 

 封印術(アンチフォンスロット)。対象の経絡(けいらく)とも言えるフォンスロットを封じることが出来る譜術兵器である。

 

 製作に莫大なコストがかかるためおいそれと使えるものではないが、そこは襲撃者の慧眼か。

 使うべき時と相手は見誤らなかったということであろう。

 

 これが使われてしまえばヴァンとてろくな抵抗もできぬまま制圧されていたに違いない。

 

 

「さて、どういうことか話を聞かせてもらおうか。……ラルゴよ」

 

 

 神託の盾騎士団主席総長ヴァンは、その威厳を些かも損なわせぬまま襲撃者(ラルゴ)を睥睨した。

 

 

「なるほど… 全てお見通しだった、というわけか」

「それは一体何のことを言っている? 貴様の裏切りか?」

 

「………」

「――それとも貴様がモースとつながっていることか?」

 

 

 無言こそ肯定の証左(しょうさ)

 冷たい雨に打たれるような心持ちでヴァンは淡々と語り始める。

 

 

「……おまえがモースとつながっていてもなんら不思議ではない」

 

「むしろそれ以外の手段でどうやって病に苦しむアクゼリュスの民を守れようか」

 

「親善大使一行もキムラスカやマルクトからの応援部隊も地の底に消えた」

 

「そんな状況の中で生き残りを率いてきたおまえの苦難、察するに余りある」

 

「……許してくれとは言わぬよ。叛逆者は捕らえ、裁かねばならない」

 

「ただ、一人の男としておまえの今日までの奮闘に敬意を払う」

 

「そしてヴァン・グランツ個人として礼を言わせてもらいたい。……ありがとう」

 

 

 ヴァンは頭を下げて、そう告げた。

 

 そんな彼の仕草に少なくない動揺がリグレットや兵士たちにも広がる。

 しかしそれを咎め立てする声を発する者はついぞ現れなかった。

 

 一連の言葉の数々にラルゴの諦めとは無縁の瞳から剣呑な光が消え、ガックリと頭を垂れる。

 頭を上げたヴァンは最後にただ「捕らえろ」と言葉少なにリグレットたちに命じるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 場面をグランコクマへと移そう。

 

 

「うーん… やっぱり変だよなぁ。セレニィも、ジェイドも」

 

 

 そこでは先の騒動で数少ない『例外』であったルークが首を傾げて唸っていた。

 彼は慌ててこそいたものの、セレニィもヴァンも止めようとせず終始見守っていたのだ。

 

 普段の彼らしくない行動であったと言えるであろう。

 そこにナタリアが声を掛けてくる。

 

 

「あら、どうしましたの? ルーク」

「ん? ……あぁ、いや。あのタルタロスでの大喧嘩のことでちょっとな」

 

「そういえば貴方はあの騒動に介入していませんでしたわね?」

 

 

 そんな彼の様子をつぶさに観察していたナタリアもまた、少数派と言えるだろう。

 

 

「どうにも『らしくねぇな』って。なんつーの? 違和感ってヤツ?」

「ふぅん…」

 

「セレニィもジェイドもあんなベタベタする関係じゃねぇし師匠(せんせい)も怒り過ぎっていうか…」

「あらあら、嫉妬ですの?」

 

「そ、そんなんじゃねーよ! ただ…」

 

 

 コロコロと微笑みながらからかうナタリアに慌てて反駁(はんばく)するルーク。

 

 

「分かってますわよ。冗談ですわ。それで? 『ただ』、なんですの?」

「ただ三人とも本当に仲が悪いわけじゃなくて、感情を胸に秘めるタイプっていうか…」

 

「………」

「きっとあの三人のやることなら意味があることなんだって思う。これまでもそうだったし」

 

「フフッ」

「だから、俺はそれを信じて見守りたいなって… あぁもう! 笑うんじゃね―よ!」

 

 

 ついには堪えきれずナタリアは声を上げて笑い出した。

 

 行儀指導の先生に見付かったらこっぴどく叱られてしまうことは間違いないだろう。

 でも、それでも、今のこの喜びは声に出して表現したかった。

 

 

(……ルークはもはやわたくしの補助の必要がないほどに成長していますわ)

 

(勿論危なっかしいところもありますけれど、導師イオンをはじめ心強い仲間がいますわ)

 

 

 それはほんの少しの寂しさとその何倍もの誇らしさ。

 

 だから大丈夫。きっと大丈夫。

 困難ばかりが続くであろうこれからの『難題』に立ち向かう力が幾らでも湧いてくる。

 

 

「あのね、ルーク」

「んだよ?」

 

「わたくしね…」

 

 

 まだ拗ねている可愛らしい『弟分』に苦笑いを浮かべつつ言葉を続けようとして。

 ピピピッと鳴り響く音がそれを中断させる。

 

 

「おっと、失礼。……フムフム、それで? ほう、ほほう。それはなによりです」

 

 

 漆黒の翼から莫大な褒賞と引き換えに『快く譲ってもらえた』通信装置である。

 通信越しの会話を受け取ったジェイドは朗らかな笑みを浮かべた。

 

 

「おめでとうございます、セレニィ。作戦は無事に成功したようですよ」

「マジですか… 『ひょっとしたらやるかも知れない』程度の備えだったんですが」

 

「ご謙遜を。貴女がラルゴの存在に気付いて懸念を示してくれたお陰でしょう?」

「そりゃまぁ… ダアトでもアクゼリュスへの偏見ってホントすごい有り様でしたし」

 

