TALES OF THE ABYSS外伝ーセレニィー   作:(๑╹◡╹)ノ

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110.会談

 

 さて、マルクト帝国皇帝との会談の舞台は謁見の間より会議室へと移された。

 

 

 

 広々とした会議室。

 その中央には大人数が囲める大きな机が据え置かれ、選りすぐりの重臣らが控えている。

 

 それぞれの国の内情をある程度理解しているナタリアからすれば錚々たる面々である。

 

「………」

 

 声に出さないまでも、この場の空気に飲まれないように彼女は静かに気を引き締め直した。

 

 重臣らは一糸乱れぬ様子で立ち上がり、深い一礼を行う。

 それに対して皇帝ピオニー=ウパラ=マルクトは手を上げ鷹揚に応えると、着席を促す。

 

 この一連の流れを以って謁見の間を訪れた『使者』らにも席が割り当てられた。

 国の代表たるルークやナタリア、イオンらは無論のこと、その従者らにもである。

 

 ……その中には何の間違いか、紛れ込んでしまったセレニィも含まれていた。

 

(なんかすごく注目されている気がする… ば、場違いだって分かってますけどぉ!?)

 

 背中にはすごく哀愁を背負っている。

 

 本音では今すぐ帰りたい。

 自分が今この場に相応しくないことを、セレニィ自身、誰よりも痛感していた。

 

 注目されてしまうのは仕方ない。

 自分自身、「え? なんで私ここにいるの?」と自問自答を幾度となく繰り返したのだから。

 

 今から思い切りこの机に吐血ぶち撒けて緊急入院とか出来ないかな? とすら思っている。

 割りと本気で。

 

 絶望的な状況で視線を彷徨わせる中で、セレニィはふと一人の知り合いの姿を認識した。

 城塞都市セントビナーでお世話になった老マクガヴァン氏その人である。

 

「………」

 

 確か軍籍にはあったものの、今は老齢を理由に退役をしているという話だったはず。

 なるほど、だから今色々と忙しいだろうセントビナー代表としてこの地まで足を運んだのか。

 

 セレニィは胸中でそう勝手に推測し、納得する。

 

 知り合いがいた。心強かった。

 自分の胃とか心身における健康面とかに常に追い込みをかける仲間たちよりも、遥かに。

 

 そう、勝手にこんな場に引き立てやがったどっかのドSよりもずっと有り難い存在であった。

 

 セントビナーでそこはかとなく優しくしてくれた記憶を頼りに心に安寧を覚える。

 

(優しい方でした… 飴ちゃんくれましたし。……いや、飴ちゃんに釣られたわけではなく)

 

 静かに笑顔を浮かべ、軽く会釈をする。

 それに対し、マクガヴァン翁も白い顎髭を撫でながらチャーミングなウインクを返した。

 

 ややお茶目なところもある性格は、変わらず健在のようであった。

 

 落ち着きを取り戻し遅れる形でセレニィも着席をする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方で、マルクト帝国の重臣らは勘違いではなく紛れもなくセレニィに注目していた。

 

 彼らとて無能ではない。

 それぞれのルートを使って、仮想敵国であるキムラスカの情報は逐一入手している。

 

 そんな中、皇帝の特命を帯びて自身らにすら秘された使者がキムラスカで大暴れをしたのだ。

 それも、マルクトにとって長年目の上のたんこぶだった大詠師モースを抑え込んでである。

 

 

 

 

 

 

 その結果キムラスカとの和平は成立し、モースはかの国の政治顧問を解任されるに至った。

 

 無論、結果そのものについてはそれぞれの立場から是々非々思うところはある。

 やはり政治には立場があり、それには賛意も反意も付いて回るものであるのだから。

 

 しかしながら、自身らに果たしてこれだけの成果を出せるかとなると…

 

 帝国の重臣たる自負の念の強い彼らといえど、素直に首を縦に振れる者は少ないであろう。

 大同小異の差異はあれど、それこそがこの場に居並んだ選りすぐりの重臣らの総意であった。

 

 故に、彼らがセレニィに注目しその素性や経歴を探ろうとするのも必然の流れと言えた。

 

 

 

 

 ……だが、彼らがその過去を洗おうとすればするほどその正体は不明の一言に終始する。

 

 まるで、ある日突然降って湧いたかのようにこれまでの足跡という物が見えてこないのだ。

 ハッキリするのは密命中のジェイド=カーティスとエンゲーブにて合流してより以降。

 

 キムラスカで名乗った『セレニィ=バルフォア』という名すら一体何処まで本当なのやら。

 

 素直に推測するならば、今は名門カーティス家の養子となったジェイド=カーティス…

 かつて『ジェイド=バルフォア』であった男の縁者という線が濃厚だ。が、その証拠もない。

 

 しかも、こうして対面すれば十代半ばを超えたかどうかも危ういような少女の姿形。

 

 果たして、このような少女が両手でも足らぬほどの事績を短期間で成し遂げてきたのか。

 湧き出る疑問を押し留めたのは、短いながらも親しげなマクガヴァン元元帥とのやり取り。

 

(マクガヴァン翁とは親しげな様子であった… であれば虚像の線は消える、か…)

 

 かの傑人は今や退役して息子に後を任せたセントビナーで好々爺然と振る舞っている。

 

