TALES OF THE ABYSS外伝ーセレニィー   作:(╹◡╹)

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109.世界

 マルクト帝国首都・グランコクマの裏路地。

 

 懸命な逃走劇の結果、セレニィはいよいよ行き止まりへと追い詰められていました。

 

「……くっ! なんてことでしょう、追い詰められるなんて!」

 

「ぜはー、ぜはー…」

「こひゅー、こひゅー…」

 

 チンピラのお兄さん方は息も絶え絶えながら油断なくセレニィの動向を見据えています。

 当然です。このチビガキはちょっとでも目を離すと即座に逃走するからです。

 

 目を離さなくても全力で逃走しますがそこはご愛嬌というものでしょう。

 それはさておき、ここまでのチンピラさん方の冒険譚は察するに余りあるというもの。

 

 逃げる途中でゴミを散々にぶち撒けられたり、なんていうのはまだまだ序の口。

 行き止まりに追い詰めたと思えばゴミ箱を踏み台に壁を飛び越えてなんて当たり前。

 

 時にはもっとヤバそうなイカついお兄さんを盾にして逃げたりとやりたい放題でした。

 チンピラたちは全力疾走の疲労のみならず数多の擦過傷を拵えておりました。

 

 図らずも、仲間(主にジェイド)によって魔物の群れに叩き込まれていた日常が功を奏した形となります。

 

 まさに芸は身を助ける。……半強制的に仕込まれた芸であることは否定できませんが。

 ですが今のセレニィの逃走能力はそこいらの人間のソレを遥かに凌駕して余りあります。

 

 戦闘能力? ……まぁ、それは、うん。

 

 それでもチンピラたちは、満身創痍になりながらも、諦めずセレニィを追い続けたのです。

 彼等が走り続ける理由とは一体何だったのでしょう? 

 

 通行料(笑)を支払わせる、という観点からすればもはや大赤字以外の何物でもありません。

 ならば一体、何故なのか? 

 

「か、覚悟しやがれ… このガキぃ、げほっごほっ!」

「うぅ… よ、横っ腹がいてぇ…」

 

 ……きっと彼等にも安いプライド・譲れない意地というものがあったに違いありません。

 

「みゅうみゅうみゅう!」

 

 ミュウも(多分)「そうだそうだ」と言っています。

 しかし、その追走劇もいよいよ終盤。年貢の納め時がやってきたようです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……チンピラのみなさんの、ですが。

 

「おまえさんら、そこまでにしときな」

 

 軽いながらも何処か芯を感じさせる、そんな飄々とした声音が裏路地に響き渡りました。

 

「なっ! い、一体ナニモンだ!?」

「出てきやがれッ!」

 

 お約束を外さないチンピラのみなさんは、声の主が出て来やすいよう声を掛けてくれます。

 それに応えて、というわけではないでしょうが一人の男が暗がりから姿を現しました。

 

「思わず見入っちまうほどに見事なデッドレースだったが、もう充分だろう?」

 

 声の主は、小麦色の肌に見事な金髪を持つ見た目二十代ほどの長身の男性でした。

 無造作に髪を束ね、ラフに着崩した格好すら様になっている紛うことなきイケメンでした。

 

 当然その場にいた4人の男(約一名は『元』男の模様)はそんな彼に反感を抱きます。

 何故なら彼はイケメンだからです。

 

 出てきた瞬間から彼を中心に世界が回り始めたことを肌で感じます。

 なんならコレがゲームであったならばBGMが変わった感覚をすら覚えたことでしょう。

 

 しかしそんな世界の理に全力でノーを突き付けられる、それがチンピラ道なのです。

 

「誰だオメーは! 横からやってきて好き勝手言ってんじゃねーぞ!」

「そーだそーだー!」

 

「俺ァ顔の良い男が大っ嫌いなんだよ! うぅ、メアリー… どうして俺を捨てたんだぁ…」

 

 世の理不尽に対して抗議の声を上げるチンピラたち。そんな彼等に追従するセレニィ。

 彼等のライブ感に満ちた生き様のほどが伝わってきますね。

 

 勝手にダメージを受けて、泣き崩れたチンピラBの背中をセレニィは優しくさすります。

 

「そーだそーだー! ……いや、あの、元気出してくださいねチンピラBさん」

「うぅ、オメェ優しいなぁ。なぁ、もしオメェさえ良かったら俺と付き合って…」

 

「それは絶対にノーサンキュー」

 

 この申し出にセレニィ、素敵な笑顔を浮かべて胸の前で大きくバツ印。

 

 残念ながら彼女が好きなのは女性なのです。

 美女とか美少女とかが大好きなのです(ティアさんを除く)。

 

 なので断るにあたって微塵も迷いがありません。

 哀れチンピラBさんは止まりかけた滂沱の涙を再び垂れ流し始めました。

 

 しかし今度はそのまま泣き崩れることはなく、その2つの足で見事に立ち上がったのです。

 

「畜生ぉおおおお! それもこれもこの社会とイケメン野郎のせいだー! 許すまーじ!」

「そーだそーだー!」

 

「え、えーと…」

 

 そして世の理不尽は全てイケメンがいるせいだと脳内解釈をしてしまったのです。

 