「確かに。それで元住民を一人も連れずに無事合流できたとなれば奇妙な話です」

「住民の方々を『処理』して『身軽』になっての合流なら不可能な話ではありませんが…」

 

「音に聞こえし武人ラルゴはそのような手段を採れる男ではありませんからねぇ」

「えぇ、はい。だから誰でも気付くようなことだったんですよ。たまたま私だっただけで…」

 

「はっはっは! 柄にもなく照れているのですか、セレニィ?」

「だー! もう! この中年の絡み、超うぜぇえええええええ!!!」

 

 

 したり顔のまま話し出すジェイドと、うんざりした表情のまま受け流すセレニィ。

 しかしついには捌き切れなくなり頭を抱えて絶叫する。

 

 その様子を見てとった仲間たちが一人また一人と近寄ってきて声を掛けてくる。

 

 

「おいおい、旦那もセレニィも『作戦』ってなんのことだ? 話が見えないぜ」

「どうか僕たちにも聞かせてくれませんか。ジェイド、セレニィ」

 

「そーだよ! 可愛いアニスちゃんたちを除け者にしての内緒話なんて許されないよっ!」

「嗚呼、今日のセレニィも可愛らしいわ。きっと明日も可愛らしいに違いないわ」

 

「ね、教えて? セレニィ」

「自分は予め聞かされてはいましたが、セレニィ、皆が貴女からの説明を待っています」

 

 

 トニーの言葉に「うぐっ…」と言葉を詰まらせながら、セレニィは口を開いた。

 

 

「ま、まぁこの世界は大体『都合の悪いこと』が起きますからね。主に私に」

 

 

 観念したように渋々と。しかし、僅かながらの敵愾心(てきがいしん)(にじ)ませつつ。

 

 

「……それにあのビヤ樽(モースさん)に二度も『一杯食わされる』なんて、悔しいじゃないですか」

 

 

 合流した時に違和感を覚えた。

 ラルゴの佇まいに。『いつもどおり』のその佇まいに。

 

 だって、そんなはずないのだから。

 自分だったら無理だ。

 

 故郷が消えて不安になっている病人たちを、数千人規模で抱えて守り抜くなんて。

 よしんばそれが出来たとして『いつもどおり』でいるなんて。

 

 だから、ほんの少しの疑念を抱いたのだ。

 

 外れればいいなと思いつつ。

 自分すら信じられないその少女は当たり前のように一人の男を疑った。

 

 ジェイドに軽く話を持ちかければ物は試しと拍子抜けなほどあっさりと乗ってきた。

 これは困った。却下されれば「仕方ない」とやらない言い訳が出来たものを。

 

 それでもまだ(くすぶ)っていた。

 

 本当にこの藪をつついても良いのか? つつくのがよりにもよって自分で良いのか? 

 なんてことはない、それは『自分がやりたくない』だけのただの言い訳探しに過ぎない。

 

 それでも気が進まぬままにヴァンに話を持ち込んでみれば。

 

 

「あのヒゲ野郎の態度に割りと本気でイラッとしまして。気付けば素で罵ってましたね」

 

 

 同族嫌悪、ここに極まれり。

 

 ジェイドとの一連の振る舞いは芝居だが、ヴァンとの仲違いは演技ではなかったのか。

 そう理解した仲間たちが苦笑いを浮かべる。

 

 事前に台本を聞かされていたトニーですら騙されかけたのだ。

 他の面々たるや推して知るべし、であろう。

 

 だからこそ、とナタリアは思う。

 

 

(……えぇ、だからこそ。ルークの思いの丈はわたくしを喜ばせましたわ)

 

 

 そこに違和感を抱きつつ、それでも仲間を信じようとしたルークの決断はきっと尊い。

 それは正しくはないかも知れない。それはただの盲信なのかも知れない。

 

 それでもナタリアはその振る舞いを『()し』として、笑顔とともに受け入れた。

 

 これはきっとただそれだけの話。

 彼女にとっては最後のほんのひと仕事でしかない些細な幕間の物語。

 

 

「……語ることなんてそれくらいです。さ、早く入りましょうよ。グランコクマへ」

 

 

 そう言って話を打ち切ると、セレニィは先頭を切って歩を進め始めた。

 

 仲間たちからの少なくない称賛に赤らんだ頬を隠すように。

 褒められ慣れていないのか口角をあげようとするのを必死で堪えているのはご愛嬌か。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 場面は再び移り変わってタルタロス内部。

 

 

「まったく… 恐ろしい連中だ」

 

 

 執務机に肘を付きながら、ヴァンは独りごちる。

 

 

「えぇ、モースの手はこちらの想像以上に深いところまで伸びているようですね」

 

「いや、リグレット。確かにモースも厄介だが私が言ったのは『あの二人』のことだ」

「あの二人… と、仰られますとセレニィと死霊使い(ネクロマンサー)のことですか?」

 

「うむ。かたや自分の力を微塵も信じず他者の顔色を伺い僅かな違和感も見逃さぬ策士」

「かたや人の感情の機微に揺らがずひたすら効率的に相手を追い詰める知恵者… なるほど」

 

「そうだ。噛み合ってないようで噛み合っている、恐るべき存在だよ」

「ですが喜ばしいことでは? 今の彼女たちは我らの味方なのですから」

 

 

 

 

 

 その言葉に真意の見えぬ笑みを浮かべると、ヴァンはこう締め括るのであった。

 

 

「フッ、この私が世界の命運を託すのだ。……それくらいでいてもらわねばな」

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