 しかしかつてはその名を知らぬ者がいないほど数々の活躍をし、功績をあげてきた軍人。

 譜術士連続死傷事件を最後に退役したものの、彼の活躍なくして事件の解決は語られない。

 

 当然信奉者は多く未だ中央に強い影響力を及ぼすほどの人物なのだ。

 

 薄々考えていた、評判と功績をのみ先行させた皇帝肝煎りの『偶像』という線は消えた。

 実力主義に振り切っているマクガヴァン元元帥の考え方は有名である。

 

 なんせその最たる実例こそがジェイド=カーティスなのだから。

 かの人物の譜術の才に目をかけて引き上げ、現在に至る出世の道を提供した人物こそ翁だ。

 

 ジェイド自身も(数々の人間的欠陥はあれど)その有能さで、翁の人物眼を証明した。

 

 こうなると、セレニィなる人物を疑うことにすら政治生命の危険を覚えてくる。

 

 マクガヴァン元元帥が見込んだ実力者というのであれば言うまでもなく敵対は愚の骨頂。

 さりとて、皇帝肝煎りの偶像の線が正しかったとしてそれは翁がそれに迎合したということ。

 

 あの二人が協力して当たり、懐刀までそちらに付くとあれば、それこそが『真実』となる。

 

(……いや、後者の方がより危ういか)

 

 なんせ一切表に出なかった状況からいきなり『バルフォア』の姓を与えられるほどなのだ。

 即ち『ジェイド=カーティスと縁付いている』と認識させる価値を認めているに他ならない。

 

 実力者が見合った地位を与えられるならばまだ良い。

 やや早急な感は否めないが、それこそが革新と成長を是とする帝国の在り方とも言える。

 

 しかし、問題は『たとえ無能であっても守らないといけない価値が存在する』場合。

 見た目の年齢としてはそれこそジェイド=カーティスの隠し子であっても不思議はないが…

 

(……ひょっとして、あるいは皇帝陛下ご自身の)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「クク… 気になるのは分かるが、そう見詰めていては使者殿に穴が開いてしまわれるぞ?」

 

 不敬な考えに思考が沈みかけたそのタイミングで、皇帝ピオニーが口を開いた。

 

「………」

 

 返す言葉もなく、深い一礼を以って非を詫びる重臣ら一同。

 自身らの思考が手に取るように読まれ、そして良いように転がされていると自覚したが故に。

 

 それらの様子を愉快げに眺めながら、ピオニーは再度口を開いた。

 

「……さて、それでは始めるとしよう。各国にとって実りある会談となることを期待する」

 

 それに追随するかのように、渦中の人セレニィがニッコリと笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(泣きたい… ちくしょう… どうしてこんなことに…)

 

 その頃、セレニィは胃痛と戦っていた。

 

 昨日ティアさんが無礼を働いた謎のイケメンさんが皇帝陛下と判明したからです。

 しかも、その皇帝陛下主催の会談にドS主導で引っ立てられたからです。

 

 雑魚なのに。

 身分も何も無い、ある日この世界にポップしただけなの雑魚なのに。

 

 しかも雰囲気だけで伝わってくるすっごく偉い面々が世界の今後を占う会談をするのだ。

 胃がキリキリと痛みだす。場違いにも程がある。

 

 しかしこの場で胃薬を取り出して飲み干し「あ、続きどうぞ」ってわけにもいかない。

 ……いかないのだ。

 

(というか、マルクトの偉い人々の視線がマジで怖いんですけど…)

 

 なんか自分が注目されている気がする。

 自分のような雑魚が何故? WHY? 気のせいだと嬉しいな。

 

 気のせいだと思いたかったがやっぱり気のせいじゃなかったらしい。

 ……皇帝が暗に認めてたし。セレニィはガックリと肩を落とした。

 

 こうなれば『各国にとって実りある会談となることを期待する』に全力で乗っかりたい。

 これは本心である。

 

 是非会談が盛り上がりまくって自分のことを忘れて欲しい。

 宇宙の遥か彼方まで盛り上がってセレニィという存在を忘れ去って欲しいからである。

 

(はぁ… そもそもどうして私なんかが、ここに…)

 

 泣きたくなってきた。

 恥も外聞もなく泣き喚きたい。そして宿かどっかで全力でこもっていたい。

 

 けれども会議の場を嗚咽の声で汚すわけにはいかない。

 なによりこれ以上、悪目立ちをしたくない。

 

 その一心で、セレニィは無言のままに朗らかな愛想笑いを周囲に振り撒いていた。

 顔で笑って心で泣いて、を地で行く言動・立ち居振る舞いである。

 

 当初の予定通り、置物に徹するのだ。セレニィはそう決意した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして彼女の願い通り、会談は大いに盛り上がった。

 

「これについて、セレニィ=バルフォア殿の意見を伺いたいのだが…」

「私如きの権限ではお答えしかねます。後程アスラン=フリングス少将に確認されるべきかと」

 

「だが、彼らは現場独自の判断で動いており連絡もままならぬ。なにか知っている点は…」

「仰るとおり、現場で話し合い今後を見据えた行動を取っているようにも見えますね」

 

「ならば…」

「それを追認するか、あるいは修正するのか、認めるとして一体何処までを認めるのか」

 

「……む」

「僭越ながら、そのラインを話し合うのもこの会談の主旨の一つであると認識しております」

 

 ……何故か会議の参加者が揃いも揃ってセレニィに意見を求めてくるのだ。

 日本人らしいのらりくらりとした言い回しで責任を避けつつ、専門家に割り振る匠の技。

 

 姑息なセレニィの面目躍如である。

 

(確かに会談盛り上がれって思ったよ? でもこれは違うよね? 私抜きで盛り上がれよ!)