 きっとこの色々と小ぶりな少女は目の前のイケメンに惚れてしまったのだ。

 ならば自分がこのイケメンを倒せば少女も惚れ直してくれるに違いない。

 

 よしんばそうでなかったとしても自分はスッキリするのでそれでいい。それがいい。

 別にセレニィはイケメンが好きとは一言も言っていませんがそういうことになりました。

 

 なってしまいました。

 

 困ったのはイケメンさんです。

 彼はか弱い少女(仮)が襲われてると見て、助けに駆け付けた正義のイケメンさんです。

 

 しかし、なんということでしょう。

 

 蓋を開ければ、か弱い少女(仮)はチンピラと一緒になって彼を糾弾し始めたのです。

 勝手に迷子になった挙げ句にいたずらに被害を拡大させる。

 

 まさに天性の問題児にして扇動者(アジテーター)と言えるでしょう。

 その面の皮の分厚さのほどがうかがい知れますね。

 

「やるんだな、チンピラB! 今、ここで!」

「やらいでか! ……あとおまえまでチンピラBって言うな」

 

「おまえらだけに良い格好はさせねぇ。チンピラの意地、見せてやろうじゃないの…!」

 

 チンピラBの魂の咆哮に心震わせられたのでしょう。

 チンピラAとCも覚悟を決めます。

 

 チンピラだってやる時はやるのでしょう。それが今なのかどうかは定かではありませんが。

 

「うぉおおおおお! やぁーってやるぜぇええええええッ!!!」

 

 そうして3つの心が一つとなってイケメンに襲いかかりました。熱い友情です。

 やっていることはイケメンへの嫉妬と逆ギレと八つ当たりですが。

 

「そーだそーだー!」

「みゅうみゅうみゅうー!」

 

 護身棒をティアさんに無断で持ち出されているセレニィには応援をすることしか出来ません。

 果たして彼女がどちらを応援したのかは言うまでもないでしょう。

 

 そして、奇跡が起きました…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──などということもなく。

 

「ぐえっ」

「ぎゃぼー」

「へなっぷ」

 

 チンピラさんたちは普通に敗北し、揃って地べたに這いつくばることと相成りました。

 世は無情です。

 

「ですよねー」

 

 セレニィも分かってましたよという表情で腕を組みながらしきりに肯いています。

 彼女の頭の上でミュウも同じ表情ポーズで肯いています。こちらは分かってないでしょうが。

 

 きっとチンピラさんたちは追いかけっこの疲労で力を出しきれなかったのでしょう。

 そういうことにしておきましょう。

 

 いずれにせよチンピラさんたちも痛みというより疲れて動きたくない雰囲気です。

 ならばこの場における勝者はイケメンさんで間違いないでしょう。

 

(……これまでの人生で経験した中でこの上なく不毛な戦闘だった気がする)

 

 そんな内心を抱きつつひたすら困惑しているイケメンさんにセレニィは頭を下げます。

 

「あの、助けていただいてありがとうございました」

「え? ……あ、うん。助けた、でいいんだよな? うん、俺は君を助けたんだよな?」

 

「いいと思います! だって助けられた私がそう言ってるんですから! はい!」

 

 イカれたヤツが急にマトモな発言をしだしたのでイケメンさんは更に困惑を深めます。

 しかし身振り手振りで力説され、仕舞いにはいい笑顔でお礼まで言われてしまいました。

 

 もっともらしい屁理屈とノリや勢いで誤魔化そうとしている態度が透けて見えます。

 

(……まったく、サフィールのヤツを言い(くる)めていた頃のジェイドみたいな子だな)

 

 なんとなく幼少期をともにした幼馴染の一人なら騙されそうだな、と感じてしまいます。

 なお実際にサフィールことセレニィの心友・ディストさんは騙されている模様。

 

 彼にとって雪降りしきるケテルブルグでの思い出は今なお色褪せない大切な宝物です。

 勿論楽しい記憶ばかりではありません。苦い失敗がありました。悲しい別離がありました。

 

 ですが、あの時期があればこそ彼は今もこうして『人間』で在り続けられるのでしょう。

 

「ち、畜生…」

 

「う、うぅ…」

「いってて…」

 

 ふと見遣ればチンピラたちがうめき声をあげながら立ち上がろうとしています。

 油断なく構えを取ろうとしたイケメンさんですが、それより先にセレニィが動きました。

 

「ふははははー! 大・勝・利! ですともー!」

「みゅうみゅうみゅう!」

 

 ちゃっかり勝利をかすめ取りチンピラたちにアップルグミを恵んでいきます。

 雑魚は常に生命の危機にひんしているため回復アイテムの補充に余念がありません。

 

 さっきまで全力でガチ逃げしていたのに今では偉そうにふんぞり返っています。

 

「コレに懲りたら金輪際善良な一般人をいじめないように、ですともっ!」

「みゅうみゅうみゅう!」

 

「ですよね! 相棒!」

「え、相棒ってオレのことかい? ……参ったな」

 

 勝手に相棒にされていました。これにはイケメンさんも頬をかいて困惑顔です。

 

 ですが、この件を憲兵に持ち込まずに収めようという少女なりの優しさと受け取りました。

 イケメンさん自身、ちょっと公的機関に顔を出しにくい事情もあったので渡りに船です。

 