 

 人の目がなければ机をバンバン叩いて頭を抱えたい状況である。

 

「あぁ、あと連絡手段についてですが… これは解決できるかも知れません」

 

 連絡に関してはディストさんから(無断で)借り続けている高性能通信機がありますし。

 それをジェイドが解析すれば、なんとかなるんじゃね? とマイルドな表現で水を向ける。

 

 そう言えば肩をすくめ「……ま、やってみましょう」とため息を吐いて頷いてくれた。

 なんだかんだ自分がめちゃくちゃこの場にいることを嫌がってることを漸く認識したようだ。

 

 彼なりに借りを返そうと骨を折ってくれることにした様子である。遅いけどな。

 

(マジでコイツ人の心わかんねーのな… まぁ、それでこそジェイドさんですが)

 

 ジェイドの平常運転ぶりに怒りを通り越して安心感すら覚えるセレニィ。重症であった。

 

「じゃあジェイドさんはがんばってくださいな。なるはやで」

「はいはい、わかりましたよ。……全く、敵いませんねぇ」

 

「くくくっ… あのジェイドが形無しかぁ。いいなぁ、おまえら。好きだわー」

 

 よし、通信機の高性能化・量産化についてはこれで解決。

 

 なんか皇帝笑ってるけど考えないようにしよう。なんもかんもドSが悪いんだ。

 ……この場に無理やり引っ立てやがったことは絶対に許さん。絶対にだ。

 

(あとティアさん、なに人の髪触ってんですか。やめて、気が散ります。おい、編み込むな)

 

「ティアさん、あの、今大事な会談中ですから…」

「セレニィいい匂い… 髪もサラサラ、はしてないけど… パサパサしてる… 可哀想…」

 

「……うん、誰かさんたちから絶え間なく浴びせられ続けるストレスのせいですかね?」

 

 髪がパサついてて可哀想とか巨大なお世話である。誰のせいだと思ってんだ案件である。

 もはやセレニィにとってティアさんは隣に居座るデバフであった。泣きたい。

 

 何故お偉方との会合という罰ゲームに駆り出された挙げ句デバフを受けねばならないのか。

 

 そして怒りがこみ上げてくる。

 

(誰だこの空気読む気が一切ないアホ女を私の横に配置したヤツは!?)

 

 視線を巡らせると「俺だ!」という顔で皇帝が胸を張っていた。……見なかったことにした。

 怒りは瞬時に引っ込んだ。不敬怖いから。

 

 そのタイミングを逃さず他の重臣の方がセレニィに質問を重ねてくる。

 

「失礼、こちらの案件についてキムラスカ側の公式見解はなんと?」

「何故私に? 私はキムラスカの人間ではありませんが?」

 

「……失礼した」

「いえ、お気になさらず。ただ協調関係は失われてないように感じます。後は外交の話かと」

 

「それもこの会談で方向性を決めるべき議題の一つ、というわけですな…」

 

 怒りは引っ込んだと言ったな? あれは嘘だ。

 イラッとしたまま八つ当たりをしてしまう。

 

 心の中で土下座するセレニィ。

 重臣さん、すまない。マジですまない。

 

 キムラスカの人間ではないのは確かだが、なんならどの国の人間でもないのだから。

 セレニィとは、ある日突然このオールドラントにポップした正体不明の存在でしかない。

 

 偉そうにマルクトの人間ヅラできる立場では断じてないのだ。

 

 ていうかキムラスカのことならナタリア殿下とかに聞いて欲しい。マジで。

 何故かそのナタリア殿下がニコニコしながらこちらに発言権を委ねているのだが。

 

「そうかそうか。セレニィはキムラスカでは立場がないか」

「……はい? まぁ、そうですが。あの、陛下、なにを」

 

「では、我が国で然るべき地位を用意するのが妥当であるかと思うが(けい)らの意見はどうか」

「まことに結構な話であるかと!」

 

「ふむ… 然様(さよう)、これまでの事績を(かんが)みれば異は唱えにくい話ではありますな」

 

 セレニィが皇帝からの密命を帯びてこれまで暗躍していたのは周知の事実である。

 ……そんな事実はないのだが、周知の事実ということにされてしまっている。

 

 そんな彼女に公的な地位を、と皇帝が水を向けるのであれば家臣である彼らに否やはない。

 というより正体不明の妖怪みたいな存在に実像を与えられるのだ。格段にやり易くなる。

 

 セレニィはダアトだけでなく、マルクトでも妙な都市伝説みたいな存在として扱われていた。

 泣いて良い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お待ち下さい」

 

 そこに待ったをかける存在が現れた。

 

「……これはナタリア王女殿下。我が国の決定になにか異存でも?」

 

 これまで笑顔で会談を見守ってきたナタリアその人である。

 