 根っからの悪党ならもう少し懲らしめても良かったのですがそういうわけでもないでしょう。

 ならばここは少女の話に乗っかっても良いかも知れません。

 

 勿論セレニィはそんなに深いことを考えずにただ調子に乗っているだけなのですが。

 

 さておき、イケメンは大きく息を吐くと緊張を解いてチンピラたちに語りかけました。

 

「見た目ほど大した怪我じゃないはずだ。ほれ、見逃してやるから散った散った」

 

 

 

 もともと好奇心で首を突っ込んだまでのこと。

 

 見たところ異国人である少女が『この時期』に何故かこんなところで騒ぎを起こしている。

 そういったことが気にならないと言えば嘘になりますが、見たところ邪悪でもない様子です。

 

 何処か幼馴染の面影を感じさせ、懐かしい記憶を想起させてくれたこともあります。

 これ以上突っ込むのも野暮か、と数々の疑問を一旦引っ込めることを彼は決意しました。

 

 イケメンさんは心までイケメンのようです。

 

「では、改めてありがとうございました。私はコレで…」

「ありがとですのー!」

 

「……はい、ちょっと待った」

 

 イケメンさんの脇をすり抜けて立ち去ろうとするセレニィ。

 そんな彼女の道筋をイケメンさんはその逞しい左腕で塞ぎます。

 

 別にしゃがめば通り抜けられるだろうとは思うものの何か用があって呼び止めたのは明白。

 加えて、それをすれば自分が小柄だと認めるようで色々と癪に障るので選択できません。

 

 困惑した表情で見上げるセレニィ。ニヤリと笑みを浮かべるイケメンさん。

 

(……今は何も聞かず見逃すとはいえ、このまま「ハイ、サヨナラ」ってのもな)

 

 自らそれを呑み込むと決めたとは言え、いいように利用されたのも事実。

 ちょっとした意趣返しくらいしてやっても構わないでしょう。

 

 なにより、このまま何事も無く別れるのは刺激を求める彼にとって些か『味気ない』のです。

 だからこそ、その笑みにほんの少しの悪戯心を乗せて彼は行動を起こすことにしました。

 

「え? あ、あの…」

 

 一方、図らずも壁ドンの体勢に囚われてしまったセレニィは困惑継続中のまま。

 しかも嫌な予感がビンビンに伝わってくるではありませんが。

 

 自衛用の棒が手元にないのが悔やまれます。

 ……棒一つで何処まで出来るかは定かではありませんが少なくとも安心感は違います。

 

 身長(タッパ)体重(ウェート)も不利過ぎる相手にはあの頼りない棒きれでも千の味方に等しいのです。

 

(あ、あれ? もしかしなくても私ピンチですか? 穏便にフェードアウト失敗?)

 

 考えてみれば不慣れな見知らぬ土地で迷子になっていた現状は何も変わっていません。

 それどころか目の前のイケメンが果たして真実良い人かどうかすら定かではないのです。

 

 もし彼が悪人であったならば。

 先程チンピラを畳んだ見事な手際から考えるに逃走は絶望的なものとなるでしょう。

 

「……小さなお嬢さん(レディ)、ちょっとばかりオイタが過ぎたようだな?」

「ひっ!」

 

 無遠慮に伸ばされる手に、セレニィはギュッと目をつぶって硬直してしまいます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……しかし、彼女の予期した痛みや衝撃はいつまで経っても訪れることはなく。

 恐る恐る目を開けると、イケメンさんの笑顔が目の前にあり。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──チュッ…

 

 優しい仕草で白銀の髪を一房持ち上げられ、それに口付けを落とされるのでした。

 

「火遊びはほどほどに。……今日みたいに怖い思いをしたくなかったら、ね?」

 

 そして、うっとりするほど甘く蕩ける声とともにウィンクを一つ。

 

 紳士です。イケメンにしか許されない所業です。

 ノー資格であろうチンピラのみなさん方も口をあんぐりと開けその光景に魅入っています。

 

 こんなことをされてしまっては年頃の少女ならば誰でも…

 いえ、年頃でなかったとしても心臓が早鐘を打ち赤面する事態は免れなかったことでしょう。

 

 それほどの破壊力を秘めていました。

 

 しかし…──

 

 

 

 

 

「………………………………………………………………………………………………ぎょ」

 

 誰にとっても不幸なことに、この場にいる少女は『普通の』少女ではありませんでした。

 

「ぎょ?」

 

 想定したどの反応とも違っていたイケメンさんは訝しげにその言葉を反芻します。

 彼の中では赤面されることは勿論、叱られ平手打ちを受けることすら想定の範囲内でした。

 

 その予測能力はイケメンは頭脳までも優れていることの証左にも繋がったでしょう。

 ですが、それでもどうやって予想できたでしょうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぎょええええええええええええええええええええええッ!!!」

 

 セレニィが壊れ、怪鳥じみた悲鳴をグランコクマ中に響き渡らせてしまうことになるなど。

 

 それを至近距離で聞かされる側はたまったものではありません。

 イケメンさんもチンピラーずも各々思わず耳を抑えてうずくまってしまいます。

 

 ……それが致命的な隙に繋がることを理解しないままに。

 

 そう、彼等の不運は壊れたセレニィの絶叫を至近距離で浴びただけでは終わりませんでした。

 むしろそれは序の口。

 