「この会談の主旨を見失われましては、私どもの出席した立場というものがありませんもの」

「なるほど、これは失礼しました。では彼女の詳細な取り扱いについてはまた後程…」

 

「それにも及びませんわ」

 

 見えない火花が飛び散っている。

 好戦的な笑みを浮かべる皇帝ピオニーに対し優雅な笑みを崩さぬナタリア王女。

 

 互いに一歩も退かぬ心理戦が始まっていた。

 

「ほう? しかし、失礼ながら貴国に彼女の処遇を決める権限はないはずだが」

「えぇ。それはまさしく、皇帝陛下のおっしゃいます通り」

 

「……ふむ?」

「ただ、アクゼリュスでの会談は陛下の記憶にも新しきことかと推察しております」

 

「ははは… ご賢察のほど痛み入ります。ではそれに関する事由が存在すると?」

 

 表面上は和やかな皇帝と王女のロイヤルな会談。

 しかし、会談の場の温度は2,3度ほど下がったかのような圧迫感が漂う。

 

 それを意にも介さないのは場の空気を読まないティアさんのような一部の例外のみ。

 例えば椿油で丁寧に髪を梳かれ編み込みを受けているセレニィのような存在のみ。

 

(ティアさんマジしつけー… もういいや、飽きるまで放置してよう…)

 

 他人事のような顔で場の成り行きを見守っている。

 自分への関心が移るのはとても素晴らしいこと。いいぞ、もっとやれという心意気だ。

 

「えぇ、あの会談により現場の者たちは互いに協調関係を結ぶに至りました」

「……そうですな。貴国と我が国のみならず教団も含めての関係であると」

 

「はい。その立役者となられた方こそが他でもない彼女、セレニィなのです。陛下」

 

 再び注目がセレニィに集まる。

 

 なんせアクゼリュス崩落前後の情報はまだ錯綜しており、重臣らも把握しきれていない。

 確かにこれまでの動きよりセレニィの何らかの関与があったことは想像に難くないが。

 

 ……しかし、一国の王女にここまで言わせるとは。

 

 親善大使であるルーク=フォン=ファブレにも視線を向ければ、彼も大きく頷いてみせた。

 

(え? 私、アクゼリュスでなんかやりましたっけ… やったかなぁ…?)

 

 困惑しているのはセレニィばかりである。

 

 本人からすればドSにボコボコにされティアさんに奥歯叩き折られた記憶しかないのだ。

 なんだったらヒゲがムカつくことしか覚えてないまである。そっからすぐ倒れたし。

 

「言わば彼女は我が国… いえ、教団も含めた私どもにとっての盟約の象徴なのです」

「………」

 

「どうか世界のため、私どもの未熟を(おもんばか)り、今彼女を引き離すのはご深慮願えませんか?」

「……ふむ、なるほど」

 

「いかがでしょうか? ピオニー陛下。僕としてもナタリア王女殿下と同じ意見ですが」

 

 ここにこれまで沈黙を守ってきた導師イオンまで参戦してきた。

 こうなるとピオニーにとっても分が悪い。

 

 強行採決で押し切れなくもないが、間違いなく禍根を残す結果となるであろう。

 ここまで友好的な形でキムラスカ側と会談に臨める機会はこれまでなかったことだ。

 

 それをドブに捨てることは、皇帝としての視座も持つ彼には看過できないリスクである。

 

 ……となれば、白旗を上げるしかないか。

 

「……これは私が焦りすぎていたようですね。世界を見る視座が欠けておりました」

「お戯れを。陛下に欠けたるところなど御座いません。慈悲を賜われたこと光栄に存じます」

 

(けい)らもすまなかった。先程の言葉は余の戯れであった。……今はまだ、な」

「まぁ、陛下ったら」

 

「ははは、戯れである。王女殿下の叡智と美貌に充てられてしまったようだ。許されよ」

 

 会談の場に和やかな談笑が広がってゆく。

 それをセレニィはぼんやりと見守っていた。

 

(……良く分からないけど、つまり私の宙ぶらりんな立場は継続されるということかな?)

 

 悲しい。国籍も固定給も自分にはとんと縁がないようだ。

 

 多分キムラスカは謁見の間でモースと派手にやり合って世を騒がせたことを怒っているのだ。

 だからマルクトが地位を与えようとするのに待ったをかけたのだ。教団は言うまでもない。

 

 人から恨みを買うって怖い。

 やっぱり王族と関わるのは避けないと、とセレニィは密かに決意を改めるのであった。

 

 しかも陛下と殿下が互いにニコニコ微笑み合っている。

 

 絵になる美形二人である。

 会談の場で、眼の前でイチャイチャされたと捉えたセレニィは嫉妬が抑えきれない。

 

(ずるい陛下! 私もナタリア王女殿下とイチャイチャしたい! これだからイケメンは!)

 

 ぷくーっとほっぺを膨らませ、仕方ないので隣の席のティアさんをぺちぺち叩き始める。

 そんなセレニィの仕草に蕩けるような笑みを浮かべたティアさんを尻目に会談は恙無(つつがな)く進む。

 

 そして粗方の議題を片付け終えた、ちょうどそのタイミングで…──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これ、止まらぬか!」

「陛下は今、他国の使者等と会談中である! 暫し待たれ──ぐっ!」

 

 にわかに廊下の方が騒がしくなり始める。

 

「すまない! 詫びは必ず入れる! けど今は一刻を争うんだ! 通してくれ!」

 

 重厚な扉を蹴破って会談の場に現れたのは六神将が一人・鮮血のアッシュ。

 

 彼は二つ名に違わぬ満身創痍の姿で、その背に一人の少女を背負いながら身を晒した。

 背負われている少女はアッシュと同じく六神将の一人・妖獣のアリエッタである。

 

 しかし意識を失っているのか、アッシュに背負われたままぐったりとしている。

 

 当然、会談の場にも… いや、会談の場だからこそ護衛の騎士たちは存在している。

 

 彼らは一斉に侵入者たるアッシュとアリエッタに向けて剣を抜いてみせた。

 自分が招いた事態の意味を理解しているのだろう、アッシュは抵抗する素振りを見せない。

 

 何より傷だらけという有り様でありながらアッシュ自身に武器を抜く様子もない。

 そして荒い息を吐きながら視線を彷徨わせ、視界にセレニィを捉えると力無く項垂れた。

 

「……すまない。力を貸してくれ」

 

 息を呑むセレニィ。

 

 それなりに友誼を築いてきたアッシュが頭を下げ、助力を求めてきたこと。

 そしてセレニィにとって何よりも大事な大天使アリエッタの容態が心配なこと。

 

 それらをのみ認識したセレニィが言葉少なに確認する。

 

「アッシュさん、この場にいらっしゃるどなたかに対する害意はありませんね?」

「ない」

 

「結構。……ナタリア王女殿下、お手数ですが彼らに譜術による治療を」

「は、はいッ!」

 

「セレニィ、私は?」

「ティアさんは万一に備え陛下や要人の方々の護衛を。……よろしいですか? 皆様」

 

 視線を巡らせれば、誰からともなくセレニィの提案に頷いた様子が確認できた。

 ナタリアはアッシュとアリエッタに駆け寄り、彼らに回復譜術を施している。

 

 その間に、会談の場の護衛の面々はそれぞれの主を守れる位置に再配置を済ませている。

 

 もともとマルクト側で用意されていた騎士はもとより。

 ジェイドやトニーはピオニーや重臣らの守りに。ガイはルークの。アニスはイオンの。

 

 それぞれの職責に応じる形で臨戦態勢に移り変わっている。

 

「……それで、そこまでして伝えたいこととは?」

「セレニィ、彼はまだ怪我が…」

 

 目に見える範囲の傷が多少塞がった頃合いを見計らい、セレニィがアッシュに問いかける。

 当然アッシュを庇おうとするナタリアであったが…

 

「いや、いい。大丈夫だ、ナタリア… 殿下。……猶予がないんだ、話させて欲しい」

「わかりましたわ。……どうか、無理はなさらず」

 

「……感謝する」

 

 彼自身の強い声に、身を退く形で発言を譲ることと相成った。

 

 イチャイチャしやがって、という嫉妬の心を飲み込み視線で言葉を促すセレニィ。

 それに一つ頷き、アッシュは語り始めた。

 

「……タルタロスを擁する俺達はダアトを前にして第6師団と睨み合う形になった」

「第6師団… カンタビレ教官が率いている師団ね」

 

 ティアの補足に頷きつつ、アッシュは言葉を続ける。

 

「当然数の上では圧倒的優位にある第6師団相手だ。正面からぶつかるつもりはなかった」

「……えぇ、少しでも戦を知っていればタルタロスの機動性を使わない手はありません」

 

「あぁ、睨み合いは時間を喰うが各国との協定もある。時間は俺達の味方… のハズだった」

 

 ジェイドの指摘は単なる事実と言える。

 多少なりと兵法を齧っていればタルタロスを擁すれば勝てぬまでも負けはないはずである。

 

 アリエッタという、魔物を操るイレギュラーによる空中からの奇襲などがない限り。

 

 アッシュの言う通り、ユリアシティで結ばれたキムラスカやマルクトとの協定もある。

 現場レベルの協定に過ぎないとは言え、それぞれ国で実権を持つ重鎮によるもの。

 

 軍事的圧力にせよ、あるいは外交面からの交渉にせよ、やりようは幾らでもあったはず。

 

 ……しかし、本当にそうであったならば今のこの結果は符合しない。

 

「しかし、そうはならなかった。即ち何らかの想定外(イレギュラー)が発生した、というワケですね?」

「……あぁ、『反乱』が起きた」

 

「………」

 

 自身の確認により明かされた真実に、セレニィは眉をひそめる。

 

 その危険性は事前に通達していたはずだ。

 自分だけの言葉では信じられないのも無理はないからと、ジェイドのお墨付きまで添えて。

 

 流石にそれに何ら対策を打たぬままスルーするほど、あの共犯者(ヴァン)は無能ではないはずだ。

 

「……一回目のラルゴの『反乱』は抑えたんだ。セレニィ、おまえの差し金だってな」

 

 思考の海に沈んでいたのを察したのか、アッシュが更に言葉を重ねてくる。

 

「それは誰から?」

「リグレットが言っていた」

 

「………」

 

 静かにため息を吐く。

 