 真の不運は空より降ってきます。……裏路地に林立する数々の建物の壁を蹴りながら。

 

「セレニィいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいッ!!!」

 

「げぇっ! ティアさん!?」

 

 はい、ティアさんです。

 

 建物の壁を蹴りながら滑るように空を舞い、そのまま一回転して地面に降り立ちます。

 まるでどこぞのヒーローのようですね。

 

 そこで彼女は目にしてしまいます。

 まるで壁に追い詰めてセレニィに覆いかぶさるようにしている一人の男の姿を。

 

 悲しい(かな)、原因はセレニィなのですが事情を知らなければ事案の現場にしか見えません。

 

 これを見てティアさんがどのように行動するかなど火を見るより明らかです。

 

「ティアさん! ステイ! ステイッ!?」

 

 壊れていたはずのセレニィも思わず正気にかえって必死に暴走を抑制しようと呼びかけます。

 しかしティアさんの耳になんとやらです。結果は芳しくないようです。

 

 暴走トラックとティアさんは急に止まれません。交通事故には努々(ゆめゆめ)気を付けましょう。

 

「ユリアチョップ!」

「ぐわー!」

 

 ユリアチョップは破壊力。

 手刀一閃、哀れチンピラAは儚くも倒れ伏すこととなります。

 

 続いてティアさんは腰を深く落とし、拳を突き出しました。

 

「ユリアパンチ!」

「ぐふっ!」

 

 必殺のユリアパンチです。

 またの名をナイトメア(物理)。ティアさんが編み出したTPを使わない謎の譜術です。

 

 まるでナイトメアを食らったかのようにチンピラBは深い眠りに落ちました。

 

「ユリアキック!」

「ぎゃーす!」

 

 ユリアキックはティアさんの脚線美から放たれる驚異のハイキックです。

 あいてはしぬ(死なない)。

 

「ユリア式バックドロップ!」

「え? ちょ、オレはちがァッ!?」

 

 美しい放物線を描いて最後の一人の脳天がグランコクマの裏路地に突き刺さります。

 へそで投げるという基本に忠実かつ実に見事なバックドロップでした。

 

 イケメンは動かなくなりました。

 

「……ミッションコンプリート」

 

 ()くして(ティアさん目線で)悪は滅びました。正義は勝つ。めでたしめでたし。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なにやってんだぁああああああああああああああああ!?」

 

 セレニィ、鮮やかな四連撃に思わずツッコミを入れつつティアさんの頭をはたきます。

 

 まるで満足行く仕事をこなしたかのように腕を組んでウンウンと肯いていたティアさん。

 この一撃をまともに頂戴してしまいます。

 

「……いたいわ、セレニィ」

 

 あんまり痛くなさそうな声音で、しかし、ティアさんは冷静に抗議します。

 助けにきたつもりがはたかれたのです。ある意味で彼女の抗議は当然と言えたでしょう。

 

 可愛い仲間の茶目っ気に思わずほっぺたを膨らませてしまいます。

 相変わらず見た目だけなら完璧な美少女です。

 

(でも、私もセレニィとこうしてじゃれ合える程度に仲を深められたのね… 凄くいいわ…)

 

 軍学校時代に受けたイジメの数々に比べればこの程度、なんてことはありません。

 

 ティアさんにとっては乙女のじゃれ合いと呼んでまったく差し支えないイベントでしょう。

 こういった積み重ねを経て二人の友情は深まっていくのだと信じて疑いません。

 

 このロン毛片目隠し巨乳テロリストさん、無敵ですね。

 

 反省の色が欠片も見えないティアさんにセレニィは腰に手を当て怒りのおキモチを示します。

 頭の上でミュウも同じポーズを取っているためイマイチしまらないのですが、さておき。

 

「チンピラさんたちはともかく、このイケメンさんは助けてくれたんですよ! 多分!」

「……多分?」

 

「き、きっと!」

 

 助けてくれたことは事実は事実。その後に起こったことは、こう、不幸な事故なのです。

 

 さきほどのイケメン無罪なチャラい行動を思い返し、赤面しつつセレニィは言い切りました。

 ちょっとドキドキしてしまったのは気の迷いに過ぎないと、自分に言い聞かせながら。

 

(そう、私の心の中にはイオン様がいる… だから私はホモじゃない! 正常なんだ!)

 

 賢明な読者諸氏の中には既にイオン様が男性であることを御存知の方も多いことでしょう。

 というよりセレニィを除いた旅の仲間たちはみんなソレを把握しておりますが。

 

 ……ですがそれはまだ明かされていない残酷な真実。

 今はセレニィの心の安寧のため、その真実はそっと胸の(うち)に秘されておくべきでしょう。

 

 ちなみに他の女性陣(?)についてセレニィがどう思っているかと申し上げますと。

 

 アリエッタさんは精神が童女過ぎて罪悪感を覚えるため恋愛面では意図的に避けており。

 アニスさんは素敵なのですがなんというか気心が知れた同僚という感覚が先に来ます。

 

 ナタリアさんやリグレットさんは既にお相手がいるために考慮の範囲外となっております。

 言うまでもなくティアさんは論外です。

 

 だからセレニィは密かにイオン様に萌えていたというわけです。

 彼女(?)からの当たりもそう悪いものではないですし、服も交換したことのある仲ですし。

 

 とはいえイオン様はローレライ教団という巨大宗教組織のトップでおわします。

 そんな彼女(?)と(ねんご)ろになろうなどというだいそれた野心は抱けません。

 

 精々が憧れと呼べる程度の淡い感情。本来ならばそれで終わるはずだったのですが…──

 

 

 閑話休題。

 

 セレニィの態度から確実に『なにかがあった』とティアさんは感じ取りました。

 乙女の勘? いいえ、野生の勘です。

 

 ティアさんの追い詰められた獣センサーが火を噴いたのです。

 上手く発動すればキムラスカ王国公爵家の屋根の上の単独登頂すら果たせる特異能力です。

 

 擬態が下手っぴなセレニィことバレバレニィの裏を察するなどお茶の子さいさいでした。

 

「助けてくれた? セレニィのあの姿勢、あの悲鳴でそれは無理がないかしら…」

「え、えーと… それは、その…」

 

「それは?」

 

 どうする? 言ってしまいます? 傷(?)は浅いうちに塞ぐべきなのでは? 

 そんな葛藤がセレニィの脳内を駆け巡ります。

 

 冷静に考えれば事情を説明する一択です。

 別にやましいことをしてしまったわけではなく、セレニィが大袈裟に騒いでしまっただけ。

 

 本来ならばちょっとした笑い話で収まる範疇の話のはずです。

 無論チンピラやイケメンさんたちにとっては災難でしたがそれはそれ。

 

 しかし、彼女の逡巡は未だ収まりません。

 それでは自身が乙女のような悲鳴を上げてしまったことを認めることに繋がります。

 

 しかもイケメンによるチャラい行動によって、です。それは男のプライドが許しません。

 実際には乙女というより怪鳥のような奇声であり、セレニィは今紛れもなく少女なのですが。

 

 とはいえいつまでも悩んでいるわけにはいきません。

 時間を掛ければ掛けるほどティアさんの疑念は膨らむばかりなのですから。

 

 そう判断したセレニィは意を決して口を開こうとしました。

 

「えぇ、と、それは…」

 

 ……開こうと、しました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「キスされたからですのー!」

 

 しかし、主人(仮)が言い淀んでいると感じたチーグルがその言葉を発したのでした。

 

 理由は分からないが主が困っている。ならば自分が手助けをしなければ。

 主人とともに行動して、その全てを見聞きしてきた自分ならばきっとお役に立てるだろう。

 

 そういった忠誠心の発露でありました。実に感心な心がけと言えるでしょう。

 ……セレニィ以外にとっては。

 

「ちょ、まっ! ミュウさん!? されてない、されてないからッ!?」

 

「よし、殺しましょう」

 

 慌てるセレニィを後目(しりめ)にティアさんは光の速さで行動に移ろうとします。

 いついかなる時も即断即決、ライブ感溢れる刹那の生き様こそがティアさんの魅力です。

 

「ティアさん、すと──────────っぷ! すと──────────っぷ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……その後、多大な労力を費やして。

 

 キスといっても髪を一房ばかり手に取られて、それに口付けを落とされた程度であり。

 到底キスと呼べるものではないことだと延々と説明した結果。

 

 なんとかティアさんに無事抹殺を思い止まらせることに成功したのでした。

 

 チンピラさんたちのこと? 

 下手に触れたらティアさんが更に殴りかかってしまいそうなので敢えて黙っ(スルーし)ておきました。

 

 平和的解決につながったもののセレニィの精神的・身体的負担は如何ばかりでしょうか。

 犠牲なき平和はありえないという格好の見本として取り扱えるのかも知れませんね。

 

「ぜぇ、はぁ… くっ、めっちゃ疲れました…」

「お疲れ様、セレニィ」

 

 ティアさんが移動屋台から買ってきたジュースをセレニィに渡し、労をねぎらいます。

 セレニィはジト目でティアさんを見詰めたまま渋々ソレを受け取ります。

 

 そしてジュースをストローで一口嚥下してから、大きなため息とともに口を開きました。

 

「……私の疲労の原因の99%はティアさんによるものなんですけどねぇ?」

「寝ても覚めても私のことばかり、ということね。えぇ、私たち二人の友情は永遠に不滅よ」

 

「ガッデム! この巨乳、イヤミが全然通じねーですよ!」

 

 ティアさんはセレニィとこうして会話ができるだけ嬉しいのです。

 

 なんの気遣いも忌避感もなく、期待や嫉妬も滲ませない女の子同士での明るく楽しい会話。

 かつてティアさんが望んでも得られなかったそれが、今この場にはあるのでした。

 

「でも、この男まで連れてくるなんて…」

「いやいや、助けてくれた人なのはさっきティアさんも納得してくれたでしょう?」

 

「そうだけど。……せっかくのセレニィとの公園での思い出が」

 

 夕暮れ時の水の都・グランコクマの中央公園。

 

 そこには夕陽の輝きが水に煌めき幻想的な光景が醸し出されていました。

 一生思い出に残る光景と言えるでしょう。

 

 確かに、こんな素晴らしい光景ならば余人を交えず大切な人とだけで共有したい。

 そう思ってしまうのも無理はないのかも知れません。

 