 口の軽いリグレットさんにも困ったものだ、と思わず目眩がしてくる気分だ。

 ……いや、アッシュにだけ特別に明かしていたのだと思いたい。

 

 反乱なんて気付かない内に芽を摘まれていたというくらいの形がちょうどよいのだ。

 それこそ無関係な者にとっては事件が起きたという認識すらない形が望ましい。

 

 その芽を摘んだ首謀者なんて、『次』があったら真っ先に生命が狙われてしまう。

 なのにこうして認知度を上げてしまっている。泣きたい。胃が痛い。

 

 背中が煤けているセレニィの胸中を知ってか知らずかアッシュは言葉を続ける。

 

「二回目は… 俺にとっては一回目だったが、シンクとディストによるものだ」

(あの二人にまで裏切られるとかどんだけ人望ないんだよ、あのヒゲ…)

 

「不意を突かれる形でヴァンは無力化。……リグレットが奮戦し、俺等を逃がしてくれた」

(しかも真っ先に沈められるとかどちゃくそに足引っ張ってるじゃねーか、あのヒゲ…)

 

「けど、そんな俺等にしても運が良かっただけだ。アリエッタの魔物がなければ全滅だった」

 

 セレニィは無言のまま、冷たい視線でアッシュの言葉に耳を傾けている。

 

(……この一連の流れ、タイミングが良過ぎますねぇ。……となれば、十中八九)

 

 これもモースの仕込みということになるだろう。

 

 そもそもカンタビレ率いる第6師団は現状唯一のモースが影響を及ぼし()る師団である。

 そんな番犬をモースともあろう者が手綱を緩め自由にさせておくなど有り得ない。

 

 こちらがアクゼリュス諸共地下に落ちてから地上に戻ってくるまでの期間。

 モースが各方面へと工作を働きかける時間はそれこそ幾らでもあったはずだ。

 

 時間は確かにヴァンたち別働隊にとっても味方であっただろう。

 しかし、それを味方にできるのが一勢力のみとは限らないのである。

 

 そんな中で一回の反乱を『上手く潰し過ぎて』油断と慢心から足元を(すく)われたのがヴァンだ。

 

 実際のところ、モースが何処まで仕込んでいたかなどはセレニィ如きでは類推できない。

 

 自分のように「どれか一つ当たればいいな」で数打ちが功を奏しただけかも知れない。

 はたまた、本当に運良く偶然にたまたま天が彼に味方をしただけなのかも知れない。

 

 そのいずれであろうと、この話を聞いてセレニィがヴァンに対して下す結論は一つであった。

 

(指揮官は結果が全て… 油断と慢心が身を滅ぼしましたね、ヴァンさん乙! あばよっ!)

 

 もう見捨てる気満々であった。

 なんならコッソリと親指を立ててすらいた。

 

 アッシュを通し、まるで養豚場に向かう豚を見るような視線を遠くのヴァンに向け送る始末。

 そんなセレニィの様子を真正面から見ていたアッシュは危機感を覚え、思わず叫びだす。

 

「頼む! 虫の良いことを言ってるのは分かってる! 終わったら首を差し出す覚悟もある!」

 

 手を床につき、頭を下げて放たれるは渾身のDOGEZAの構え。

 日本人としての感覚が抜けきれぬセレニィとして思わず怯んでしまう姿である。

 

「俺はどうなっても良い! けど、アリエッタを救うと思って力を貸してくれないか!?」

「ぐ、ぐぬぬ…」

 

「アッシュ…」

 

 その構えで大天使アリエッタのことを持ち出されると辛い。

 そもそもアッシュに対する友情も感じてはいるので倍率ドンで辛い。

 

 オマケにそんな彼の侠気に感化されたのか、ルークまでも感じ入っている様子である。

 ……この流れは不味い。

 

 故に、セレニィは『沈黙』を選んだ。

 

(貝です… 私は貝になるのです… 沈黙、それこそが『答え』…!)

 

 十秒、二十秒… 果たしてどれだけの時間が経過したか。

 長い長い沈黙の後に、皇帝であるピオニー=ウパラ=マルクト九世は口を開く。

 

「……どうやら返答はないようだな。当然だ、これだけのリスクを即断では負えまい」

「……ッ!」

 

「鮮血のアッシュと言ったか。後ろの少女ともども我が国で保護する。悪いようにはしない」

「しかし…ッ!」

 

「おまえも将の一端なれば聞き分けろ。耐えていればいずれ道も開けることだろう」

 

 ピオニーの優しく慮る説諭を受け、悔しげに床を拳で叩きつけるアッシュ。

 そんな光景を見てセレニィの心は痛んでいた。……だが無理なものは無理なのだ。

 

 後でアリエッタさんを全力で慰めるからどうか許して欲しい。

 そんな自分本意なことを考えていた。

 

 一応心が痛んだのでもう一回だけヴァンを助けるメリットについて考えてみることにした。

 

 

 

 

 

 

 

 ………

 

 ……

 

 …

 

 セレニィは考えた。

 

 考えに考え抜いた結果として…──

 

(……うん、やっぱあのヒゲ要らないな)

 

 ヴァンを切り捨てるという結論に至った。

 やる気がゼロである。

 

 これが美人や美少女だったならば、また話は別だったかもしれない。

 しかし相手がヴァンではやる気が出なかった。

 