 たとえそれが大切な人の恩人で、公園のベンチで寝そべっているだけだったとしても。

 患部である頭には濡らしたハンカチを当てられています。

 

 規則正しく呼吸はしているため、命に別条はないと信じます。

 念のためにティアさんに回復の譜歌を使わせましたので大事はないでしょう。

 

 セレニィは若干面倒くさいなぁと思いつつティアさんに向かって口を開きます。

 

「……別に公園なんてまたいつでも来ればいいじゃないですか」

「! そう、そうよね。またいつでも来れるわよね。……私たち二人なら」

 

「はいはい、お付き合いしますよー。……ティアさんの奢りならね」

 

 にししっ、と笑いながら余計な一言を付け加えるセレニィにティアさんも苦笑いです。

 

(もう、セレニィったらつれないわね。……けれど、これでいい。ううん、これ『が』いい)

 

 きっと、そう。この距離感こそが心地よい。

 そう、ティアさんは感じます。

 

 やがて時間となり、宿へと帰ろうとする頃合いとなりました。

 二人はどちらからともなくベンチを立ちます。

 

「結局目覚めませんでしたねぇ、この人。……どうしましょうか?」

「……このまま置いていっても大丈夫だと思うわ」

 

「え? 宿とかに連れて行ってあげないと危ないんじゃ…」

「ううん、きっと大丈夫。護衛の方がそろそろ来ているみたいだから」

 

「護衛の方? ……豪商の放蕩息子さんとかその辺りですかねぇ」

 

 チラッと周囲を見渡しティアさんがそうつぶやくと、セレニィも顎を撫でつつ納得しました。

 セレニィにはまるで感じ取れませんが、確かに視線の先には誰かが潜んでいるようです。

 

「だから、行きましょう。私たちがいつまでもいたら護衛の方も気兼ねしてしまうわ」

「わ、っとと。そんな引っ張らなくてもいきますって。……ほら、ミュウさんもこっちに」

 

「みゅうみゅうみゅうー!」

 

 ミュウもセレニィの頭に飛び乗り、それぞれが帰路につくこととなります。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その帰り道。

 

「……まったく、今日はとんだ目に遭いました」

「フフッ、改めてお疲れ様。セレニィ」

 

 そもそもセレニィが迂闊に迷子になったからこういった事態が起きたのはさておき。

 

「そもそもティアさんのせいでもあるんですよ?」

「あら、そうなの?」

 

 セレニィの若干理不尽な言葉にもティアさんは笑顔で相槌を打ってくれます。

 これが例えばルーク相手だったりしたらそのままバトルが勃発していたことでしょう。

 

 ティアさんの世界では男は自分を舐め腐って下に見てセクハラをしてくる存在ばかりでした。

 今の仲間はそんなことはないと理性では分かっていますが、ティアさんの理性は水物です。

 

 人生経験を通じて得た戦訓というものはそう簡単に捨て去ることは出来ません。

 彼女は実利のために半ば以上周囲の理解を得ることを諦め去っている節があります。

 

 それは最適解を直感で掴み取る彼女が導き出した悲しい結論とも言えるでしょう。

 頼れる者なくば一人で動くしかありません。唯一の肉親(ヴァンさん)は破滅思想をキメてしまいましたし。

 

 だからこそ、時に暴走とも呼べる極端な行動を繰り返し引き起こしていたのでした。

 特に兄が目を掛けている同年代のルークには負ける訳には、と対抗心ばかりが先走ります。

 

 そんな彼女の背景を薄っすら理解できる程度にはセレニィも人の心の機微に通じていました。

 それを受けてセレニィはどう行動したのか? 

 

 結論から言うと特別なことは何一つ為しませんでした。

 

 一人の人間として当たり前のように頼り、怒り、叱り、突っ込み、胃を痛め、頭を抱え。

 しかし、彼女を拒絶することは一度としてありませんでした。

 

 彼女に出来る範囲内で仲間を助けるために動き、無理なく周囲をだまくらかしました。

 

 確かにある意味でそれは偉業と呼べるのかも知れません。

 

 ですが、彼女は彼女にとって特別なことは何一つやっていません。やれていません。

 ただ能力以上の無茶振りをされて、これは無理だと周囲を巻き込んだだけに過ぎません。

 

 それは自己犠牲によるそれではなく、ひとえに自分のための行動です。

 そのためならローレライ教団の権威が失墜しようとお構いなしです。

 

 ……そんなセレニィだからこそ。

 徹頭徹尾自分のために動き、『自分を大切に出来る』セレニィだからこそ。

 

 ティアさんは、自分は勿論のことヴァンのかたくなな心をも動かしたのだと感じています。

 それは理屈ではなく、彼女らしい直感で。故に説明のしようもなく。

 

 彼女にとってセレニィは文字通り『世界を変えてくれた存在』なのです。

 それを彼女に面と向かって言うことは、ほんの少し照れくさくて、できませんが。

 

「……セレニィが云うのなら、きっと、そうかもしれないわね」

 

 そんなティアさんの内心など知る由もないセレニィはと言えば…──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 宿の前で、ますます大きなため息を吐いてから、ティアさんにあるものを差し出しました。

 