 決意は固まった。

 後は如何にしてそれを口に出すかということである。

 

 この場には仲間のために頭を下げられる熱い男・アッシュさんばかりではない。

 何故かヴァンなんかが大好きなルークさんとかガイさんがいるのだ。

 

 ティアさんとか「ヴァン見捨てようぜ!」といえば「おっけー!」と返してくれそうなのに。

 人の趣味というものは分からないものである。

 

(……いかに正論とは言え、いや、正論だからこそそれを真正面からほざけば角が立ちます)

 

 なんか上手いことふわっと受け入れやすいようにやんわりと伝えなければ。

 そんなセレニィの決意を秘めた眼差しを観察している者がこの場に一人いた。

 

 いや、二人いた。

 一人は『おはよう』から『おやすみ』まで常にセレニィを観察し続けているティアさん。

 

 そして、もう一人は…──

 

(……やれやれ。やはり、また何かを考えついたのですね? セレニィ)

 

 薄い笑みを浮かべつつ、いつの間に傍に来たのかジェイドがそっと助け舟を出す。

 

「……では、我々は今後どう動くべきだと貴女はお考えですか? セレニィ」

「おっと。私は皇帝陛下のお考えに賛成ですが、それでも良いのですか? ジェイドさん」

 

「えぇ、勿論です。そんな貴女の意見だからこそ、今、ここで確認したいのです」

 

 なんだか分からないけれどドSが助け舟を出してくれた。

 

 彼に促される形で述べたのであればある程度ひどい意見を言っても許されるかも知れない。

 なんならドSマンサーとして名高い彼が悪評の大部分を背負ってくれるかも知れない。

 

 よっしゃ、乗るしかない! このビッグウェーブに! 

 

 内心拳を握りしめ、セレニィはこの気紛れな助け舟に全力で乗っかることにした。

 ……セレニィが根本は屑であったことを今一度思い出せる素敵な瞬間である。感動的ですね。

 

「……そうですね。高速艇、可能ならばタルタロス級でベルケンドへ向かうべきかと」

 

 やんわりと消極的にヴァンに対する救出部隊を出さないことを進言する。

 

「セレニィ、正気ですの!? ここまでアッシュが頼んでいるというのに…」

「セレニィ… どうしても師匠(せんせい)のことは無理なのか…?」

 

 ナタリアが、ルークが沈痛な表情とともに語りかけてくる。

 辛い。

 

 はい、無理です。

 

 などと素直に口に出さない程度にはセレニィも空気を読める。

 しかし、何故だろう。

 

 ヴァンを見捨てるというのに全く心が痛まない。

 顔に出やすいセレニィの表情筋がピクリともしないのはもはや快挙であると言える。

 

 多分逆の立場ならアイツ躊躇いなく自分を見捨てるだろうなという信頼感の為せる業だろう。

 

「ベルケンドには、ある『仕込み』があるのです。その回収を優先しましょう」

 

 どうせヴァンを見捨てるならば彼が仕込みを行っていたであろう町を抑えるべきだ。

 むしろヴァンを囮にしてヴァンの成果を掠め取るべきだ。

 

 そんなつもりでサラッと口にしてのけた。

 最近多少はルークら仲間に対して情が移ってきたセレニィであるがヴァンには塩対応である。

 

 むしろヴァンにこそ塩対応である。

 ……この共犯者どもはお互いをこの上なく同族嫌悪していたのであった。

 

「………」

 

 会談の場が沈黙に彩られる。

 しかしながらこの提案に息を呑んだ者たちと異なりセレニィは飄々(ひょうひょう)とした佇まい。

 

 いつもどおり提案が潰されるにせよ言うだけは言ってみる精神である。

 救出が強行採決されるにせよ、反対意見を出した側がその人員に配されることもないはず。

 

 となれば、比較的安全な場所でことの趨勢(すうせい)を見守れるかもしれない。

 そんな下心も彼女には、あるにはあったのだ。

 

「これは驚いたな。この場でここまでハッキリとヴァン謡将(ようしょう)を見捨てると意見できるとは」

「………」

 

 アッシュやナタリア、ルークばかりではない。

 ガイも沈痛な面持ちを浮かべて唇を噛み締めている。

 

 しかし、この場にそぐわない笑い声が一つ。

 

「く、く… くくっく… フフ、いやぁ、失礼…」

 

 ジェイド=カーティスその人である。

 眼鏡のブリッジを持ち上げ、レンズを光らせつつ不敵に微笑んでいる。

 

「……何が可笑(おか)しい、ジェイド」

 

 重要な、しかし、誰もがしたがらないであろう『仲間を見捨てる』という決断。

 その後押しをしてくれた彼女を茶化すような振る舞いをするならば親友とて許さない。

 

 そんな怒気を込めてピオニーは笑い声の主、ジェイド=カーティスを睨み付けた。

 

 しかしそんな皇帝の言葉など何処吹く風といった仕草で彼は軽く肩をすくめる。

 

 

 

 

 

 

 

 

「フッ、分かりませんか? 陛下、貴方にはセレニィの真意が」

 

(私にも分からないんだが?)