「これは…」

「お母さんの形見、なんですよね? 見付けたから確保してきました。合ってますよね?」

 

 視線を逸らしながらぶっきらぼうにペンダントを突き出す少女の気遣いが嬉しくて。

 

「セレニィ! 愛してるわ!」

 

 ティアさんは万感の想いを込めて、セレニィを抱きしめます。

 百合の花が舞い散る美しい光景かと言えば()(あら)ず。そこには…──

 

「ぐえー! しぬー! は、はなせー!」

 

 潰れたカエルのような悲鳴を上げ全力でタップする小柄な少女の姿がありました。

 

 言うまでもなく宿の前でのことです。

 命の危機を感じさせる悲鳴により、先に戻っていた仲間たちが続々と表にやってきます。

 

 そんな彼等が強制的に引き離すまでティアさんの熱烈な抱擁&頬擦りは続きました。

 

「……一度手放したはずのお母さんの形見が戻ってきたことは勿論嬉しいわ」

「わかった、わかりましたから! とりあえずはなして、プリーズ!」

 

「でもそのことをセレニィが覚えていて、取り戻してくれたことの方が何倍も嬉しいの!」

 

 果たしてティアさんの熱烈な告白は届いたのか届かなかったのか。

 

「……きゅう」

 

 急にセレニィの力が抜けたかと思うと、ガックリと動かなくなってしまいました。

 どうやらゴリラ並の腕力を誇るティアさんの締め付けに耐えきれなかったようです。

 

 その意識は遥か彼方の音譜帯まで飛ばされてしまった模様。悲しい事故ですね。

 

「なにやってんだ、てめぇー!」

「あいたー!」

 

 ルークが全力でティアさんの頭をしばき倒します。

 流石にこの状況でやらかしてしまった以上、ルーク相手でもティアさんは反抗できません。

 

 アニスやアリエッタにも叱られてしまいます。

 それでもティアさんはペンダントを握り締めながら満面の笑みを浮かべるのでした。

 

 ともあれ。

 

 ティアさんはお母さんの形見を取り戻すことができました。

 しかも、より深くなったセレニィとの絆と思い出というオマケ付きで。

 

 ガイに説教されていたこともありティアさんは丁寧に謝罪して棒を返却します。

 こうしてセレニィの迷子から始まったグランコクマでの小さな物語は終りを迎えました。

 

「あの、なんだかこの棒ベタベタしてるんですけど…」

「そ、そうかしら? ……き、気のせいじゃないかしら?」

 

「そっかなぁ… 私の手汗かなぁ…?」

「あ、そうそう。セレニィ、ちょっと良いですか?」

 

「はいはい、なんでしょジェイドさん。皇帝陛下との会談の件でなにか?」

「おや、鋭いですねぇ。えぇ、実は本日陛下御不在で会談が叶わなかったのですが…」

 

「あらら、残念でしたね。それでは明日も登城をされるということで?」

「えぇ、はい。なので明日は貴女も同行してくださいね」

 

「……え?」

 

 一つの物語の終わりは、別の物語の新たな始まりを意味します。

 

「確かに伝えましたからね。よろしくお願いしますね。では、私はこれで」

 

 いい笑顔のジェイドと申し訳無さそうに会釈を一つするトニーがその場を後にしました。

 

 

 

「………え?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日、めかし込んだ格好で引っ立てられたセレニィは未だぶすくれておりました。

 他の仲間たちは我関せずか若干責めるような視線でジェイドを見遣ります。

 

 一晩経ってもまだ膨れているセレニィに流石のジェイドも思わず苦笑いを浮かべます。

 

「おやおや、セレニィ。まだご機嫌斜めなのですか?」

 

「誰のせいだと思ってやがるんですかっ!? 胃薬キメてやりますよ、畜生っ!!」

「みゅうみゅうみゅう!」

 

 ことのきっかけは彼がセレニィを『セレニィ=バルフォア』と記したことに起因します。

 バルフォア家の名はマルクト帝国内で少しばかり特別な意味を持っています。

 

 それはそうでしょう。

 誰もが扱いに困る、しかし、誰もが認める『天才』たるジェイドの生家なのですから。

 

 その書類が目に留まりその結果こうして登城を命じられることになったのです。

 セレニィならずとも困惑し時に怒りを示すのも無理からぬ反応と言えるでしょう。

 

 というよりこの場で理解していないのは、ことの原因であるジェイドだけでしょう。

 そもそも理解していたら登城を了承するまでもなくその場で事情を説明したでしょうから。

 

 この悪びれない笑顔こそがジェイドさんの善意の証と言えるかも知れません。

 彼は善意から皇帝とのコネをセレニィに作ってあげようとしているのです。

 

 その過程でなんらかの化学反応が生じたら面白いという気持ちも無きにしも非ずですが。

 

「ははは、大袈裟な。ちょっと皇帝にお会いするだけではありませんか」

「そいつは素敵だ! 胃が痛くなってきました!」

 

 確かにキムラスカ=ランバルディア連合王国の国王陛下とも謁見したことはあります。

 その中で言葉だって交わしました。……しかしあの時とは何もかも状況が違います。

 

 モースさんの息の根を止めなければ死んでしまう状況だからこそ必死で牙を剥いたのです。

 