 

 

 セレニィは混乱している。宇宙人を見るような表情でジェイドを見詰めている。

 

「どういうことだよ、ジェイド! 説明してくれよ!」

 

 ルークが叫ぶ。

 

(いいぞ、ルーク様。もっと言ってやってください。アホにも分かるように説明しろって)

 

 アホの子セレニィが内心でガッツポーズを決める。

 ルークの言葉を受けたジェイドが、「やれやれ…」と肩をすくめてため息を吐く。

 

「まったく、セレニィ… 貴女ときたら、まるで他人事みたいな顔をして」

「ほぇっ!? わ、私ですか…」

 

「言葉が足りない貴女にも原因があるのですよ。……私が説明しますが構いませんね?」

 

 そう言われてしまってはセレニィとしても(うなず)くしかない。

 自分以上に自分を理解しているらしい(自己申告)ジェイドさんに説明責任を丸投げした。

 

「事ここに至っては致し方ありませんね。……ジェイドさん、後はお願いします」

 

 キリッとした表情を浮かべる。……浮かべただけであるが。

 

 なんだか分からないなりに親指を立てて応援する最低なセレニィの姿がそこにはあった。

 ジェイドは「柄ではないんですけれどねぇ…」とこぼしつつ卓上に地図を広げる。

 

「ベルケンド。ここに動く、ということは確かに一見謡将(ようしょう)を見捨てたと取られましょう」

「そうだな。謡将を救出するとしたら本来軍を派遣するべきはダアト地方のはずだ」

 

 マルクトから大雑把に見て北西に位置するダアトと南西に位置するベルケンド。

 この二つの位置は違い過ぎるのだ。

 

 ジェイドの言葉に相槌を打ちつつそう指摘するガイに一同は納得の意を示す。

 ……セレニィも背景に溶け込みながらひっそりとうんうん、と肯いている。

 

 見捨てたと取られるも何も、見捨てる気満々なのでその解釈こそが正解のため当然である。

 

「ところでセレニィ、貴女は謡将がベルケンドで暗躍していたことを聞き出しましたね」

「うっ… えぇ、はい。……まぁ、おっしゃるとおりです」

 

 特に否定する要素もない。

 とはいえ悪企みを聞いて内緒にしていたみたいな後ろめたさから、若干の逡巡を見せ肯いた。

 

「あ、そういうことか!」

「へぇ… なるほど。懐刀の懐刀殿は中々洒落っ気のある奇策を企んでくれるじゃないか」

 

 そこまでヒントを出されれば勘の良い数名、ガイやピオニー皇帝などは理解する。

 

「……?」

 

 なお、セレニィは理解していない。

 

「なぁ、おい。そっちだけで理解してねぇで俺にも教えてく… ください」

「これは失敬。……ベルケンドは名高き音機関都市。日々新たな発明が芽吹いています」

 

 マルクト帝国の皇帝がいることを思い出し、慌てて言葉を改めるルーク。

 言葉には出さないものの、イオンやアニスといった面々が続きの説明を待っている。

 

 ジェイドは勿体ぶり過ぎたか、と反省をしつつも説明を続ける。

 

「発明?」

「あぁ、色々あるぞ。なんせタルタロスですらあそこの発明品みたいなモンだ」

 

 ルークの疑問にピオニーが具体例を交えつつ解説をする。

 正確には音機関都市ベルケンドで設計され、工房都市シェリダンで組み上げられたのだが。

 

 両者は海を挟んで真向かいの港という位置関係もあり、関係性は根強いのは周知の事実。

 

「それだけじゃないぞ。例えば一部の事情通しか知り得ないことだが…」

 

 そこにガイも混ざってくる。

 彼はマニアと言って差し支えないほどに音機関に対して並々ならぬ熱意を抱いている。

 

 当然、そういったことについての耳の速さは折り紙付きだ。

 

「……『飛空艇』。空を飛ぶための譜業なんてものも鋭意開発中なのですよ、彼等は」

 

 そうジェイドが締め括る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 空を飛ぶ譜業機械? 

 そんなものがあるならばタルタロスの不意をついての救出作戦の難易度もグッと下がる。

 

 誰よりも素っ気無い態度で救出作戦に反対しているように見えたセレニィ。

 

 しかし、その内実は誰よりも頭を回転させながら必死に救出する道筋を練っていたのである。

 アッシュや仲間たちが、そして、皇帝ピオニーが温かい視線を彼女に向ける。

 

 会談の場での終始取り澄ました振る舞いではなく。

 きっと、追い詰められた逆境で仲間のために奮闘する姿こそが彼女の本質だったのだ。

 

 一同、そう理解するに至る。……勘違いなのであるが。

 

(ジェイドのヤツが目をかけちまうわけだな… 俺もどうにもこの子が気に入っちまった)

 

 そんな皇帝ピオニーの内心を知ってか知らずか。

 

「へー… 空を飛ぶ機械なんてあったんですねー… マジで全然知らなかったわー…」

 

 渦中の彼女はと言えば恐らく照れ隠しだろう、そんな独り言をこれ見よがしに呟いていた。

 

 恐らく、きっと、救出作戦組に組み込まれることがほぼ確定して魂が抜けているわけではない。

 

 

 

 

 ……今は、そう思うことにしよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ベルケンド、その地で(比較的どうでも良い)セレニィの出生の秘密が明かされる日は近い。

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