 ただそんなことを言ったところでこのドSの化身には到底理解を得られないでしょう。

 ティアさんとはまた別の意味で自身と他者の認識の相違に無頓着な面があるのですから。

 

 そう考えたセレニィは続く言葉を呑み込み跪きながら皇帝陛下の到着を待つことにしました。

 

 自分は背景にただ存在するだけの置き物になっていればいいのだと開き直ります。

 

 そもそもキムラスカの時とは異なり会談における主役はイオン様でありルーク様なのです。

 

 自分は赤ベコ人形のように背景でウンウンとただ肯いていればいいのだ。

 そう解釈すれば途端楽な心持ちとなります。現金なもので胃の痛みも遠のいていきます。

 

 

 

 

 

 

 

「皇帝陛下の御成りィ!」

 

 その時、儀仗兵が皇帝陛下の到着を告げてくれました。ベストなタイミングです。

 

 そうと決まれば頭を深く下げて物理的に存在感を消してしまいましょう。

 ファブレ家の使用人にすぎないガイさんの影あたりが狙い目です。

 

 大きさだけならジェイドやトニーなのですが彼等はマルクト兵士として注目を集める立場。

 なので、女性恐怖症の彼が悲鳴を上げないギリギリを見極めて近付く必要があるのです。

 

 普段はともかくこういう時に小さいというのは便利ですね。

 ……いえ、周囲が大き過ぎるだけなのですが。

 

「マルクト帝国まで遠路遥々(はるばる)ようこそ。そして先日はお会い出来ず大変失礼した」

 

(……なんだか、すっごく見られているような?)

 

 セレニィはなにやら強い視線を感じてしまいますが、おそらくは気の所為でしょう。

 偉大なる陛下は使者への観察を怠らないというだけのこと。きっとそうに違いありません。

 

「私がピオニー・ウパラ・マルクト9世である。……皆、(おもて)を上げてくれ」

 

 何故か、皇帝陛下から発せられる声は何処かで聞いたことのある声のように感じます。

 

 なんということでしょう。嫌な予感しかしない状況ではありませんか。

 胃がキリキリと痛みを訴えてきます。すごく顔を上げたくなくなってきます。

 

 しかし皇帝陛下の命令は絶対。観念しながらゆっくりと顔を上げると…──

 

 

 

 

 

 

 

「やぁ、昨日振りだな… 小さなお嬢さん(レディ)?」

 

 そこには予想通り、昨日のイケメンさんが笑顔で玉座に腰掛けており。

 そして昨日セレニィが置いていったハンカチを手にヒラヒラと振っているのでした。

 

(あばー!? どうしてこうなった!? どうしてこうなった!?)

 

 セレニィが半狂乱&半泣きになってしまうのも無理はありません。

 

 なんせ昨日散々無礼を働いてしまった親切なイケメンが皇帝陛下だったのですから。

 良くて無礼討ち、最悪の場合は拷問がそれに追加されることでしょう。

 

 ちなみにティアさんは彼の顔を確認する前に攻撃したので昨日の人物とは気付いていません。

 

 精々が「なんでセレニィのハンカチを持っているのかしら?」程度です。

 そして届けにきてくれた親切な人だとすら思っています。

 

 基本的に狂犬な彼女ですが、セレニィに親切な人には態度を軟化させるのです。

 

「おや、お知り合いだったのですか? ピオニー」

「よう、ジェイド。そうとも。昨日あつーいひと時を共に過ごさせてもらったのさ」

 

「……やれやれ、まったく相変わらずですねぇ。貴方は」

 

 おまえなんだ、皇帝陛下に対してまるで幼馴染みたいなその気さくな態度は。

 無礼ってレベルじゃねーですよ! 

 

 ……と、セレニィが正気であったならば思わずそう突っ込んでしまったであろうやり取り。

 しかし今の彼女はそれどころではありません。

 

 それを知ってか知らずか、皇帝ピオニーは優雅な笑みとともに言葉を紡いでゆきます。

 

「よろしくお願いします。導師イオン、親善大使ルーク・フォン・ファブレ殿」

 

 イオンにもルークにも、そして名を呼ばれなかった者たちに対しても。

 一人ひとり視線を交わして言葉を掛けられます。皇帝陛下の威厳とともに。

 

 そして…──

 

「『使者』セレニィ=バルフォア殿。……実りある会談となることを切に願おう」

 

 

 

 

 

 

 

 その言葉にセレニィは小刻みに身体を震わしながら涙目で何度もコクコクと頷くのでした。

 





なお、他の面々からセレニィへの恋愛面の評価:
(ほぼ)全員「いや、流石に小さ過ぎてちょっと…」
ティアさん「どんなセレニィであっても私は全てを受け容れるわ。……えぇ、総てを」
アリエッタ「セレニィはアリエッタの妹、です! 面倒見てあげる、です!」 むふー!

※セレニィの身長は推定142cm(推定なのは採寸を抵抗するため)
※参考までに原作メンバーでダントツで小柄なアニスで152cm
※人間キャラで(おそらく)一番小柄なアリエッタで148cmです

なお一番避けたいはずのティアさんルートに向かって爆進している模様

よろしければアンケートにご協力ください。このSSで一番好きなキャラクターは?

  • セレニィ
  • ルーク
  • ティアさん
  • ジェイド
  • それ以外

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